Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
eclipsis
4257文字
Public
ミホペロ
Clear cache
訊いてくれるな
鰐と鷹の会談。※極微量に鰐→華要素有り
閉ざされた布の隙間から、外の喧騒が漏れ入ってくる。
音のする方へは目もくれない。いくら五月蝿くとも、耳は塞げないので男は
――
ミホークは、知らず己の眉間の皺を深くした。
ミホークが不服にも根城を後にして新しい拠点として訪れたそこは、以前と比べて桁違いに大所帯だった。常に荒くれ達がバカ騒ぎをしている。異様に慕われている道化の社長を筆頭に、ミホークは黄色い歓声を浴びて辟易した。
一人になりたい。この新境地において、ミホークはこの気持ちが頻繁に湧いた。
その為、自然に彼の居場所は拠点の中でも奥まった箇所にあるテントの中に定まった。
読書をする為の机や高級な長椅子のソファやら、調度品を荒くれ共に運ばせて、
一先
ひとま
ず腰を据えられる状態にした。
テント入口のカーテンは閉ざしてある。それでも外の騒ぎ声や時々、何某かに虐げられた道化の悲鳴が聞こえてくる。
それらがミホークの耳を通過すると、今まで居た根城の事を少し思い返した。
水を打ったようにしんとしている。と、例える程の場所では無い。弟子と同居人が一度に現れて、奇妙な共同生活をしていた。その弟子が旅立った後もその生活は続いたが、騒がしいのは精々、ヒューマンドリル達とその同居人の娘の声くらいだった。
キーキーと、どちらも甲高い声だ。ミホークはゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏にキラキラとした娘の長い髪が映る。あれは畑仕事の時に陽の光を浴びた髪だ。濃い
躑躅
つつじ
色が透けて淡い桜色に煌めいている。それを白い手で振り払って、指に着いた土が頬に掛かった。娘が口をあ、と開けたら直ぐに膨れっ面になる。よく形の変わる唇は、
桜桃
さくらんぼ
の色をしていた。
目を開けると、ミホークは徐に身動ぎをした。傍らにある新聞を手に取る。脚を投げ出して座っていた長椅子がキィとささやかに鳴いた。
新聞を読むのはずっと変わらない彼の日課だがこの地に来てからは殊更、時間をかけて読んだ。
大小様々な見出しを注視していく。探している情報はゲッコー・モリアについてだ。細かく言うと、ゲッコー・モリアの傍に居るであろう娘だった。この際、『元王下七武海の部下』や『ゴースト使い』や『黒いハットで黒いドレスの女』等の言葉も探していた。
一面をじっくり読み、紙を捲るために腕を動かす。カサ、と紙が擦れる音と同時に、僅かに違う何かの音も聞こえてきた。
囁き声のようなその音が徐々に大きく近くなる。
――
サラサラ、サラサラ。
それはミホークの背後で止まった。
「毎日飽きもせず、熱心に読んでるな」
テントの外で道化を虐めていた何某
――
クロコダイルが長椅子越しにミホークを見下ろしていた。テント内の柔らかい照明の元でも、彼が
燻
くゆ
らせている葉巻の煙のせいなのか、その瞳は仄暗く乾いた輝きしか放たない。
突如湧いて出てきた男に対して眉一つ動かさずに、ミホークは首だけ動かし背後を見た。そして直ぐに視線を手中の新聞へ戻す。
「熱心という程ではない。これしかやる事が無いだけだ」
「そうか?俺には何か、必死に探しているように見えたが」
クロコダイルが喋りつつミホークの背後から退き、同じ長椅子の端へどっかりと座った。
「
……
フン、貴様もやる事が無いように見える。道化の次はおれで暇つぶしするつもりか」
「クハハ。相変わらず無愛想だ。暇つぶしなんざ考えていない。
…
ただ知りたい事があるだけだ」
クロコダイルが深く腰掛けていた姿勢を変え、少し身を屈めるようにして己の膝辺りに腕を置いた。その指に嵌められた指輪がギラギラと光る。ミホークは目だけを動かし、その様子を眺めた。
「こうやって手を組んだんだ。普段そのツラを拝む事も難しいお前が、一体何に興味を持っているのか。気にならない訳がねぇだろう」
――
何をそんなに探している?
