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ゆめの手紙
不思議な夢を見るロビンちゃんと手紙を書くチョッパー。アニオリ131話に少し基づいた話です
1
2
どこにあるかは分からない、とある海域のこと。
その海域に入ると人々は少し不思議な夢を見る。
無くした指輪をみつける夢、自由に草原をはしる夢、子どものベッドでぐっすりねむる夢。
それぞれ違う夢を見ても、目覚めたものたちは大抵ほっと一息吐く。皆可笑しいような、満足したような気持ちになっているからだ。
大金持ちになった夢でもない、運命の人に出会った夢でもない。誰もそんな夢は見ないで、ひとつの答えが自ずと浮かんで微笑する。
――
心の隅にそっと置いてきた、欲しいものを映し出す夢。
とある海域では、そんな夢を見せてくるのだ。
※
輝く船体のサウザンドサニー号は今日も海路を進んでいる。しかしサニー号のクルーたちには、ここ数日不安の雲が垂れこめていた。
皆がそれぞれ日常を過ごしていても頭に心配事が引っかかり、不思議な海域の言い伝えを読み聞かせる綺麗な声が反芻される。語る声の主は考古学者のロビン。
――
彼女の元気がここのところ無いのだ。皆の不安や心配はこれに尽きる。
サニー号はどうやら今、その言い伝えの海域に居る。
最初にこの海域へ入ったときは、以前ロビンが寝しなのおとぎ話に、と語ったことが本当だったと皆が楽しげにしていた。普段見ない類のちょっと心をくすぐる夢を見て、各々が夢の内容を話題にあげた。
当然その話題はロビンにも投げかけられたが、彼女はほんの少しぎこちなく笑ってみせて控えめに頷くだけだった。
ロビンがはしゃぐ性格ではないにしても、絶妙に静かな反応で違和感があった。気づいたクルーが彼女の様子をさり気なく窺ったが、ロビンはすっかり落ち着いて微笑むだけだった。しかし、その日からロビンは毎朝顔を見せる度に、ぼんやりとした元気のない姿になってしまったのだった。
「絶対この海域のせいよね
……
」
夜のダイニングにため息混じりな声が落ちた。発したのはテーブル席に座っているナミで、両目は物憂げに伏せられていた。彼女のそばには対面へ座るチョッパーと、キッチンカウンターで作業をするサンジが居る。二人はナミの独り言染みた発言でもしっかり同調して眉をしょんぼりと下げた。
「
……
欲しいものを映す夢なら大抵良い夢になるだろうに、ロビンちゃんのはどうも違うらしいのが分かんないな。本人に色々訊いてみたいけど、喋りたくなさそうだしなぁ
……
。ご飯はちゃんと食べてくれるからその点は安心だけど、日に日に儚げになってるというか
……
」
サンジは視線を上空へ向けて喋った。空へ浮かべた思案を眺めるようにしていたが、それらが
尽
ことごと
く心配に繋がったらしい。喋り終わった後には肩を落とした。
「なぁ、ナミ。ロビンが起きる前後の様子はどうだ? 顔色の調子とか、呼吸の感じとか
……
なんか変わったことはあったか?」
二人の会話を聞いてチョッパーが焦りの募った声を出した。小さな船医が不安気に問いかけるのを受けて、ナミは片眉をやんわり上げて困った表情をした。
「様子かぁ
……
う~~ん
……
前にあんたに伝えたときと同じだと思うけど
………
」
就寝中のロビンに一番近いのは同室のナミである。彼女が注視した感じでは、ロビンはぐっすりと気持ちよさそうにしている。ただ、この海域に入ってからは目覚めの良いロビンがナミより遅く起きるようになった。
ナミが目を覚まして隣を見ると、ロビンはまだベッドに横たわっている。ぴったり閉じられた瞼にナミの心は少しざわつく。ロビンの肩を優しくゆすって起こしてみると、長いまつ毛が花のように開いて目覚める。
起きたてのロビンは寂しそうな、満ち足りているような、何とも言えない顔をする。そしてナミへ向けてゆっくりと「おはよう」と挨拶を返す。
その時のロビンの瞳は確かにナミを捉えているのに、ナミからすり抜けていく遠い眼差しをしていた。
「
……
そうね、今のロビンについて強いて言うなら、起こしたときに『おはよう』じゃなくて『あなた、だれ?』って、いつか言われそうな気はするわ
…………
変な予想だけどね」
ナミは頬杖をつきながら、つらつらと語った。表情はずっと平静だったが最後の語り口は自嘲気味に笑って締めていた。その笑みはサンジとチョッパーにチクリとした痛みを分け与えて、殊更サンジには深く染み入ったらしい。普段なら目一杯彼女を励ますところで、かける言葉が見つからず口を引き結んでいた。
「
……
