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ゆめの手紙

不思議な夢を見るロビンちゃんと手紙を書くチョッパー。アニオリ131話に少し基づいた話です



 
 夜が明けて、サニー号はまた日常の時間が流れている。しかし日中の船上に、チョッパーの姿が見えなかった。夜明け前から医療室にずっと篭っている。訳も言わずに引き篭った彼にクルーは首を傾げたが、ロビンだけは心当たりがあった。
 
 ――自分の告げた夢や心情のせいだ。優しい船医の彼は治す糸口を探している。夢を見てる自分ですらその糸口は知れないのに――

 そう考えるとロビンは、今度は自分が彼の元へ行かなければと思った。けれど、進もうとする脚が竦む。もし、扉を開けてすぐ目に入るチョッパーの顔が、悩んで暗く落ち込んでいたら。有り得る予想をするとロビンの胸はぺちゃんこに潰れる心地がした。
 チョッパーの顔を見たいようで、見たくない気持ち。丁度ロビンが自分の夢に対する気持ちと同じだった。
 ロビンは縮こまった脚を別の方へ進ませる。向かおうとするのは図書室だ。今はそこだけが心の休まる場所だった。


 日が暮れてロビンの居る図書室は、ぼんやりと暗くなり始めている。正直、手元の本の内容は彼女の頭には入ってこない。文字の固まり、字と字の繋がり、印刷のかすれ具合。そういったものをぼぅっと見ていた。
 すると、静かな図書室に誰かが近づく音がした。ロビンは入口へゆっくり目を向けた。

…………チョッパー」

 昨夜と同じくチョッパーがロビンの元へ来ている。彼の顔を見れてロビンは少し安堵して名前を呼んだ。けれどチョッパーはあの夜のような真剣な表情だった。ロビンの安堵した心がすぐ固くなる。ただ黙って自分のすぐ傍へ来るチョッパーを見守った。

「思ったより時間がかかった……でも、ロビンが眠るまでに間に合って良かったよ。はい、コレ。おれからロビンへ送るぞ!」

 チョッパーはロビンの正面に立ち喋りかけた。そして、手に持っていたものをロビンへ差し出す。それは長方形の白い紙――封筒だった。
 ロビンの目がハッと見開かれる。おずおずと手を動かすと、差し出された封筒を受けとった。

……今日ずっと医療室から出てこなかったのは、これを……手紙を、私に書いてたの?」
「そう。おれ、ロビンの話を訊いてからロビンに手紙を書きたくなったんだ。あ、まだ読まないでくれ! 寝る前に読んで、それから手紙を枕の下に置くんだっ」

 手紙を両手で持ってじっと見つめるロビンに、チョッパーはやや焦って注意する。ロビンは熱心に注ぐ視線を一旦チョッパーへ移した。チョッパーは丸い瞳をくるりとさせると、両手同士をすり合わせ落ち着きなく動かし始めた。

おれ、いっぱい考えたんだ。ロビンの心が引きずられる気持ち。何でそうなるんだろう、何で楽しい夢がそうさせるのって。それで、ロビンが言ってた手紙のことが頭にフッと引っかかったんだ。それがキーワードだった。……手紙は、相手がいないと送れないだろ。だから、その、おれが送ったら、ロビンはもうひとりじゃないと思ったんだ!」

 "手紙"というキーワードにチョッパーが気づいたとき、少し昔のことが同時に思い返された。
 それはロビンが麦わらの一味に入ってすぐの頃。チョッパーは彼女と二人で過ごす機会があった。まだ素性がよく分からない、少し前まで敵だったロビンと、いくつか会話をした。そこで何気なく恩師のくれはのことも喋った。そしてロビンはチョッパーの話を最後まで聞くと『私も手紙を書く相手が欲しかった』と、呟いたのだ。

 深みのあるロビンの声は感情が出にくく彼女の本音すら隠す。だが、その時呟いた声はとても自然で澄んだ響きだった。少しの寂しさを抱いていたから響きは澄んでいた。チョッパーの記憶に埋もれていたそれは、図書室のロビンの声とぴったり重なった。
 ロビンの寂しさ。それは過去からのもので、彼女が心の隅に置いたままにしているものだ。チョッパーはそう確信した。寂しさというもので二人は通じるところがある。けれど今、ロビンはその過去からの夢を一人きりで見ているのだ。だからこそ、チョッパーはロビンに手紙を書きたいと思いついた。
 眠りに落ちる前に手紙を読んで、心の中にチョッパーを思い浮かべることを願った。叶わない夢へ一人流されてしまうロビンに、少しでも寄り添いたい。それが医者として、何より仲間として。チョッパーが彼女に出来ることなのだ。
 
 チョッパーはこれ以上ないくらいに考えたのだろう。彼のたくさんの考えは精一杯伝えようとすると、突っかえた口調になりモジモジと手を動かす仕草になっていた。ロビンはその様子を全て受けとめて、チョッパーがそうしたように昔のやり取りを思い返していた。

 鮮明には憶えていない昔の発言。自然とこぼれ出ていたらしい本音を、チョッパーは憶えていた。そして、朧げなそれを手紙という形にしてくれた。ロビンは手に持っている手紙を胸元に抱き寄せた。心が隅々まで満たされていて、迷いなどを置く隙間はもう無かった。

「チョッパー、ありがとう……。私のためのお手紙なんて……すごく嬉しいわ。今夜、これを枕の下に置いてみるわね。世界一のお医者さまの言うことだもの。守らなきゃ、ね?」

