eclipsis
4983文字
Public ミホペロ
 

vespertine

ベッド上の短編二つ。※PG-12程度の性描写有り




 深まった夜の部屋は静けさに包まれていて、しんとした薄闇が降り積もる。それをやんわりと打ち消すのがベッド際の蝋燭の灯りたちだった。背が高い灯り用の蝋燭と、どっしりとして香りの立つアロマ用の蝋燭。それらが柔らかいオレンジ色の光源になって、ベッドにいるミホークとペローナを照らしている。向かい合う二人の間には、ささやかな衣擦れの音だけがあった。

 ペローナが目の前にいる男の服をおずおずと脱がしていく。ボタンを外す娘の指先はどこか朧げである。蝋燭の火が映す揺れる影のせいか、ペローナがドギマギしているせいか、対面するミホークにとってはどちらも些細なことに過ぎなかった。それよりもペローナの様子を真近で見るのがただ心地良い。
 何とかしてブラウスのボタンを外しきったペローナは頭を少し上げた。鼻先の寸前にはミホークの顔があり、黄金の瞳がずっと娘を射抜いていた。じわりとした熱の視線を今さら知ったペローナの頬が一気に赤く染まる。瞬時に茹だったような娘はそのまま顔を勢い良くそっぽへ向けた。何か言いたげな唇はツンと尖って濃いピンクだけを主張した。

 突っねる態度をするペローナに、ミホークは胸の内で笑った。娘の態度が形だけというのは分かりきっている。今夜は何も初夜じゃない。何度も重ねたことのある夜で、蝋燭たちを用意したのは紛れもないペローナだ。甘い夜の香りと雰囲気に自ら酔ってミホークのことを誘った。それでも娘はこうして恥じらいを晒す。ミホークは思わずその頬へ手を伸ばした。
 男の手には余る小さな頬をゆっくり撫でていく。するとペローナは静かに目を閉じた。顔はもう正面を向き、不機嫌そうに尖っていた唇は何かを期待して柔らかくなっている。
 
 ミホークは頬を撫でる手をそのまま肩へ滑らせた。手のひらにキャミソールの紐が当たる。華奢なレースで出来たそれを全て落とし去りたい衝動にふと駆られたが、ゆるく撫でる動作で和らげた。いつまでも純情なペローナを前にすれば、そうしたくなった。今だって行儀良く目を閉じ律儀に口づけを待っている。ミホークは細い肩を抱く手に少し力を入れ、娘の身体を抱き寄せた。
 蝋燭にしてもボタンを外すにしても、ミホークにすれば全て些末な順序立てではある。ペローナと愛し合うなら何でも良いと、娘のサクランボに似た唇を見ながら思った。ミホークはペローナへゆっくり口づけを落とす。
 ありのままのペローナがいれば何でも、何処でも良いのだ。温いベッドの中でも、果ては扉を開けて、畑の中でも何だって。
 ミホークの甘い連想はそのまま彼の脳裏へ映し出された。作物が実る畑の傍で素っ裸になっている二人がいる。突拍子もない姿に思わず吹き出してしまった。ミホークの笑う息を唇に浴びたペローナは目をパチッと見開いた。
 
「な、なに?……ん?! お前私の顔を見て笑ったのか?! ヒドイ!」
「いや、すまない。じっと見ていたら好きが余ってきて、つい」

 ペローナはくっ付いていた男の身体を肘で押し戻すようにしながら文句を言った。ミホークは一向に娘を抱く手は離さず、笑ったままだ。男の胸元をグイと押す腕は気まぐれな猫が撫でる手をふいに制止させるじゃれ合いに似ていて、ちっとも苦じゃなかった。寧ろ綻んだ気持ちを素直にペローナへ告げた。
  
「何ソレす、好き? フ、フン! 趣味悪ぃぞ……
「戯れだ。お前は見ていて飽きないからな」
「楽しそうに言いやがって……タワムレって、遊びって意味だろ。私もお前でタワムレをしたい!」
「無論」

