呪里
2025-02-25 23:26:56
4313文字
Public Code_Abyss 小話
 

〈貴女には、知られたくない夜〉

ある悩みを抱えた朧と寄り添う荊の小話

 窓の外を見ると、斜めに雨が降り続いている。天気予報は大ハズレ。今日の夜は月がよく見えるって言っていたのに。

 朧はため息をついて、窓から少し離れた場所に座り込んでいた。

 なんだか今日は、いつもより心が重い気がする。

 なんにもやる気がおきない。

 ご飯を食べるのも、風呂を沸かすのも、着替えるのも、全てがめんどくさい。

 そもそもまだ家にすら帰っていない。

 (ボスの事は類と柩がさっき送っていくのを見たしな大丈夫か)

 朧の頭の中にはずっとモヤモヤとした黒い何かが渦巻いているように感じた。

 原因は分かっている。

 だが今更どうしようもない。

 あれやこれやを考えると、どんどん心が重くなっていく感覚がする。

 あぁ、昔のように〈アレ〉に逃げたくなってきた。

 朧は立ち上がると、デスクの奥深くにしまい込んであった物を取り出した。

 (火を付けられるものライター

 ゴソゴソと部屋中を探していると










 「お前、こんな暗い部屋でなにしとるんや」

 声のする方へ顔を向けると、そこには眉間にしわを寄せて不思議そうな顔をした荊がドアの近くに立っていた。

 「せめて電気くらいは付けぇや。ほとんど見えんくてしゃあないわ」

 「別に俺の勝手だろ。お前こそなんでまだ残ってるんだよ」

 荊は今の時間は取引先との商談のはずなのだが、なぜここにいるのかが謎だった。

 「先方に愛想でも尽かされたか?」

 「アホぬかせ。そんなもんはドタキャンされたわ。向こうから仕事を依頼してきた癖にな」

 「そうか」

 少しの沈黙があり、荊が口を開いた。

 「で、さっきの質問に答えろや。構成員のチビ達も帰ったし、ボスもおらんのに、お前はなんでまだ残っとるんや。こんなに真っ暗な部屋で」

 













 「たばこ」

 「は?なんて?」

 「煙草が吸いたくなって火付けられるもの探してた」

 ボソッっと朧は答えた。

 「煙草ってやめたんやなかったんか?」

 朧が探していた〈アレ〉とは煙草のこと。

 Abyssに所属する前までは酒と煙草、両方をやっていたが、今は酒だけにしている。

「やめた。ボスが嫌がるからな」

 煙草をやめた理由二つ。

 一つは吸っていた時にボスから副流煙ふくりゅうえんの匂いが嫌だと言われた事。

 もう一つは

 「……お酒ならまだいいけど、煙草吸って肺悪くして早死にとかは絶対嫌だからね」

 そう言われた事。

 「ボスからあんな風に言われたら、やめない訳にはいかねぇだろ」

 「んなドヤ顔混じりに言うなや」

 「それだけ俺の事を大事に想って下さってるんだからな。しかも俺だけしか言われていない」

 「それは単純にお前しか吸うとらんかったからや」

 荊はふぅとため息をついた。

 「で、なんで急に煙草なんや」

 そう問いかけてみるが、朧は黙ってしまい目を逸らしているだけだった。

 「……

 このままでは答えを引き出すことが難しい。

 そう考えた荊は、自身の部屋にある物を思い出した。

 「ったくしゃあないなぁ……ここで大人しく待っときや」

 荊はそう朧に伝えると、急ぎ足で部屋を出ていった。
 





 数分後

 荊は少し息を切らしながら帰ってきた。

 朧のいる部屋まで走って戻ってきたのだろう。

 少しばかり髪が乱れていた。

 「あったでー。未開封やし、これなら火ぃつくやろ」

 「マッチ?」

 荊が差し出したのは透明なビニールに保護されたマッチの箱だった。

 「俺は煙草吸わんからな、ライター持っとらんねん。たまたまマッチあったから、これ使い」

 「いいのか?」

 「吸わな満足せん顔しとったからな。今回だけやで。ボスには黙っといたる」

 そう言うと、荊はすっと朧の横に座り込んだ。

 「ついでに、お前がそないなってしもた理由もちゃあんと教えてもらうからな」

 「……わかった。マッチ、ありがとな」

 朧はマッチの箱を受け取ると、中から一本取り出し、火をつけた。