ロンド
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Public くにぐに
 

冬の霜、真昼の空/へべれけリンゴの酔狂(丁+諾)

ドラウグデンとエルクノルの話。


へべれけリンゴの酔狂


 これはドラウグとエルクが知り合った後の話。
 ドラウグは今日も籠を持って森にやって来ていた。籠の中身はエルクが最近気に入りの冷たいケーキで、ゼリーで固めたイチゴのタルトだ。森ではめったに食べられない、おおぶりの果物をふんだんに使った甘い甘い街のスイーツだ。フィヨルドの森でひっそりと、たったひとりぼっちで住んでいるエルクにウーバーをするのは、親友のドラウグの特権なのだ。
 エルクを呼びながらドラウグは森の奥深くへと踏み入っていく。エルクに気をつけるよう云われたので、やわらかい苔は踏まぬよう、木の根や岩を越えるときはそっとやさしく乗ってあげ、獣たちをおびやかさないように。森の獣たちは冬眠するものもいるが、冬にも活動する小動物や鳥はいる。元人間のドラウグには鳴き声としか聞こえないが、かれらはいつでもおしゃべりで、気まぐれにエルクのもとへ案内してくれる。
「おーい、エルクー」
 ドラウグがのしのし森を歩きまわっていると、どこからか鳴き声がする。こっちだ、こっちだ、と教えてくれているのだとドラウグは都合よく解釈した。事実その通りだったようで、いくらかも歩けば、泉のほとりにたどり着いた。
 泉は冬の寒さのために氷の層が張っていた。ドラウグがつんつんと靴で叩いてみても、真っ白な一面はびくともしない。ところどころ色が濃くなっているところは氷が薄いようで、ぽっかり空いた水たまりに水鳥が泳いでいた。
「エルク?」
 ぐるりと見回すと、そばに見知らぬ誰かが仰向けになって落ちていた。うお、とドラウグはヴァイキングの倣いで身構える。しかしよく見てみれば、その、見知らぬ彼は両腕も両脚も投げ出して、冷たい霜の降りた地面で、ふにゃふにゃと唇を動かしながらぐぅすかと幸せそうに寝ていた。その周りには、なぜかリンゴの芯と半端にかじられたリンゴが転がっている。
「もう巣はクルミでいっぱいなんですぅ……キノコのオイル煮? じゅるり……
「すっげ寝てるべ……
 ドラウグは近寄ってそばにしゃがんで覗き込んでみた。ケーキの籠を置き、ぺちぺち頬を叩く。
……死ぬぞー? 俺が云うのもなんだけんど」
 すでに死んだ戦士であるドラウグが死をほのめかすのも変な話だが、真冬の森でたいした防寒具もなく眠っているなど正気の沙汰ではない。
 反応が薄いので強めに揺すってみる。起きない。デンはしばし考え込み、はっと思いついた。
「ま、まさか……王子様のちゅー……け」
 以前、やけに突っかかってくる番人がいる地下図書館で読んだ童話に、そんな物語があったようにドラウグは思い出した。森で隠れ住んでいた姫君が魔女に騙されて毒リンゴをかじって眠りについてしまい、王子様のキスで目覚めるのだ。そう思い込んでしまえば、周囲に散らばる食べかけのリンゴも物語の舞台らしく思えてくる。もしや、とドキドキと胸が高鳴りを伝えてきた。武者震いだ。ヴァイキングのドラウグは勇猛果敢、恐れ知らずの戦士だが、童話の王子様の役割は門外漢だ。
 寝ている彼をじっと見つめる。森は静寂していた。すよすよとよだれも垂らしている彼を起こすのは忍びないような、童話の光景とはふさわしくないような気がしないでもなかったが、ドラウグはえいやっと腹を決めた。
 彼のそばにひざまずき、覆いかぶさるように顔の脇に両手をついて、顔を寄せようとして――
「サルミアッキアイス食べ放題⁉」
 奇怪な寝言とともに健やかに眠っていたはずの彼が唐突に起き上がった。当然、至近距離にいたドラウグの頭にストレート直撃。絶叫が森に響き渡り、木々はのけぞるようにそよぎ、声に驚いた水鳥たちがみな飛び去っていった。
「痛っだ――――⁉」
「おひゃああああああ――‼」
 額を抑えて悶える二人。どちらも石頭なのであった。
