eclipsis
6077文字
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彼方の果てまで繋げていって

麦わら一味の短編詰め



【星に名前を付ける】


 今夜のサニー号は寒い海路を進んでいた。乾いた風が船中を冷たく吹き回り、その度にクルー達は堪らず口を引き結ぶ。こうなると見張り番以外は身を縮めて震えるくらいしか仕事が無い。切りつけるような風を避けて、誰もが船室へ入ることになった。
 大人しくせざるを得ない状況にクルー達の大半はちょっと物足りない心地だった。静かにコーヒーを飲んだり窓の外をぼんやりと眺めて過ごす。すると、ある変化が不意に起こった。軽やかなバイオリンの音色だ。甲板から聴こえてくる。
  
「アァッ! 見張りの仕事はちゃんとしてたんですよ! でもあんまり綺麗なんでちょっと弾きたくなりまして...」

 音色に誘われたクルー達が船室から出て行くと、まずブルックの焦った言い訳と鉢合わせた。一人でバイオリンを華麗に弾いていた姿から一転して身振り手振りでクルー達へ喋り、最後に長い指で空を差し示す。皆は素直に空を見上げた。その瞬間、各々から息を呑む音がした。

 澄んだ濃紺の夜空に、溢れそうなほどの星が広がっていた。雲は欠片も無い。風が追い払ったらしく突き抜ける寒さだけが残っている。そのおかげで星は輝きを増していた。星たちは絶え間なく点滅して、そのままサニー号に降りかかりそうだった。

…………わぁ……!」

 皆が立ちすくむなか、声を出したのはナミだった。白く広がり消えたその感嘆はたった一息だったが、大きな感動があっという間に周りへ広がっていく。星空を見上げる皆の心はひとつになった。今夜は天体観測しかない。

 皆は防寒服を着こんで甲板に毛布や簡易ストーブを持ち寄った。サンジは皆の分のホットワインを手早く作り、テキパキと配っていく。その働きを労わったのはチョッパーだった。持ち前のぬくぬくな毛皮で抱きついて、サンジはようやく甲板へ腰をおろした。そんな膝にチョッパーを抱えるサンジを見て、ナミとロビンが羨ましそうにして悪戯っぽく野次ったりした。皆リラックスして星空を眺めていく。ルフィなんかはジンベエの膝に頭を乗せて寝っ転がりながら眺めている。

「あ、種モミ座だ」

 不意にウソップが星空を指さして喋った。指の先には一際明るい星がいる。近くに座るナミがちょっと目を丸くした。

「あら、あの星は北星って教わったけど」
「じゃあウソなんだろ」
「ウソなのか??」
「ウソじゃねぇって! おれの生まれた島じゃすっげぇ昔っからそう呼ばれてんだ!」
 
 ナミから始まりゾロ、チョッパーと続けざまに少しつれない言葉を返されてウソップは鼻息を荒くした。勢い良く立ち上がって、突き立てた指が元気に振り回る。

「種モミ座の歌だってあるんだぞ。星さまひとつ、種まいて~青く燃えてりゃふたつまき♪……ってブルック勝手に伴奏弾くな!しかも上手ぇ!!」

 おどけたメロディを弾かれてウソップが踊りそうになりながらツッコんだ。一気に宴会のようなムードになって皆が笑う。ゾロはグビグビとホットワインを飲む。ロビンだけが控えめに笑うと、口を開き始めた。

「フフ、私は興味津々よ。種モミ座っていうのは、星の位置から農耕の時期を測ったのが由来でしょ?」

 ロビンの手にはいつの間にかメモ帳があり、それを開きながらウソップに問いかける。真面目な質問にウソップの揺れていた腰が止まった。つぶらな瞳がパチリと瞬きを一つする。

「あぁ。あの星が一番高い位置で光るときに種を植えると豊作になるとか何とか……てかロビン、よく知ってんな?」
「他の地域でもこういうの訊いたことあるの。民間伝承ってなかなか本に載らない知識だから尚更知りたくて……

 ウソップが答えるとロビンは開いたメモ帳に書きこみながら喋った。綴る文字を追う両目がキラキラとしている。

「星のあだ名って言えばいいのかしら。時計がまだ無い時代では、星が暦替わりになって名前を与えられてたのよ。すごく歴史のある文化だわ。素敵ね」

 メモ帳から頭を上げるとロビンは楽しそうに語った。夢見がちに綻んだ笑みをして、周りの皆も和む。ふとフランキーが何か思い出したような表情をした。

「そういやァ、おれも昔に下町の婆ちゃん達から似たようなのを聞いたことがある。アクアラグナが起きる前兆に一際光る星があるって。その星が海を引っ張るから波が起きるんだと。ぶっちゃけ迷信だが……名前はなんだったか……え~っと、綱引き星?」

 フランキーが顎をさすりながら喋った。やはりロビンが目を輝かせながらメモ帳に書きこむ。
 天体観測が星にまつわる故郷の話へ展開して、皆は感心したような冴えた顔つきになっていく。唯一マイペースなのが、ジンベエの膝枕でゴロゴロしていたルフィだった。

「へぇ~~好き勝手名前つけてんだなー。じゃあアレはサンジの飯座だ!」

 ビシッと空を指さしながらルフィの腹が盛大に鳴った。見事な鳴り具合に皆がまた笑う。和む空気のなかでナミが何となく視線を移すと、極小さな異変に気がついた。ジンベエが薄く笑って星空をじっと見上げている。膝にいるルフィや笑っている皆よりもずっとそちらに興味があるみたいで、ナミが気づくよりも前から熱心に見上げているようだった。

