その朝、ユウマは珍しくアラームが鳴るよりも前に目が覚めた。
時間を確かめようと枕元のスマホに手を伸ばしたところで、指先がふわりとした何かに触れる。
(??
……こんなとこに毛布出してたっけ
……?)
覚えのない感触に戸惑ってぼんやりしていた目を向けると、視界に入ったのは白と赤のふわふわしたかたまり。
「
……え??」
片手に乗るくらいの丸っこいフォルム。赤い体と白い顔、黄色い目と青いライン。ふわふわと柔らかそうな姿からは、ユウマにとってとても身近な存在を思い起こされて。
《イヨワっ!》
聞き覚えのある響きが、そのふわふわから聞こえた。
「ええっ!? ア、アーク
……!?!?」
二等身のとても愛らしいぬいぐるみは、上擦ったユウマの声に頷いたように見えた。
◇◇◇
その朝、シュウはスマホの着信で起こされた。
待受画面に表示された友人の名前に、ぼんやりしていた目が一気に覚醒する。
「ユウマくん!? 何かありましたかっ!?」
『こんな朝早くからすみません、シュウさん! どうしましょう!? アークが、ふわふわで、ちっちゃくて、丸くなってっ!』
「
……ユウマくん? すみません、状況がわからないのですが」
『今朝起きたら、ふわふわした丸いぬいぐるみがいて、イヨワって鳴いてて、どう見てもアークで
……』
「ぬいぐるみ
……? アークがですか
……?」
『見てもらった方が早いです。ビデオ通話に切り替えていいですか?』
「少しだけ待ってください」
ヘッドボードに置いている眼鏡を取ろうと伸ばした指先が、ふわりとした何かに触れた。
馴染みのない感触に、慌てて眼鏡を掛けて枕元に視線を向け直す。
「
……っ!?」
黒とグレーのふわふわしたフォルム。手のひらに乗るくらいの小さくて柔らかそうなかたまりは、大きな赤い目でシュウを見上げている。
《ギヨワっ》
小さな響きがそのふわふわから聞こえる。
丸っこい腕先がシュウに向かって伸ばされた。
『シュウさん? 切り替えていいですか?』
「
……切り替えなくても大丈夫です。状況がわかりました」
『え?』
「私のところには、ギヨワと鳴く黒いふわふわしたものが現れました
……」
『もしかして、シュウさんのとこには黒いアークが
……!?』
漏れ聞こえたユウマの声に、黒とグレーのぬいぐるみは小さく首を傾げたように見えた。
◇◇◇
分所に出勤したユウマは、所長・リン・ユピーに見守られながら、SKIPジャケットのポケットに入れていたものをそっと取り出してテーブルの上に乗せた。
「
……これは、また
……」
「
……っか、かわいい
……っ!」
「ずいぶんちっちゃくなっちゃったねぇ」
白と赤のふわふわしたものは、SKIPメンバーたちを見上げると軽く首を動かして、それから自分を紹介するかのようにくるりと一回転してみせた。
それから丸っこい腕が胴体部分に近付いて顔が上を向く。それはアークが腰に手を当てて胸を張る仕草と似ている。腕が短くて腰(?)には届いていないが。
その愛らしさに見つめる全員の頬が緩むものの、目の前の状況に戸惑いを隠せない。
「今朝起きたら目の前にこの姿でいたんです」
「いきなりか?」
「はい、何の前触れもなかったです」
「アークだけじゃなくて、黒いアークもなんだよね?」
「ええ。シュウさんもとりあえずこっちに来るって言ってました」
その言葉に重なるように、分所の扉が開く気配がした。
「おはようございます。ユウマくん、皆さん」
慌てた足取りで入ってきたシュウは、SKIPのみんなに囲まれてテーブルの上にいるふわふわした存在を目にして足を止めた。
「やはり、アークもその姿なのですね」
「シュウさんの黒いアークは
……?」
「こちらです」
シュウは軽く身を捻ってスーツの腰ポケットを見せる。大きく膨らんだポケットからグレーのふわふわした丸い顔がのぞいていた。
「そ、そこに入れてきたんですか
……!?」
「私の鞄の中には絶対に入ってくれなくて仕方なく
……」
「シュウの鞄、中が真っ暗そうだもんねー」
