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eclipsis
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ミホペロ
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日毎に近くへ
恋が愛にかわるとき。
この話
の続き
シッケアールの夜は変わらず暗くて寂しい。けれど、変わってしまったものができた。
鷹の目が眠る私へ優しく触れてきたあの夜。それは普段お互いに過ごす中で絶対にしない触れ方だった。そもそも私と鷹の目はただの同居人で必要最低限の気遣いはすれど、あんな接触の仕方は初めてだった。あんな、ロマンチックで、夢みたいな。
だから鷹の目から
揶揄
からか
うためにやったのだと真実をバラされた時は、ものすごく悔しくてよく分からない啖呵を切ってしまった。触るのなら起きてる時にでもやってみやがれ!とか、なんとか。
恥ずかしい上に勢いのみで言った言葉だから無かった事にしたい。でもそれを無効に出来ないでいた。何故なら、鷹の目がそれを実行してきたのだ。
シッケアールはいつも暗くて寂しい。そして鷹の目の表情や態度も変わらない。けれど、日常的に私を撫でたりして触れてくるようになった。
とんでもない変化だ。
朝起きた時に廊下で偶然出会ったら、おはよう。と簡素な挨拶と一緒に頭を撫でられた。畑仕事の時は収穫物を奴の傍のカゴまで運んだら、私の乱れた髪を耳に掛けてきて汗ばむ頬をタオルで拭いてきた。
そこでニッコリすればまだ可愛げがあるのに、いつもの仏頂面で触れてくるのだ。なのに、触れてくる手はあの時みたいに優しい。その温度差に当てられて私が目を泳がせると、やっと鷹の目は笑う。意地悪くニヤリと口の端を上げて。何もかも鷹の目の手中で踊らされている気分だ。その度に私の心臓が変な音をたてるのも、きっと全部鷹の目のせいだ。
こんな事が否応なしに日常茶飯事へ変わり始めた頃、一番心臓に悪い事をされた日があった。
私が珍しく朝方の早い時間に起きたとある日。洗面所で顔を洗っていたら、そこに鷹の目がやって来た。
「⋯⋯おはよ」
「お早う」
丁度顔を洗い終えタオルで拭いていて、姿を現した鷹の目と鏡越しに目が合って挨拶をした。鷹の目は朝でも鷹の目で、硬質な空気を纏っている。そこから会話を繋げるタイミングを逃して、私はそそくさと洗面所から出ようと歩み出した。洗面所はそんなに広くないから鷹の目とすれ違う。
「⋯⋯貴様のそこは初めて見た」
「⋯は?」
すれ違いざまに鷹の目が話しかけてきて、頭上から降ってきたその声に思わず反応した。
そこって何だよ。見上げた私の顔にそう書いてあったのだろう。鷹の目はフッと小さく鼻で笑うと、ココだ。と言って私の額に人差し指で触れてきた。
洗顔する為にヘアバンドで前髪を止めていたから、額が全開になっていてその輪郭をゴツゴツした指が撫でてくる。
ていうか、私スッピンだ。間近で見られてるし。頭の片隅でやけに冷静な声が聞こえてきたけど、鷹の目が指を動かすと直ぐに消えてなくなる。
朝日が差し込んで明るいから余計に顔を見られたくないのに。触れている人差し指に中指が加わってそのまま頬へ滑っていくと、鷹の目から眼を離せなくなっていた。
指の腹でゆっくり頬を触って、行き着くままに手のひらも使って包むように頬へ触れてくる。その動作の最中に鷹の目の眼光が柔らかくなった。
朝日が反射して溶けてそう見えただけ。また冷静な声が何処かで聞こえたけれど、ドクリ。今度は自分の心臓の音でかき消された。
鷹の目に聞かれたかもしれない。それくらい大きな音に感じて、胸を両手で素早く押さえた。バッ!と音がするくらい私の大袈裟な動作に鷹の目は少し目を丸くすると、触れていた手を呆気なく離した。
そして私の横を通り過ぎると洗面台の横の棚からタオルを取り出して、また私の横を通って扉から出て行ってしまった。鷹の目の用事は何てことは無い。一瞬で終わって姿を消した。私に触れた時間の方がきっと長かった。
何事も無かったかのように一人で取り残されて、心臓の音だけがやけに遠くで鳴っている錯覚を起こしている。勝手に幽体が飛び出てないだろうか。
「⋯⋯もう使っていいか」
