雨野縁
2025-05-05 20:00:45
9795文字
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雨野すわ

※普段イラストを描かないのでトレス素材・素材などに頼り切っています。すみません。

オフ会レポ用などに自我のアバターを作ってほしいという要望があったので、整備しておきました。美化している部分もあります。
自創作としてはあんまり出す予定はないけど、出すならこういう立ち位置かなみたいなssを2ページめにつけました。環ちゃんとの会話がメイン、1個だけ桜のお兄ちゃん絡み。
中の人は環ちゃんたちのことはお隣に住んでいるお友達、みたいな感覚で接しています。

東京には住んだことないけど、親戚から秋刀魚100匹届いたのは実話です。


雨野すわと自創作のあれそれ

 雨野すわがもし自創作の世界で息づいていたらこんな感じかなみたいなものをゆるっと。

【ツバメの話】
 どんよりとした雲が落ちてきそうな日だった。船に乗り込もうとした環を手招きしたのは一人の男だった。イタリア人にしては背が低く、アジア人にしては堀の深い顔をしている。その男は環が日本へと渡るために準備を依頼した仲介人だった。仲介人に引き留められた環は船に乗り込むのをやめ、仲介人に歩み寄る。
「伝え忘れたことがあってな……
 仲介人の言葉に環は首を傾げた。日本という国は特筆すべき危険はなかったはずだ、もしかして情勢が急に変わったのだろうかと。しかし仲介人の表情は緊迫しておらず、まるで忘れ物を届けにきたような気軽さだった。
「日本で暮らして行くのなら『ツバメ』と知り合っておいたほうがいい。日本国内限定になるが、大体どこの人脈にも繋がっている。」
 日本へと渡るための仲介人がそう言った。『ツバメ』とは通り名なのだろう。日本語しか喋れないから日本国内限定……しかしどんな無茶な要望でも必ず要望に合わせた人材を紹介してくれる人材派遣の仲介人で、必要に応じて人材以外のものも紹介してくれるらしい。
「日本国内限定の情報屋……ということ?」
 珍しいものではない。要は仲介をメインでやっているだけの情報屋だと環は思った。しかし環の言葉に仲介人が顔を顰める。
「まあ、平たく言えばそうなんだが……裏稼業とかそういったものとは無縁の人間だ。」
 ただ顔が異常に広いだけの女、それが『ツバメ』なのだと仲介人は言った。彼女自身が情報を持っていなくても、彼女の人脈の中には情報を握る人間がいる。彼女はあくまでも中継点でしかない、しかしツテのない業界に繋ぎを取るのに重宝する。
「元々はオカルト専門だったらしいんだがな。最近じゃ手広くやってるらしい。」
 オカルト、という言葉に環は顔を顰める。あまりにも怪しい情報だ、利用することはないだろう……環はそう思ったがとりあえず『ツバメ』の連絡先を受け取った。名刺サイズの白色のカードにメールアドレスだけが走り書きされている。
「これ、本当に信用できる情報なのか? どこで仕入れた情報なんだか……
 あまりにも粗末なカードに環は不信感を隠しきれずにいる。オカルトの話題の中にはもちろん本物もあるが、世間にばら撒かれている情報のほとんどは出鱈目だ。そのまま捨ててもいいような気もしたが、何故かその粗末なカードを捨てようという気になれなかった。
「さあ、そういや誰に聞いた話だったか覚えてはいないな……ま、一応伝えたからな。よい旅路を。」
 そう言って仲介人は雑踏の中へと溶け込んでいなくなってしまった。一体あれは何だったのだろうか、もしかしてあの仲介人は偽物だったのだろうか。しばらくぼうっとしていた環だったが、出港前の汽笛の音が聞こえて慌てて乗船した。覚えていない生まれ故郷の島国は遥か遠く、海の向こう側にある。これから長い海の旅が始まろうとしていた。


