夢篠
2025-05-19 21:15:05
1994文字
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1400999

こいねがう

病弱な娘と雑渡昆奈門の続きの続き


嗚呼、どうしよう。ナマエの熱が、下がらない。もう五日以上、高熱が続いている。か細い息を荒らげてナマエが私を呼ぶ。身体は熱いのに、手は冷たい。その手の温度が、恐ろしい。

ナマエの未来を、私たちは諦めた。永遠に二人でいる事よりも、燃えるように一つとなって消える事を願った。だからこうなる事は必然だった。分かっていた、筈なのに。

ナマエ、っ、ナマエ……っ。ねえ、苦しい所はどこ?もう一度、医者を呼ぼうね。薬を呑めば、きっと熱は下がるから」

小さくて、以前より更に細くなった身体を腕に抱いて濡れた手拭いでその身体を拭う。虚ろな目で私を見詰めるナマエの唇を奪う。触れ合った部分から病魔が私に移れば良いのに。どうか私を殺してくれ。ナマエがいない世界を、想像するのが恐ろしい。

「こ、ん、さま……

震える声が、冷たい指先が、私を呼ぶ。弱々しい力で袖を握られる。いじらしい。愛おしい。どうかこの生命が永らえて欲しい。私の生命をあげたって良い。ナマエがこの世からいなくなった次の日に、私は死にたいと思っている。ナマエをこの世に残すのはあまりに不憫だ。それでもナマエのいないこの世で、生きていく己を想像する事も出来なかった。

「なに?……私は此処にいるよ」

細い髪を撫でてから頬に触れる。触れた指先が熱い。不安になる熱さが怖い。どうかどうかこの生命を永らえてください。私には不必要だと思っていた神にも仏にも、祈るから。

「こんさま、あの、ね」

吐息が揺れる。ナマエの目がとろりと蕩けているのが見えた。酷く幸せそうな目で。酷く優しい目をして。

「あのね、ナマエのお腹にね、ややが、ね、いるのよ」

「っ、」

息が詰まる。不確かにも心という物があるというのなら、これ程その場所を意識した事は無かった。こんなの、知らない。こんな、嗚呼。…………嗚呼、どうか死に損ないの私で足りるなら。どうかこの取るに足らない残滓でも赦されるのならば。贖いは全て私が引き受けるから。このひとの未来をください。一日でも永く。このひとと、このひとに良く似た嬰児がこの世に落ちる事を祝福させてください。そのためならば、私はきっと。

「こん、さま。こんさまと、ナマエはととさま、と、かかさ、まに、なるのよ……

幸せそうに微笑むナマエが手を差し伸べる。冷たい指が頬に触れる。私も、幸せだ。ナマエのために生きていたい。それなのに死にたい。今が一番幸せだと、分かっているから。だから怖い。私は何処かで分かっている。ナマエは産みの苦しみに、耐えられない。

「嗚呼、どうやって言葉を重ねたら伝わるかな……。本当に、ナマエに伝わって欲しいんだ。私は今、とても幸せで、幸せだから、忍軍の長なのに、死にたくないと願ってしまった。生きて、そしてナマエに、その腹の子に、会いたいと願ってしまう……

顔を見られたくなくて、ナマエの細い首筋に顔を埋める。小さな身体が小さく笑った。でもその存在は私にとってとても大きくて生きるのに絶対に必要で。頼りない腕がゆっくりと私の背に回る。彼女が母になるから、なのだろうか。その腕はとても美しく強く、気高い物のように感じた。

「私は凄く、幸せだ。…………ナマエは?ナマエは、幸せ?」

声が震えた。最強と謳われた私をこんなに弱い存在にするナマエが、私の腕の中でか細く息をしていた。今にも止まりそうな呼吸を精一杯。

「しあ、わ、せ。ナマエは、もう、ずっ、と。こんさまに、はじめて、あった、ひから」

囁かれた言葉を絶対に逃したく無かった。自らの呼吸すら押し殺してナマエの声を聞く。私から、この一つだけは奪わないで欲しかった。私の人生は、喪う事の方が多いのだから。せめてこの一つ、たった一つだけ。否、たった二つ。ナマエと、まだ見ぬ私とナマエの子。

「そう。私も。ナマエに初めて会った日からずっと、生きていて良かったと思っているよ」

自分の声がこれ程優しくなるのだと、初めて知った。誰かを想う事がこれ程怖い事も、初めて知った。私は誰かを想って強くなれるのだと思っていたのに。

「こんさま、すき。……ナマエ、は、しあわせ……、です、ずっと、こんさまと、いっしょに、」

咳き込む力も、もうあまり無い。かひゅ、と喉から喘鳴だけを溢し、ナマエが苦しげな顔をした。黒い髪を撫でて、唇を合わせる。息を与えるように二人で呼吸をした。合わせた唇の中でナマエが何かを呟いた。私には、聞き取る事が出来なかった。