 ロビンは微笑みながらチョッパーへ応えた。その笑みはとても自然で活き活きとした彼女らしさが溢れている。自信なげにしていたチョッパーも釣られてしまう笑みだった。彼も自然と元気が湧いて、笑顔をロビンへ向けていた。ロビンと彼女のいる図書室から、あの森の気配を感じることはきっともう無いと思えた。


 ※※

 また夜が明けて、サニー号は朝日を浴びている。起床したクルーたちはダイニングで過ごしていた。各々が会話をしたり日常の音を出すなか、ダイニングの扉が開く音がした。これも日常である。しかし何となく扉の方を見た一同は、驚いた表情をした。
 開いた扉のそこには、清々しい顔をしたロビンが立っていた。

「おはよう、みんな」

 にっこりとロビンが挨拶をすると、ダイニングは途端に皆の喜ぶ声で湧き上がった。真っ先に席を立ち走ったチョッパーがロビンへ抱きつき、続いてウソップ、ブルックがロビンの元へ駆け寄る。一番騒いだのがサンジで嬉し泣きをしていた。そんな彼とは両極端な反応をしているのはゾロだった。口の端を上げるだけの笑みを浮かべる。

「ロビン!!良くなったんだな?!」
「ええ、もうすっかりいつも通りになったわ。チョッパー、あなたのおかげよ。本当にありがとう」

 感激するチョッパーを抱き上げてロビンは朗らかに返事をした。それをすぐ傍で見る全員に嬉しそうな笑いの輪が繋がる。

「よぉし! ロビンが元気になったんならまだ寝てる組も今から起こしに行くぜっ!」

 ロビンを中心にして賑やかになる空気の中で、ウソップが場を取り仕切るようなポーズを取った。人差し指で天を指すようにして、声も高らかだ。

「あら、わざわざ起こすなんて可哀そうよ」
「いーや! 今日だけは起こした方がいい! 寧ろ喜ぶさ、アイツらも心配してたんだぜ? 今すぐロビンの顔を見たいに決まってる!」

 ウソップは掲げた人差し指をそのまま下ろすと、ロビンへ向けてビシッと指し示す。彼のはっきりした断言に他の皆は同意するように頷いていた。

「そう……フフ、だったら私も一緒に起こしに行くわ。こういうときに良い方法を知ってるの」

 チョッパーをまだ腕に抱くロビンはもう一つ自分の腕を咲かせた。現れた腕がしなやかに動いて白い手が揺れる。

「ブッ、ギャハハ! おぉいいぞ、やれやれ!!」
「いやね、ウソップ。勘違いしてない? 私、優しく起こすつもりよ。くすぐったりとか!」
「おいおいロビンくん、そこはバシィッとやれ! おれがリクエストするから!」

 ロビンはチョッパーを床へ下ろすと悪戯っ子のようなやり取りをウソップと交わす。そして二人は楽しそうにダイニングから駆け去っていった。残った一同がそれを満足そうに見届ける。幸せな日常が戻ってきた。皆の顔にはそう書いてあるようだ。
 穏やかな空気が漂うダイニングに、また扉の開く音がした。現れたのはナミで、ロビンと似た清々しい顔をしていた。ナミはチョッパーと目が合うと彼の元へ近づいた。

「流石、チョッパーね。朝起きた瞬間からロビンすごく元気だったのよ。何かおくすり作ってあげたの?」
……うん。ロビンだけに作って渡したんだ」

 ナミが何気なく問いかけるのに対して、チョッパーは少し曖昧な返答をした。何故かはよく分からないが、手紙のことはロビンとチョッパー二人だけの秘密にしたくなったのだ。
 口数少なく微笑むチョッパーを見てナミはフゥン?と息を吐いた。興味深い視線をチョッパーへ刺してやろうとした瞬間、甲板の方からルフィの大きな声が上がった。何やらビックリして起きたらしい。ウソップのリクエストは通ったようだ。ナミ含め、ダイニングの一同は甲板の方角に気を取られた。次いですぐにルフィがロビン!と大きな声を嬉しそうに出すと、皆は堪らず笑っていた。


 ※※※ 


 ロビンを悩ませた海域から難なく抜けることができ、早数日が経った。サニー号の航海は順調である。もはや皆その事を忘れそうになっている。そんなある日、チョッパーへ手紙が届いた。
 
 配達員のカモメにありがとうと言ってチョッパーは手紙を受け取った。きょとんとした顔で手中のそれを見る。宛名には『トニー・トニー・チョッパーさまへ』と綺麗な字で書かれていた。チョッパーはすぐに差出人がロビンだと分かった。流れるような筆跡はロビンのものであるし、手紙というのが数日前のやり取りを一気に思い出させる。
 チョッパーは目を輝かせると医療室へ一目散に向かった。

 医療室へ着くとチョッパーは自分の机へ着席して、逸る気持ちを抑えながら手紙を開封した。封筒も便箋もふわふわした紙質だった。仄かにクリームがかった色味は心を和ませる。
 チョッパーはゆっくりと手紙を読んだ。そこにはロビンの感謝と、チョッパーの手紙を受け取った夜に見た夢の内容が書いてあった。
 
 ロビンは夢の中で行ったことの無い冬島に居たらしい。島には大きな桜が咲いていて、雪と花びらが一緒に舞い降りていた。それをトナカイの子どもと手を繋いで見たと、そう書いてあった。

 不思議な夢と不思議な手紙だった。遠い地の友達が書いたような、けれども、すぐ傍でその友達が秘密を打ち明けているような。チョッパーは丸い瞳をきゅうと瞑った。エッエッと笑い声が嬉しくこみ上げると、手紙に思わず顔を近づけた。
 
 手紙からはチョッパーの大好きな綿あめの香りが漂っていた。
 その香りはチョッパーのことを何よりも癒すものだった。