2025-05-11 20:16:25
4828文字
Public
 

車高1855mm


 現パロ。バーベキューに行く6年生。車(レンタカー)係を善法寺伊作くんが引き当てて――!??
「手違いで意味わかんないくらいゴッッッッツイ車が納車されちゃった伊作くん」のことを考えたら愛おしかったので書きました。

「なあ、伊作は本当に来るのか?」小平太がガードレールから身を乗り出したので、文次郎が慌てて襟首を引っ掴んだ。「ぜーんぜん来ないぞ、それっぽい車」
「来るはずだ、ドタキャンするような奴ではないし、ラインも既読ついてるし……
 留三郎は2分ぶりにスマホを開いた。誰からも連絡は無い。ラインの最上段には伊作のアイコンと、留三郎が30分前に送った「ゆっくりでいい、気をつけてな!」の文字が残っている。トーク画面も、30分前と変わらない。留三郎側の吹き出しに既読の文字。それ以来、伊作からの連絡は無い。――そりゃあそうだ。運転していればラインを送ることはおろか、携帯を見ることだってできないのだから、伊作からの連絡は来なくて当然である。むしろ、来たら困るくらいだ。
 みんなでバーベキューに行こう、と決まって、役割決めじゃんけんの結果、伊作がレンタカー係を引き当てた。彼の運転免許に関する話は尽きない。初めての教習でエンストし、座学のうち3回が停電のせいで再受講となり、路上教習の7割は雨天で、後続の車からずっとハイビームを浴びせられ、同乗の教習生にはとんでもない大回りワイルドカーブをかまされ――免許センターでの試験時はエアコンの直撃を受けて凍える思いをしながら、伊作は免許証を手にしたのだった。それだけ盛りだくさんの思いをしたくせに、教習期限は過ぎておらず、むしろ順調なペースだったというのだから、どう反応すべきか未だに分からない。
 そういうわけで、伊作も運転免許を持っているのだから、レンタカー係でも問題は無い。ただそれはあくまで「法的な問題」であって、心情の問題はまた別である。留三郎は何度も交代を申し出た。あの善法寺伊作がハンドルを握るのだ。あの、善法寺伊作だ。が、当の本人がノリノリだったので――まだ僕、車係はやったことなかっただろ、だから楽しみなんだ! と目を輝かせていて――そこを無理矢理ぶんどるのは気が引けて、では頼む、と一任したのだった。
 そして今である。こうして伊作以外の5人が集まり、伊作を待っている。彼が車を借りて、ここへやってくるはずなのだ。
「来ないな」仙蔵はとうに待ちくたびれている。「何かの手違いで、実は車借りられませんでした、とかになってるんじゃないだろうな」
「いやっ、さすがにそれは無いだろう!」留三郎は反射で笑って、次いで、嫌な想像に襲われた。レンタカー窓口でしょぼくれた伊作の姿である。「……いや、さすがに、なあ。無い……はずだ、多分。いや、……うん」
「車がダメだったら、みんなで自転車で行こう! そこにレンタサイクルがある」小平太にしかできないだろう提案を、
「却下だ」仙蔵が即座に切り捨てた。「絶対に、嫌だ」
「小平太。車でも1時間半かかるんだぞ」さすがの長次も止めに入る――かと思われたが、「クロスかロードバイクでないときつい」
「そーかな? 普通の自転車でもなんとかなるだろ。トレーニングだと思えばいいっ」
「違う長次、止めろ、止めるところだ」仙蔵が焦って声を荒らげる。
「おっ、バン来たぞ!」文次郎がやにわに嬉しそうな声を上げて、「ああ……」すぐに落胆した。バンが来たは来たのだが、スピードを落とさずそのまま走り抜けていったからだ。
「にゃはは、ハズレだ」小平太だけが、ずっとへらへらしている。
 留三郎は気が気でなかった。角から車が見えるたびに、これかっ、と思うのだが、いずれも5人の前で停車しない。伊作は無事だろうか。仙蔵は半ギレで言っていたが、何かの手違いで実は車をレンタルできませんでした、なら、留三郎はまだ笑ってやれる。もしそうなっているなら、別のレンタカーを探すまでだ。例えば、バンを借りたはずが、何かの手違いでとてもかわいい軽自動車になってしまった、とかでも、留三郎は笑ってやれる。もう一台借りるまでだ。そのくらいの不運は、笑い飛ばしてやれる。
