25/5/20~23、31 花冷えに亡く季節

卓感想 HO1 -記- プルー


日記

火曜

マリさんから日記帳をもらったので、今日から日記を書いてみることにします。

見覚えのない小瓶が服のポケットから見つかりました。
ネモさんのものではないそうなので、たぶん僕のものなのでしょう。ネモさんに咲く花とよく似た花のポプリが入っています。とても良い香りがするので、過去の僕はこの花が好きだったんだと思います。今の僕もきっと。

お昼にお祝いのケーキをみんなで作りました。
僕は特に役に立つことはできませんでしたが、皆さんの力で素敵なケーキが完成しました。少々独創的な見た目をしていましたが、宝箱のようで面白かったです。

昼食後はネモさんと共に中庭に行って、リィさんを見つけて一緒に魚を眺めました。
池の中にある部屋は、絵が飾られていると聞いたので、今度ネモさんと共に行ってみようと話し合いました。

夕食はビーフシチュー。味の好みは覚えていませんが、とても美味しかったと思います。

ピアノの音が聞こえてホールまで降りると、ケイトさんが演奏していらっしゃいました。ペネロペさんに手を引かれて、そのまま踊ることになりましたが何とかついていくことができ、楽しめました。
流れでネモさんとも踊りましたが、彼女は生物に触れるのが怖いと仰います。踊るのが楽しいとも言っていたので、嫌ではないようです。あまり近寄りすぎないほうが良いのでしょうか。





水曜

今朝は大変なことが起こりました。マリさんが亡くなっていました。
治療を受けたくない、とはこういう道なのでしょうか。
彼女の顔は満足そうに見えました。彼女が選んだことなのだから、これが良かったのだと思います。

中庭へ駆けていくリィさんを、ネモさんが追いかけて行ったので僕も追うことにしました。
彼はマリさんの傍らに座り込み、ひどく悲しみに暮れていました。
マリさんは幸せそうなのに。

2人を彼らの私室まで見送ったあとは、昼食をとりました。
キッチンで何も見つけられなかった僕に、ネモさんは彼女が見つけたサンドイッチを分けてくれました。
食欲が、ない、と。


アヴリルという場所について、ケイトさんとニコさんが教えてくれたので水底の宝箱へ探索に向かいました。

奥の部屋には、分厚い本と、それに挟まれたマリさんからの手紙が置かれていました。
僕は1年半もここに入院しているのだと。記憶を保持する魔術を、皆さんが生み出してくれたのに、僕は使うのをやめてしまったのだと。

それから部屋に戻って、ネモさんと共に過去の僕の日記を読みました。
魔術を使ったら、同室の彼女に影響が出るかもしれない。彼女はそれでも良いと言ってくれましたが、僕はどうしたいんでしょうか。

夕食の時に皆さんに僕のことを聞いてみました。僕のありたいように居てよいと、そう言ってくれました。

マリさんを食べて弔うリィさんを見ました。それも彼の在りたい様なのだと思います。





木曜

今日は朝から酷い雷雨でした。
伸びすぎた花の剪定をするネモさんを眺めていました。
切り落とされ捨てられていく花を見ると、どうにも寂しさを感じてしまい、つい、捨てるのなら自分に頂けないかと声を掛けていました。
頂いた花はニコさんが見つけてくれた花瓶に活けています。切り花を長持ちさせる方法は、ニコさんはご存じでしょうか。

昼までは自室で過ごしました。本を手に取ったものの、魔術や、お祈り、治療のことが頭から離れず、読むのに集中はできませんでした。答えの出せない問題に嫌気がさして顔を上げると、窓辺の椅子に座るネモさんが目に入りました。
暗い空をじっと見つめる彼女の姿は、天に帰りそこねた天使の様です。
とてもきれいで、とても好ましい景色だと思いました。
彼女以外の何者も、彼女を損ねてはいけないと思いました。

昼食のためにキッチンへ向かおうとしたとき、ひときわ大きな雷が落ち、ペネロペさんの悲鳴が聞こえると同時に停電が起こりました。ペネロペさん以外の全員がホールに集まりましたが、誰も彼女たちの居場所を知らなかったので、ネモさんと僕で探すことにしました。
順番に部屋を回って、次はキッチンという時、いつの間にか暗い子供部屋のような場所に僕だけが立っていました。早くネモさんの元へ帰らなければ、と出口を探していると、突き当りの扉の奥から彼女の悲鳴が聞こえました。
居てもたってもいられずになんとか扉を開き、置かれていた棺の蓋をこじ開ければ、ネモさんは怪我も無い様子で見つかりました。
また気付くとペネロペさんの部屋の前に戻ってきており、中からは彼女たちの泣き声が聞こえていました。ようやく見つけることができました。

