第二十七回 加藤眞悟 明之會
国立能楽堂
2025年5月5日(月・祝)13:00開演
ご挨拶 加藤眞悟
解説 表きよし
狂言「茶壺」
すっぱ:野村萬斎
中国の者:野村裕基
目代:石田幸雄
後見:月崎晴夫
仕舞「松風」 梅若志長
仕舞「百万」クセ 梅若紀佳
仕舞「歌占」クセ 梅若泰志
仕舞「草子洗小町」梅若紀長
仕舞「通小町」 観世喜正
能「卒都婆小町」一度之次第
小野小町:加藤眞悟
高野山の僧:安田登
従僧:高橋正光
笛:松田弘之
小鼓:幸信吾
大鼓:亀井広忠
*・*・*
毎年恒例の加藤眞悟師の明之會に、今年も行ってきました。
哲学者である加藤先生の能は、毎回とても上質で、今年の「卒都婆小町」も大変素晴らしく、まさに伝統芸能である「能」を思う存分堪能出来、満足度の高い公演でございました。
観能を始めた頃は、このような演目は難しく感じておりましたが、最近はこのような演目も心から楽しめるようになってきたと実感しております。まさに能は、噛めば噛むほど味が出てきて美味くなるスルメだと思いました。益々、能が好きになりました🥰
また、梅若家と観世喜正師による仕舞も上質でした。どなたも身体ひとつで、その世界観を舞台上に作り上げており、美しくて魅入ってしまいました。中でも志長さんと紀佳さんの若手の舞は、ベテランにも負けない程、美しく完成されており、目を見張るものがありました。
狂言「茶壺」
栂尾(とがのお)で茶を買い求めた男が宿で酒を振舞われ、すっかり酔っ払って茶壺を背負ったまま街道で寝込んでしまう。そこを通りかかったすっぱが、さも自分が茶を背負っていたかのように見せかけ、背中合わせに横たわる。目が覚めた男とすっぱが茶童の所有をめぐり言い争うところへ、目代(代官)が通りかかり、二人の言い分を聞くことになるが・・・。(公演チラシより)
随分前に他家で観て、それきりでした(当時の感想)⬇️
https://chaosnokanoke.xxxx.jp/archives/26562
ノデ、始まり方を失念しており、いきなり謡が後ろから聴こえて来た時は、一瞬、萬斎さんが謡ってるのかと思ってしまいました(正解はアドの裕基くんでした😂声似てる😂すっかり酔って出来上がった状態で出てきます🤣)
この「茶壺」とオチ以外の展開がほぼ同じの類似狂言に「長光」という演目があります(一昨年の明之會で演ってます)。
実は前日に、その長光を元ネタにした歌舞伎演目「太刀盗人」を中村勘九郎さんの公演で観ており、そこでは勘九郎さんがすっぱを演じておりました。
ノデ、偶然とはいえ、歌舞伎役者の推しと狂言師の推しが、似たような演目で同じ役を演ってるタイムリーさに面白さを感じつつ観ておりました😂(やってることほぼ同じなので🤣)
両者共にチャーミングなすっぱだったんだけど、萬斎さんのチャーミングさって何だか独特なものを感じるよなーと🙄。てか、どんなに劣勢になってもめげないのよね🤣(まさに狂言の精神w)
前半の舞と謡は、まさに“野村萬斎”の芸が堪能できる真面目モードでしたけど、後半の連れ舞は相手の舞を盗み見ながらだからワンテンポ遅れて舞わなければならず、自然と輪唱状態になるのですが、萬斎さんがそこをチャーミングに攻めていくから🤣、裕基くん、よくつられないなーと、逆に感心してしまいました🤣
あと幸雄さんが目代だったので、勘九郎さんが「目代が一番しっかりしてなきゃいけないからね」と言っていたのを思い出して、成程こういうことかと、存在感だけで勝手に納得しておりました(笑)
てか、幸雄さんがあまりにもナチュラルに笑顔で持ち去って行くからさー、ホントはすっぱに気付いてるけど、わざと気付かない振りして持っていったのでは!?とすら思った(笑)
