eclipsis
4811文字
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君にしか奏でられない音がある

ロビンちゃんとジンベエ親分メインの短編二つ


【riu-thmm】


 太陽がゆっくりと水平線へ近づいていた。海面は沈もうとする陽の光を映してオレンジ色になっている。それが道筋のようになっていて、ロビンたちの歩く海岸からよく見えた。
 先頭を歩くのはジンベエで、時々海にできた陽の道を見るようにしてそちらへ顔を向ける。チョッパーはその後を歩いている。足首が海水に浸かるぎりぎりのところを歩いて、水の様子を確かめるように頭を下げて足元ばかり見ている。最後尾を行くロビンには少し覚束無い足取りに見えた。

「チョッパー、前を見なきゃ危ないわ。知らずに沖へ行っちゃうかも」

 ロビンはチョッパーに近づきながら声をかけた。履いていたサンダルは手に持っていたので、彼女の素足は水しぶきがかかり甲の辺りまで海に浸かった。チョッパーは傍のロビンを見上げたが、すぐ足元の海に夢中になった。

「大丈夫だって。ロビンが見てくれてるしジンベエもいるしさ。海、気持ちいいんだ! 水が動くとな、おれの毛並みをふわーって梳かしてくんだ。海に浸かった足って変な感じでオモシロイ。砂も踏むとぐにゃーってしてるし」 

 俯いているせいでチョッパーの顔は帽子のツバに隠れている。けれどロビンには、幼気な丸い瞳がくりくりと動く様が見えた。ロビンも足元を踏みしめてみる。甲まで浸かっていた海水が揺れ動き、足首を洗うように濡らしていく。この程度の海水なら身体の力を奪われることは無い。寧ろチョッパーが言うように、ロビンも気持ち良いと感じた。海水に浸かった足は透明な膜に包まれた感覚で、足裏で触れる砂は滑らかな肌のようにも思える。

……riuthmm」

 波打ち際で佇むチョッパーとロビンの間に、低く渋い声が通った。二人は顔を上げて声のした方――ジンベエを見た。聞いたことの無い言葉だった。それを発したのは確かにジンベエであるのに、独り言かのように遠い目をして海を見つめている。いつも寡黙なジンベエが発した独り言がただ不思議で、二人は彼へ向けた視線をそのまま興味深そうにしてみる。するとジンベエはすぐに気がついて二人の方を向いた。

「あぁ、もしや声に出とったか」
「うん。なんだ? リ? リウ、」
「リウスン、だったかしら」
「そうじゃ。riuthmm、リウスン。魚人島に古くから伝わる言葉でな、要は方言じゃ。海水を掴む動作や、海に触れることを表す言葉らしい。今じゃ一部の爺さんか婆さんしか使わん古い言葉だから、わしもそこまで詳しくないが……

 ジンベエに問いかけたチョッパーとロビンは似たような仕草で小首を傾げている。ジンベエが先ほど振り返ったときに見た二人の姿も似ていた。熱心に足元を見ながら小波を何度も揺らしていて、海を新鮮に楽しんでいる姿だった。それがジンベエの記憶の底で眠っていた昔の言葉を、ふと掬い上げたのだ。

「リウスム、リウス、ン? リ、ウスン」
 
 チョッパーは教わった言葉を早速使おうと口ずさむ。けれど発音が難しいのか辿たどしい。足元の海水が合いの手のようにピチャピチャと波打った。その様子を見てジンベエとロビンは微笑んだ。

 ひと筋の潮風がロビンの髪をなびかせた。ロビンはゆるく乱れた髪を抑えながら水平線の方を見つめた。足元はまだ海水に浸かったままだ。海の感触を確かめながらロビンは目を閉じる。ゆっくり肺に空気を入れて、薄く口を開いた。

「riuthmm」
 
 ロビンの声は波の音と重なるように発せられた。大きくもなく小さくもない声量で、ごく自然に海へ溶けて混ざりあうような響きだった。ジンベエすら一拍置いてからロビンの言葉に気づき驚いた顔をした。

「ロビン、お前さん発音が上手いのぉ。昔に島の爺さんから聞いたのと、よぉ似とった」

 ジンベエが感心した口ぶりでそう告げると、ロビンは閉じていた目をパチリと開けて肩を小さく竦ませた。頬がほんのり赤くなって口元が曖昧に笑う。

「ヤダ、親分ったら。大げさね? そんなにおだてても私これ以上なにも出ないわ」
「わしゃお世辞を言うほど器用じゃない、よう知っとろぅ。ロビンは言葉の扱い方も上手い」

 照れ隠しなのか少し浮ついた口調のロビンを、ジンベエは真面目で真っ直ぐな返事をして切り返した。しまいには腕組みをしてロビンの分も担うかのように胸を張ってみせた。それを見たチョッパーがロビンにキラキラした尊敬の眼差しを向けてくる。これにはもうロビンは縮こまった背筋を弛めるしかなかった。自然に笑ってしまい、はにかむ顔のまま海の方を眺めた。

 陽の光が青黒い夕暮れを引き連れ始めていたが、まだ空も海も明るかった。チョッパーが近くで海を踏みしめながら、リウスン、リウスン、と張り切って言っている。ロビンは再び目を閉じた。口の中に「riuthmm」を含んで、そっと呟いてみた。自分だけに聞こえるように、ささやかな声で。

 目を閉じたわずかな合間にロビンの想像はどんどん広がっていった。ロビンは温かい海の中にいて、小さな魚にまとわりつかれた。桜色の鱗がキラキラと反射している。ロビンと小さな魚はゆったりした海流で泳いだ。その流れの生む白波が牙みたいに見える。海流の先を見ると青くて大きい海の渦がいた。それは笑っているような顔だった。

「あぁ! ロビン、沖に行っちゃうぞ!」

 ロビンはハッとして目を開けた。目の前には変わらず海が広がっていたが、彼女の腕をジンベエが引き留めて、脚にはチョッパーがしがみついていた。二人ともすっかり心配した顔になっている。
 ロビンは今度こそ素直に照れた顔になり、二人へあどけなく笑ってみせた。