 問題は、もっと大変なことが起きていやしないか、ということである。急にタイヤが全部パンクしやしないだろうか。伊作の居るところにだけ局地的に豪雨が降って、視界がゼロになっていやしないだろうか。歩いていても何かにぶつかり、すっころぶのが伊作だ。その伊作が、ハンドルを握っている。これで運転中に何かあったら――留三郎の脳裏には、見たことないサイズの絆創膏を全身に貼り付け、ミイラ男よろしく包帯巻きになった伊作の姿が、苦労せずに浮かび上がってきた。やめろ食満留三郎、縁起でもない! そんなわけあるか。あいつは不運だが、あくまで「ついていない」だけだ。不幸ではない。
 いかんいかん、悲観的になっている。留三郎はぐっと空を仰いだ。ああ、なんという曇り空だろう! 現実的に考えれば、初めに予想した「今は運転中だから連絡が取れない」が、もっとも正解に近いはずだ。連絡が取れなくて当然。だって伊作はこちらに向かっているはずなのだから。さっきから急にカラスが集まり始めているが、大方どこかのゴミでも狙っているのだろう。パトカーのサイレンが聞こえる。いや、あれは救急車だろうか。途中から音が変わって聞こえる現象を、なんというのだったかなあ。
「おい留三郎。ぼけっとしてないで、走って様子見て来たらどうだ?」文次郎の半笑いの声が、留三郎を地上に引き戻した。「お前が一番簡単な役だったんだから追加で働け」
「アア? 予約係を舐めてるのか手前エは? 山がいいだの川がいいだのグランピングがいいだの、お前らの注文を一手に引き受けたんだぞこっちは!」
「それが予約係の仕事だろうが。あと俺はそこまで注文つけてない」
「お前と仙蔵が共犯みたいなもんだろ! お前らが次々に候補出してくるから大変だったんだよ!」
「心外だな。私も文次郎も良かれと思ってアイディアを出したまでだが」仙蔵が本当に心外そうにしている。
「そういうこった。ありがたく思え」
「ハッ、予約ページの見方も分からない野郎に、だァれが感謝するか」
「んだとォ」
「やんのかァ」
 心配と憂さをいっぺんに晴らしてやれる。腕まくりした留三郎の後ろ頭を、
「あっ、伊作だ」
 小平太のあっけらかんとした声が、ぽかんと叩いた。
 留三郎はぐりんと振り向いた。伊作が来るとしたらこちら、の角である。今、3台続けて車が現れた。軽自動車と、バンと、トラック。いずれもまだ遠くて留三郎にはよく分からないが、目がやたら良い小平太には、運転席の伊作が見えたのだろう。よかった! 心がすっかり軽くなる。パトカーだか救急車だかのサイレンはもう遠ざかっている。代わりにどこかの車が大音量で音楽を流しているようだが、その重低音さえ楽しい音に聞こえてきた。
「どれだ小平太、どこにいる?」
「あれあれ、黒いのだ。よかった! 無事にレンタルできたんだなあ」
「黒?」
 近づいてくる軽自動車は青で、バンは白。トラックはシルバーである。いずれも黒くない。
「黒い車なんていねえだろ?」文次郎も訝しげにしている。
「いるよ。トラックの後ろだ。長次! 手を振ろう」
 長次が無言で腕を上げた。その倍速で小平太がぶんぶん手を振る。留三郎は仙蔵と、次いで不本意ながら文次郎と顔を見合わせた。
 ――留三郎たちがわざわざ移動せずとも、車はこちらへ向かってくる。
 青い軽自動車が通り過ぎていった。バンが続く。その後ろのトラックは、思い出したようにウィンカーを出した。右折したいらしい。対向車が2台、3台と走っていき、途切れたタイミングでトラックがゆっくり曲がっていく。
 トラックは食品会社のものだった。かわいらしいお魚のロゴマークの向こうに、その黒い車は、いた。
