eclipsis
7763文字
Public ミホペロ
 

海に潜れど月を掴めど

バギーからみるミホペロ観。この話 と薄ら続いてます


 時刻は昼を少し過ぎた頃。
空にはちぎれた雲の小さな欠片が流れ、君主たる太陽が高い位置に陣取りその力を発揮している。気持ちの良い日和に反して、浮かない顔のピエロが居た。
 彼は少し自分の不運を呪っていた。


 バギーは自他ともに己の豪運を認めている。純粋な力を用いて道を切り開く事よりも、その場の流れや勢いでここまで来た。それもある種の強さで力だ。要は掴みの場面で一番派手でオイシイ役になれるから、彼の立ち回り、もとい力に惹かれて着いて来る人々が居るのだ。バギーはその評価に満足している。

 けれど度々、厄介な巡り合わせも引き込んでしまう。
今一番のそれは、クロコダイルだった。彼のお陰で海軍の強襲を免れる事になった。しかしタダで動いてくれた訳じゃないクロコダイルから凄まれ、やっぱりその場のノリで軽々しく奴隷宣言をしてしまった。

 そこからは大小、様々な不運が舞い落ちる日々になった。単純な暴力なら哀しいことに慣れたが、言われなき鉄拳を浴びるのには渾身のツッコミを入れたい。ツッコミ、という名の懇願だったが。けれど冷酷なクロコダイルにそんなものが通用する筈もなかった。髪を引っ張られ、お返しにたっぷり拳とボーナスで脚もくらうかと思ったら、今回は少し違った

『お前、鷹の目の弱みを握ってこい』

 意図の知れない命令を投げ渡された。クロコダイルがミホークのテントから大股で出てくる場面は見かけた。そこから無言で左手のフックを一発お見舞いされたのだ。
 二人が何をしていたかは興味も無い上に知る事すら恐ろしい。ただ、クロコダイルの機嫌が著しく悪いのはヒシヒシと伝わる。バギーにはいつも拒否権は無い。よく分からない頼み事について一先ず頭の中で考えたが、殴られた痛みで上手く整理は出来なかった。

『え?ぁ?どういう事、デスカ??よ、弱み?ンなもん握るったって俺様はどうすりゃ……

『ンな事考えるのは自分でやれよ。腐っても四皇に成り上がった男だろ。働けよ、社長サン』

 不遜な態度でクロコダイルは投げつけるように言うと、極めつけに咥えていた葉巻の煙をバギーに吹きかけた。
 それで大分腹の虫が治まったらしい。バギーの髪を掴んでいた手をパ、と軽く離し、大きな歩幅はそのままだが余裕が感じられる足取りで去って行った。


 これが事の瑣末でバギーを現在苛んでいる不運だった。
 鷹の目の弱みを握れったって。弱みが無いから世界一の剣豪じゃないのか。
 行き詰まりな思考に合わせるように彼の歩く足取りは重くなる。クロコダイルの命令を適当にあしらってしまう事もできるが、自分のお飾りな立場、クロコダイルの敏腕によって成り立っている組織。それらがバギーの脳内の知らない部分で否応なしに働いてくる。
そして自然に今、鷹の目を探そうとギルド内を闊歩する事になっている。割と真面目な男というか。抵抗できない波には逆らわない、理論に基づいて動く男でもあった。

 ミホークを探すのは難しい事ではなかった。
組織にくみしても一匹狼な性質で彼にとって居心地の良い場所を見つけると、そこで一人離れて過ごす事が多い。あちこち移動されずに済むのは有難いが、探りを入れるべく彼を観察するにはしんどいものがあった。

 特に変わった事をしないのである。ミホークの個室と化したテントを外から盗み見しながらバギーは魂が抜けそうになった。
 ワインを飲むか読書をするかうたた寝をするか。このむさ苦しい集団において優雅に過ごしているが、見ている分には死ぬほどつまらなかった。