【隣人の話】
 環は窓の外を見る。初めての高音多湿の夏を乗り越え、ようやく日本での生活に慣れた頃だった。少しずつ和らぐ暑さにホッとしつつも来る冬を想像しては憂鬱になる季節。日本では主食である米の収穫期にあたるせいか、『食欲の秋』と称してあちらこちらで活気付いている。そんな秋の日に何の前触れもなく、インターホンが鳴らされた。エントランスのほうから鳴らされたのではなく、ドアの横にあるインターホン……同じマンションに住むものが訪ねてきたらしい。
「はい。どちらさまですか。」
 忘れていたとはいえ一応日本で生まれておよそ十年ほどは生活していたせいか、日本語に触れてすぐに読み書きができるようになった。発音に関して言えば環の日本語はネイティブとほぼ変わらないといっても差し支えがないだろう。ボキャブラリーに関してはまだ心許ないが。
「突然訪ねてしまい申し訳ありません。隣の部屋の雨野です。」
 インターホン越しに聞こえたのは女の声。怒っている様子はなく、どちらかといえば困っているようだった。他人とはあまり関わりたくないと思っているとはいえ、隣人と仲が悪くなり居心地が悪くなるのも困る。ドアを開けた環が見たのは、細長い魚のようなものが入った袋を持った女が立っていた。時々エントランスなどですれ違う、眼鏡をかけた女だ。
「すみません……あの、よかったら秋刀魚もらってくれませんか。今、家に百匹ほどあってとてもじゃないけど食べきれなくて……
「サンマ……
 サンマというらしい細長い魚が十匹ほど入っているようだ。そういえば最近スーパーで見かけたような気がする、とサンマを見つめた。イタリアでは見かけることのなかった魚だ。
「あの、もしかしてアレルギーとかだったりします?」
「いえ……実は食べたことがなかったので……
「え、食べたことないんですか?」
「つい最近までイタリアに住んでいたので……
 雨野と名乗った女は気の抜けた相槌をしながらオロオロとしていた。流石に想定外だったのかもしれない。
「まあ、料理は嫌いじゃないので……挑戦してみます。お裾分け、ありがとうございます。」
「こちらこそ貰ってくれてありがとうございます。あ〜よかった、本当によかった……!」
 大して料理もできないのに大量の生魚は流石にキツいと思いません? と笑う彼女からはどことなく哀愁が滲み出ている。一人暮らしに十匹の生魚は流石に多すぎると言いたかった環だが、彼女にそう言うのは酷な気がして結局そのまま受け取ることにした。ついでに連絡先を交換し、今後からはお裾分けがあるときは事前に連絡してもらえるようにしてもらった。想定外のタイミングで来られるより、きっちり約束をしていたほうが環も生活しやすいからだ。これからは隣人こと雨野すわからのお裾分けにより環の食卓には四季折々の食材が並ぶようになるだろう。
「あ、差し出がましいかもしれないんですけど……神社にご挨拶行ってないなら行ったほうがいいですよ。日本では結構これ馬鹿にならないので。」
 去り際に彼女はそう言った。日本という国には八百万の神が今も根付いているから、と。彼女のその言葉がやけに環の脳裏に響き続けていた。

 冬の寒さが和らぎつつもまだ肌寒さが残る春になった。雨野すわとの交流が始まって半年ぐらい経ったらしい。すれ違ったら挨拶をして、お裾分けをもらうだけの交流ではあったが、それなりの距離を保った交流は環にとって気が楽だった。おまけにすわはよく不在にしているのか、そもそも部屋に帰ってくる頻度が少なかったようだった。年齢が近しいのもあって気がつけば友人のような関係になり、口調もお互い崩れていった。
「はい、これがタラの芽。天ぷらにすると美味しいやつ。」
 すわは料理はあまりしないと言ってはいたが、いつも丁寧に下ごしらえの方法やおすすめレシピのメモを同封してくれる。メモを見ても分からなければ調べればいいと思って、すわには詳しく聞くこともない。というより、彼女に聞いたところですわも分かっていないことのほうが多いからである。料理はしないが食べ物、特にご当地物には興味があるらしい。そのせいか、お裾分けの中にはちょっと変わった食材なんかも含まれていた。環はすわにお礼を言って袋の中身を見る。土がついたままの野菜のようなものがそのまま入っていた。
「あーそうそう。わたし、来週引っ越すけど、お裾分けはこれからも送るね。」
「えっ、いやちょっとまって……どういうこと?」
 さらりと言われた情報に環は驚く。 言葉の意味は分かる、だけど頭にすんなり入ってこない。突然すぎて、頭が追いついていないらしかった。
「仕事の都合で東北地方に移り住むことになったんだよね。で、お裾分けは趣味だから。」
「はぁ……
 いくら趣味とはいえ、ここまでくると異常なような気もする。しかしすわは度々「お裾分けはライフワークだから」と言って旅行のお土産なんかもたくさん持ってきていたので、彼女にとってはお裾分けは息をするようなものなのかもしれない。
「まぁ……君の負担にならないなら……おねがいしようかな。でも、大量に送ってくるのはやめてね。」
「検討しておくよ。」
 そう言ってすわは部屋へと戻っていった。最近やけに見かけるなと思っていたのは、どうやら引っ越しの準備をしていたらしい。