 いつだか観た、アクションの洋画で、海外の軍隊が勢揃いするシーンがあった。だだっ広い基地に、ごつごつしたコンテナのような車が、次々に飛び込んでくる。タイヤも車体も角張って巨大で、フロントには牙のようなバンパーが生えている。銀行の金庫くらい厚そうなドアから降りてくる軍人役の俳優は、同じ人間とは思えないくらい屈強だった。
 それ、である。
 黒くて角張った、いかにも頑強そうなボディ。子どもの身長くらいありそうなタイヤ。いったい何を弾き飛ばす気なんだ? というフロントバンパーは、まさしく巨大な牙である。それが、まだ真っ昼間だというのにライトを点けて、目をギラギラ光らせてやってくる。まだ爆音の重低音が聞こえる。ということは、さっきから聞こえる重低音は、あの車が発しているということだ。――かわいらしいのは走行速度だけだ。巨大な車は、トラックがいなくなると一層速度を落として、今、ついに原付に追い越されていった。
 そこまでスピードが落ちれば、運転席も明確に見えるというもの。留三郎は運転手の姿をバッチリ捉えた。そして頭を抱えた。
 ――いやいやいや! これが伊作なわけがあるか? あの善法寺伊作が、いくらレンタカーだからと言って、馬鹿みたいにデカい外車を借りてくることがあるだろうか。文次郎が無駄に格好つけたというならまだ分かる、小平太が面白がって借りたというのも分かる、しかし伊作に限って、よりによってこんな馬鹿デカい車を借りるわけがない。しかも爆音で音楽を流しながらなんて、そんなことが?
 留三郎の煩悶を余所に、黒くて馬鹿デカい車は、5人の前までやってきて、優しい速度で停車した。小平太の笑い声が、ズンズン響く重低音に紛れて聞こえる。ちらと窺い見れば、文次郎と仙蔵も、ぽかんとしていた。長次は真顔である。
 留三郎の背よりも高い位置に、窓がある。それがぶいーっと開くと、「ではじゅうたいじょうほうですごぜんじゅうじげんざいこうそくどうは」と有り得ない音量の人の声がした。その合間から、よくよく見知った、5人の待ち望んだ男が、ひょいと顔を出した。
――みんなあ、遅くなってごめんよ!」その後ろで流れ続ける「いりぐちふきんでごきろのじゅうたいつづいて」が大きすぎて、伊作はほとんど叫ぶようにして喋っていた。「ワゴン車を予約してたはずが、手違いで大きい車は全部レンタルされちゃってて、今日借りられる車で6人乗れるのはこれしかないって言われちゃってねぇ!」
「い、伊作、済まないがうるさい、うるさくて聞こえない!」
「す、すまない留三郎! エアコン入れようと思ったらラジオを付けちゃって、消すところも音量のボタンもどれだか分からなくてえ! 僕外車なんて初めて乗ったからさあ!」
「アホ、近所迷惑だ! 貸せっ」
 仙蔵が颯爽と助手席に飛び込んだ。お前免許ないのに分かるのかよ! 文次郎が慌てて後を追う。小平太が荷物抱えて後部座席へ向かい、長次もガードレールをまたぐ。ぐんぐん音量が下がり、ついでにライトも消された。車内からは代わりに、仙蔵の説教と文次郎の合いの手、伊作の謝る声、小平太の笑い声が聞こえてくる。
「留三郎」高い位置から、伊作の普段通りの声が降ってきた。「ごめんよ、待たせちゃって。こんな大きい車を借りちゃったから、本当にゆっくり気をつけて走ってきちゃったんだ」
…………いや、いいんだ。伊作が無事だったなら、それで」
 不運の種類が、予想とまったく正反対だったというだけだ。ほんの数分前、たいへん物騒な想像をした自分のことを、留三郎は内心で殴り飛ばしておいた。それから改めて思う。伊作は、不運なだけだ。不幸ではない。あまり悪いほうに心配しすぎるのは、他でもない伊作に失礼だ。
「車ありがとうな、伊作。運転、頼むぞ!」
 留三郎が笑いかけると、伊作は満面の笑みで頷いた。後部座席の窓が開いて「乗れ!」と小平太に急かされる。留三郎も小走りでドアへ向かった。伊作、安全運転でな。席についてからそう声を掛けると、最悪なことに文次郎と声が重なってしまい、取り敢えず一悶着となった。