 やっぱり弱みなんてねェんじゃないか。こんなお上品におひとり様してる奴に泣き所があるなんて考えらんねェ。
 短気なバギーの頭に愚痴愚痴とした考えが昇り、焦れる気持ちのままテント布の少し途切れた合わせ目に顔を更に近づける。そうする事で観察者に変化が起こる訳もないが、じっとしているのはバギーの性質じゃない。

 果たしてバギーの思いを込めて見たテント内には変化があった。ミホークが居なくなっている。
 おや?と思い目を凝らしていると、彼の頭上、テントの布の境目へ静かに刃が分け入り音も無くバギーを縦に分断した。

「覗きとは良い趣味をしている。思わず切ってしまう程だ」
「ワ~~~~ッッ!!!気づいていらっしゃった?!ご、ごめんなさいッ悪気はねェ、事も無いケド別に変な事しようって訳じゃ……
「失せろ」

 縦に割られた身体を戻す暇もなく、今度は細切れにされた。酷い仕打ちに文句を言おうとも口の原形が無い。一見恐ろしい光景だが、シュルルと小気味よい音がするとバギーの身体は元通りになった。そして瞬く間にテント越しに対峙しているミホークから逃げ出した。脱兎以上の逃げ足である。その速さで生まれたつむじ風を見て、残されたミホークは大きな溜息を吐いた。


 日がな一日ミホークの観察をするのは常人では命が幾つあっても足りない。バギーは今日それを学んだ。
 あの逃げた後もミホークへ付かず離れずで、様子を窺っていた。しかしその都度斬り捨てられた。何の初動も無く斬り掛かって来られ、バギーの身体は綺麗に捌かれた。見事な太刀筋に遠くから二人を見ていた部下達が、歓声を上げて旗やら酒瓶を掲げていた。
 何を勘違いしたか見世物だと思われて、バギーの鼻息は荒くなった。その衝動のままミホークの弱み探しをしていたら、あっという間に一日が過ぎ夜も更けてしまった。そして本日の成果を思い至った訳である。

 クロコダイルに何て報告しよう。世界一の剣豪は超強くて観察するのは難しいです。ってか?
 自分で考えた笑えない報告文に口が引き攣り天を仰いだ。昼間が快晴だった分、月がよく見えた。薄黄色の優しい光がバギーに降りかかる。あてもなくギルド内の敷地を彷徨っている今の彼の身にはそれが染み渡る。
 ほんの少し癒されて空を見ていた顔をゆるりと元に戻した。すると目が捉えた視界の先に、思わぬ人物を見つけた。

 敷地内でも目立たない場所に壊れた噴水があり、その傍らにミホークが居た。彼も先刻までのバギーと同じ様に月を見上げ、おもむろに視線を下げると手を前方へ伸ばした。その先は噴水の受け皿に張った水面だった。波も立たず鏡のように無機質なそれに何かあるのか。バギーは知らずミホークの方へ近寄っていた。

「こんな夜半になっても貴様はまだおれの弱み何ぞを探るのか。奴の差し金だとしても存外、勤勉な男だな」

 ミホークの低く深みのある声が静かに響いた。別に隠れていた訳でもないのに、バギーは己の首根っこを掴まれた心地になった。しかもクロコダイルから命令された事も勘づかれている。驚きでギクリ、と肩を竦めた。

「~~ッ、ケッ。何でもお見通しかよ。分かってるなら何か教えてくんねェかい?この際、嫌いな食いもんとかそんなんでもイイや」

……弱き事は愚かな事だな」

 ミホークの瞳が細められる。バギーを見下げるように鋭い光を湛え、視線の刃を投げて寄越す。それを受けてバギーは一瞬たじろいたが、フン!と鼻息で吹き飛ばした。
 愚かで結構。愚かだろうがノロマだろうが、生きてさえいれば立派だ。命あっての物種なのだ。
 蔑みを伝えたにも拘わらずバギーは胸を張って腕組みをし、不貞腐れたポーズを取った。ミホークはその姿を一瞥すると、また噴水の方へ視線を移した。やはり静寂とした水面を見ている。ついさっき疑問を感じた仕草を目の前にして、バギーは片眉をあげて更にミホークへ近寄った。

