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kanaco
2025-05-14 22:52:19
9532文字
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【洛信】香水シリーズ まとめ【完】
【スタイル】小説 【CP】洛信←モブ、
《概要》
1P【前編—Side信一】社交界でナンパされてテンションが下がる信一くんと、助け舟を出す十二少くん。
2P【後編—Side洛軍】疲れたので恋人を吸いたい信一くんと、頑張った彼を全力で甘やかしたい洛軍さん。
1
2
【前編
—
Side信一】
有数の財力を誇る権力者が主催するパーティーが、陰陽どちらにも通ずる社交場となることは少なくない。九龍城砦の復興に忙しいからとその招待を一度は断りつつも、信一が結局参加したのは主催者の熱望によるものだった。
その人物は龍捲風よりも大分年上であったが彼の長年の友人であり、信一も龍捲風に引き取られた幼い頃からの顔見知りだ。会えばいつでも親戚の子供のように可愛がってくれる人物であった。信一が龍捲風の右腕にまで成長する頃には、龍捲風の忠実な部下兼立派な〈招待客〉としてこの社交界にお披露目された。人脈構築、情報戦、駆け引き、観察眼の磨き方、立ち振る舞いなど、龍捲風を師に多くのことを学んできた場所である。
その主催者は龍捲風が亡くなったことや九龍城砦の一件について心を砕き、顔を見せぬ信一を心配して直接声をかけてきた。九龍城砦の代表となった手前の意味でも参加は悪くないだろう、とも。
富豪、政界、芸能、そして黒社会に関わる者などあらゆる種の人間が有象無象に集まるパーティーとは言え、その顔触れや全体を纏う雰囲気は開かれる都度で違いがある。信一が会場の様子を覗ったところ、今日は中堅層か比較的若い層、または新興勢力が多い印象を受けた。大御所ばかりが揃う一見は和やかにも見えるもその実は張り詰める回に比べれば、少し浮足立ち周囲に対する好奇心が強い空気を感じる。
信一と一緒に会場にきた十二少も今日は虎兄貴の代理での参加だ。2人で主催への挨拶と少し長めの和談を済ませ、後は適当に過ごす。信一は長居をするつもりはなかった。しかし九龍城砦の件と、新しく砦の代表となった信一に対する注目度はさすがに高く、挨拶回りと油断を許さぬ歓談は伸びに延びていく。
一瞬だけ人が空いたのを見計らい、信一は喧騒から逃れるようにバルコニーの外へと出た。一応、十二少の姿を探す。彼もまた誰彼に捕まっているようだ。廟街の若頭として名をあげ頭角を現す中、九龍城砦奪還に参加し、それを成しえた十二少の注目度も信一に勝らずとも劣らない。
バルコニーの柵に腕を乗せ、空を見上げる。心を隠して会話をする人々の群れから少しだけ解放を感じた。ライターを取り出し煙草を一本。疲れる。帰りたい。心の安寧を取り戻そうと恋人のことを想った。夜も遅いし洛軍も今日は仕事は終えて部屋で寛いでいるだろうか。いや、頼まれごとが多い優しいアイツのことだから、まだ一生懸命何かに取り組んでいる最中かも
…
。洛軍の姿を思うと気分が少し和らいだと同時に、ますます恋しさが募った自分に小さく笑ってしまう。
そこへ誰か近づいてくる気配がした。知っている強い香水。バニラの甘さの中に、タバコのような苦味とそれからスパイス。陰りを秘めた重さがありつつも相手を翻弄する甘美な誘惑の香りが密かに漂う。
(せっかく1人になったのに野暮な野郎だ
…
)というイラつきを押し込めて視線を向けた。想像の通り、実に端正な顔をした見知った男が穏やかな表情をしたまま歩いてくる。
「休憩中すまないな。そうイラついた顔をするなよ。お前のところに人がひっきりなしに行くものだから、タイミングが掴めなかったんだ」