 そして一週間後、環が住んでいる部屋の隣が空室になった。その空室を雨野すわから買取った環は、発泡スチロールの箱を前で途方に暮れていた。
「引越し祝いって、引っ越したほうがお祝いされるんじゃなかったっけ……?」
 発泡スチロールの箱の中には大きな二枚貝と氷がみっちり詰まっていた。大きな二枚貝はホッキ貝と言うらしい。いつものメモがビニールに入れられて同封されていた。


【女の子の話】
 すわが引っ越してから半年とちょっと、春の訪れが待ち遠しい季節に環の部屋に同居人ができた。諸々の経緯や情報などは省くが見た目は十五歳、人間としては五歳ほどなのではないかと推測される少女。同居人ができた、というより環が保護したと言っても差し支えはないだろう。保護したのはいい、だが環にはわからないことだらけだ。例えば、女性の下着についてとか。おまけに保護した少女はどんな服がいいか聞いても首を傾げるばかりなのだ。
……とりあえず、すーさんに聞いてみよう。」
 気軽に頼れそうな女性の知人といえば、かつての隣人しか思いつかなかった。いつも使っている連絡ツールにメッセージを入れてみる。
『諸事情で女の子保護したんだけど服とかが分からないので手伝って欲しいです』
『ごめん今仕事が立て込んでる』
 待つ暇もなく帰ってきた返事に環は肩を落とした。そういえばこの時期忙しいとか言っていたな、と環は思い出す。しかし環が返信しようと指を動かす前にすわから新しいメッセージが届いた。
『明日の朝なら少し時間が取れそうだから電話する』
 この短い間にスケジュールをきっちり確認したのだろう。彼女はのんびりしているようでいて、実際ぼんやりしているのだがやると決めたときは行動が早いタイプだった。環は安心感からため息を吐く。

 翌日の朝には約束どおりすわからの電話があり、電話で事情を知った彼女の行動は早かった。三日後の週末にはすわは環の元へと駆けつけ、ありとあらゆるものを用意して一泊二日で帰っていった。その過程で二人は保護された少女ゾラに着せる服で意気投合し、後に趣味友になり頻繁に連絡を取るようになる。そしてそう遠くない未来ではゾラとすわは僻地への旅行やご当地食材で意気投合し、環が連れ回されることになるのだが……そのことを環はまだ知らない。


【竜胆の話】
 環の前に環の親戚を自称する少女が現れ、成り行きで保護することになってしまった。保護した彼女は大学生である、ある程度のことは自分で出来る。幼子同然だったゾラを保護した時よりは遥かに楽ではあるが、別の意味で扱いに困っていた。果たして彼女は本当のことを言っているのか、と。調べようにもどこから調べたらいいのかも分からない。唯一心当たりがあるとすれば、日本に渡る際に教えてもらった『ツバメ』という女。環は一応あのメールアドレスのみが書かれたカードを持っていた。
……ダメ元で連絡してみるか。」
 妙に見覚えのある文字、環はどこかでこの文字を見たことがある気がしていた。だから、胡散臭くても信じてみようという気になれたのである。数年前の情報だ、もしかしたらメールアドレスが変わっているかもしれない……そんな懸念もあったが、返信はすぐに返ってきた。まるで、環からのメールが来るのを待っていたかのように。
「繋桜神社の鳥居の前で……て、うちの近所だ……
 気味が悪い、まるで環がどこに住んでいるのか知っているような場所の指定だ。ただの偶然、という可能性もなくはないがそれでも気味が悪いと環は感じた。日時の指定はいくつかの選択肢があり環が選べるようになっていたため、その中で一番早い日時を選ぶ。窓の外では雨が降り始めており、雷鳴が遠くから聞こえた。