……何時も傍にあると思っていたのに、実際は手に入らない」

 抑揚の無い声でミホークは喋った。
独り言なのか自分に対して投げかけたのか、判断できずバギーはミホークの顔を見つめた。
 帽子が影を落としているのを抜きにしても、男の表情はよく分からなかった。何を考えているのかすらも皆目分からない。

「貴様ならどうやって月を掴む」

 その横顔を見ていたのに、ミホークが突如バギーと視線を合わせ問いかける。
 射抜かれそうな双眸と共に問われ、ようやくバギーはミホークが水面に見出していたものが月だったのだと理解した。噴水の傍まで立ち寄り、お題に挙げられた水面に映る月を見る。そしてもう一度ミホークの顔を見た。

 ミホークの表情は変わらず分からない。何を考えているのかも。
 ――感情をどこかに置き去りにでもしたのだろうか。

 ふとバギーの頭の片隅に、今日一日探っていたものの尻尾が見えた気がした。
 視線をミホークから水面の月へ逸らすと、その真意を長考した。せっかちなバギーにしてはじっくり頭を動かしたが、駄目だった。分からない。隣のミホークが腕を組む動作をしたのを察すると、妙に焦ってしまい咄嗟に水面へ手を伸ばしていた。
 指先が少し水に浸かり、そこから波紋が生まれ月の輪郭がボヤけた。それを見てミホークが馬鹿にしたように鼻で笑う音をさせた。短絡的な方法で手に取ろうとしたと思われたらしい。
 マヌケな猿じゃあるまいし。馬鹿にすんなィ。バギーはヤケになって伸ばした手をそのままにして月をじっと眺めた。

 その時、視界に広がる光景が二重にブレて揺れた。自分の手と、それによく似た小さい手。

 全てバギーの手だ。小さい手は、過去の自分だった。悪魔の実を不慮の事故で食べた後、海底に沈む宝を諦めきれずに悔しくて船上から手だけ差し伸べていた。

 キラキラと眩いその存在を知っているのに、広大な海が阻んで手にする事はできない。欲する手の行き先で水面が歪んで揺蕩うのは、小波なのか涙で滲んだ視界のせいなのか。
 悲しくて歯痒い思い出が感情と共にバギーの全身へ蘇った。
 
「どうした。月は掴めたか」

 微動だにしないバギーを見てミホークが声を掛けた。そこで漸くバギーは水に浸かりっぱなしだった指を引き、手を戻した。
 やるせない気持ちがバギーの胸を一杯に満たしていた。これが、この感傷的な心地が。ミホークの真意なのだとしたら、確かに弱みに違いないだろう。けれど、開けなくても良いドアまでも暴いてしまった気持ちになった。
 形容しがたい痛みをもってしてその事を理解する。世界一の男が持て余している胸懐きょうかいを大幅に覗いてしまって密かに詫びたくなった。ミホークが寡黙な男だというのは充分理解しているが、今はそれ以上に自分が辛気臭いと感じた。だから、何かこちらも披露してやろうと思った。

「いンや。全然わかんねぇけど。それよか、おめェに聴かせたい話がある」

 バギーはからりとした口調でそう告げると、口角を上げた。顔の筋肉がつられて動き、おどけた表情になる。

「昔々、ハデにイカすピエロがいた。そいつの芸は一級品だ。あのデービー・ジョーンズでさえ仕舞いこんでる宝物を差し出すのは間違いなかった。けど、出る杭は打たれるんだな。悪魔に嫉妬されて枷を付けられちまった。可哀想にピエロは芸が出来なくなって、暫く涙のメイクで過ごしましたとさ」

 ちゃんちゃん。と両手を宙に飛ばしてバギーは巫山戯ふざけながら話を締めた。まぁまぁ脚色はしたが、本当の話だ。あの時の悔し涙があったから、何クソという気負いのまま東の海で悪さをしていた。
 ミホークはバギーの語り口を静かに聞いていた。帽子から覗く双眸は、ひらひらと飛んでいる白色の物体を見ている。