……海の中で見た陽樹イブの光も綺麗だったわよね」

 ナミも星空を見上げながら喋った。ジンベエがそれに気づいてナミの方を見る。ナミは至って独り言のような表情で視線を下げない。次いで「私、あれ好きよ」とさらりと言葉を足した。さり気ないナミの言葉を受け取ったジンベエは目尻を下げて微笑む。そして再び星空を見上げた。

……地上の自然は不思議じゃな。星なんかは見飽きんよ。何百年、いや何千年と昔から空にいて、色んな名前を貰って人々の身近な存在として寄り添っとる訳か……あんなに遠くに見えるのに、本当に不思議じゃ」

 ジンベエはゆったりと語った。語りながら目を細めておもむろに空へ手をかざす。優しく星に触れているような動作だった。それを見たルフィがジンベエの膝から起き上がった。自由なルフィはジンベエの体をひょいひょいと登っていき、肩に座ると同じく星空を見上げた。

「そんじゃあ、あのデッカイ星はジンベエ座にしよう」

 ルフィがはっきりとした声を出す。指はまたビシッと星へ向いている。皆が少しポカンとする間に、タバコの白い煙がポフンと浮き上がった。

「なんだそれ、クソ唐突だしテキトーすぎる名付け方だなぁ」

 サンジが笑って喋り、口に咥えたタバコが微妙に噛まれる。ルフィはそれに目をパチクリさせると、心外だとばかりに口を尖らせた。

「テキトーじゃねぇぞ! 星に名前つけるのって身近で好きなようにつけていいってことなんだろ? だったら今おれが好きなように名付けたいからジンベエ座なんだ。んでジンベエ座の肩ら辺にいるあの星がおれ座! サンジ座でもいーぞ!」

 とても真っ当な主張だというように、ルフィは胸を張って答えた。それと同時に楽しくなってニシシシと笑いながらジンベエ座の隣を指さして名付けていった。今度はサンジと、おまけにジンベエが目をパチクリさせた。

「おいおい、おれはついでかよ。おれはあのデカイ星がいい!」
「お前も便乗すんのかい」

 サンジがルフィを真似て星を指さし、ウソップがツッコむ。「……コックのはあっちのちいせェのだろ」間髪入れずにそう呟いたのはゾロだ。地獄耳のサンジにはバッチリと届いた。ア゛ァ゛?! とドスの効いた声を出しながら立ち上がる。火花を散らすサンジから離れたチョッパーが「おれの星はー?!」と騒ぎ始めた。次から次へとドタバタした調子になると、ジンベエが頭を仰け反らせて大笑いをした。

 取り留めない騒ぎでも船長が始めた『好きなように』という響きは皆も好むものだった。星空をあちこち指さしながら勝手に名前を付けていく。単純にクルーの名前を冠したものからデタラメなものまで続いていき、おかしな星空が出来上がった。
  
『マユゲ座、腹巻き座、アフロ座、変態座、ゴム座、鼻座、おはな座、ベリー座、親分座、たぬき座、たぬきじゃないトナカイ座』

 変てこな名付け遊びは次第にただの連想ゲームになって、最終的には面白い言葉を言い合う遊びになってしまった。遊び相手だった星空は放り出して、船長を筆頭にした年少組たちが甲板で騒ぎ出す。そしてすっかり空になったホットワインのおかわりをせしめるべく、酒盛りさえ始めようという始末だった。

 そんなはしゃぐ皆を見たナミは微笑むと、呆れたような満足そうな息をひとつ吐いた。騒ぎからは少し離れた位置にゆったり座り、隣にはロビンが座っている。ナミは何気なく隣へ視線を移した。するとナミから笑い声が吹き出た。

「ヤダ、ロビンったら。そんなのメモしても意味無いわよ?」

 ナミの視線はロビンのメモ帳を捉えていた。ページに先ほど皆が付けた星の名前が書き連ねてある。くすぐったそうに笑うナミを見て、ロビンはにっこりと口元を緩めた。

「フフフ、そうかしら」

 メモ帳を見つめながらロビンは呟いた。曖昧に響く相づちのような返事で、ナミは自然と眠気を誘われた。そのままロビンへ寄り添うと頭を彼女の肩へ預けて目をつむる。ロビンはチラリと優しくナミへ目配せすると星空を見上げた。変わらず星たちが瞬いている。ロビンの胸の中にはほんの少しの確信があった。

 もしもロビンが手にするこのメモ帳が、後々に色んな人たちの手へ渡る事になったら。世紀の大発見。海賊王のクルーによる航海中のメモ。麦わらの一味たちの星空観測誌。冒険を讃える星の名付け。手に取った人々はときに笑いながら、ときに神妙な考察をしながら、同じように星空を見る。そして皆の名前が星と共にずっと伝えられていく。

この小さな確信は大げさかもしれない。現に今夜の星空は遊びの名前で散らかっている。でも、単なる夢や空想と云うほど当てずっぽうでもない。ロビンは知っている。星はその時々に色んな名前を与えられ、人々の間を渡り、延々と輝いているのだ。今も目に映る満天の星たちが消えずに示している。その光を受けると、ロビンの胸はいっぱいになった。

 ロビンは沁みるように一度目を閉じた。そして再び手元のメモ帳に視線を下ろす。そこに書かれた皆の名前が不思議と光って見えた。ロビンはゆっくりとメモ帳へ指を置くと、皆の名前を大事そうに撫でた。