スケプティックの部屋は薄暗くて、明かりといえば無数のモニターがぼんやり光っているだけだ。目に悪くないのだろうか。スケプティックが眼鏡をしているところなど見たことがない。あの重たい前髪には似合わないのかもしれない、想像してみたら、少し間抜けで可笑しかった。
用事があってここに訪れた荼毘だったが、家主が不在となるとどうすればいいか分からない。スケプティックがこの部屋に居ないなら、リ・デストロとか、表向きの会社とか、用事があって出掛けているのかもしれない。渡されている携帯端末で、彼にメッセージでも送るか、今日のところは出直すか……考えている内に面倒になった荼毘は、およそこの部屋には似つかわしくないふかふかのソファに座り込んだ。寝て待とう。スケプティックが帰ってきたらきっと小言を聞かせられるが、どうでもいい。
ソファの肘置きに後頭部を預け、瞼を閉じると本当に眠れる気がした。どことなくスケプティックの匂いがするからだろうか。彼が香水をつけているのか、つけていたとして、その香りが荼毘に判別出来る代物なのか。身体のどの機能も鈍ってしまっている荼毘には、スケプティックの匂いで落ち着ける理由など、考えても考えても分からないだろう。
「荼毘」
「…………んん」
低い声に仮初の名前を呼ばれて、荼毘はあまり積極的に動いてくれない瞼をなんとか開いた。スケプティックだ。
「おはよう」
「どうして貴様が此処で寝ている? 私の部屋はホテルではないのだが」
「アンタがどこ居るか知らねえから待ってたんだよ、そして飽きたから寝てた。時間の使い方が上手いだろ」
「やかましい、何か用事があったのか?」
「ん、ん……? すまん忘れた」
「寝惚けるんじゃな……いや、本当に忘れてるようだな。何なんだ貴様は……思い出したら言えよ」
追い出さないスケプティックを、面倒見がよくて優しい男だと思った。どうして此処を訪れたのか思い出そうと記憶を辿るが、よく分からなかった。もしかすると、スケプティックに会いたかっただけなのかもしれない。そんなことを伝えたら、スケプティックは一体どういう風に狼狽える姿を見せてくれるのだろう。しかし、からかいの言葉も思いつかないほど、荼毘の頭はまだ眠りから目覚めてはいなかった。
「もう少し居てもいいか」
「別にいいが、毛布くらいは掛けろよ」
「暑いだろ」
「暑くない、この部屋はコンピューターがあるから冷やしている方だ」
「じゃあスケプティックが掛けて」
「赤子じゃないんだぞ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、スケプティックは薄手の毛布を手に、荼毘が寝転んでいるソファに歩み寄る。本当に面倒見がいい。
目を閉じて、毛布に覆われるのを待っていると、彼の長い指が前髪をすく感触があった。冷たい空気が額を撫でる。この部屋は確かに冷房が効いているらしい。それくらいしか分からない、どうしてスケプティックに頭を触られた挙げ句、額や鼻の先に唇を落とされているのか。荼毘のただでさえ鈍いのに眠くなっている脳では、スケプティックの気持ちなど到底理解出来ないのであった。
いや、もしかするとスケプティックは、荼毘とセックスがしたいのかもしれない。だとしたら、キスなんかで気を引こうとしているスケプティックがひどく可愛らしく思えた。
「……ヤりたいなら、使っていい」
可愛いから、いいと思った。本当に眠いから、奉仕のようなことはしてあげられないが、身体くらいなら好きにさせてあげられる。スケプティックとは何度か肌を重ねているが、意外と自分本意なセックスはしない。乱暴に扱われたこともない。そういう信用があるから、好きにさせていいと思った。
「準備はしてないから素股が精々かもしれねーけど、欲求不満なら俺の身体使えよ。俺は寝てるけど」
「貴様が寝てるならいい、しっかり起きてから相手をしろ」
「……は?」
難しいことを言われて、荼毘は思わずスケプティックの声のする方を見た。さっきまでキスしてくれていたというのに、もうコンピューターやらなんやらの前で荼毘には分からない作業を始めている。表情が見えないことがムカついた。どんな顔をしているのか、興味があったのに。
「なんで、俺が寝てると何もしないんだ」
「なんでだと思う?」
「こっちが聞いてるんだろ、ダルい。っていうか眠くて何も分からねえ」
「ふん、なら寝ておけ」
納得は出来ないが、そういえばいつの間にか掛けられていた毛布が存外肌触りがよくて、心地好い重みに、限界を感じてしまった。起きたら、スケプティックがどういうつもりだったのか尋ねよう。
ソファの上で、毛布にくるまれて、スケプティックの匂いを感じながら眠りについた荼毘は、久し振りに質の高い睡眠を味わえた。
目が覚めるとスケプティックが「おはよう」と声を掛けてくれた。デジタル時計は午後の十一時を示していて、おはようなんかではないのが可笑しかった。何か色んなことを忘れている気がするが、腹に掛かっていた毛布は多分スケプティックのものだろう。もしかすると高価なものかもしれないが、堂々と小脇に抱えて部屋を後にした。スケプティックと、スケプティックの部屋、それと毛布。他人に興味がない荼毘だが、お気に入りのものがあるというのは、悪くない生活だと思った。
「……何なんだ、自由なやつ」
それなりにヤりたい気持ちがあったスケプティックは肩透かしを食らったが、機嫌のいい荼毘は少しだけ可愛いので、特別怒る必要はないということにした。作業の続きに集中する。荼毘の思いの外穏やかな寝息に耳を傾けながら、キーボードの上を滑る指先は軽やかだった。
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