信一が表情には乗せなかった内心を読んで言ってのけ「ははっ」と人好きする顔で笑う。
香港島の南部に位置する、美しい景観のビーチや大型ショッピングモールで賑わう玲水湾泳灘エリアを縄張りとする男・任が率いる一派。龍捲風は任とも交流があり、懇意にはしていないも現行は均衡を保っている間柄である。信一はそのボスに片手で数えるほども会っていないのだが、挨拶をしたことはある。
そのボスの右腕である青年、俊宇。それがこの男だ。信一よりも年齢も背丈も少し上のこの美丈夫は、滅多に玲水湾泳灘を出てこないボスとは反対にフットワークが軽く、このようなパーティーの場ではよく見かけるし、信一が外を歩く時の行きつけの場所でばったりと会うこともしばしば。一見は黒社会には見えぬほどの柔らかい物腰をしている。落ち着いた声で朗らかな砕けた話し方をする俊宇は、何故か信一を気に入っているようで、まるで友人のように接してくることが常だった。敵対する組でもないし、九龍城砦に寄ってくるわけでもない。十二少を含む九龍城砦の仲間たちを除けば、外の人間の中ではそれなりに付き合いの長い男だ。
部屋の中では貫いていた九龍城砦代表としてのパフォーマンスを少しだけ崩し、信一は返事をする。
「あいにく俺は人気者でね。分かっているなら放っておいてくれよ」
「つれないなぁ。そりゃそうだろう。今日のメンツを一列に並べて考えても君が注目度ナンバーワンだ」
バルコニーを背に寄りかかる体勢へと変えた信一の横に、俊宇が同じように並び立つ
「なんせ、あの大兄貴連中から九龍城砦を取り戻し、新しいボスになった」
「ボスなんかじゃない」
そうだ。ボスじゃない。なるつもりもない。我が砦のボスはただ一人。
「九龍城砦はもう無くなる場所だ。俺はただの城砦福祉委員会副会長ってな」
「そうだよな」
俊宇の声が嬉しそうに聞こえて信一は訝しむ。
俊宇の顔がスッと近づいた。動揺は見せずに視線だけを横に流すと、俊宇の手が信一の髪をかき分けてサラリと耳に触れた。香水がむせ返るほどにブワっと広がった気がした。眩暈がするほどのバニラの甘さに心中で面食らっていると、内緒話をするような仕草で男がその耳に囁く。
「任を討とうと思っているんだ」
信一は目を細めた。何を言い出すかと思えば
…
。
自分の兄貴を【殺そう】などと、よくも考えるものだ。
……
どいつも、こいつも。
数秒の間、思考を巡らせる。玲水湾の内外部で揉めたような噂は届いていない。俊宇は優れた右腕としてかなり名を挙げていたし、従順な部下だったはずだ。ああ
…
でも。考えてみれば龍兄貴は俺のことを、極力あちらのボスに会わせないよう避けていた節があったな
…
と記憶を手繰る。玲水湾泳灘エリアに赴く際も信一ではなく必ず阿七を伴っていた。どういう理由だったかは知らないが。任とはその実、どういう男なのだろうか。強者が何者かに寝首を欠かれる。転覆。勢力構図の移り変わり。いつ何があっても不思議ではないのがこの世界だ。
「どうしてそれを俺に言う?」
「君もこないか」
「なぜ」
「九龍城砦が無くなった後、君はどうするんだ?」
なぁ。君ほどの男が足を洗うつもりならもったいない。
一緒に旗を揚げよう。俺についてくれば新しい世界を君に捧げるよ。
俊宇が、信一が見たことのなかった表情を帯び始める。いつも通りの優しい笑みを浮かべる口とは対照的に、その瞳の方は奥底に冷たさと熱さが混合し濁っていく。獲物を定めて悦に浸る時の目だ。そこらの人間であればこの目に縛りつけられて逃げることができず悲哀の結末を遂げるだろう。溢れ出すのは権力欲・支配欲、そして
…
直接に信一の身へと注がれている所有欲だった。
