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夜明 奈央
2025-05-07 06:10:34
4100文字
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久々綾
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久々綾 僕にはまだ早い
くくがめちゃくちゃガッついてくる話
学園の落とし穴が減っています
に密会場所の話があります
2025年5月3日初出
「好きだよ。俺と付き合ってほしい」
久々知先輩に言われて、僕はこくんと頷くのが精一杯だった。特別扱いされている自覚はあった。時間を見つけては僕に会いに来てくれるし、口説かれてるのかな、と思うようなことも何度か言われた。きっとそろそろちゃんと告白されるのだろうなと覚悟はしていた。
けれどいざ言われるとやっぱり嬉しくて恥ずかしくて、何も言えなかった。本当は「僕も好きです」とか「嬉しいです」とか「喜んで」とかもっと他に言うことがあった気がするのに。
それでも久々知先輩は僕の手を握って「嬉しい。ありがとう」と満足そうに笑った。せめて僕も嬉しいんだということをアピールしようとその手を強く握り返す。
久々知先輩がじーっと僕の顔を見つめてくる。照れ臭くて目を逸らしたくなりながらも見つめ返すと、先輩の顔がゆっくりと近づいてきた。そこでようやくキスするつもりだと気がついて、普段より早かった心臓が一層速く強く打ち始めた。全身が冗談みたいに熱くなって、だんだん近づいてくる久々知先輩の顔をこれ以上見ていられなくてぎゅーっと力いっぱい目を瞑る。
けれどそれから、いつまで経っても予想した接触はない。不思議に思ってそっと目を開けると、久々知先輩が困った顔で僕の顔を見つめていた。
「ごめんね。急ぎすぎたね」
「あの、嫌なわけではなくてっ!」
「大丈夫、わかってるよ。いきなりで驚かせちゃった。ごめんね」
久々知先輩は代わりに僕の頭を抱えるようにして抱きしめて、2、3度小さく撫でるとすぐに解放した。
「ああいうのはまた今度ね」
手の甲にちゅっと口付けられる。気障だけど嫌味にも感じられなくて、かっこいいなと思ってしまった。
これが、僕たちのお付き合い初日の話だ。
◇ ◇ ◇
それから順調に3ヶ月程が経過した。予定を合わせて週に数度は共に過ごし、2度程街へデートにも出掛けた。最初は手を繋ぐだけでもドキドキして心臓が破裂しそうだったけれど、回数を重ねるにつれてだんだん慣れてきて、自分から抱きついたりもできるようになってきた。
そうすると自然、もう少し先に進みたくなってくるものだ。けれど一向にその先がない。初日でいきなりキスしようとしてきたくせに。
デート中「キスしろキスしろ」と念じながら見つめてみても、「どうかした?」と優しく首を傾げられるばかりだ。くっついても、頬や髪の毛に触れてみても、わざと顔を近づけてみても、戯れ合いの延長みたいな反応しかされない。嬉しそうにしているから嫌なわけではないと思うけれど、だんだん自信がなくなってくる。
自分からしてしまえばいいのかもしれないが、一応相手は先輩だ。久々知先輩はなんとなくそういうことを気にしそうなタイプだし、後輩として立ててあげた方がいいのかな、と思えばいまいち踏み出せない。
いくら悩んでも答えなんて見つからない。だって誰かとお付き合いするのなんて初めてなのだ。当然キスだってしたことないし、僕には圧倒的に経験値が足りない。かといってこんなこと誰かに相談することもできない。仕方なく僕は直球勝負に出ることにした。
◇ ◇ ◇
裏山の木立ちの奥が、久々知先輩と僕のいつもの逢瀬の場所だ。僕がめいいっぱい罠を仕掛けているから、ほとんど誰も寄りつかない。たまに興味本位で近づいて来る人もいるけれど、ここら辺にはわざと目印を置いていないから、罠の詳細な場所を知っている僕と久々知先輩以外が全部の罠を避けて奥まで辿り着くのは無謀と言っていい。
だからここなら、誰にも邪魔されることなく久々知先輩との逢瀬を楽しむことができる。取り立てて見られて困るようなことはしていないけれど、学年も委員会も違う先輩とは毎日会えるわけじゃないから、限られた時間は誰にも邪魔されたくない。
「今日こそは!」と意気込んで逢瀬に臨んだが、気づけば陽が落ちようとしていた。久々知先輩が「そろそろ帰ろうか」とふんわり笑って、別れの時間が近づいていることに気がついた。タイミングが掴めなくてなかなか言い出せずにいるうちに、思ったより時間が経過してしまっていたらしい。久々知先輩が繋いでいた手を離して立ちあがろうとするので、慌てて袖を引いた。
「どうかした?」
先輩に優しく尋ねられると、心臓がドコドコと早鐘を打ち始める。けれど今日無理ならこの先もずっと無理な気がして、袖を握る手に力を込めた。
「キス、したいです」
恥ずかしくて弱々しい声になってしまったけれど、久々知先輩にはちゃんと届いたらしい。
「えっいいの!?」
「は、はい」
食い気味の反応が返ってきてやや気圧されるが、ここで怯んでは意味がないのではっきりと肯定する。