意識が明後日へ飛んでいた私を呼び戻す声が掛けられた。いつの間にかロロノアが居て洗面所の扉へ凭れかかっていた。結構長い間待っていたのかもしれない。口をへの字にして気まずそうな空気を出して、私も一気にその空気に包まれる。それでようやく心音の錯覚も無くなると、どっと疲れが出た。
力無く腕をかざしてロロノアにどうぞ。と合図を出したのがやっとだった。
*
シッケアール城は暗くて大きい。けれど私達の生活範囲はほぼ決まっていて狭い。だからそのルーティーンを変えない限り、こういう事はよく起きるのだ。
日も暮れた時間帯。廊下でばったりと鷹の目に会った。
お互い夜着の格好で、まさに私は自室で寝ようと思っていた最中。正直、最近あんまり会いたくない相手だ。なのに、連日の出来事のせいで何となく気分が浮つき始める。それを誤魔化すように、よぅ。と努めて平静な声を出した。至って澄ました挨拶ができたと思って横を通り過ぎようとした。
鷹の目の丁度隣に来た時、奴は当たり前のように頭を撫でてきた。大きな手が頭頂部を何度か緩く往復して、流れに乗った指が髪をほんの一房、梳かしていく。
鷹の目は夜でも鷹の目だ。寧ろ夜の暗さがより
厳
いかめ
しい雰囲気を出している中、鷹の目の瞳にあの朝の柔らかい光を見た。気づいた瞬間、浮ついた気分が心臓に乗り移った。あぁ、まずい。また鼓動の音が煩くなってしまう。
鷹の目が私をいじる戯れに満足したのか、髪を梳かしていた指が去ってしまう。そしてあの時のように私の横を通り過ぎようとする。
歩いて振り合った服の袖にすら未練を感じ始めて、このまま引き下がれない気持ちになった。何に対して?よく分からないけど、気づいた時には追いすがるように鷹の目の服の袖を掴んでいた。
「⋯⋯何だ」
袖のだぶついた部分を指で掴まれて、鷹の目が半身を構えて私を見た。あの柔らかい光は消えていて、代わりに少し困惑の色が宿っている。
「う、えっと、あ!おやすみっ!おやすみって言ってないだろ!」
「⋯⋯いつも言わんだろう」
咄嗟に出た言い訳を冷静に返されて、ジリジリと気まずい空気が私にのしかかる。勝手に増した重力のせいで首が下がり、鷹の目の瞳を見れなくなった。ただ考え無しに掴んでいる指もそのプレッシャーに適うわけがなくて、ふっつりと離れていく。可哀想な私の指。心で燻っている未練が寂しさに変わっていった。
頼りない振り子みたいになった私の手が元に戻ってくると思った瞬間。
手が、動かなくなった。大きな手が、鷹の目の手が、私の手を掴んでいる。
「⋯⋯良いワインが手に入った」
「は?」
いきなり手を出されて驚いている私を前に男の開口一番。ワイン?その意図を探ろうにも、鷹の目は掴んだ手の方しか見ていない。ついさっきの私みたい。伏し目がちな視線が余計に困惑させてくる。ただ意味もなく、鷹の目と掴まれた手へ視線を彷徨わせるしかなかった。
「寝酒に一杯やろうと思ったが、一人で楽しむには少し勿体ないとも思っていた」
鷹の目が静かに語る。相変わらず伸ばした手へ視線を送っていた。そのやけに神妙な様子に、やっと何を言いたいのか分かりかけてきて、大人しく語る奴の顔を見た。
「⋯⋯貴様も飲むか」
誘い文句と一緒に顔を上げて、鷹の目と遂に目が合った。黄金の両眼がキラリと光った。気がする。
「う、うん」
一瞬、射抜かれたかと思った。眼力に圧されて、私は空気が抜けたみたいな声で返事をした。
**
招かれた鷹の目の部屋は城の最上階にある豪華な部屋だった。初めて踏み入ったその場所に、思わず心が弾んで辺りを見渡す。部屋の主は悠々と進んで特にエスコートは無い。勝手にワインやグラスやらを準備し出す始末だ。
「へぇ~立派な窓⋯⋯外もよく見えるし。何かずりぃな、お前」
それなら私も勝手にさせてもらおうと、部屋で一番目に付いた窓へ近寄った。外は曇り模様だけど、上品な金の窓枠に縁取られた展望は中々良い。せめてもの当てこすりで鷹の目にチクリと毒づいてやったけれど。
「別に独占しているつもりはない。来たければいつでも来れば良い」
些細な小言を難なく躱されて、返ってきた言葉に思わず振り向いた。
え、それはどういう意味の。そう問おうと思った矢先に、目に映った光景に口を噤む。私を置いて先にワインを飲み出している男が居る。