“あの”龍捲風の右腕。実力、武勲も申し分ない。身心と共にボスへ尽くすことに馴れ親しむ、忠実で盲目な君の部下としての習性。その上、その美貌にしなやかな肢体と若さ。そんな男、誰だって喉から手が出そうなほど欲しいに決まっているだろう。その目的と手段がなんであってもな。龍捲風と君がこの社交界で〈華〉とその〈蝶〉と呼ばれていたのは知っているだろうが、その〈蝶〉が独り世に取り残されてヒラヒラと舞っているのに静観しているような世界じゃない。
分かっているくせに。みんなお前を欲しがってる。
じっくりと相手を観察した信一が、次にゆっくりと首を傾げた。
「それで
……
。俺がお前の右腕に?」
「悪くはないと思うがな。少なくとも
…
アチラ側よりは」
バルコニーから見える部屋の中の連中が目に入る。
信一は下を向き、息を吐き出すようにハッっと笑った。
おいおい、舐められたものだな。こりゃ如何にも可笑しい。自分がボスと慕う人間は後にも先にもただ1人だというのに。
少し高い位置から自分を見下ろす男に向かい、信一はゆっくりと顔を上げる。その顔に“この類の男たち”が欲しているだろう美しい微笑みを敢えて飾らす。陶酔して相手を誘うような、それでいて媚びず健気さを強調するように睫毛を震わす。必要なのは女性的な柔らかさではない。男性的な強かさを持ちながらも、そこに嫋やかさを入り混じさせること。ただし目だけは相手を蔑むように見下す。狂気を孕み、残酷に。相手の目に潜む悦なる欲をその瞳だけで屈服させるのだ。彼らの驕り高ぶりを冷酷に踏み潰すように。
「やめておけよ。お前が玲水湾泳灘を制圧したとて
…
。俺を横に従えるだって?」
俊宇がゴクリと喉を鳴らしたのを眺め、煙草を一服。その顔に細くたっぷりと吐いた煙を吹きかけて、言葉を続ける。
「どうせ傾国するぞ」
信一の表情に対し俊宇の加虐的な目の色が濃くなる。しかしまるで信一の瞳に縛られたように、次の一手は打ってこない。
当たり前だ。
俺は“あの”龍捲風の右腕。“お前たち”如きが安々と手を出せる代物ではない。
優美さと毒々しさを譲らぬ視線が交錯して、間。思いもよらない方向から別の視線が飛んできた。
それはほんの一瞬の〈殺気〉。
2人を除いてこの会場の誰も気がつかないほどの、しかし窓ガラスを超えてもビリビリと届くような一閃。真っすぐに2人だけに届く音のなき弾丸のように、鋭く放たれた明確な警告。
膠着した状態から救われたように先を譲ったのは俊宇の方だった。
「
……
君のご友人に釘を刺されたな」
ふふ、と笑って、降参というようにやんわりと両手を上げる。
「今、廟街と揉めるつもりはないんだ」
大事な時期だからね、ではまた。
気が変わったら連絡をくれ。いつでも歓迎するよ。
そう言葉を残し俊宇は信一のもとを去っていった。(あいつ、まだ言うか)と心中でぼやきながら煙草をもみ消す。離れたのにどうしてかあの男の香水がいまだ濃く鼻につく。そういえば俊宇は秘密を囁く時に自分の耳に触れたか
…
。あの香りをなすられただろうか、と信一は気がついた。
(何をやっているんだ、お前)とでも言いたげな憮然とした表情で、先ほど殺気を投げてきた男
…
十二少が近寄ってくる。各所への挨拶と和談が一通り終わったのだろうか。バルコニーの扉を彼が開けたので大人しく部屋に入る。信一は言葉を発さず十二少に薄く微笑みだけを返した。それを無視し「くん」と十二少が鼻を動かす。
「くせぇ」
と十二少が言葉を濁さず忌々し気に言った。
「マーキングかよ」
信一は反応しなかった。ただ少し、気分が落ちたかもしれなかった。別の縄張りの人間である俊宇と必要以上に馴れ合う気はなかった。それでも少しは知れた仲だと思っていた。結局、あいつも黒社会の人間であると同時に、自分に対する視線すらあの有象無象たちと同じだったのか、と。
