呪里
2025-02-25 23:26:56
4313文字
Public Code_Abyss 小話
 

〈貴女には、知られたくない夜〉

ある悩みを抱えた朧と寄り添う荊の小話



 薄暗い部屋の中、わずかに煙草の煙が見える。

 「……つまり、《ネズミ》がでたっちゅうことか」

 「あぁ。どっかの組織から大金もらって、うちから個人情報諸々の書類を盗もうとしてたんだ」

 二人の話題に上がった《ネズミ》とは簡単にいうと《裏切り者》の事。

 信頼を裏切る行為や、集団から自己の利益を優先する行為を指してそう呼ぶそうだ。

 「正直な所、信じられん話やな。ボスからの信用を自分から失いにいくなんて」

 「そうだな。俺も最初は疑ったよ」

 フーっと煙を吹いて、朧は答えた。

 二人が信じられないのも無理はない。

 
 二人が所属する《Abyss》には、他言せずとも皆互いに分かることがある。

それは

 《ボスへの絶対的な忠誠心》である。

 ボスであるゼロに盲目的になっている者もいて、彼女からの信頼の下、喜んでもらいたいという一心で仕事をこなしている者がほとんどだ。

 そんな中でネズミがでたという話題は組織内では異常といっていいほどだ。

 


 ネズミは半年程前に正式加入したばかりの二十代前半の男。

 元はブラック企業に務めており、自殺寸前という所をAbyssの構成員に救ってもらった事が加入理由だそうだ。

 「こいつ、前の職場じゃなけりゃどこでもよかったのかもねぇな」

 「せやなぁ。勤務態度は他の子らと変わらんように見えたけどな。」

 「けど、こいつにはボスに対する敬意が感じられなかった。それにこれ見てみろ」

 そういうと、朧は立ち上がり、デスクの上に置かれていた書類を荊に渡した。

 「なんやこれ」

 「取り立て屋からの請求書だ。どうやら、ギャンブルに手を染めてたみたいだ」

 「なんとなく想像はしてはいたけど、やっぱりそうなんや」

 男はかつて通っていた大学の友人に勧められ、ギャンブルをしていたようだ。

 ここ数ヶ月負けが続いていたようで、組織でもらった給料や今まで貯めていた貯金も底を尽き、悪徳業者にすがりついたらしい。

 借金の返済が追いつかず、取り立て屋に連れていかれそうになった時に、自分はAbyssに所属していると吐いたそうだ。

 政府非公認で情報の少ないAbyssは、取り立て屋や裏の界隈にとっては内部を知れる絶好のチャンスと思われたのだろう。

 男は取り立て屋に、所属している者の情報を寄越せば返済期間を延ばしてやると条件をだされたようだった。

 「んで、犯行に至ったっちゅうことか」

 「あぁ。持ち出される寸前に見つけられたからよかったものの、あと数秒遅れてたら大変な事になってた」

 「そいつ結局どないしたん?」

 「Virtueヴァーチェに引き渡した。向こうで裁いてもらった方がいいと思ったからな」

 (※Virtue:政府直属機関。呪里の親友の一人、鏡根 飛華かがみね あすかが束ねている)

 「ボスは知っとるんか、飛華嬢んところに連れてった事」

 「一応な。詳細は伏せたが、犯罪をした者がいるから連れて行ったと伝えた」

 「さよか」












 「ボス、悲しそうな顔をしてた」

 「……………良くも悪くも、ボスは自分の下にいる子達はみぃんな平等に大事な子やと思うとるからな」

 
 朧の脳裏に浮かんだのは、引き渡し後の報告の時の事。









―――――――――――――――――――――――

 「という事があったので、彼は飛華様のところに連れて行きました」

 「そう、わかった」

 そう答えたゼロの表情は、いつもよりくらいように感じた。

 基本無表情に見えるが、眉は下がり、どこかしょんぼりしているようだった。

 「結局、心までは助けてあげられなかったね」

 そう呟くと、

 「ご苦労さま、朧。もう下がっていいよ」

 ゼロは朧の顔を見ずに言った。

―――――――――――――――――――――――











 「あの子のあんな顔見るなんてなかなか無いからさ、自分まで落ち込んじまってこのザマだよ」

 「それがお前がそんなどんよりしとった理由か」

 「……

 朧はまた俯いてしまった。

 「なら、次失敗しなきゃええねん」

 「は?」

 「次はボスを悲しませないような方法を取ればええって言うとるんや」

 荊は朧に向かい合うように立つと、おでこに軽くデコピンをした。

 「ってぇな」

 「ええか?あの子はまだ十八歳、まだまだお子様や。これから先、二十歳越えて大人になって、Abyssのボスとしてもっともっと成長されるはずや。そんな時に、今回みたいに暗い顔をしてしまう事が極力ないように俺らがお仕えするんや」

 「………

 「お前がそんなになってしもうたらアカンで。それでもNo.2か?なっさけないのぅ」

 荊はため息をつくと、朧の頭にポンと右手をのせた。

 「今回の件はお前一人に任せてしもて悪かったなぁ。せやけど、次からは俺らを頼りや。下の子らには無理でも、同じ立場の俺らには、こんなどんよりさんになる前に声かけてな」

 わしゃわしゃと朧の頭を撫でくりまわす。

 「ちょっ、やめろ」

 「やめへんで〜。お前が頼る言わんかったら止まらんからなぁ」

 口角を上げ、ニコニコしながら撫で続ける荊。

 「あーあー分かった分かった!頼る!次からはお前達にちゃんと相談するから手止めろ!」

 すると、パッと荊は手を離した。

 「約束やからな?相棒」

 「あぁ、約束だ。相棒」

 























 「せやけど撫で足りないからさらに撫で回すでー!」

 「は?!おいやめろって言っただろ!!」
















 朧の頭の中のモヤモヤはいつの間にか消えたように感じた。

 さっきより心が軽い。

 荊には感謝だなと撫でられそうになるのを必死で逃げながらそう思った。













 数時間後、パラパラと小雨になった街中を歩き、二人は気分転換に呑みに行ったそうだ。

 ただ、羽目を外して飲みすぎたせいで、翌朝二日酔い状態で柩に二人揃って怒鳴られたらしい。

END