タロイモ
2025-05-28 12:48:39
10944文字
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ネコの概念は芽生えて根付く

パーバソワントロライ……になり損ねたもの。
お題の「ケモノ化」「芽生えたもの」をお借りしましたすみません。
趣味しか入れてません。
まだ友人だと思いあってるパー(→←)バソです。くっ付いてないです。自分の中の矢印にも気付いてないアンポンタンな二人です。



次に目を開いたとき。
見覚えのあるきらきらしい顔が、見た事のない距離で目の前にあったもので。
まだ自分は夢の中にいるのかと、馬鹿みたいなことを考えてしまって。
騎士は我がことながら可笑しくて、内心少しだけ笑ってしまったのだった。



あれから何時間が経ったのだろうか。
寝起きの頭は、まだ霞がかかったようにぼんやりしている。重たい瞼を押し上げながら、騎士は今日あった事について順繰りに記憶を辿っていった。
朝はいつも通りシミュレーターで修練を積んで、昼は食堂の手伝いを買って出て。
昼過ぎ頃にマスター達が特異点から帰り、ドタバタと色々あって。

……あぁ、そうだった。
美しい獣と化してしまった友人を、温かく心地よい重みを、抱き締めたまま微睡んでしまったのだった。

パーシヴァルは、何度か瞬きを繰り返す。
頭はまだしゃっきりしないけれど、段々と視界は明瞭になっていった。
キャスター達の概ねの予想通りだ。バーソロミューにかかっていた呪術による肉体の変異は、数時間が経過して問題なく解けたようだった。
真っ黒な毛皮は、滑らかな褐色の肌に。
ふかふかの前足は、筋張った筋肉質な腕に。
ぴんと立った耳があった場所には、日焼けした柔らかな黒髪が戻ってきていた。
実に二週間ぶりの対面だ。
万が一、彼の姿が戻らないなんて事があったらどうしようかと考えていたけれど、それは杞憂に終わったようだった。

——良かった、いつものバーソロミューだ)

ほぅっとひと息吐いて、パーシヴァルはぼんやりと、目の前にある美丈夫の顔を見やる。
こんなにも至近距離で彼の顔を見た事は今まで無かったけれど、改めて美しい造形をした男だな、と素直に思った。
すっと通った鼻筋も、きりりとした目元も、描いたような柳眉も、薄く品の良い唇も、そのどれもがすっきりと見目良く小顔の中に収まっている。
温室育ちの優美さでも、神代の息吹の完璧さでもない。野の花のような力強さと生気を感じる美しさを兼ね備えた、人好きのする、瑞々しい顔立ちだ。
よく彼は自分のことを「私はアラフォーのオジサンだぞ?」と言うけれど、この見た目でそれを言うのかと改めて思った。

ただ、ここまで近付いたことで、初めて気付く部分もいくつかある。
たとえば、切れ長の目は長く密度の濃い睫毛で縁取られていること。
たとえば、目尻には薄く笑い皺が刻まれていること。
たとえば、額の右上の方、前髪に隠れるか否かという場所に、小さな傷があること。
それらの小さな発見は、何故だかパーシヴァルの心をわくわくと弾ませた。

そうやって、しばらく目の前の美しい顏(かんばせ)を観察していると、ふと安らかに緩まっていた表情に険が寄った。
すぅすぅという寝息が途切れ、むずがるような声が上がる。

「うん、」

パーシヴァルの膝の上で身動ぎしたバーソロミューは、ゆっくりとその瞼を上げた。
ブロンズの幕が上がり、吸い込まれそうな深い青が、獣の時と同じ色合いの宝石が、パーシヴァルの像を写す。

おはよう、バーソロミュー」

騎士が微笑みかけてそう言うと、海賊は一体何のことやら分からぬ、と言った風情で長い睫毛を二、三度ゆっくりと瞬かせた。
ぱちり、ぱちり。
そうして、バーソロミューは回らない頭で、己の置かれている状況について、順を追って思い出していった。