「その両手、もっと高く飛ばしてみろ」

 話してやった事への感想も言わずに、突拍子も無い指示をされてバギーは目を丸くした。口はハ?という形で歪む。当のミホークはお構い無しに、さっさとやれ。と顎をしゃくり空を示した。
 バギーは怪訝な顔をしながらも渋々従って、両手を夜空へ飛ばした。そうしなければきっとミホークは睨んだままで強靭な眼差しの力によってバギーの身体に穴が開きそうだった。

 ふわふわと、時々ひゅるりと宙返りしながら両手が舞い浮かぶ。どういう風に飛ばすのが良いかは分からず、取り敢えず月をスポットライトに見立てて躍らせていた。
 月の光を浴びて、白い手袋を嵌めている手が動いている。その姿は不格好なハトか、はたまたシーツを被ったオバケのようでもある。どちらにしてもわざわざ見せるものではない。

 ――こんなおままごとみたいな遊び染みた事を鷹の目は望んでいるのか。
 バギーは隣に立つ男を横目でチラリと見た。

 盗み見たミホークは夜空を見上げるために、頭をやや上方へ掲げていた。月に似た黄金の瞳は何処までも澄んでいる。いっそ現実味が無い視線で、バギーとは違う世界を映しているようだった。

 ――もしや鷹の目が欲しがっているもの、恋焦がれているものはこの世に無い……居ないんじゃ。

 光を反射している生きた瞳なのに、真っ直ぐで混じり気の無さ過ぎる視線にバギーはぼんやりとそう思った。

……もう良い」

 気を抜いていたバギーにミホークの落ち着いた声が響いた。その声にハッとしながらも何か二の句を告げようとする合間に、ミホークは足早に去ってしまった。あっという間に後ろ姿が夜の闇に溶けていき見えなくなる。

 噴水の傍にバギーは一人残されて佇んだ。飛んでいた両手を降ろしたら、水面の月に何となく目が行き触れてみた。月はただ輪郭を揺らめかせるだけだった。


 

 *


 不思議な応酬で終えた一夜は、奇妙な心持ちを残したままで夜明けになっても、まんじりとも出来なかった。
怠い眠気を纏いながらも本日の天気は快晴で、爽やかな陽気を尻目にバギーは社長室の扉を開けた。
 そこは彼の一応の自室で調度品を揃えていて、寛げそうな長椅子や書き物机が置いてある。その机は滅多にバギーが使わないものだが、今はクロコダイルが居た。
 両隣りに書類を積んだ男と目が合う。彼もあまり寝ていないようで、剣呑な眼差しに磨きがかかっていた。

……オハヨウゴザイマース」

 バギーが目を逸らしながら機械のように挨拶をした。うっかり忘れていたが、クロコダイルはよくここで書類仕事をしている。まともな机とバギーが雑に処理した帳簿があるからだ。いたたまれなさで即座に退室したかったが、恐らく徹夜した男と目を合わせておいて無視なんぞすれば後々が怖かった。

「おぅ、社長はこの時間帯が出勤時刻か。そりゃお早ようの一言も言いたくなる訳だ」

 挨拶の返事は言葉の刃で返された。グサグサと刺さるそれをバギーは伏し目がちに受け止める。ポーズとしての恐縮の意を込めたが、このまま会話が終わるのは気まずくて、すぐにミホークの事を切り出した。

「ぁ、あぁ。なぁ、鷹の目のさ、例の件。あれァ手ぇ出せるもんじゃなかったぜ」
…………あぁアレか」

 バギーの報告にクロコダイルは一拍置いて相槌をした。明らかに忘れていた反応である。
テメェが命令したんじゃないんかい。バギーは心中で裏拳をしながら盛大にツッコんだ。
 そのせいで寝不足になるまで鷹の目の弱みを探ろうとしたのに。不満が腹の中で渦を巻き始めたが、埒が明かないので話を続けた。

