eclipsis
7991文字
Public ローロビ
 

Spell on you

古いおまじないと×未満な二人。ローがサニー号に同乗してる謎の世界線



 
 太陽の獅子を船首にするサニー号が、春風に誘われるのはごく当たり前の事なのかもしれない。
 その風は近くの春島から吹き、小さな花弁とキラキラした紙片を一緒に連れて来た。明るく元気な色味のそれらは何らかの祝い事を充分に表す。春風を伸びる手で捕まえた船長の瞳は負けないくらいにきらめいた。
 もうそれだけで、サニー号の進路は決定した。麦わらの一味がお互いに目配せをする。目指すはお祭り中の春島。同乗しているローの事はお構い無しに、太陽みたいな船長とその船は進んでいった。

 目指した春島は島影が見えた時点で既にお祭りのムードが漂う島だった。背の高い木々は小さな花を咲かせて遠目から可愛いブーケのように見えて、麦わらの一味とローが足を下ろした町中では行き交う人が花飾りを頭に着けていた。割と大きな島で町並みは中心部へ行くほど密集していて、観光客も結構居るようだった。そして島の住民は出会う人々へ必ずブレスレットを渡していく。それがこの祭り独自の習わしのようだった。
 
 編んだ紐に小さなビーズを組み込ませて作ったブレスレットは、子どもでも作れるような手軽さがある。実際そういった感覚で配られるものらしく、町民同士が笑顔で手早く渡し合ったりもしていた。それが一種の挨拶という風に、祭りの賑やかな空気の中で自然と交わされる。友達、親子、恋人、何なら知らない人でもお近づきの印に、とブレスレットは渡されていく。見て触れる挨拶は客引きや体の良いナンパにもかなり使えるらしい。麦わらの一味、特にサンジは自らすすんでブレスレットを貰いに町のレディの元へ走った。ローも見知らぬ女達にすれ違いざま渡されたりした。熱心な人からは意味ありげなウィンクも送られて、ローは少し口元を引き攣らせながらブレスレットをポケットへ突っ込んだ。

「まっ、良い男! こりゃ渡さずにはいられないわ!」

 足早に町の通りを過ぎようとしたローへ声がかけられた。ローが見ると婦人の集団がきゃあと黄色い声をあげる。最初に声をかけた婦人を皮きりに、アタシも、アタシのも! と、ブレスレットがローへ手渡されていく。婦人たちの何人かは片手にグラスを持ってケラケラと笑い実に楽しそうだ。ローの口が堪らずあんぐりと開く。そのままサッと踵を返して裏通りの道へ逃げる。婦人たちはそんなローの事は全く気にしなかった。傍の子どもたちがオモチャのくす玉を盛大に割ったのを見て笑う。鮮やかな紙片とケラケラ響く笑い声がローの後方から上がったが、当然ローは振り返らなかった。


 ※

 裏通りの空気は落ち着いて穏やかだった。賑やかな通りから少し逸れただけで人影は点々として、道沿いの建物も似た雰囲気で佇む。民家に挟まって薬局や手芸屋などの小さな店がひっそりしている。ローは大人しく垂れ下がっている店の看板を眺めながら歩いた。そして本屋の看板を見つけたところで足を止めた。店の扉の前で一旦、自分のポケットを探る。財布が貰ったブレスレットたちと触れ合ってカチャカチャと小さく鳴った。何だか笑い声にも似たその音にローは眉をしかめた。目の前の本屋は咳払いさえ躊躇するような落ち着きがある。
ローはブレスレットを仕方なく己の腕に着けて本屋へ入って行った。腕に収まり良く並んでしまえば、ブレスレットは控えめなデザインである。

 扉を開けるとローの頭上から古ぼけたベルの音が鳴った。続いて店の奥から老人の声で「いらっしゃい」という挨拶がされる。その店主らしき姿は本棚が邪魔をして見えない。それっきり声も物音も出ることは無かった。まるで時間が停止して静けさばかり充満したような空間に、ローはようやく一息ついた心地を覚えた。
 本屋はこじんまりとして棚の数も少ないが、その背丈は天井と同じくらいに高かった。本棚で出来たやや狭い通路をローはゆっくり進んだ。時々棚の本へ手を伸ばして立ち読みをする。時間が停止しているのは本たちも同じで、古い航海術の本や数年前の新刊情報を挟んだ本が並んでいる。ローはそれらを興味深く読んだ。
 本棚を見てまわると、最後のコーナーは丁度医学書だった。コーナーと云ってもざっくりとしていて、民間療法が載った本やダイエット本も並んでいた。背丈が疎らな本の合間でローはふと目を留めた。手が一冊の小ぶりな本へ伸びて取り出す。中々珍しい薬学の本だった。ローが覚えている限りでは絶版になった筈の本である。薬学はローの得手から少し外れるが、時間潰し代も兼ねて買うことにした。

