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彼方の果てまで繋げていって
麦わら一味の短編詰め
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【ブルックと昔の曲】
立ち寄った島で時々うっかりする事がある。島によって物価はまちまちなのに、私は値段をあまり見ないでフラフラと見知らぬ酒場に入ってしまった。
程よく寂れた店だったから、そう高くはならないだろうと思って飲み食いした。そして会計を見て顎の骨が外れかけた。手持ちじゃとても足りない。私が滝汗でまごついていると店主は無言の圧力をかけてきた。
日焼けした強面に白髪を撫で付けた店主は一筋縄ではいかない印象だ。私の事を頭の天辺からつま先までじっくり見ると、不意に視線を外した。
「一曲弾いてみろ。俺が満足する演奏ならお代替わりにしてやる」
店主はひとつの提案と共に視線で酒場の一角を示す。少し古ぼけたピアノが置いてあった。先程の値踏みするような目で私の正体が知れたのかもしれない。それでもまぁ、良かった。私はナミさんにこれ以上お小遣いを借りられないのだ。
私はそそくさとピアノの前に座った。鍵盤に手をかけ無い瞼を閉じる。弾く前はいつも頭を一旦クリアにする。そうすると頭の中へ無意識に浮かび上がるものがあった。
潮風。酒場の壁の写真たち。手を繋ぐ人々。山の上の白い教会。
瞼を開けるのと私の手が動いたのは同時だった。指先が紡ぐのはサルサ風の曲だ。ルンバー海賊団の頃に恋を題材にして作った。聴いたヨーキ船長が茶化して笑っていたっけ。実際に弾いてみると、小洒落て恋を表現しているのが分かる。船長が笑うのも納得だ。おっと、指が照れ隠しに跳ねてトリルになった。
何もかも青くて忘れていた曲。けれどそれは、先ほど頭の中に浮かんだこの島の情景と不思議に結びついて、今は音になって現れていた。
弾き終わると私はフゥと一息ついた。傍らにいる店主は一言も喋らない。どうやらお代の替わりにはならなかったみたいだ。せめて誠意を込めて謝ろうと思ったその時、店主は力強い拍手を打ち始めた。
「信じられない
……
! まさかこの曲を聴けるなんて思わなかった
……
アンタ凄いよ、俺ァこの曲を随分昔に、若い船乗りの頃に、聴いたんだ」
拍手を止めるのと同時に、店主は興奮した表情をして私に語り出した。口元が少し震えている。
「ちょうどアンタに似た髪の奴が弾いてて、俺は心を掴まれた。プロポーズの曲にピッタリだったんだ。酒場をすぐ出て頭の中のメロディを忘れないうちに自分の指に教えこませて、それで女房になる人の前で弾いたんだ」
店主の瞳は遠い過去を映してキラキラとしていた。熱い語り口が終わると手のひらで一度顔を拭う。力強い目元が少し緩んでいた。
「ありがとう。お代は勿論要らない。結婚記念日の前にこんな事が起こるなんて、女房もきっと喜ぶ」
店主は笑顔でお礼を言った。私がその曲の作者だという事には気づいていない様子で、ただ満ち足りた顔になっている。
まさかは私の方だ。若気の至りで作った曲を遠い昔の私は酔っ払いでもして弾いたらしい。それが目の前の紳士の人生に深く残っていた。まさか、こんな喜ばしい事はそうそう無い。
「ヨホホ! すごい偶然ですねぇ。私は単なる流れの音楽家ですけれど光栄ですよ
……
! 奥様にも是非よろしくお伝えください」
ここで私の正体を明かすのは野暮かと思い、いつもの調子で返事をした。すると店主は柔らかな眼差しになり、窓の方を見つめだした。開け放したその先には島で一番大きな山があって、頂上に白い教会がある。それを眩しそうに見ている。
「女房はあの教会で眠ってる。幸せな人だった。
……
その証拠に毎年俺たちの結婚記念日は、晴れた日になるんだ。明日はきっと快晴で女房が会いにやって来るさ」
雲ひとつない日にサニー号は島から出港した。
船の後方の甲板に私は立ち、遠ざかる島を見た。山の頂上にある白い教会がよく見える位置になった時に、手に持っていたバイオリンを弾き始めた。
あの恋の曲に続くメロディを真心込めて弾いた。二人の愛に負けないくらいの音を。
青かった私の曲は美しく完成して、晴れ渡る空へと響いて行った。すると、キラキラと輝く光の筋が教会の上空に現れた。それが教会へ優しく舞い降りていくのを、私は確かに見た。
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