飲みに誘ったくせに一緒に乾杯もしない。可愛くねぇ。文句が口の中に溜まって頬が膨れていく。私は窓から離れると鷹の目の方へズカズカと歩み寄った。
一人掛けの優雅なソファに座っている男の傍まで来て、ジトリとした目線を送る。無言の訴えを受けて鷹の目は目の前の机にあるワインを、もう一つのグラスへ注いで私へ手渡した。
受け取ったワインに口を付けた。立ち飲みで行儀が悪いけど、それなら鷹の目もそうだ。部屋に来てからエスコートも乾杯も無い。寛大なペローナ様だから許容してやってるんだぞ。
様々な不満が溢れる口にワインが染み渡ると、それらが芳醇な味わいにかき消されて喉を心地良く潤した。良いワインというのは本当だった。
ほぅ、と満たされた溜息が出る。チラと隣を見れば鷹の目も私と似たような感じで、一口ワインを飲むと満足気に口を引き結んでいた。鷹の目が座っているから珍しく頭頂部が見える。私は何となく、その黒髪に手を伸ばした。
「⋯⋯何をする」
着地できるかもと淡く予想した手は呆気なく空振った。鷹の目が手を避けて頭を傾げ、例の眼力で睨んでくる。
「なに、って。撫でようとした。お前も私にしてるじゃん」
至極真っ当な動機だと思う。コイツに出来て私は出来ないなんて道理はないだろう。
「⋯⋯おれは貴様に挑まれたからだ。いつでも掛かって来いと言われた。その勝負に乗っているだけだ」
「しょ?!勝負って⋯⋯!」
ああ言えばこう言う。私が手を出せばその上に拳を乗せてくる。素直に受け入れる事はしないのか?いつも一方的だ。可愛くない!
持っているグラスに残っているワインを一気に飲み干す。空になったそれは机の上へ。良いワインが勿体ない。でも構うもんか。アルコールが喉を焼く熱い感覚が流れるままに口を開いた。
「いいか!私はお前に弟子入りしてる訳じゃない。ただの同居人だ!住まわせてもらってる恩はあるが、立場に上下はねぇ!お前と私は対等であるべきだっ!だからやられっぱなしは気に食わない!大人しく撫でさせろ!!」
身体に回る酒気の力も借りて一息に言い切った。撫でられる度にモヤモヤと思っていた事を全部ぶつけてやった。トドメに指を鷹の目へ、ビシッと突き立ててみせる。少しは思い知ったか。
鷹の目は珍しく目を丸くして呆気に取られた顔をした。滅多に見ない表情で、コレはもしや一本取ったというヤツか?私の溜飲が下がりかけた。するとその時、鷹の目が間髪入れずに声を出して笑いだした。笑う勢いで身体が仰け反るくらいにはツボに嵌っている。
「ハッハッハッ!今まで幾度も剣の腕はどちらが上かと挑まれはしたが⋯⋯ククッ、対等を求められた事は無かった。しかも、そんなくだらない事でな!」
笑いを抑えきれないままに鷹の目が喋る。貶されている訳じゃないのは分かるけど、褒められている訳でもない。全然締まりのない結果に私の突き立てた指が揺れまくる。何て情けない。
鷹の目は
一頻
ひとしき
り笑うと、締めにフゥと息を吐く。そうすると、ふいに立ち上がった。ツカツカと小気味よい靴音を立てて、次はベッドの端へ座る。
突然の行動に心の整理もつかずにただ眺めていたら、鷹の目が隣に手を置いてポンとその場所を叩く。私にそこへ座れと示しているらしい。何で?と一瞬思ったけど、笑ったおかげか今までにないくらい、上機嫌に見える鷹の目につられて素直に従う事にした。
ふわりとベッドまでひとっ飛びして男の隣に座る。それを鷹の目が見届けると、今度はお互いの距離を少し取って流れるままに身体を横たえた。
あ、と思った瞬間に、私の膝の上には鷹の目の頭が乗っていた。収まりの良い場所を探すために二、三度頭を揺する。その感触に私もギクリと身動ぐ。
何が起こってる?何だ、この状況。
「おれを撫でたいのだろう。やってみろ」
緩く腕組みをした鷹の目が見上げながら言い放った。今から頭をよしよしされる男の態度じゃないだろ、絶対。こんな時にも尊大な鷹の目と、膝に乗る確かな重みの差に全く実感が湧かない。ある意味、夢心地になった私は言われるままにフラフラと鷹の目を撫でようとした。
中途半端に浮いた手が彷徨う。ほんの悪戯心と勢いで求めたものが、あっさりと膝に居る。見下ろした鷹の目は薄く目を閉じていて、喉元なんて無防備だ。仮にも世界一の剣士がこんな風に首を晒すのか。
――
それってつまり、信頼されている?それとも鷹の目の事だから嘗められてる?