 夏特有の激しい雨が降っている。環が繋桜神社の鳥居の前に行くと、すでにそこに傘をさした人が佇んでいた。見覚えのあるその人影は環が脳裏に思い浮かべていた女と同じだった。
「やっぱり『ツバメ』は……すーさんだったんだね。」
 あのメールアドレスの文字は雨野すわの字だった。筆跡をわざわざ変えたりなんてしていない、潔すぎるほど隠す気がなかった。すわはそれも予定調和だと言いたげな顔で笑う。いつもの「ふへへへ」という気の抜けた笑い声を漏らしながら。境内にある柳のようになった枝垂れ桜が風で揺られてざわめく。
「とりあえず移動しよっか、環ちゃん。」
 初めは環のことを「化野くん」と呼んでいたすわは、いつのまにか「環ちゃん」と呼ぶようになっていた。「環ちゃん」と呼ばれているのを見て、すわもそう呼ぶようになったのだ。最近呼び始めたはずなのに、妙に彼女の声に馴染んでいる。
「今は『ツバメ』さんって呼ぶべきなのかな?」
「どっちでもいいよ。」
 よく知っている、とまではいかないが知っているはずの彼女が知らない誰かに見えるのは纏う空気感のせいなのだろうか。あるいは場所のせいなのだろうか。水溜りを避けて歩く彼女の周りだけ違う世界なんじゃないかとさえ思えた。五分も歩かないうちに一軒のカフェに着く。抹茶のスイーツを売りにしている、少し古風なお店だ。土砂降りのせいか、あるいは看板が目立たないせいか、店内に客は一人もいない。
「こんにちは〜。奥の部屋、借りますね〜。あ、抹茶プリンとホットコーヒーふたつずつよろしくお願いします。」
「はいよ〜。あとで取りにおいで〜。」
 すわは慣れた様子で店主に話しかけ、店主の老婆も慣れた様子で対応している。環が老婆に軽く会釈をすると、老婆は「ごゆっくりどうぞ〜。」とにっこり笑った。奥の部屋は引き戸で閉められる個室になっていて、木製の大きめのテーブルが一つに木製の椅子が二つ。窓はなく、引き戸からも外の光が入ってこない。テーブルと椅子、照明以外に何もない部屋だった。
「とりあえず座って待っててよ。わたしは抹茶プリンとコーヒー持ってくるから。」
 すわにそう言われた環はおとなしく椅子に座った。数分してお盆を持ったすわが戻ってきて、環の向かい側に座る。
「ここの抹茶プリン、全然甘くないから多分環ちゃんでも食べられるよ。よかったら食べてね……それで、問い合わせの件だけど。」
 すわがいそいそと緑色のプリンを食べ始めた。彼女は食べながら話を進めるつもりらしい。
「結論から言うと一応ね、君と寿々華さんは遠い親戚だね。結婚できるかどうかと言うと出来る程度には遠い親戚さんって感じだよ。」
 直近で言えば環の曽祖母と寿々華の曽祖母が姉妹だったらしい。それ以前にも、辿れば血縁関係があるようだ。
……短期間でよくここまで調べたね。」
 環が依頼を出したのは昨日の昼、それもすわは環が来るのを知らなかったはずなのである。それなのに彼女はまるで誰が依頼に来て、どんな依頼をするのかわかっていたかのように振る舞っている。環はメールには「自分ととある少女に血縁関係があるか調べてほしい」としか書かなかったのに。
「そりゃあ……こっちの業界ではちょっとした有名人なんだよ、君は。」
 数十年前、京都のとある家の子供が消えた。その家はとある一族の分家にあたり、一族は退魔を生業とする名家でもある。表向きは神隠しとされているが……実際はその子供を疎む人間のうちの、金に目が眩んだ一族の愚か者が海外に売り飛ばしたのだ。損失に気がついて探し回ったものの、さまざまな不運が重なって行き先不明になっており、ついぞ取り戻すことができなかった。その消えた子供は〝竜胆の君〟と呼ばれ、同業者の間では醜聞として語り継がれている。
「その子供が君ということだ。まあ、正直家に戻るのはオススメしないよ。もう死んでるだろうってことで死んだことになっているというか、そういうことにしておいたほうがいいと思うし。」
 その家に生まれる子供は特殊な体質をしている。その体質の子供にすべての負債を押し付けて繁栄した一族なのだ。一族の中では忌み嫌われる血筋だが、居なければ大きな損失になると気がついた一族は現在緩やかに衰退している。今更戻ったら酷い目に遭うことは火を見るより明らかだった。
「まあ、企業秘密だから教えてあげられないけど……君が〝竜胆の君〟ということは確かだよ。」
「そうは言われても……なにも覚えていないし……
 環は突然発覚した自分の出自について困惑していた。京都に自分の家があること、そしてすでに死んだことになっていることは知っていたが……まさかこんな事情があったとは思ってもいなかった。
「まあ、自覚はないだろうけど君の体質は気をつけていたほうがいいとは思う。君はそういうよくないものに好かれやすいし、よくないものを取り込みやすい。だからあまりよくないところには行かないほうがいいよ、心霊スポットとか。」
 すわはいつのまにか抹茶プリンを食べ終えていたらしく、少し冷めたコーヒーを飲む。
……あの子は。」
「あの子? ああ、寿々華さんのことね。彼女はただ君に会いたかっただけみたいだから、家とは関係ないと思うよ。」
 寿々華に環の居場所を教えたのはすわなのだろう。どこからが偶然で、どこからが仕組まれたものなのか……環にはわからない。すわが携帯端末の液晶を見て、身支度を整え始めた。
「情報代は大丈夫、抹茶プリンもわたしが勝手に頼んだものだから勘定しなくていいよ。ゆっくりしていってね、わたしは急遽仕事が入ったから。」
……そういえば、すーさんの仕事って何?」
 環は思わずそう聞いた。彼女の人柄は知っているが彼女がどんな仕事をしていてどんな生活をしているのかは知らない。見ていたのは氷山の一角だったのだと、ふと思ったのだ。
……ちょっと今は言えないかな。そのうちにね。」
 すわはいつものように笑う。そして環に何か言われる前に立ち去ってしまった。ただ薄暗い個室に環と抹茶プリンだけが取り残される。雨はいっそう強くなっていた。