 足を進めて本棚の通路から出ると、会計カウンターは店の奥まった角にあった。そこには白髪の老婦人が座って編み物をしていた。小さな肩を丸めて手元だけ動かす姿はからくり人形のようだ。ローがカウンターの前へ来ても頭を上げない。

「アー、すまん。会計を」

 そう一言声をかけると、マイペースな店主はやっと顔を上げた。「はぁい、どうも」と間延びした返事をしながら持っている編み物を片付けていく。ローはポケットの財布を取り出した。

「あら、色男さん。ふふふ、目移りしそうねぇ。好い人からは貰えたかい?」

 財布から紙幣を出すローの腕を見て店主が喋りかけた。半端に差し出した腕はそのまま流れで紙幣をそっとカウンターに置く。つられて腕の上を流れ動くブレスレットを見てローは苦々しい顔をした。

「いや、おれはそんなんじゃ……
「おや。……じゃあ、贈る側かしら?」

 曖昧な返事のローに店主が空かさず問いかけた。どこか確信めいた口調だが勘違いをしている。ローはそんなつもりで言葉を濁した訳ではない。少し困って店主と目を合わせると、その瞳の色にローの頭が引っかかった。
 青い瞳が純粋な好奇心に満ちて光っている。店主の年相応に穏やかな光は知性の光とも見て取れる。ローの頭に引っかかったものが、一人の女の姿になった。長い黒髪の女だ。春風に笑っていて、切長の青い瞳が好奇心で光っていた。その時ローは目が離せなくなり、船の進路が決まる声すら遅れて聴こえたのだ。

「あらまぁ、そういう事ね…………じゃあ、これはとっておき。よく見ておいで」

 どこか遠い目をして言葉に詰まっているようなローの様子を見て、店主がやはり確信めいた口調で喋った。瞳を一度くるりと動かして真面目な表情に変わる。誰かを強く思い出していたローの頭の中も、その瞬間切り替わった。無意識に開いていた口元を引き締める。頭にはまだ誰かの名残が薄ら漂う。思考がチグハグするので、無言のまま店主の行動を待つことにした。

 店主は徐に両手を動かすと胸の前で手のひら同士を合わせた。そして合わさった手の指を組んで祈るような形にする。組んだ指を解くとまた手のひらを合わす形にした。次いで指先のみを合わせて手の甲を丸く弓なりにして、蕾のような形を作る。お終いにその形を解いて、手のひらをローへ見せるようにして差し出す形を取った。

……何なんだそれ。どういう意味がある?」

 店主の言うとおりに一連の動作をじっとよく見ていたローにはそう訊くしかなかった。店主がやってみせた動作は手遊びの類にしか見えない。それを真面目な表情で教えた店主の意図がよく分からない。当の店主はローの質問を受けると、あやふやな顔をして苦笑いをした。

「う~ん……私もよく知らないの。ただ幸運のおまじないとしか言えないわァ。私は私のお婆さんから教わって、そのお婆さんもお婆さんから、っていう風に伝わってきたんだけどね」

 喋りながら店主はその"おまじない"の動作をまた一から始めていく。

「昔はね、ブレスレットを贈る相手にこのおまじないも一緒に贈ってたのよ。今は誰もやってないみたいだけど、若い人たちは忘れちゃったのねぇ」
……ふぅん」

 店主はゆっくりとおまじないを繰り返しやって見せる。ローはその手元を見ながら曖昧な相づちをした。頭の中でまた黒髪の姿が浮かんでいる。その黒髪の女におまじないを見せたら、青い瞳がローの事を見つめてくる気がした。好奇心できらめいた青い瞳が。

「なんせ古いからねぇ。幸運っていっても効果は無いかもしれないけど……きっかけ作りには中々良いと思うのよ」

 おまじないの動作をやめた店主はカウンターに放って置かれていた紙幣へ手を伸ばした。まったり喋りながら古いレジを打つ。それに対しレジはボタン音や小銭の音をせっかちそうに鳴らす。チグハグな様子にローの気が逸れて、店主の話が右耳から左耳へ流れていく。買った薬学の本にもあまり興味が湧かない。

