eclipsis
6946文字
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pretty odd thriller tale

スリラーバーク過去話。短編二つ


【隠し部屋の男子会】


 敷物の熊が鼻ちょうちんを出して、壁にかかる絵画は寝息を立てている。
 
 夜も更けその不気味さが本番になるスリラーバーク。屋敷内には灯りも人影も無いのに、何者かが潜む音は絶えずにしている。……スヤスヤと、かなり緊張に欠ける息遣いではあるが。
そんなかすかな存在たちが眠りこける間を、風がふわりと動いた。次いで埃臭い廊下に僅かな足跡が残る。隅に張られた蜘蛛の巣が風に揺れる。切れ切れになった柳の葉のような白いそれは、動く者の行き先へゆらゆらと舞った。廊下の突き当たりにある図書室の扉が独りでに開き、程なくして閉まった。

 様々な紙の匂いで満たされた図書室は、一転して静けさで包まれている。沢山の本が並ぶ壁沿いの棚の一角に、またも風の動きがあった。すると棚に収まっている一冊の本が独りでに顔を覗かせた。何者かが本の背に指を引っかけたような動き方で、続いて棚がゆっくりと動き始めた。何の変哲もない本棚が回転扉になって、棚の奥の隠し部屋を明らかにする。
重いゼンマイの動く音がひっそり鳴るままに扉は動いた。それが事切れると、本棚は元通りの姿になって図書室はまた静けさに包まれた。

 
「今夜はちょっとばかし遅かったな?」

 こじんまりした隠し部屋には先客が居た。簡素な家具が置かれた部屋の中、快適そうな長椅子の上で寛いでいる。スリラーバークの天才外科医、ホグバック。卵みたいなシルエットのその男が、何も居ない空間に声をかける。
 
「あぁ……、例のブツは?」

 投げかけた声に少し曖昧な相槌が打たれると、空間が蜃気楼のように歪みアブサロムが姿を現した。例のブツ、と言って目がきょろりと動く。ツギハギの猛々しい獅子の顔からすると何だかコミカルな仕草だ。ホグバックはそれを見ても特に笑わずに、長椅子の前にある机を指さした。
 
 机には鮮やかな色の雑誌が何冊か乗っていた。目の覚める色彩に負けないくらい華やかな女性たちが表紙を飾っている。肌も露わで色っぽい衣装をチラリと見せて、唇は輝く宝石みたいに赤い。幾つかのランプだけで明るくなっている部屋に、躍り出るような華が際立つ。
 
 アブサロムの喉がグルンと鳴った。獣の鼻をヒクヒクと動かすと雑誌を一冊手に取る。そしてホグバックとは反対側にある長椅子へどっかりと座った。
 ――真夜中のスリラーバーク、隠し部屋にて俗っぽ過ぎる雑誌を読み込む男が二人。何となく雰囲気で語っているものがある。
 
 魔の三角地帯フロリアン・トライアングルから動かずにひっそりと漂っているスリラーバークは、文字通り浮世離れした怪奇な地だ。
けれどあくまで現実は海賊船で、時々物資の調達をしないとやっていけない。その為に陸まで買い出しに行くのは専ら男衆である。必要なものを買うついでに、頂いていくのは例の極彩色の雑誌。男たちが今しっかり手に取っているソレ。要は、れっきとした戦利品なのだ。

「しかし、こんなもんをわざわざコッソリ読むなんて。泣けてくるもんがあるな」
「うるさいな!おいらだって堂々としたいさ。でもそうするとローラの奴が嫁気取りで追っかけてくるんだ!」

 アブサロムは一旦雑誌から目を離して苦々しく唸った。花嫁の格好をしたイノシシのゾンビが頭に浮かび、思わず鼻梁に皺が寄る。彼がちょっとでもニヤけた顔をしたら最後、余所見をするな浮気者!と言わんばかりに、いや実際にそう怒鳴りながら、ローラは俊足で迫ってくる。だから今夜も細心の注意を払い、スケスケの能力を駆使して隠し部屋まで来たのである。
 
「フォスフォス!モテる男はツラいな!」

 そんなアブサロムの気苦労をホグバックは笑い飛ばす。顔を少し仰け反らせて、悪魔のように尖った歯が剥き出しになる笑いっぷりだ。対面に座るアブサロムは胡乱な目つきになった。

 目の前で他人の不運を種にして笑う医者は、持っているグラビア雑誌に童話の絵本を被せて謎のカモフラージュをしている。笑いたくなるのは一体どっちだ。ここは男二人だけの空間。よく分からない小手先の見栄張りである。
 