きっちりスーツを着込んだシュウのポケットいっぱいに詰まっているふわふわなぬいぐるみ。そんな状態でこの分所までやってきたシュウを想像して、ユウマはどういう顔をしたらいいのかわからなくなった。
「ほら、ここなら心配いりませんよ」
シュウが優しく語りかけながら、黒いふわふわをポケットから出す。テーブルに下されたふわふわは丸い腕先でシュウのスーツの裾を掴んだまま周囲をぐるりと見回し、それからシュウに隠れるようにスーツに顔を押し付ける。
「この子は恥ずかしがり屋さんみたいですね」
しゃがんで視線の高さを合わせていたリンが声も小さくする。
少し離れて見守っていた所長が腕を組んで唸った。
「しかし、これはどういう事態なんだ
……?」
「僕にはまったくわからないです。それこそ怪獣でも、いきなりぬいぐるみになるような生態は聞いた事ありません」
「宇宙科学局のデータベースにも該当しそうな事例はありませんでした」
「それはそうだろうなあ
……ちなみに、ユウマと石堂さんの方に何か変化は?」
そう聞かれて、ユウマは自分の身体をあちこち触ってみる。胸元に手を当てて身体の中に意識を向けてもいつもと違いは感じない。
「特に変わったことはなさそうです。中にいるアークの気配もいつものままです」
「私も同じです」
「アークと黒いアークが変わらずユウマとシュウさんの中にいるということは、この子たちはアークたちじゃない、ってこと?」
「いえ、アークたちだと思います」
ユウマはテーブルの上にちょこんと座って大人しく自分たちの話を聞いている白と赤のふわふわにそっと手を伸ばす。ふわふわはユウマの手のひらに嬉しそうに乗った。
その手を持ち上げてユウマは静かにふわふわに顔を近付ける。
「どうしてこうなったかはわからないですが、アークたちの力が少しこぼれて、この小さな姿になってるんじゃないかと
……」
「そうですね。この子から感じる気配は、私の中にいる存在と同じです」
シュウも自分のスーツにしがみついている黒いふわふわにそっと長い指を添える。
「しばらく様子を見てみるしかなさそうだな。二人の体調に変わったことがないなら、緊急事態でもないだろう」
「はい! 勤務中は小さいアークも一緒にいて構わないですか?」
「ああ。騒がしいわけでもないし問題ない。もし緊急出動があればそのときは分所に待機させておこう」
「ありがとうございます!」
ユウマはふわふわのアークと顔を見合わせて頷きあう。
それから、何やら考え込んでいるシュウに気が付いた。
「シュウさん? どうしました?」
「その、今朝はとりあえず、緊急の調査案件があるからと言って出てきているのですが。これから局に戻る際に、いくら大人しいとはいえさすがにこの子を連れていくわけには
……」
確かにそれはそうだ。SKIPのみんなはアークや黒いアークの事情を知っているから良いが、防衛隊側には何も明かしていない。
「ひとまず小さな黒いアークもSKIPで預かっておきましょうか?」
「そうしていただけると大変助かります」
シュウが黒いふわふわをユウマの方に向けようとする。しかし黒いふわふわは短い腕でひしっとシュウの指に抱きついた。
「ここの皆さんなら大丈夫ですから」
《ギヨワっ!》
抗議するような声にシュウの眉が下がる。だが、黒いふわふわも必死に鳴いて離れまいとしている。
ユウマは少し首を傾げて、それから手のひらに乗ったままだったふわふわのアークを黒いふわふわの近くに下ろした。
ふわふわのアークはユウマを見て頷く。それから黒いふわふわに近付いて、ゆっくり腕を伸ばす。丸い腕が黒いふわふわの肩にかかって、静かに抱き寄せる。
《イヨワ》
《ギヨワ
……?》
大人しくなった黒いふわふわは、白と赤のふわふわに腕を引かれてシュウから一歩離れる。
手を繋いだ二体のふわふわは、揃ってシュウを見上げる。赤と黄色の大きな目にじっと見つめられて、シュウがよろり、と揺らめいた。
「で、できるだけ早く迎えに来ますから
……!!」