あの子供部屋で聞いた言葉たちは、ペネロペさんの記憶だったのでしょうか。最後に「化け物」と呼ばれたのも、彼女たちは2人で聞いたのでしょうか。
僕はきっと、すぐに忘れてしまうのだから1人でも大丈夫。でも、あの綺麗な花を疎まれたことすらずっと覚えていられるネモさんは、と考えてしまうのは烏滸がましいでしょうか。

夕食の後、ペネロペさんの提案で、皆でリビングホールに布団を敷いて一緒に寝ることになりました。
ケイトさんの言う枕投げという遊びが面白そうだったので、全員一緒に遊びました。
ずっとこうやって、皆で楽しく過ごせたら良いのに。





金曜

朝、いつもの時間に起きた時には、ケイトさんとニコさんはすでに起きているようでした。
まだ寝ている3人を起こさないように布団を抜け出して、この幸せな光景を少しだけ眺めました。
キッチンにひとりでいらっしゃったケイトさんに頼まれて、僕はニコさんを探しに中庭へ向かいました。昨日の雷雨で植物が痛んでいないか心配していたのを思い出したからです。

温室の中で、ニコさんはうたた寝をしていました。周囲にはきらきらとした結晶が落ちており、彼の目元は少し腫れていました。
彼の話を聞きました。もうすぐ18歳になり、治療の時期が来ること。治療は怖いけど、儀式を行って死ぬのも怖いこと。
ケイトさんの瞳が綺麗だということ。こんな曖昧な状態でも、想いを伝えたほうが良いかどうか。
僕は記憶が続きませんから、僕としては想いが届けられなくなる前に伝えたほうが良いと、そう返答しました。
彼は、どうやら納得してくれたようです。彼のことを、応援しています。彼が自身の最期を決めることを、応援しています。

お昼も近くなっていたので、キッチンまで戻ったら、ネモさんとケイトさんがサンドイッチを作る準備をしてくださっていました。まだ寝ていた方々も集まってきて、初めて昼食を全員で食べました。

午後、門の前で鍵を拾ったリィさんと共に、3人で錠探しをしました。中庭にいたニコさんが、温室にある小箱の鍵かもしれないと教えてくれました。
中には、脱走を試みた子供の記録が残されていました。
ネモさんは、興味があるようでした。

気になることも書いてあったので、図書室に行って調べてみることにしました。
目的の情報は見つかりませんでしたが、ネモさんが自身の境遇と似ている、という本を読んでいました。

夜、中庭にニコさんとケイトさんが居るのを見かけました。
彼らが幸福でありますように。





土曜

酷く静かな朝の中、食事の用意をしようとキッチンに居ると、ペネロペさんがお祈りを手伝ってほしい、とやってきました。いつもは起きている2人の姿を見ませんでしたから、彼らのことだろうと思いました。

温室に入ると、その中に居た2人を中心にして植物たちが宝石のように固まっていました。ケイトさんの目が開いて、乳白色の瞳が見えていました。
傍らに小瓶が置かれており、中にはニコさんの涙の結晶が入れられていました。きっと彼らは、お互いを永遠にしたのだと思いました。

お祈りの最中に、突然、ネモさんが気を失いました。
地面に倒れ込んでしまう前に支えられたので良かったです。
昼食を用意している間に先生の診察が終わったようで、彼女はすぐに戻ってきました。
彼女は、余命宣告をされたと言いました。
明日までしか生きられない、と。
何か延命の手は教えて貰えなかったのかと聞きましたが、彼女は黙り込むばかりでした。
僕には教えてくれないようです。
彼女がそう決めたのなら、それでも構わないと思っていました。

昼食後に、リィさんたちにもネモさんの目が覚めたことを伝えに向かいました。
リィさんは、幸せとは何かといいました。
自分のままでいられること、大切な誰かと共にいられること。彼らの幸せはそうでした。
大切な思い出をずっと憶えていられること。僕の幸せは、こうだと思いました。

