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保科
2025-05-10 03:11:26
4142文字
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ひびちか
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オメガバパロ
公式に背くやつ でもひびきは上位種であって欲しいからさ……オタクはオメガバースが大好き!でもこんなんおいそれ見せらんないネ!! 一番見たいところだけ書いた
・チカちゃんΩ
・ひびき?(ここに任意の性別を設定)開幕時点ではβ
「チカちゃ、っ
――
」
部屋を開けた瞬間、むせ返りそうなくらいの甘い香りが鼻腔を満たす。息をするのも苦しいようなもたついた空気に、ひびきはたまらずたたらを踏む。苦しい。苦しいくらいに甘く、蠱惑的な、彼女のフェロモン。一呼吸ごとに、脳みそがもやがかるのが分かって、ひびきはたまらず顔をしかめる。なにせ、発情期のΩにこんな至近距離で近づくことなど、ひびきの人生でありはしなかった。未経験の感覚に、溺れないように理性をたぐり寄せる。
「
………
あ
……
ひびき」
顔を上げて
――
小さな小さな声が、聞こえる。目を向けるぐったりとベットにふせった千鍵が、うるんだ瞳でひびきを見上げた。視線が合う。吸い寄せられて、そらせなくて。
「
――
っ」
分かっている。全部が生理現象で、千鍵にそのような、まるで甘えるような仕草をしたつもりはきっとない。でも、飲み込んだ唾の音が嫌にうるさくて、踏み出した足の止め方が分からなくて、「ち、かちゃん
――
」譫言みたいな自分の声が、みっともなく聞こえて仕方ない。
縋るように伸ばされた手を、握る。熱い。焼け付くような熱。
「
……
大丈夫、チカちゃん
……
?」
「ん、まーな
……
」は、と湿った吐息をこぼして、千鍵は気丈にも笑う。ぎこちなく、涙の跡にまみれた笑みは、平気などではないこと位、分かってしまう。それでも強がる彼女の姿に、ひびきの胸がどうしようもなく締め付けられる。
「ごめん、
……
きて、くれたんだな。
なんか、くすり、きかなくてさ
……
」
ぎゅう、と痛いほど強く握られる手に、千鍵はどんな思いを込めてるんだろう。分からない。ひびきには、何も。ごめんと一言だけ書かれたメールを、どんなつもりで打ったのかも。
「行く
……
行くよ。チカちゃんが呼んでくれるなら、わたし、どこにでも行くし、なんだってするよ
……
」
どうか、彼女がこれ以上苦しむことがないようにと、そう祈りながら、ひびきは途切れ途切れに口にする。一歩間違えれば過ちになりかねない激情を、半ばトライテンに明け渡しながら制御するのは、まさに神業といってよかった。
「
…………
」
けれど、そうして投げかけられた言葉が、千鍵にどう響くかはまた別の話だ。確証のない無責任な言葉に、限界状態の千鍵が八つ当たりするのも、当然、無理はないことで。
「
………
なら、」
熱に浮かされた声は、待ちわびたようにも、諦めたようにも聞こえた。
「たすけてよ、ひびき」
「
―――
」
「、はは、
――
」千鍵の、震える歯の根がかちかちと鳴る。その顔は笑っているのに、ないているようにしか見えなくて。
「
――
ああ、ちがう、ごめ、こんなこと、言いたいんじゃ、わ、わたし
……
」
「分かった」
「
―――
」
これ以上、彼女の言葉にも、涙に耐えられるわけもなかった。ひびきは躊躇いごと、握っていた最後の理性を手放した。千鍵の手を引いて、「助けるよ、チカちゃんのこと」淡く光る白い髪、重力を知らない肉体、神々しい白装束
――
トライテンの姿に切り替わると、ひびきは彼女を抱きしめる。
「
――
ぁ」
溢れた、悲鳴ともつかない千鍵の声は、どこか喜色に塗れているように聞こえて、胸がほんの少しだけ痛んだ。今の千鍵は、発情期の影響でまともじゃない。思考もろくにまとまらない彼女の言葉を理由に付け込んで、それで成そうとする自分の浅ましさに吐きそうだ。でも
――
それでも、彼女がこれ以上苦しむのは我慢ならなかった。
「全部、僕のせいだから。
チカちゃんは何も、悪くないからね」
淡々と、言い聞かせるように口にする。沸騰しそうな頭も、煮えたぎるような全身の興奮も、この姿なら切り離せる。切り離せるし、全部、思いのままだ。
いつかケータイから言われた言葉を、ひびきは思い出す。特殊な出自である自分にとって、性別はどれも自在なものであり、意思一つで変えることも可能だということ。ずっと使わなかったその機能を、今動かす。
「ぅあ、
……
!?」
瞬間、性別をβからαに切り替えたことにより、Ωのフェロモンに触発されたαのフェロモンが爆発する。ビクリ、全身を痙攣させた千鍵が、耐え難い興奮に身悶えだす。
「な、ぎっ、
……
!!!」
「ごめん、ごめんね」
きっと。冷静を装っても、ひびきとてマトモじゃなかった。彼女を落ち着かせるための選択肢は沢山あるのに、意図的に見ないふりをした。都合のいい未来だけを唯一とした。この選択がどれほど欺瞞に満ちたものだとしても、それでも、選んだことだけは、その罪だけは向き合いたくて、謝罪の言葉をつぶやき続ける。ごめんなさい、どうか許さないで。暴れる千鍵を強めに抱きしめながら、ひびきはそのうなじに顔を近づける。
――
薬を伴わず、発情期のΩを落ち着かせる方法。
番になること。