「つまり、その、俺たちの手の届かないところにあるってオチだったんだ。鷹の目自身にすらな。だから追及しても無駄だってことよ」

 何となく、直接的な言葉は使いたくなかった。鷹の目の弱みは彼岸の人かもしれないという事。彼の傍に足の透けた女が寄り添うのは、それはそれでお似合いな雰囲気だと思うが縁起でも無い。
 僅かな時間でしか見て取れなかったが、ミホークの入れ込み具合は本物だった。その意中の人を勝手な憶測で亡きものにするのは忍びない。
 バギーの胸には未だ感傷の名残があった。

……あぁ。そうかい」

 そんな心情などは知らないクロコダイルは、曖昧な意見に平坦な声で返した。細められた胡乱な目つきには確りと失望が現れている。この場合、バギーと鷹の目、両者に対してその烙印は押された。
 自分勝手な男だ。ミホークの弱みを求めた張本人なのに、見込みが無いと分かれば嘘のように興味を無くす。若しくは頭が切れるが故の損切りが上手いとも言えるか。上に立つ者としての素質がある。
 王、暴君、独裁者。どの冠でも似合うだろう。
きっとクロコダイルは今まで欲しいものは全て手に入れてきたに違いない。手に入らないものを思う暇なんかは無さそうだ。バギーの中で些細な興味が湧いてきた。

……アンタなら月をどう掴む?」

 小さな好奇心による問いかけが、ポロリと口をついて出た。

「あぁ゛?分かりやすく仰ってくれませんかねェ、社長サンよ。こっちにはそんな意識高ぇ謎かけして遊ぶ余裕はないもんで」
「ごごごごめんて!う~~~、えっと、そうだなァ……

 クロコダイルが額に青筋を立てながら慇懃いんぎんに聞き返す。立て続けにバギーが出すあやふやな話に苛立っての仕返しだ。余計に苛立ちが増しそうなやり方だと、バギーは薄ら思ったがそんな事を気にしている場合ではない。

「あ!こうだ!こう考えてくれ。でっけぇ海楼石で出来た檻にアンタが、あ、クロコダイルサマが欲しがってるものが入ってるとしよう。喉から手が出るほど欲しいモンだ。手に入れるのは不可能。どうするッスか?」

 アンタと言ったらクロコダイルに睨まれたので言い直した。次に言ったら鉤爪が飛んでくるだろう。
 問われた当人は、フン。と鼻を一度鳴らすとこめかみに指を当てる。トントンと指を動かして考えながら口を開いた。

「ソレにどれだけの利用価値があるかに依るだろ。唯一無二の物でも他でそれなりに代用できる物があるなら欲しかねぇな。手に入れるまで待ってやっても良いが、その間に価値が下がるかもしれんしな」

 やはり損得に重きを置いた回答に、バギーは思わず苦笑いをした。その口の端が曲がった表情をクロコダイルは見逃さなかった。そして一瞬ギラリと獰猛な鰐のように眼を光らせる。
 サラサラと砂が流れる音がしたかと思ったら、クロコダイルの右手はバギーの首を掴んでいた。

……まぁ、そういうの抜きで我慢できねぇ場合は多少無理してでも手に入れるか。ソレが壊れねぇ程度にな」
「グェーーッ!?」

 バギーの首の皮膚がほんの少しヒビが入ったようになった。ズズ、と何か吸収する恐ろしい音が皮膚と合わさっている右手からする。その程度を表わすほんの一例として示すかのようだった。クロコダイルは実に面白そうに残虐な事をする。
 バギーがジタバタと手脚を動かしてもがくと、砂の暴君は笑いながら手を離した。

 首をさすりながらバギーは涙目でクロコダイルを睨んだ。心無しかカサついた肌を感じると背中に嫌な汗が吹き出る。


 血も涙もない。目の前でクハハと笑うニヒルな男は心根から枯れている。月を掴むどころか、壊す者だ。流石だぜ、砂の王サマ。


 バギーはバツが悪そうに舌打ちした。勿論クロコダイルに気づかれないように、極わずかな舌打ちだった。