【ツバメの報告書】
『〝竜胆の君〟らしき人物を発見。そちらに向かうよう誘導したので確認求む。』
 怪異対策協会・関東支部繋桜事務所……繋人のもとに雨野すわの報告書が届いたのは秋の訪れを感じる頃だった。その報告書には繋人も驚くことが書いてあり、目を丸くする。
「〝竜胆の君〟!? 生きてたんだ……
 〝竜胆の君〟の話は退魔関連の組織の中では有名だ。数年前に行方知らずになった子供が見つかったなんて俄かに信じがたい。本人に素質はある、しかし長らく訓練していないうえに厄介な体質を持っている人物だ。件の一族から捜索依頼は出されているものの、愚かな一族に引き渡すつもりはないのが協会の総意である。本人が退魔の道を望めば協会でサポートする用意はあるが、そういった世界と無縁であったのならそうなる可能性は低い。〝要保護リスト〟に登録されて、密かに見守ることになるだろう。
「いやでも……本当に〝竜胆の君〟なのかな……いや、すわちゃんの報告書だしな……
 怪異対策協会の中でも特殊な立ち位置にいる彼女。彼女自身は協会に属しておらず、繋人個人が雇っているオカルト専門の情報屋……ようなものだ。どこで情報を得ているかはわからないが、情報の精度はずば抜けている。正直どこで出会ったのか覚えていない、気がついたらそうなっていた。得体の知れない存在ではあるが、不思議と信用してしまう存在でもあった。
「あ、写真添付されてる……って、あの子かぁ。」
 明らかに隠し撮りのそれに映る彼は確かに〝竜胆の君〟とされる子供の面影がある。垂れた目尻に竜胆色の瞳、朽葉色の髪……繋人が一度だけ見かけた彼。穢れと呼ばれるような澱みを多く纏い、生前から絡みついているであろう糸で雁字搦めになっていて、肉眼では顔を確認できず眼鏡越しにようやく顔が見えた。あまりにも異様で、接触の機会を伺い素性を調べようと思っていた人物。裏取りは必要だが、彼が〝竜胆の君〟であることはほぼ確実だろう。普通であれば生前で背負った業は死んだ時に精算されるが、先祖の業が深すぎる場合は清算しきれなかった業を子孫が背負って生まれてくるのだ。化野家とは体質を利用されて、一族が持て余した呪いや穢れを無理矢理移すために養われているだけの家である。使えなくなれば殺される、一族の中での扱いは最悪だった。やろうと思えば誰だってできるが代わりをやろうとする家はいないだろう。そうやって負債をすべて押し付けて繁栄してきたツケがまわってきたのだ。化野家が断絶した今、化野家の代わりをどの家が務めるか一族で揉めている。
「断定するにはもう一度会って視てみないとな。それも早急に確認する必要がありそうだ。」
 繋人の呟きに呼応するかのように枝垂れ桜がざわりと揺れた。