ん!変な空気にしてごめん! 私が考え過ぎてるだけよね、きっと。あ、そうだ!サンジ君、あの紅茶淹れてよ。前の買い出しで中々良い茶葉買ってたでしょ? 私知ってるんだからっ」
静まり返ったダイニングを弾き飛ばす勢いでナミは明るい声を出した。押し黙った二人の緊張が解ける。彼女は喋りながらも席を立ってカツカツと小気味よくヒールの音を鳴らしてカウンター越しのサンジに近づく。そして最後にピッと人差し指を突きつけた。すると、サンジの固い表情は柔らかく崩れていった。
「じつは新しいレシピ用に作ったお菓子が丁度完成してるんだけど
……
こちらは如何でしょう? マドモアゼル」
「決まってんでしょ! 食べる!」
カウンターを挟んでナミとサンジが笑顔を交わしあっていく。チョッパーはその様子に少し胸が温かくなると、そっと席を立ち黙ってダイニングから出ていった。
チョッパーは甲板に出ると、まず上を見た。視界の先に図書室がある。明かりは点いていない。チョッパーはその暗い窓たちを見ると、確信した足取りで図書室へ向かった。
図書室に着くと中は甲板から眺めたとおりに暗かった。ただ、ソファのある一点からランプの明かりが差して、室内の闇を静かに退けていた。その明かりの傍らにはロビンがいた。手元の本にじっと視線を落とす姿は彫刻のようだ。チョッパーがロビンへ近づく足音だけが室内に響く。
「ロビン」
「あら、チョッパー。珍しいわね、あなたがこんな遅い時間に来るなんて」
声をかけられて顔を上げたロビンは淀みなく答える。いつもの彼女と全く変わらない応答は、この図書室では何故か浮いてチョッパーに聞こえた。
「ロビン、その、調子はどうだ?
……
やっぱり眠るのが嫌で
……
不安じゃないか? だからこんな暗くして、ここに居るんだろ?」
「フフフ、今夜のあなたって本当に珍しいわ、たくさんお喋りしちゃって。どうしたのかしら? 私は大丈夫なのに」
ロビンの話し口はいよいよ軽くなって、言葉たちが蝶々みたいにひらひらと飛んでいく様が浮かぶ。チョッパーは一度顎をひいてみせた。次に顔を上げたとき、意を決した顔でロビンを見つめた。
「なぁ、ロビン。ここにはおれとロビンしかいないよ。悩んでること、隠さなくていいんだ。元気なふりもしないで。どんな些細なことでもいいから、ロビンが今変だなって感じてることを教えてくれ。おれはそれを治したい。おれは、医者だから」
チョッパーは真っ直ぐロビンを見て喋った。いつもの子どもっぽい無邪気な彼ではない。医者というプライドをしっかり持ってロビンに向き合っていた。
真剣な眼差しを真正面から受けて、ロビンの表情がやっと崩れた。微笑していた口元がハ、と小さく息を吸い込む音をさせて閉じる。瞳が二、三度と虚ろにさまよった後にきつく閉じられた。そして、再び開けるときにロビンも意を決した顔をしていた。
「
…………
私が
…
、私が見る夢はね、故郷の夢なの。オハラの夢」
「みんな生きていて私の母もいて、ずっと一緒なの。私は子どもに戻ってるのか、今の年齢なのか曖昧だけど
……
そんなことはどうでも良くて。みんなと、ポーネグリフの研究をしてるのが楽しい」
ロビンの語りは図書室の静かな空気に乗り紡がれていく。ひんやりとした空気に、たくさんの紙の匂いが混ざっている。まるで森だ。濃い緑と湿度が重なり行く先が見えない森。チョッパーはそんな光景を薄ら感じた。そこへロビンの声が不思議に響いていく。
「みんなといっぱい話をして、いっぱい本を読んで。世界中から研究についての手紙も届くの。砂の王国とか、深海とか、空からも届くわ。手紙の差出人は分からないけど、みんな私宛に書いてあって優しい。
……
私はなにも疑わずに楽しんでる。けれど、これは夢だわって気づいてる私もいるの」
ロビン一人きりの声がただ静かに響いている。そのまま森の中に消えて迷子になりそうな声だった。彼女の傍にいるはずのチョッパーは気圧される距離を感じて、青い鼻がヒクヒクと弱く動いた。
「それで起きると、あぁ夢ね。って、やっぱり思うんだけど
…
心が、ずっと引きずられてるみたいになるの。また夢を見たいようで、もう見たくないような気持ちでいっぱいで
………
変よね、良い夢を見てるはず、なのに」
語り終わったロビンは自然に力が抜けて、ソファにゆったりと座り直した。口元も柔らかく笑っていたが、小さな痛みに耐えるような笑みでもあった。そう感じたのはチョッパーだけかもしれない。
図書室の暗さと静けさが、本当に何処かの森へ続いているようだった。
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