それだけ言い置くと、未練を断ち切るようにシュウは足早に分所を出ていく。
その後ろ姿を見送って、リンがしみじみと呟いた。
「爆速で仕事終わらせて戻ってくるに一票」
「シュウ、忙しそうだから終わるかなぁ」
「きっとこの子のために大急ぎで終わらせてくると僕も思います」
残された二体のぬいぐるみに手を伸ばしながらユウマも頷いた。
◇◇◇
今日中に処理しなければならない案件だけ何とか片付けて、シュウが星元市分所に戻ってきたのは陽がだいぶ傾いた頃だった。
「すみません、遅くなりました!」
《ギヨワっ! ギヨワっ
……ギヨワっ!!!》
シュウの姿が見えたとたん、黒いふわふわが飛び上がってぎゅっとしがみつく。そして大きな声で鳴き続けていた。
「もしかして、ずっと鳴いていたのですか
……?」
「昼間はふわアークと一緒にいい子にしてましたよ。シュウさんが迎えにきてくれて安心したんだと思います。ふわギルも頑張ったよね」
肩にふわふわのアークを乗せたユウマが遅れて出迎える。
「ふわアークとふわギル?」
「ふわふわのアークとふわふわの黒いアークじゃ長いし、アークって呼ぶと大きなアークたちと紛らわしいでしょ? だから、ふわアークとふわギル!」
「なるほど」
指を立てて説明してくれるユピーに、シュウは頷く。それからふわギルを両手でそっと抱きしめた。
「お待たせしてすみませんでした」
《ギヨワぁ
……》
ようやく落ち着いてきたのか、ふわギルはシュウの手の中でころんと丸くなっている。
その丸い頭を撫でながら、シュウは大きな溜息を吐き出した。
「明日からどうしたものか
……さすがに毎日ここに預けにくるわけにはいきませんし」
「いっそのこと僕がふわギルも連れて帰りましょうか? ふわアークと一緒なら寂しくないんじゃないでしょうか」
「そう、ですね
……君はどうですか? ふわアークとユウマくんと一緒にいますか?」
シュウの手の上で丸まっていたふわギルが、慌てたように立ち上がった。シュウの親指にしがみついて、また悲壮な声で鳴き出す。
「ユウマよりもシュウのそばがいいみたいだね」
シュウは手のひらを持ち上げてふわギルと目線を合わせた。
「君は私と一緒に帰りたいのですか?」
《ギヨワっ!》
「そうすると昼間は私の家でひとりで留守番してもらうことになります。それでも良いでしょうか?」
すぐには返事がなかった。
じっと考えている様子のふわギルをシュウは静かに待つ。
やがて、ふわふわの丸い頭が小さく頷いた。
《
…………ギヨワ》
小さな小さな肯定の声に、シュウは再びふわギルを抱きしめる。
「
……私のそばを選んでくれてありがとうございます」
ふわギルの丸い腕がシュウの頬に向かって伸ばされる。ふわふわと柔らかい感触に、シュウの目が細まった。
「帰ったら、美味しいコーヒーを淹れてあげますね。毎日、一緒に飲みましょう」
《こおひい
……!》
ふわギルがぴょんぴょん飛び跳ね始める。それをシュウが優しい眼差しで見つめる。
一方、それを見守っていたユウマは、今聞こえてきた音に驚いて自分の隣にいるふわアークを振り返った。
「え!? ギヨワ以外も喋れるの!?」
ふわアークもびっくりしたように、首をぷるぷる振っている。
「コーヒーに対する執着は、ふわギルもシュウさんと同じなんですね
……」
ユウマとふわアークは、シュウとふわギルに揃って呆れた目を向けていた。
さて。
そんなこんなで始まった、ふわふわなアーク&ギルアークとの日々。
やがてギャラクシーの力で空間移動することを覚えたふわギルが、ところ構わずシュウのそばに現れるようになってひと騒動起こるのは、また別の話ということで。
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後日談、書きました。
https://privatter.me/page/688e03812609f
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