 赤く腫らしたドラウグと、まったくこたえていない彼は視線を交わし、彼の方がもう一度絹を裂くような甲高い悲鳴を上げる。
「おひゃあああ! 誰⁉ 誰ですか!」
「おめえこそ誰だべ」
「僕ですか⁉ 山をみっつ超えた湖に棲まうナッキです!」
「俺はヴァイキングのドラウグだっぺ。海辺の町でウーバーやって……、あんれ? エルクにケーキばウーバーしに来っだんだけんど、あいづどこだ?」
 見知らぬナッキが寝ていたのでちょっぴり忘れそうになっていたが、ここはエルクの森だ。エルクが目覚める霜の季節に森を歩くには、森の住民か、近隣に住まう馴染みの住人か、エルクの顔見知りの精霊か、ともかくエルクの知り合いでなければ迷い込めるすべもない。ナッキは人畜無害そうな顔で目を輝かせる。
「ケーキですか!」
「んだんだ、ケーキ好きけ?」
「はい、甘いお菓子はみんな好きです! あっ、エルク君のぶんですよね……
「たーんとあっがら、エルクと分けるとえがっぺ。んで、エルクは?」
「エルク君でしたら、僕のお土産の発酵リンゴで昨晩宴会しまして」
「おおう……俺以外にも飯食う友達おっだんけ……つーか宴会なら俺も混ぜてくんちょ!」
 酒好きの性がひょっこり飛び出す。強い酒が好きなドラウグは発酵リンゴごときで酔えるものではないが、酒と聞いたら呑まねば損だ。
 ひとまず周囲に落ちている食べかけのリンゴの正体は察せた。
 リンゴを拾い集めながらナッキは首をかしげた。
「発酵リンゴ食べて……歌をうたって……踊って……あとなにしたんだっけ。エルク君、ご機嫌で走り出しちゃって……僕はとうてい追いつけないからここで演奏していて……
「んだっぺか! どっちだ?」
「たしか、あっちの方です」
 ナッキが崖の方を指さした。ドラウグは死人ながら青ざめる。フィヨルドに這うように広がる針葉樹の森は、うっかりすれば海に真っ逆さまだ。ドラウグは居ても立っても居られず籠を引っ掴んで飛び出した。森のすみずみまで熟知するエルクだが、まさか。
「エルク――!」
 ドラウグは方々呼びかけながら一直線に走り、氷が切り立つ崖に突き当たった。このあたりはめったに誰も踏み込まないらしく、どっしり厚い雪が積もっている。はたしてエルクは、トロールの舌に似た崖のてっぺんの雪の上でいびきをかいていた。
「エルク!」
 あと二、三歩も進めば灰色の冬の海が波打っている。激しい水柱の音が聞こえてきていた。ドラウグは雪をかきわけ穴を踏みしめながらエルクに近づいた。
 よくもまあ、こんな危険なところで熟睡できるものだ。ドラウグはいっそ感心しながら寝顔を覗き込んだ。いつも凍るように冷たい頬は、発酵リンゴのアルコールが回っているのかほんのりピンクに染まっていて、人間の赤子か猫のように丸くなっている。立派な角が雪に突き刺さっている。
 半分埋もれていたエルクの顔まわりの雪をかきわけてやり、ドラウグはナッキにもそうしたようにエルクの頬をやさしく叩いた。エルクはむずがるように唸る。ここまで寝入っているのはものめずらしい。
「しゃあんめえ……連れてぐか」
 起きないならばナッキがいる泉まで運んでやろう、とドラウグは手を出した。脇の下から腕を回して、ウーバーで荷物を運ぶようによっこいせと背中に担ぐ。精霊のエルクは人間よりもはるかに軽い。
「よ……っと」
 エルクを背に、籠を腕にひっかけ、元の道を戻ろうとドラウグは足を踏み出して。
 灰色の空がひっくり返った。
……あ?」
 エルクが飛び起きた。ぐぇ、とドラウグの頭を踏み台に、すさまじい身体能力をもってして高く跳躍する。雪とともに海に落下してゆくドラウグが最後に見たのは、軽々と針葉樹の枝に着地して振り返ったエルクの「あ、やっちまっだ」という顔であった。





「あ、エルク君おかえりー……わーっ、なんでそんなびしょ濡れなの⁉ 風邪引くよ!」
「俺は風邪引かね……こいつが溺れんのが悪りぃ……
「海に落ちたの⁉ よく生きてた――おひゃああああ! 息してない! 死んでる!」
「死んでんべ」
「あ、そうか。ドラウグだもんねー。でもエルク君、助けてあげるなんて優しいね」
「ケェキがいだまし」
……そうだね……