どっちにしてもいい。何だかこの機会を思う存分楽しみたくなった。まず目についた顎髭を触ってみたい。猫をあやす時のように撫で擦ってみたくなったのだ。
指先にショリと硬い毛の感触がするのと同時に、鷹の目が片目を開けて此方を見た。眉根にちょっと皺が寄って、咎めるような目付きになっている。どうやら顎はダメらしい。私はすぐに手を引っ込めた。今はこんな事で鷹の目の機嫌を悪くしたくない。
少し迷った後に指の背でそっと頬に触れてみた。私がよくされるみたいに輪郭を優しく撫でてみる。思っていた以上に鷹の目の肌はスベスベで、もみあげから繋がる髭の触り心地は気持ち良かった。
撫でられている鷹の目の瞼が僅かにピクリと震えた。擽ったいのだろうか、その仕草を見たら私も知らずに擽ったい気持ちになる。むず痒いそれに合わせてトク、トクと私の心臓が音を出して勝手に主張し始めた。でも、何故だろう。気にならない。
嫌がる素振りはないから今度は
愈々
いよいよ
、頭へ手を伸ばした。黒髪の間へ指をそっと忍ばせて、地肌に触れると次第に温かみが伝わってくる。
特別熱くもないじんわりとした体温だ。ふつうに、温かい。そんなの生きているんだし当たり前の事だけれど、鷹の目が纏う冷たい雰囲気は勝手にこちらもギュウッと強ばらせるみたいで、それが今、ほろりと解けていった。
そんな生きている温かさが指から頭へ行き届くと、急に言い知れない気持ちが私を満たした。
鷹の目の、体温なんだ。世界一の剣士だとか、ただの同居人だとか、そんな色々な言葉たちを抜きにした一人の男が私の膝に居る。一人分の体温と重みを預けている。
ただそれだけで、男の喉元よりもっと奥の、心臓よりも、深く。裸の魂に触れた気持ちになった。
――
あぁ、そういえば私は鷹の目の歳すら詳しく知らない。知らない事ばっかりだ。
頭の片隅で今更そんな他人事な考えが湧いてすぐに消えていく。だって、どうでもいい。撫でる手を止めないでいると、男の険しい眉根が穏やかになっていくのだ。それで充分だった。今目の前にある事実だけで。
鷹の目のこんな顔を見たのはきっと私だけに違いない。確信を持てる。
そして今、世界で一番近くにいるのも私と鷹の目だけだ。
心臓の鼓動はとっくにドキドキと、大きく高鳴っている。あの夜やあの朝と比べようが無い程なのに、とても落ち着いた心地だった。全てが唐突だけど腑に落ちている。
鷹の目も同じ気持ちだろうか。そうだと良いな、鷹の目。
――
ミホーク。声に出さずに口の中でその名を転がしてみたら、返事をするように伏せられていた目が開いた。
「⋯⋯撫でるのは気が済んだか?」
「⋯⋯ん」
「それは是か非、どっちなんだ」
呆れたような口調で喋る鷹の目の声が耳を抜けていく。
「お前も、撫でられるのが嫌ならさっさと起きればいいんだぞ」
「⋯⋯フン」
鷹の目も曖昧な返事をする。退く気は無いらしい。膝の上の重みが一向に軽くならないのが嬉しかった。
鷹の目は仕切り直すように一度ゆっくりと瞬きをすると、徐に腕を動かした。伸びた手の先は私の髪で、優しくすくい取ると毛先へキスをした。
それがおやすみの合図だったのか、また鷹の目は眼を閉じた。閉じる瞬間に見えた黄金色はとびきり柔らかくて、蕩けてしまいそうだった。
鷹の目の伏せられた眼をじっと眺めると、そのまま閉じてて欲しいような、今すぐ開けて欲しいような、相反する気持ちが胸にひしめき合って時間の流れが感覚から追い出されていく。いっそ、止まっている気さえしてくる。
膝の上の男を撫でながら、私はきっと今夜は自室に帰らないだろうなと思った。
暫く前から何故か色んな事を確信する。何故、なんて言っておいて私は知っている。
それはこの胸を満たす気持ちか、指から伝わる体温か、膝の重みか、今気づいた鷹の目の安らかな寝息か。理由は数えたらキリが無い。
この夜は永遠に続いていくだろう。この気持ちも。これも私の、確信だ。
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