部屋の連中が各々の歓談で話の花が咲くのを装いながら、外で秘密の会話をする信一と俊宇の方に意識を向けているのは分かっていた。俊宇の言う通りだ。信一が部屋に入った瞬間、注目度がさらに集まる。好奇心、思惑、値踏み、打算、疑心、明け助もない好色なものから、もっと密やかで根深いものまで。
ただし、これらの視線は黒社会に入ってから、否、物心ついた時には常に浴びてきたものだった。自分を守ってくれる九龍城砦という場所以外では、ずっとあらゆる邪な目線に晒されて過ごしてきた。今までとの違いは「隣に龍捲風がいない」ということだ。今の信一と全く同じ、あるいはそれ以上の視線を浴びながらも、優美かつ妙麗な表情と仕草、確かなる実力とカリスマ性によって場を制圧し、自分に寄り添い仕える美しい右腕を守っていた龍捲風がいない。
信一は注目を浴びたままに、他の客人たちに向かってゆっくりと微笑んだ。今は自分次第だ。会場全てを飲み込んで、〈龍捲風の右腕〉〈九龍城砦の代表〉に対し、神聖さを感じるほどの美しさと不吉さを
…
、触れることが憚られるほどに恐れ多い存在であることを、しっかりと刻みつける必要がある。信一を見つめる人々の情欲を孕む熱が急激に上がるのを肌で確かに感じた。しかし俊宇の時と同様、信一に声をかけるどころか、近寄ろうとする者もいない。
ただ1人。一切の“当て”を食らわぬ顔をした十二少が「帰るぞ」と言った。
信一も異論はなく十二少と肩を並べて、部屋を出るための奥の扉に向かう。部屋の真ん中を堂々と歩くと、好奇な熱を帯びる浮ついた視線がまとわりついて追ってくる。信一が扉に手をかけると同時に、一度だけ十二少が首のみ後ろへ振り返った。その一瞬の次。会場のそこらかしこで高まっている熱気が、一挙に零度まで鎮まったことも肌で感じた。若き虎の怒気すら孕む強い牽制の視線をまともに食らい、なお耐えうるような人間はここにはいないだろう。
(優しいやつ)
十二少はどんどん虎兄貴に似てくるな
…
と信一は思う。十二少は誰と一緒にいるかで大分と雰囲気が変わる男なのだが、信一と2人きりでいる時、それをよく感じるようになっていた。
昔のこの社交場にて。龍兄貴が優美さと強かさでイタズラに場の空気を掌握していく際、虎兄貴はそれを注意深く見ていて時にさりげなくも牽制すら行っていた。
それに気がついた龍兄貴が余所と同じ視線を虎兄貴に向けると、虎兄貴は心底嫌そうな顔をする。それを見た龍兄貴が、揶揄い秘めたような無邪気な笑みを義兄弟へ一瞬に贈ったのを信一は見逃さなかった。「あ。兄貴が甘えてる」と生意気にもそんな風に思ったものだ。そしてその戯れな視線と笑みを受けた虎兄貴が、満更でもないような、呆れたような、うっとうしがるような、そんな複雑な表情をしたのが尚更に可笑しかったのを覚えている。
どうだろう、自分は龍兄貴に似てきただろうか。
そんなわけないか、とすぐに正す。あんな特別なヒト、誰も近づきえない。それでも自分が〈龍捲風の右腕〉であった誇りを汚してはならない。その魅力は悪戯に連中の気を引くが、その実、武器にもなる。魅了し、しかし凛と正せ。高嶺の花。我々は気易く触れるような存在ではないのだ。黒社会でもどこでも同じこと。
ああ、それでも。
気分が滅入るのは仕方がないことだ。
(かえりてぇ)
この邪魔な匂いを早く落としたい。そしてアイツの顔が早く見たかった。こんな甘ったるくて媚びたような匂いじゃなくて、清潔感と温もりのあるアイツの匂いに包まれたい。取り繕う必要のないあの場所。仮面をつけた黒社会の自分ではなく、ありのままの自分を穏やかに受け入れてくれる、あの優しい眼差しをあびたいのだ。
権力とか野心とかそういうものからは程遠い、慈しみだけを伝えてくる。
ただお前が大事だと、そう雄弁に語るあの瞳に。
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