 アブサロムは徐に手を伸ばすと、ホグバックから素早くそれを奪ってやった。メルヘンな絵本だけが手元に残った悪魔の医者はワァ!?とあからさまに焦って叫び、手をばたつかせる。
 その様子を見てアブサロムの溜飲は下がった。フン、と満足げに鼻を鳴らすと素っ気なくグラビア雑誌をホグバックへ返す。男を揶揄からかうのは趣味じゃない。そんな事よりも今宵の貴重なお楽しみの時間。手元の様々な華を鑑賞して愛でるに尽きる。

「ハァ……癒される。まともな女はやっぱ良い……

 雑誌のページに顔を埋めてアブサロムはうっとりと言葉を漏らした。戻ってきた雑誌を絵本でまたカバーして見ていたホグバックが顔を上げる。

……そりゃあ我らが同胞のオバケの姫君にちょっと失礼じゃないか?お前にとってペローナはまともな女じゃないのか」

 俺様の麗しい使用人も。と最後にちょっぴり余韻を含めた付け加えをして、ホグバックはアブサロムへ問いかけた。

「ガルルッ、何気取ってやがる。アイツらをそういう目で見れねーよ!ペローナなんか以ての外だ。アイツは妹みたいなもんだし、何よりもあの壊滅的なワガママっぷり!身体をいくつ改造してもきっとたないぞっ」

 ゴーストプリンセスと自称するペローナは、お供に動物のゾンビ達を侍らせている。彼女の命令を何でも聞いて一番振り回されているのは、プリンセスの昔からのお気に入り、クマシーだった。
低い声で吃りながらオロオロするクマシーを思い出して、アブサロムはぶるりと小さく身震いした。自分がもしもクマシーになったら正真正銘、ツギハギの我が身がバラけそうな気がする。

「フォスフォスフォス!!全くその通りだろうな!」

 ホグバックがまた他人を嘲笑う。この場合はペローナを筆頭に哀れなクマシーも笑いの種だろう。酷い男だ。それでもアブサロムはこの悪い医者には慣れきっている。ケタケタと笑う顔よりも、持っている絵本の方を何となく見た。お淑やかなプリンセスが表紙に載っている。ワガママはおろか、隣に寄り添う王子に照れた顔をして無口そうだ。
 アブサロムはふと、自分が持っている雑誌を見た。開かれたページには撓垂しなだれる女性が載っていた。玉の肌に豪華な毛皮だけを羽織っているのに、堂々と物語る貫禄がある。何も被っていないその頭に、高貴な王冠が薄ら見えてくる程に。

……うん。やっぱりおいらの花嫁は女王みたいな女がいいな。勝ち気だがどこか品のある顔で、髪の色は金?う~ん、赤か!」
「ん?花嫁か!俺なら背の高ぇ女がいいな。スラーッとしててさ、舞台映えする綺麗な女でさ――

 アブサロムが鼻の下を伸ばして語ると、ホグバックもすかさず喋った。両腕を伸ばして揺らし、空中にジェスチャーで表す。影も遅れずにそっくりそのままな動きを壁に映した。
 その影が突然、歪に膨らんだ。
 
「歴戦のゾンビたちを統べ、怪人の称号を持つ男どもが、こんなちまっこい所でお喋りとは。……笑っていいもんか?」

 膨れた影はぽつぽつと気泡のように溢れて新たな輪郭を作ると、三日月の笑みを浮かべた。金属を引っ掻くような不気味な声は、アブサロムとホグバックへ向けられている。聞き覚えがあり過ぎるそれに、二人は即座に部屋の扉を見た。
 隠し部屋の扉がいつの間にか開いて、その隙間から長い指が巨大な蜘蛛みたいに妖しく蠢いていた。

「モ、モリア様ーーッ?!!」

 二人は同時に叫ぶと慌てふためいて、隠し部屋から転び出た。雪崩込む勢いはその弾みで静かに積もった図書室の埃をふわりと舞い上がらせる。闇が柔らかく混ぜ返された中、ランプを一つ掲げたモリアが不敵に構えていた。

「ぁ、あああ、あの!これはほんとに他意の無いくだらねぇ集まりでしてッ」
「そ、そう!だからおいら達が言ってた事も本心じゃないっていうか、なんていうか、つまりその!」