そして最後の最後まで、それは自分のモノだと言い張って追いかけて行くすっぱの滑稽さに可笑しみを感じました😂(アナタノジャナイヨ)
あと歌舞伎を観た直後に狂言を観たので、狂言のシンプル・イズ・ベストさが際立って見えました。必要最低限まで削ぎ落として役者の身体だけで表現する芸能、その美しさを実感すると共に、これがエンタメと舞台芸術の差なのかなと思いました。
今回はタイミング的に色々と勉強にもなりました😊
能「卒都婆小町」一度之次第
物乞いの老女(シテ)が道端の朽ちた木に腰をかけ休む。高野山の 僧が通りかかり、仏の教えを説く卒都婆に腰掛けていると老女を諭すと、逆に言い返され、たじろいでしまう。この老女こそ小野小町の成れの果てである。僧に問われるまま、これまでの身の上を語る。すると突然、深草少将の怨霊が取り憑いて、成就を目前に命果てた無念の百夜通いの様を見せる。怨霊の去った後、小町は静かに悟りの道に入ることを願うのだった。〈観阿弥作〉(公演チラシより)
過去に2度ほど拝見した演目ですが、哲学的な内容なので難しいなという印象を抱いておりました。
でも、こちらも先日『草子洗小町』を観たばかりですし、若き日の小野小町と老いた小野小町という、点と点が繋がって解像度が上がってる状態でしたので、偶然とはいえ良いタイミングだったな、と。何より、あの加藤先生が舞われるのですし、今度こそこの曲を深く理解し何かを感じ取れたらと、とても楽しみにしておりました。
まず小書きがあるので、シテが先に登場する型になるのですが、そのシテを迎え入れるのにお囃子が作り上げた雰囲気が、いかにもって感じで素晴らしかったです。
松田さんのお笛が合うのは言うまでもなく、広忠さんの大鼓も普段は活きの良いイメージですが、こういうしっとりとした曲の時は、広忠さんの技術力の高さが実感出来るので、むしろ最近は、こういう曲の時の広忠さんが好きかもしれません。
そこへ長い橋掛かりを、ゆっくり、ゆっくりと歩いてやってきたのは、ただの老婆ではなく、99歳の小野小町そのものでした。中の人を全く感じさせることなく、まずは、じっくりと、ゆっくりとした動きが99歳という超高齢であることを感じさせていたのです。お見事でした。
また、俯いてる時は老いに対する惨めさのようなものを感じさせるものの、ふと顔を上げると、老けても凛とした顔立ち(の面)に、かつての美しさ、聡明さを感じさせて、老いても彼女が小野小町であることは変わらないのだ、という事実にハッとさせられる。
そして、深草少将の怨霊が現れた瞬間も、動きや声のトーンが明らかに変わったので、その切り替えもお見事でした。でも姿は小町のままだから、そりゃ僧も戸惑いますよね。その辺がちょっとリアルでした。
全体的にまったりとしてるので、何度か意識持っていかれそうになりましたが踏ん張りました(苦笑)
あと観客の皆さんが、余韻をとても大切にしてくださったのも良かったです。この方達は、映画のエンドロールもしっかり観るタイプだ、たぶん(笑)
まさに上質なお能の会でした😊
第24回 加藤眞悟 明之會 の感想⬇️
https://chaosnokanoke.xxxx.jp/archives/25699
第25回 加藤眞悟 明之會 の感想⬇️
https://chaosnokanoke.xxxx.jp/archives/26890
第26回 加藤眞悟 明之會 の感想⬇️
https://privatter.me/page/6637d1189211f
過去の観劇日記はコチラから⬇️
https://privatter.me/user/mijuppa
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