クロコダイルはそう言って、ミホークの目を見つめた。背を丸め顔の位置が低くなったせいで覗くようにされて、その視線を帽子のつばで遮れなかった。
クロコダイルの瞳は狡猾で刺すような光を湛えていた。口元は薄ら笑みを浮かべている。何か弱みを掴むべく、目に映るものは全て逃さないと物語っていた。
返答しなければ負ける。ミホークはクロコダイルの挑発に闘争心が知らず研ぎ澄まされた。男の視線を冷静に受け流して、手に持っている紙の束へまた目をやった。
「
……
特に何も。この世の中だ。どんなに小さな火種でも、激しい炎に変わるだろう。それを、見極めようとしているだけだ」
「
…
はッ、つまらねぇ答えだ」
張り詰めていた空気を吹き飛ばすように、クロコダイルは一度息を吐くとまた長椅子に深く腰掛けた。葉巻から白い煙が静かに昇る。彼はそれを見つめ、思案するように己の顎を指で触った。
「
……
そうだな。俺には清濁、色んなコネがある。そんな紙切れにゃあ載らない情報も探そうと思えば、やってやれん事はないがな
……
」
口に咥えていた葉巻を指に持って、クロコダイルは白い煙を細く吐き出した。その紫煙に浸ってミホークの事はどうでも良さそうに、何の気なしに告げる。
明らかに罠だ。普段ならミホークは迷いなく切り捨てる。けれどクロコダイルの述べたコネや新聞には載らないという情報。裏社会を統べていた張本人が言うのだ、それらには一定の真実味があった。
頭の片隅に、あの煌めきが、あの娘が過ぎってしまった。
差し出されたものが、魅力的なものだと無性に思えて束の間揺らぐ。
灼熱の砂漠で水も滴る冷えたコップに水を一杯、差し出されているような。しかしそれには毒が入っている。
「
…………
結構だ」
ミホークは少し視線を落として答えた。帽子のつばに隠れて目元が暗くなるが、影以上の何かが暗く落ちていた。
「ク、クハハハッ!随分とまぁ、考えたな?お前にそこまでの悩みの種があるとはな。
……
相当、良い女なんだろうな」
クロコダイルに対して言い淀む事自体、彼の手中にハマってしまった事を意味する。是が非でも即答出来なかったミホークは、余計な情報を与えてしまった。
隣の男が愉快そうにしているのを見て、居心地が悪くなり座り直した。気分は最悪だった。
「フン、愚かな。何を勝手に女だと決めつけている」
「馬鹿はどっちだよ。負け惜しみはみっともないぜ?金や物に執着しねぇお前が、今更それを求める訳がない。だったら十中八九、女に決まってる」
せめて一矢報いようと思った反論は呆気なく否定された。隙の無い男が見せた隙は、何よりも揺るぎない確証になってしまう。それを充分理解しているから、クロコダイルは言い切った。ニヤリと口元を歪め、ふんぞり返って長椅子の背もたれに腕を回す。
「まさか小鳥や可愛い兎なんて事はあるまい。テメェのその爪で傷つけちまうだろうからな」
なんたって鷹の目さまだ!
クロコダイルはそう言うと、天井を仰ぐように顔を向けて、大笑いした。
やたら饒舌に喋る。ミホークの弱みらしきものを当てて機嫌が良いのだろう。組織を設立して以来見た事がない上機嫌だった。
自分の隣に座り、凄んだり笑ったり表情の変わる男を見て、ミホークの心持ちは大分と冷めてきた。脚を組み直すと、姿勢を少し伸ばした。
「
……
そうだ。小鳥や兎だ。如何にも容易く果てる、か弱きものだ。そうなってしまったら、それはそれで良い。おれには関係無い」
「ただ、あの根城での営みに於ける全てに居たものだ。今、おれが欲するのは平穏な暮らしのみ。
……
それだけだ」
ミホークは静かに澄んだ声で語った。遠くを見据えるようにして、その身を気丈に掲げている。
相変わらず帽子の影にその瞳は隠れていたが、先程までは無かった輝きが瞬いていた。彼だけの世界を見つめ、何ものかに思いを馳せていた。
「
…
ふぅん。えらいご高説だな。クハハ
……
その小鳥や兎に噛みつかれなきゃいいがな。アイツらは薄情だぞ」
クロコダイルの事はもう眼中に無い。という風にされて、当の本人は片眉に少し力が入った。気位の高さから彼も負け惜しみが口をついて出たが、その事には気づかなかった。
「
……
あれはそんな事はしない」
やっとミホークがクロコダイルへ視線を移してそう言ったが、彼の黄金の瞳は打って変わって鋭さを宿し、高慢と自信に溢れていた。
――
何を馬鹿な事を、と物語ってきた。
その態度に割と気が短いクロコダイルは、一気に腹の奥から煮えたぎるものが湧いてきた。
横柄に長椅子へ回していた腕を元に戻すと、また少し身を屈めるようにしてミホークを下から睨めつける姿勢になった。
「ほぉ~~~。随分愛されてる自信があるンだなぁ。流石は鷹の目さま。罪なこった」
はッと葉巻の煙を吹雪のように吐いた。仰々しい態度で、鉤爪がある手を揺らめかせる。ミホークはそれを樹上で様子を伺う鷹のように、微動だにしないで見ていた。気が済んでいないクロコダイルのお喋りは続いていく。
「でも辞めといた方がいいぜ?どんなに可愛い小鳥でもな、こっちがどれだけ手塩にかけていても最後にゃあナイフ向けてくるもんだぜ、女っての、は
……
」
「貴様は誰のことを言っている?」
クロコダイルの言葉尻をあまり待たずにミホークが指摘した。女という生き物について説き伏せていたのに、途中から明らかに特定の人物に対する愚痴めいた事を言っている。
そう突きつけられた本人も、自ら喋っている最中に気づいたらしい。ゆらゆら動いていた鉤爪はピタリと止まり、口調が弱くなっていた。
二人の間を微妙な空気が流れる。
「
……
チッ!」
暫く沈黙していたクロコダイルが盛大に舌打ちをすると、長椅子から勢い良く立ち上がった。
あんなに話しかけていたミホークには一切目もくれず、大股に歩いてテントから出ていく。
その際に乱暴に払われた入口のカーテンが、バサッと翻る音だけがテントに残された。
再びミホーク一人だけの空間になるかと思ったのも束の間、外から道化の叫び声が木霊した。オレ今絶対なんもしてないよォ!!!と悲痛な訴えをしている。
憂さ晴らしをされている、多分。否、確実に。なんという暴君だろう。
ミホークは長椅子にゆったりと座り直し、脚を組み変えると、一つ大きなため息を吐いた。
広告非表示プランのご案内