 モリアがいつから近くに居たのかは全く分からない。が、ペローナを話題にあげて笑っていたのを聞かれていたのなら非常にマズイと、二人の心境はピッタリ同時に焦って苦しい汗を流した。
 ペローナはモリアが拾った娘だ。彼自身は面倒くさそうにしているが、娘を十分可愛がっている事は滲み出るものがある。

「あぁ、いいさ。気にする事はこれっぽっちもねェぞ。あのお姫サマにはおれも随分手を焼いてる。ただてめェらの話し声が聞こえたから、つい揶揄いたくなっただけだ」

 自分の足元で慌てて弁明する部下を見て、モリアはひらひらと軽く手を振ってみせた。片眉を少し上げた表情は機嫌が良さそうである。
主人がちっとも怒ってないその様子に、二人はようやく落ち着いて胸を撫で下ろした。

「ま、それはともあれ。こんな魔の海域で花嫁探しは、ちと効率が悪いか

 モリアは気怠く振っていた手を止めると、今度は人差し指を立てて自身の顎辺りを掻く仕草をする。鋭い眼を上目にして思案する主人の姿は至って何気ないが、アブサロムの目には焼きついて見えた。
 
「いや、いいんです!ここを離れてまで花嫁を探したくねェ。お、おいらはあんたの隣で王になりたいと思ってる!墓場の王、アブサロム!そして王あってこその女王、花嫁だ」

 アブサロムは一度治まった焦りを突出させて早口に喋った。今は後ろめたさによる釈明ではなく、モリアへの崇敬の気持ちでいっぱいだった。
 モリアと共に居なければ、アブサロムはきっと元の気弱な身体のままだ。百獣を凌ぐ今の身体に成れたのはモリアのおかげである。だからこそ、夢を一つ叶えた後に自然と王に成りたいと思った。モリアの望むそれと並べても良いのかは、恐れ多いが。
 
「キシシ!大した野望だ!よくぞ言った、アブサロム。じつに海賊王の参謀らしいじゃねェか」

 少し腰が引けているアブサロムを見て取り、モリアは快活に笑ってみせた。いつもの吊り上がった笑顔に、意地悪な輝きは全く無い。
 アブサロムにはこの上ない誉れの示しだった。

「~~~ッ!!花嫁を貰うぞ!王には女王!!」

 有頂天になったアブサロムは両腕を突き上げて唸った。吠え狂いそうな勢いで王には女王!と繰り返す。隣でただ傍観していたホグバックは鼻頭をポリポリ掻いて煩そうにした。モリアは上機嫌そうだ。
 上空から部下たちを見る眼はニヤニヤと化け猫のよう。それがふと、あるものを見つけた途端、曇っていった。

「王には女王……か、だったら姫には王子か?」

 モリアは独り言めいた口ぶりで呟いた。存外重い雰囲気で、上向きだった三日月が瞬く間に対称に下がる。ギザギザの歯元から今すぐ呪いを吐きそうだ。
 主人の変わり様に思わず二人は辺りを素早く見回した。すると、元凶らしきものはすぐに発見できた。床に無造作に落ちた絵本がポツリと、一冊。
 二人が隠し部屋から飛び出た勢いに、絵本も巻き込まれたのだろう。表紙にはアブサロムが見たお姫様が王子と寄り添っている。金色の巻き毛の姫は、モリアの頭の中ではお転婆なピンク色にすり替わっている。想像に難くない。アブサロムとホグバックは真っ青になった。
 
「いや!そんなのたかが子ども騙しですよ!夢物語!!現実にゃあそうそう無いと思いますケド~~?!なぁ!!アブサロム?!」
「あ、あぁ!その組み合わせだと今どきチープっつーか王子と姫なんて悲恋で叶わないこともあるし?!どっちかっつーと姫の側には騎士がいるもんで――
 
「騎士とかいうのも居るのか……
 
「わ゛ーーッ!!!アブサロム!!テメェ馬鹿!!!!」

 ホグバックの叫び声は盛大に響いた。屋敷をビリリと震わせて、スリラーバークの厳かな不気味さと安眠、そして主人の不機嫌をも吹き飛ばした。
 けれど、生憎なことに大声が人を集めるハメになり、隠し部屋が皆にバレてしまった。当然、男たちの戦利品の数々も。それを目の当たりにしたゾンビたちは白けた目をしていた。殊更シンドリーは、氷点下の眼差しをホグバックのみに向けていた。
 
 ちなみに、しれっと騒ぎから抜けたモリアは素知らぬ顔で『どうでもいい事なんだがよ、お前は王子と騎士ならどっちを選ぶ?』という質問をペローナにしていたそうだ。