「まぁ、話半分に試してごらんなさいよ」

 釣り銭をトレイへ優しく載せた流れのまま、店主はローにそう告げた。そして薬学の本の上にブレスレットを添えて差し出す。小さな白いビーズが花の形をしているブレスレットだった。
 何気なく店主の対応を見ていたローの意識が一気に戻る。また勘違いをされている。慌てて目を見開き店主を見たが「がんばっておいで」の一言と、目尻をふにゃりと下げた無邪気な笑顔を貰ってしまった。
 口を出そうとしたローの気持ちはそれですっかり完封された。ぐうの音も出ないで差し出された物を全て受け取る。花のブレスレットは財布を入れたポケットとは違う方へ仕舞い、心の中でひっそりとため息を吐いた。

 
 ※※ 

 ローがサニー号へ戻ると麦わらの一味はほぼ全員集合していた。ルフィとゾロが戻っていないようで、ブルック達がそろそろお迎えに行きましょうか。と悠長に喋りあっていた。甲板に集う皆の腕には見慣れないブレスレットが増えていた。チョッパーだけが腕じゃなく角にブレスレットをぶら下げていて、季節外れのツリー飾りのようになっている。

「あら、トラ男君もたくさん貰ったのね。フフ、流石だわ」

 甲板へやって来たローに気づいたロビンが声をかけた。ロビンの隣にはナミが居て、彼女達の腕にはブレスレットがたくさん着いていた。町の男達がお近付きに、とこぞって渡す様が容易に想像できる。ローの胸の内が知らずに少し重くなった。

「かわいいわよね、キラキラなビーズで……コレがぜ~んぶ宝石だったらねぇ」

 ナミが自分の腕を空に翳す。陽の光を受けてきらめくビーズを見て悩ましげに息を吐いたら、チョッパーの元へ歩いて行った。宝石の夢をチョッパーのツリーに飾りを増やすことで紛らわせる気らしい。自分の腕からブレスレットを外して角へ着けていく。
 ロビンはその様子をニコニコしながら眺めている。ローはそのロビンの隣に立っている。二人とその他のクルーの間には、自然と距離が空いている。
 
 ――丁度良い、二人だけだ。ローの頭が薄ら状況を把握するのと同時に、彼の腕はポケットからブレスレットを取り出し始めていた。

……やる」

 ぶっきらぼうな一言と共にローはロビンへブレスレットを差し出した。急に目の前へ男の拳を掲げられてロビンが目をパチクリさせる。だが手の中のブレスレットを見たらすぐに微笑んだ。

「まぁ、貴方もくれるの? ありがとう」

 ロビンはローの近くへ向き直って柔らかな笑みでお礼を言った。それに対し、ローの瞳がわずかに鋭くなった。少し重くなっている胸がチリチリと疼く。
 "も"じゃないのだ。ローには、彼だけのとっておきがある。
 
 ロビンがブレスレットを受け取った後、ローはすぐに例のおまじないをやって見せた。ロビンは目を丸くしながらもローの手の動きを目で追う。ローはじっとロビンの顔を見つめていた。

……なぁに? それ」

 ローのおまじないが終わるとロビンは空かさず問いかけた。小首を傾げて長いまつ毛がパチリと音をさせながら瞬きをする。ローは自分の手をひと仕事終えた後みたいに何気なく振ってみせた。

「町の婆さんに教えてもらった。ブレスレットと一緒に贈るまじないだとさ。だが殆どの人は忘れちまってるもんらしい。それくらい古臭い習わしだ」

 ローはいつも通りに素っ気ない表情で喋る。だが"まじない"や"古臭い"のアクセントが極わずかに強調されて跳ねていた。ローの言葉を静かに聞いていたロビンが自分の顎に指を当てる仕草をする。

「おまじない……

 小さくそう呟いたロビンは瞬きをゆっくりした。青い瞳が澄んだ海のようにきらめいて、ローを映していた。
 ローは内心でニヤリと笑った。予想したものが全て的中して目の前にある。秘密の悪戯が成功したような他愛ない満足感で胸の内が埋まり、重くなっていたものは跡形もなく消え去っていった。