『確認完了。〝竜胆の君〟と断定。〝要保護リスト〟に登録。』
 すわは繋人からの報告を確認して息をゆっくり吐く。その表情はホッとしているようにも見えるし、不安げにも見えた。眠たげな瞳はまるで遠くを見ているかのようにぼんやりとしている。
「さて、今回は上手く行くといいんだけど。」
 すわが呟いた言葉は秋時雨にかき消された。

【運命の話】
 すれ違った男女のうちの男のほうがいちゃつきながらこう言った。「君と出会ったのは〝運命〟だと思う」と。それを聞いた環が苦虫を噛み潰したような顔をする。それに気がついたすわが首を傾げた。
「環ちゃんって〝運命〟という言葉、嫌い?」
……あんまり好きではないかな。」
 環の言葉を聞いたすわはふと前を見て、立ち止まる。「〝運命〟について話をしてあげよう」と言って。
「たとえば、目の前に道が二つある。右と左、どちらかを選んで進むことになるよね。右の道に行く未来と、左の道に行く未来がある。もしかしたら道を引き返す未来もあるのかも……こうやって無限の選択肢がある。」
 すわが右の人差し指で道を示す。すわの言う通り、道は二つに分かれていた。すわはどこを見ているのだろうか、どこか遠くを見つめるような顔で言葉を続ける。
「ひとつひとつの選択肢は未来にさほど影響を与えないものなのかもしれないけど、中にはターニングポイントとなる選択もある。たとえば進学や就職とか……どの選択肢を選ぶかによって、未来が大きく変わることもあるんだよ。」
 くるりとその場で回って、スカートが揺れた。彼女は眩しそうに目を細める、ちょうど西日が目に沁みる時間帯だ。
「そうした無限の選択肢の中でどのルートを辿っても最終的にはそういう結末に行き着いてしまう……それを〝運命〟だと言うんじゃないかと思うんだ。」
 手をひらひらと動かしてから、手と手を合わせた。そして手で筒を作って、望遠鏡で遠くを覗き込むような動作をする。
「だから〝運命〟ってさ、不確かなものだと思うんだよね。だって観測のしようがないじゃない? 観測できたとしても膨大な未来があるんだ、全部確認するのは難しいんじゃないかな。」
 環はすわの言葉に納得する。わかりやすい話だった、自分が抱えていた不信感が言語化されたかのような爽快ささえあった。しかし次の瞬間、眠たげでありながらもにこやかだったすわの表情が消え去って真顔になっていた。
「でも、言霊はあるからね。軽率に〝運命〟という言葉なんて使っちゃダメだよ、本当にそうなっちゃうから。」
 先程の真顔は幻覚だったのだろうか、すわはすでにいつもの眠そうな顔をしている。それでも環の耳には確かにすわの言葉が響いていた。