eclipsis
7603文字
Public ミホペロ
 

トロフィーは砂糖でいっぱい

学パロ。サンジが大活躍する。※微量にサン←プリ要素有り



 その日の前日と当日は、サンジが一年の中で最もレディ達から声をかけられる日かもしれない。

 メッセージの着信音が鳴って、サンジはポケットから端末を取り出した。アプリが起動されるとメッセージ画面が出る。
『サンジ君、うまく作れたよ!ありがとう』
 メッセージと共にチョコ菓子の写真と、華やかなラッピングの写真が届いた。それらを見るとサンジは小さく微笑んで、たっぷりの褒め言葉をお返しするために画面を素早くタップした。この子だけじゃない。今日何回か複数人にしたやり取りである。

 バレンタインは素敵な日だ。サンジはつくづく思う。普段の日でも天使に見えるレディたちが、より一層輝いておまけに甘い香りを漂わせる。そしてサンジの事を頼ってくれる。
 彼女たちが恋に悩んで一生懸命がんばる姿は可愛くて綺麗だ。つい昨日、お菓子作りを手伝った桃色のプリンセスは殊更可愛かった。ふと思い出せばサンジの口角がふにゃりと上がる。
 世界が薔薇色に染まっている。彼女たちも、サンジも。そんな世界で作られるお菓子たちは、さながら世界一のトロフィーだ。何物にも変えられない唯一で、恋するレディの美しい手から、ただ一人のために贈られる極上品。サンジはバレンタインが来る度によく連想する。

 サンジが甘い想像をしながら廊下を歩いていたら、また何人かのレディが声をかけてきた。
 それに惜しみなく応えてサンジは手を振った。レディたちも嬉しそうに感謝を告げ手を振ると駆けて行く。
 放課後の今が正念場だろう。彼女たちの頬は緊張や期待で可愛らしい赤色に染まっていた。そうして颯爽とトロフィーを渡しに行く。
 サンジの頭が再び薔薇色に染まったが、ほんの少しだけ脇を掠めて行く気持ちが芽生えた。

 ――俺にも、俺だけのトロフィーがあったら良いな。

 何だかほろ苦い気持ちになって、サンジは小さく頭を振りはらった。チョコ自体ならたくさん貰っているのだ。手伝った御礼に心優しいレディたちが作ってくれた。
 これらも充分気持ちが詰まってる。ほんのり膨らんだ鞄をひと撫でして、サンジは歩く足を僅かに速めた。

 そして、廊下の角を曲がろうとした時だった。

「ヴィンスモーク・サンジ」

 低い男の声で背後から名前を呼ばれた。普段フルネームで呼ばれることが滅多にないせいで、サンジは冷や水を突然かけられた気分になった。少し肩を強ばらせながら、声のした方へ振り返ってみる。

……ッた、鷹の目……?!」

 やや離れた廊下の真ん中に、鋭い眼光をした男が立っていた。予想外の人物だ。サンジは思わずその男の通り名を口走ったが、本名はハッキリとは覚えていない。
 サンジの同級生で剣道家のゾロが唯一勝てない剣士。最強の男。それぐらいしか鷹の目に関する情報はない。ましてや声をかけられる接点や因縁など、言わずもがな。
 対峙する鷹の目――ミホークの眼光は絶えず強い。サンジの強ばった肩に更に力が入った。顔には困惑と警戒の表情が有り有りと出て、眉間に皺が寄る。

そう身構えるな。これはただの挨拶だ」

 ミホークはサンジの警戒態勢にただすら平静な態度と声で応じた。そして徐に持っている鞄へ手をかけると、その中から何かを取り出した。

 それは男の片手にちょこんと収まっていた。ラズベリーピンクとモカチョコのストライプ柄の包装に、深いワインレッドのリボンが着いている。
 ミホークはその小包を己の肩の高さくらいで掲げてみせる。両目が僅かに細められ、切れ長の合間から尊大な光がチラつく。まるで、勝ち誇るかのように。

……は?!!お前、それっ!!」

 困惑し続けていたサンジの頭がようやく合点すると大きな声が出た。次いでに堪らず人差し指をミホークに突きつけた。男が持っているものに見覚えがバッチリある。それは、ペローナが作ったガトーショコラだ。

「アイツが、世話になったようだからな……。最初に言ったろう、これは挨拶だ。貴様の顔を一度見たくなった。……おれの用件は以上だ」

 ミホークは尚も顔色を変えずに淡々と喋った。そして最後に、さらば。と短い言葉を吐いて、くるりと身をひるがえしサンジの前から去って行く。

 ミホークがペローナのお菓子を持っているという衝撃から、一方的に用件を述べられサンジはぽかんとした。けれどそれは束の間で、戻りつつある意識がふつふつと沸き立ってくる。
 どんどんサンジから遠ざかる男は、喋っている最中に彼のことを上から下までじっくりと見ていた。あれは隠しもしない牽制。無機質にも感じる冷たい金色の瞳が、却ってわかり易くじっとりした熱を持っていた。極めつけが、あの見せつけるようなペローナからの、トロフィーだ。

 要はこれって、単なるヤキモチか。
 そう勘づいた瞬間に、サンジは口を大きく開いた。

……て、テメェ!いいか!!それは世界一で、唯一の!お前だけのもんだぞ!!死ぬほどクソ美味いからな!!!万が一粗末に扱ってみろ!テメェを三枚にオロしてやるッ!!」

 サンジは思いっきり吠えた。ミホークから声をかけられ、すわ喧嘩か何かかと思って警戒したのがすごく馬鹿らしい。その鬱憤と、あんな可愛らしいペローナの相手がこんな無愛想な奴なのかという、ギャップやら何やらで叫ばずにはいられなかった。

 サンジのそんな怒声を浴びたミホークは振り返りもしなかった。ただ持っているピンクなトロフィーを、一度上に掲げてみせるだけであった。

 
 突然吹っかけられた奇妙な対話は終わってみれば、なんとも呆気なかった。サンジは一旦溜息を吐いて、スッキリした足取りで校舎の玄関へ向かった。
 放課後の廊下はいつもの通りに落ち着いて、ほんのちょっとソワソワした甘そうな会話が時おり聞こえてくる程度だ。いつものバレンタイン。レディたちの恋は実りそうだ。桃色のプリンセスの恋も、あの調子なら大成功だろう。サンジの眉尻は自然に下がり、思わず笑ってしまった。今日はもう何事もなく平和に終わりそうだ。

 靴箱に到着するとサンジはローファーに履き替えていく。屈んでいた体勢を元に戻したら、夕日が眩しく感じた。玄関口から見える空の夕暮れが強く照っている。

「サ、サンジ!……さんっ!!」

 差し込む夕日を遮って、人影が現れ伸びてきた。栗色の髪を二つに結んだ女生徒がサンジの前に立っている。

「あれ、プリンちゃん。どうしたの「い!!い、今って、ヒ、ひ暇かしら?!!」

 サンジの言葉へ被せるようにプリンは早口で喋る。彼女の顔は背中に受けた夕日と同じくらい真っ赤で、頬の輪郭が逆光のせいで淡い金色を帯びていた。サンジは初めてこんなレディの顔を見たかもしれない。見惚れる気持ちで、ただ黙って頷いた。

 ――わ、渡したいものが、……あるんだけど。
 
 プリンが切羽詰まった口調から一転して、とても静かに声を発した。
 
 彼女は背中に隠したお菓子を震える手で持っている。その包装紙が夕日を浴びて、誇らしい唯一の黄金色に輝いていた。