睡蓮池に泊められていたボートに乗り、小径の奥まで行きました。
枯れた庭の真ん中に、赤い屋根の小さな家が建っていました。
窓辺に置かれていたオルゴールを鳴らすと、ネモさんは小唄を口遊みながら庭の花を愛でていました。
僕はこの景色を見たことがある。唐突に思い出しました。
彼女は昔から綺麗だった。ずっと。

彼女が、花を枯らせる瞬間を見せてくれました。
僕は、自分を糧にしてくれるのかと問いました。





日曜(卓後に作成)

最後の朝です。
ネモさんが何を選ぶにせよ、僕は今日で終わるつもりでしたから、最期まで共に過ごしたいと思いました。

起き上がるのも辛そうな彼女に許可を取りつつ、朝の支度を手伝いました。
彼女に、僕には生きていて欲しいのか、と問いました。
僕が、過去に綺麗だと言ったから、今までそれを支えにして生きてきた。不幸ではなかったから、死ぬのが怖い。でも僕が居なくなると、生きている意味がなくなってしまう、かも、と答えてくれました。
困ってしまいました。彼女にそういう風に思ってもらえていたことは嬉しいです。ですが、もっと、なんでもないものと同じように思っていて欲しかった。替えがきくものだと思っていて欲しかった。
彼女が生きてくれるためには、僕も生きなければいけないのかもしれないと思いました。

朝食をテラスで取っていると、先生に診察へ呼ばれました。
月曜に言われた通り、同じ質問を受けて、僕からもいくつか質問をしました。
彼は、自らがイスの偉大なる種族というものであると認めました。
彼らは、僕たちがどう過ごすのかをただ見ているのだと言いました。
僕が1ヶ月程記憶を連続させていた時のことも、ただ見ていました。
魔術の副作用の影響は、距離によって大小するのだろうと教えてくれました。
記憶は、新しいものからではなく、虫食いのように抜けるのだと教えてくれました。

ネモさんの元に戻ると、ペネロペさんと花冠を作っていたようでした。
ペネロペさんから花冠を貰い、ネモさんと共に自室に飾りに戻りました。

診察で先生から教えてもらったことを話しながら、自分がどうするかを伝えました。
僕は、自分はみんなを覚えたままで生きると伝えました。
彼女は、まだ選択を決めきれないようでした。
死ぬのが怖くて誰を犠牲にするのか悩んでいるのなら、皆さんのもとへ相談に行ってみるか、または僕が一緒に死ねば怖くないか、と聞きました。
彼女は驚いたような顔をして、その後なんだか納得した様子で自分が生きることを選んでくれました。

夕食の後、就寝の前。
僕は、マリさんが預かってくれていた魔術のメモを眺めていました。
ネモさんは、やっとの事で立って、部屋の外に向かおうとしていました。
それを手伝って、行ってらっしゃいと送り出しました。


僕は魔術を使います。
もしかしたらペネロペさんも、リィさんも知らない影響のこと。
ネモさんにもぼんやりとしか伝えませんでしたが、どんなに離れたって、きっと全く影響の出ないなんてことは無いのだと思います。僕はみんなの記憶を少しずつ奪っていく。
それなら早く、僕のことから忘れて欲しいと思います。
思い出さないように、日記も、花冠も、花瓶も涙の毒もポプリも全部、全部持って部屋を移ります。

さようなら、またいつか。
治療の日には、アヴリルの門扉から出ることになるのでしょう。
すれ違うこともあるでしょう。
その時は、はじめましてが出来ると良いですね。





月曜(卓後に作成)

今日からひとりです。
全部覚えているから、辛くはありません。

マリさんが教えてくれたことだから、日記は書き続けようと思います。

ひとりだとやることも無くて、せっかく元々庭だったらしいスペースもあるのだからと、手入れを始めることにしました。
ニコさんの見よう見まねして、図書室から借りた本を参考にして、何とかやっていけそうです。

昼頃に本館の中庭を桟橋から眺めました。
ペネロペさんたちに連れられて、たぶん新しく来た子供が居ました。手を振ってくれたので、笑って振り返しました。
朝食がパンだったのか、池の魚に餌をやるリィさんを見かけました。見ていることに気がつくと、そっぽを向かれてしまいました。
ネモさんは、日曜の体調が嘘のように元気そうでした。安心しました。
明日からはもっと遠くからにするか、少しの間あちらを眺めるのは控えた方が良いのかもしれません。

先生が変わらず見てくれているのか、慣れない生活でも困ることはあまり無さそうです。良かった。