特異点の解体が終わり、無事に全員で帰還した。
カルデアに喚ばれて、霊基が解けていく感覚があって。
意識を取り戻した時、目の前にはネコ耳姿のマスターと、半狂乱の武則天が目に入り。
かと思えば捕まえられて、部屋に運ばれて。

そして、今。
目の前には、銀の髪に薄青の瞳の、白皙の美男子。
輝かしき円卓の騎士にして、夏の休暇を経て、立場や出自の違いを超えて友人となった、善性の塊のような男。
その騎士の膝の上に、何故か己は乗っていて。
……いや、訂正しよう。
何故こうなっているのかの『理由』は分からないけれど、ここに至るまでの記憶は『覚えている』。
意気揚々と彼の膝の上にのり、顔に額を擦り付け、案外柔軟な胸元を踏みしだいた覚えが、ある。

みるみる内に、バーソロミューの顔には朱が差していった。

「うわぁぁぁぁああああああッ!!」
「わっ、」

瞬間、船の上でも朗と響く通りの良い声が、大音量で部屋中に響き渡る。バーソロミューの身体は冗談ではなく垂直に一メートルは跳ね上がり、その反動のまま後ろに飛び退った。頬や耳は茹で蛸のように真っ赤に変わっていて、瞳にはじわりと涙さえ滲んでいる。
唐突な反応にパーシヴァルが何も言えないでいると、バーソロミューは壊れて音量調整が出来なくなったラジオのごとく喋り始めた。

「すまない!!本ッ当にすまない!!イヤ何で君も嫌がらないんだ?!はたき落としてくれて構わないのに!!」
「貴方が気持ち良さげに眠っていたので、つい」
「つい?!いやいや八〇Kg近い大男が膝に乗ってるんだぞ、重いし暑苦しいだろう?!」
「? 別に苦痛ではなかったよ。むしろ貴方ぐらいの上背なら、もう少し体重があっても良いと思う。それに、」
「それに?!」
甘えてくる貴方は、その、可愛いかったから
「〜〜〜ッ!!…………ッ!!」

マシンガンのように言葉を並べ立てた海賊は、僅かに頬を赤らめた騎士の一言に、脳天に一発喰らったような衝撃を受けた。
心臓がばくばくと騒いで、喉をふさいでいる。口をはくはくと開けたり閉じたりして、けれど口達者なはずの海賊紳士は、二の句が継げなかった。
自分が、何を、言っているのか、分かっているのか。
この騎士は。

君、は君って奴は!!」
……おかえり。バーソロミュー」

熱したやかんのようになって言葉に窮した海賊に、しかし。
騎士は、朗らかに笑いかけて、改めて帰還を祝する言葉をかけた。
途端に、バーソロミューの中のぐちゃぐちゃになった感情の奔流は、ぷすりと穴が開くようにして萎み、穏やかなせせらぎのようになっていく。毒気を抜かれた、と言い換えてもいいだろう。

それは、どちらの意味なのか。
レイシフトからの帰還に対して?
それとも、人の姿に戻ったことに対して?
恐らくそのどちらもなのだろうけれど。そして、どちらにせよ、バーソロミューには居た堪れないことは確かで。
熱と赤みの引かない頬を自覚しながら、海賊は小さく小さく、蚊の鳴くような声で「ただいま」、と返したのだった。



「ところでバーソロミュー。クロヒョウになっていた時の記憶はあるのだろうけれど、あの時、『自我』はどれくらいあったんだい?」
「もう全部忘れてくれないかなぁ!?」

この後、騎士には色々とイケナイ感情が萌芽して、すったもんだあった末に海賊と結ばれる事になるのだけれど、それはまた別の話。

それから、クロヒョウに変異したバーソロミューには、人に言えない後遺症が実は発生していたのだけれどそれは恋人とだけの秘密になったので、他の誰も知り得ないのであった。