 中途半端に服を脱ぎ合った状態すら置き去りに、ペローナは楽しそうな声で文句を言った。ミホークは素直なまま娘の声へ同乗する。一旦お互いの身体を離すと、ベッドの上で向き合うように座り直した。ペローナは横座りをしてミホークは片膝を立てて座り、二人とも落ち着いた姿勢になった。
 ペローナは静かに座っていても丸い瞳がきょろりと動いて、瞬きの度に音がしそうだった。本当に見ていて飽きない。ミホークは徐に腕を伸ばし娘の垂れた長髪を掬いとった。波打ったピンクの髪が蝋燭の灯りに照らされて、蕩けそうな光沢が髪の上へ滑っていく。髪を手でゆるく撫でれば、ピンクの波を滑る光沢が躍るように輝いた。

……根元からピンクだな。お前の身体からこの色素が生まれている訳か」
「ホロホロ、変な言い方するなよ。好きなくせに」

 髪を弄ぶミホークはその先のペローナの顔を見ながら呟いた。ペローナはミホークの手先を見て微笑んでいる。ピンクの髪は娘の白い肌にやんわりと触れるだけで、頬や唇のピンクに微妙な色合いの差を見せて示す。

「フ、変か。確かにこんな色が身体から出てるとは面白い」
「ア゛ァ?」
「可愛い」

 上機嫌だったペローナが途端にドスの効いた声を出せば、ミホークはあっさりと代わりの言葉を発した。半ば強制して言わせた言葉でも、ペローナには正解だったらしい。じとりと睨んだ顔をすぐに笑みへと変えて、自慢げに鼻をフンと小さく鳴らした。言い負かされたようなミホークは悔しい表情にはならず、ただ口の端を上げて笑ってみせた。実際「面白い」も「可愛い」も本心から出た言葉で、タイミングが違っただけに過ぎないのだ。
 ペローナの髪を指で梳かし弄んでいたミホークは一旦手を離した。すると男の挙動と入れ替わるようにして、ペローナが少し前屈みの姿勢を取った。丸い瞳が上気味になり、ミホークの額付近を見ている。

「白髪がある」
……嘘をつけ」

 ペローナは真面目な顔になり呟いた。視線は変わらず額付近をじっと見る。ミホークはいつもの落ち着き払った声だったが、ほんの少し目を細めて目の前の娘を見据えた。疑惑の白髪を見つめるペローナの両目が瞬きをする。そして大人しくしていた口がホロホロ! と愉快そうな笑い声を上げ始めた。

「ちょっとだけ信じたか? フフッ、安心しろ! ぜ~んぶ黒くてツヤツヤしてるよ。ていうか羨ましいくらい皺とかシミが無いよな!」

 イタズラが成功してペローナは無邪気にミホークへ種明かしをした。嘘からの白状で、ペローナの声色はとても素直な調子だった。本当に羨ましそうな表情をしてミホークの顔を見つめていく。次第に小首を傾げて、どこかにシミがないかと探るように視線をじっと注いだ。己の肌へ集中する娘の視線にミホークはくすぐったい感覚を捉え始めた。
 ペローナの視線は止みそうにない。見つめられた箇所から穴が開きそうで、それこそ穴がシミになるかもしれない。ミホークは他愛ないその想像を面白いと思いつつ、娘から貰ったシミを気に入るだろうとも思った。
 
 ペローナの探求する視線はお互いの頬がすり合いそうな程近づいていた。娘の瞬きによってまつ毛がミホークの肌を撫でたときに、ミホークは視線ごと掻っ攫うようにペローナを抱きしめてベッドへ倒れた。
 キャア! とペローナが驚いた声を出したが、すぐにクスクスと喉を鳴らすような笑い声を立てる。ミホークになぎ倒された身体は柔らかく、そこに回っている逞しい腕へゆっくりと身を預けていた。

「いつか白髪のお前も見てみたいな……

 何気なくペローナは呟いた。くるくると変わる表情は、なりを潜めて少し遠い目つきで己を抱くミホークのことを見ていた。眠そうで眩しそうな、溢れるものが篭もるその瞳にミホークは口づけを落とした。
 自然と目を閉じた二人はただ唇を重ね合った。身体から力が抜け、このままベッドの上でバターみたいに溶けて眠りにつきそうになる。傍らにいる蝋燭たちがその二人の空間をひっそりと照らし続けた。
 
 ふいに蝋燭たちは急かすようにジジ……と煙を吐く音を出したが、二人はちっとも気づかなかった。
 お互いの息遣いを触れて感じ、ずっと目を閉じて浸っていた。