「ごめんね、チカちゃん。
――
大好きだよ」
愛の言葉とて、最後まで発音できたかも定かじゃない。歯を突き立てる。果物を噛むようにするりと刺さる感触、彼女の悲鳴を遠くに聞いた。口を濡らす血の味も分からないのに、ただ、取り返しのつかない事をしたという後悔と、
――
悍ましいほどの愛おしさに胸を焼かれて、ひびきは知らず微笑んだ。
「
……………
」
ぼんやりとした倦怠感に、漂うような心地のなか目が覚めた。
私の視界にあるのは自室
――
桂木千鍵の部屋の天井。つきつきと痛む全身。喉がザリザリと渇いていて、吸う息は気温差でひんやりしている。
「
………
ったぁ!?」
軽く上体を上げようとして、信じられない痛みが走り抜けるから声が出た。布の擦れる肌も、まるで力のこもらない節々も全部が痛い。確認すればTシャツの下は何も着ていなくて、それが混乱に余計拍車をかける。痛くて裸同然で自室で、と、自分の置かれた状況がさっぱりだった。
動かせなくはないけれど、ひたすらにだるくて痛い、という地獄の状況に四苦八苦しながらも、上体を持ち上げる。状況を把握するために辺りを軽く見渡した
――
片付けられた部屋、昼過ぎを指す壁掛け時計、充電中のスマホ、隣に置かれた薬の空箱。
箱。薬、
――
抑制剤。
「あー
……
あああ
……
」
そうだ、
――
そうだった。記憶に残る自分の醜態が呼び覚まされてたまらない。心なしか頭痛がする。紛らわせるように溜息をつけば、それだけで、げほ、と噎せた。喉が枯れきっている。
――
Ωの発情期
ヒート
が来ていた。普段、抑制剤で誤魔化せる程度の発作が、今回は信じられない程に強くなっていて。薬を飲んでも何も変わらないどころか、日を追うたびに症状は悪化していた。死んだほうがマシと思うくらいの過剰な性衝動に、ずっと気が狂いそうに
――
「
……
あれ?」
なっていた、筈で。
………
あの、体を埋め尽くしていた恐ろしいほどの衝動が、今、どこにもないことに今更のように気づく。
おかしい。だってそんな、こと
――
『ごめんね』
――
記憶の奥底で、遠く聞こえた友達の声は、凪いでいた。予感に息が詰まる。思い出す。断片的に甦る過去の中で、何をしていたか。己の内側で、一体何が変わったのか。
「
………
っ」
決定的に違えてしまうそれを、確かめる行いが酷く恐ろしくて、強く目をつむった。そのまま、首の後ろに指を這わせる。触れたのは素肌
――
じゃなくて、治療用のガーゼ。その下で、じぐじぐと痛みを発する傷跡が存在を主張する、から。
――
分かっていても、一瞬、頭が真っ白になる。とたん腹の底からこみ上げるものは一体何なのか。
『チカちゃんは何も
――
』
「ぁあの、バカ
……
!」
疑問は尽きない。けれど、結果、何が起きたかは分かっている。ひびきに、うなじを噛まれた。何を意味するかは、今の私の状態がすべてを表している。
番だ。番が居るから収まった。
――
うなじを噛んだあいつが、今、私の番になっている。
まさか誰か部屋に来るなんて思ってなかったから、邪魔なチョーカーは2日目には投げ捨てていた。それが良くなかった、けど、
……
βのはずのひびきに噛まれてどうして、
……
いや。
「ひびきに常識とか、当てはめるだけ無駄か
……
」
からくりは、私ではさっぱり分からないけれど。兎に角ひびきはβではなくαで、私の無様な助けに応じてくれたという話だと思われた。うなじを噛まれ、そのまま2人ベッドに倒れ込んだ後の顛末は
――
思い出すだけで火を吹きそうだ。やめよう。精神衛生に悪すぎる。
ただ、途方もない感情を持て余すように、ガーゼをなぞる。自分からは消せない傷を、私はどう飲み込めばいい。
「
…………………
」
廊下を歩く足音がした。扉に視線を向ける。かちゃり、慎重に慎重に部屋のドアがあいて
――
沈んだ面持ちのひびきと、バッチリ目が合う。
「!」
「
……
」
『チカちゃん目が覚めたんだ!』とばかりに一瞬ぱあっと華やいだ顔が、すぐに蒼白に変わって扉が閉じていく
――
待て待て待て!
「おい、っ
……
」ガラガラの喉じゃ二の句も継げない。途端げほ、げほ、とむせ返る私に、わあっ、と声を上げたひびきが部屋に飛び込んでくる。意図しない作戦勝ちだった。
「チカちゃん大丈夫
……
っ」
「だ、大丈夫、大丈夫
……
」実際のところまるで大丈夫ではないけれど、嘘でもそう言わないと倒れそうだった。なんとか、落ち着いた頃合いで息を整える。
そうこうしながら、視線を向けた。正面、不安気に瞳を揺らすひびきは、
……
今、どんな気持ちでいるのだろう。私自身のことも分からないのに、推し量れるはずもないけれど、それでも考えてしまう。
私が落ち着いたのを見計らって、おずおずと、ひびきはうつむきながら呟いた。
「
……
、わたし
…………
、」
「ひびき」
その暗い声を遮るように名前を呼べば、ひびきが顔を上げる。今にも泣き出しそうなその顔を見ていると、言うべき言葉は自然と出てきた。
「
――
怒ってない」
「
……………
」
「だから、
……
とりあえず、話そう。
時間、あるか?」
弱々しく小さく頷く姿に、しょうがない、と絆されてしまう自分を客観的に見つめながら。
なんとなく、結末を予感する
――
そう悪くはならないだろうと。
だってさ。
私だって、こんな未来を、考えたことがないと言ったら嘘になるんだ。
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