「あー、あれってやっぱりそういうことだったの? もしかしてとは思ってたんだけど、俺の勘違いかもしれないと思ってずっと我慢してて
……
」
久々知先輩は照れ臭そうに続けた。一応アピールが全く伝わっていなかったわけではないことにホッとする。久々知先輩は時々空気が読めない時があるから、やはり大事なことはきちんと言葉にしなければならないのだ。
「あの時はいきなりだったのでびっくりしちゃいましたけど、だいぶ慣れてきたので今ならもう大丈夫です」
改めてそんな話をするのは僕だって恥ずかしい。だから自分に喝を入れるつもりで大仰に胸を叩くと、久々知先輩も安心したみたいに相好を崩した。
「では、失礼して」
久々知先輩が態と戯けたみたいに僕と向き合う。頬に手を添えられると、全身が沸騰しそうだった。久々知先輩の顔がだんだんと近づいてくるのに耐えられなくて早々に目を閉じてしまったから、気配を敏感に拾ってしまう。触れた手の感触や呼吸音がやたらと鮮明に感じられる。確かに望んだはずなのに「早く終われ」と念じている自分がいた。
ようやく触れた久々知先輩の唇は、ちょん、と一瞬掠めただけですぐに離れていった。あまりに短かったので僕の勘違いかもしれないと思ってしばらくそのまま待ってみたが、新たに何かが触れる気配はない。そうっと目を開けると、先輩が至近距離で僕の顔を見つめていた。
「今ので終わり
……
ですか?」
「もっとしてもいいの?」
「ど、どうぞ」
もう1度目を瞑ると、今度はさっきより少しばかり長く触れた。またすぐに離れていくかと思えば角度を変えて啄むように何度も触れられる。唇の表面に湿った柔らかいものが触れて、きっと先輩の舌だと気づいてしまうとめちゃくちゃに叫び出したいような気持ちに駆られた。
叫ぶのはなんとか堪えたが、唇の表面を何度もなぞられていると、どうやって呼吸すればいいのかわからない。だんだんと息が上がってきて、息を吸うために唇を薄く開くと、そこから先輩の舌がぬるりと侵入してきた。迷いなく僕の舌を捉えると、ねっとりと絡みついて、いつのまにか溢れそうになっていた唾液を啜られる。
羞恥心に駆られて肩を押したが先輩は気づかないのか止まってくれない。舌を吸われると腰が抜けそうになる。脳がショートしそうで、そろそろやめてもらわなければと思ったところで先輩の舌が口蓋を舐めた。途端、背筋にぞくりとしたものが走る。その感覚が怖くて、反射的に久々知先輩を突き飛ばした。
「そこまでしていいとは言ってません!!」
ぜえぜえと肩で息をしながら叫ぶ。恥ずかしくて、とてもじゃないが先輩の顔が見られない。
「ご、ごめんっ! でも、さっきもっとしてもいいって
……
」
「だからって限度ってものがあるでしょう!!」
「すみません
……
」
しょぼんと反省したように俯く久々知先輩には申し訳ないが、未だ頬は燃えるように熱い。少しでも気を抜くと先程のキスの記憶が蘇って床を転がり回りたくなる。
「僕帰ります」
「えっごめん、怒ってる?」
「怒ってません!」
全然説得力がないのは自分でもわかるが、これ以上久々知先輩と顔を合わせているのに耐えられそうにない。平静を装って1歩踏み出してすぐ、自分で掘った落とし穴に見事に嵌ってしまった。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫です
……
」
ぶつけた腰を摩りながら答える。久々知先輩が地上から手を差し伸べてくれるが、今は手なんて握れる気がしなくて自力で這い出した。
僕がすごく怒っているのだと勘違いしているらしい久々知先輩は相変わらずしょんぼりとしている。
悪い人ではないのだ。僕が望んでいないと思えばいつまでだって急かさず待つつもりだったみたいだし、今日だってあんな事故みたいなキスで終わろうとしたのを焚き付けたのは僕の方だ。
「あの、僕ほんとに怒ってませんから」
「ほんと?」
「はい。ちょっと想定外で心の準備ができてなかっただけで
……
。さっきは突き飛ばしてごめんなさい。痛くなかったですか?」
「大丈夫だよ。俺の方こそごめん。嬉しくて舞い上がっちゃった。今度は気をつけるね」
仲直りが成立して安心する。別れの挨拶を交わして、今度こそ解散した。
他の人に見られないよう、来る時も帰る時も別々にしようと決めている。久々知先輩に見送られながら罠に気をつけてよろよろと歩いて、先輩が見えなくなったところでしゃがみこんだ。
頭の中はずっと先程のキスが支配している。先輩の舌は柔らかくて熱くて、優しいけれどあんまり遠慮はなくて、放っておけばどこまでも暴かれてしまいそうだった。思い出した所為で、少しずつ落ち着いてきていた全身の熱がまたぶり返しそうになる。寝転がると、ひんやりと冷たい土が身体の熱を冷ましてくれる。
そりゃあいつかはキス以上のことだってしてみたいけれど、あれくらいでドキドキして死にそうになっているようでは耐えられそうにない。僕にはまだ早すぎる。もうしばらくは普通のキスで慣れさせてもらわないと。
そこまで考えたところで、僕はとんでもないことに気づいてしまって、両手で顔を覆った。
僕はたぶん数日だか数週間後にまた、「舌を入れてほしいです」とお願いしなければならないらしい。
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