保科
2025-04-29 20:11:41
2181文字
Public ひびちか
 

チカちゃんお誕生日おめでとうございます

多分ちゃんとしたお祝いはこの後アーネンエルベでやってる 
高校2年生の春です

『チカちゃんへ 一番最初にお誕生日をお祝いさせてください!』
…………
夕食の後送られてきた、この短いメールの文面を見返すのは何度目か。風呂上がり、ベッドの上で寝転がりながら、私はその文面の意味を推し量ろうとして――いや、ひびきの考えることなんぞ分かるわけもない。あきらめて携帯ごと手を投げ出す。
「やってられっか……
わからない。けれど、もしかしたら……なんて。期待からくる高揚感を誤魔化すように、悪態をついた。
明日は4/29、そうめでたくもない私の誕生日である。小さい頃から親が不在がちなこともあり、改まって祝われた経験も少ない。小学生の頃こそ友達からプレゼントをもらうこともあったけれど、中学以降はとんとなくなった。
去年――ひびきと出会って間もない頃だ――に迎えた誕生日は、当然のように何もせず寝て過ごした。祝日なのは本当に助かる。せいぜい、姉がよく分からん謎の置物をプレゼントしてくれたとか位で……一応部屋の隅に飾ってるけどあれ一体なんなんだ……
それから暫く経った頃、会話の流れでひびきに私の誕生日を聞かれた際、もう過ぎたけど……と返した時の彼女の愕然とした顔は今でも忘れられない。なにせ反応が予想外すぎたから。
『次の誕生日はお祝いさせてね!絶対だよ!』
よほど悔しかったのか。半ば泣きそうなひびきに両手を掴まれブンブン振られて、「わかったから離せ!」と自棄気味に答えたりしたっけか――
カチリ。
部屋の壁掛け時計が分針を刻む音に、時計を見る。23:59。あと1分で日付が変わる。
……今さら、誕生日なんかに何の感慨も抱かない、はずなのに――だめだ、どうしようもなくずっとソワソワしている。それもこれも全部、ひびきが意味深なメールを送ってきたせいだ。ちらり、視線をはずした筈のケータイをまた見やる。通知はない。
…………
一番に祝ってくれる、が本当だとして。こういうのは、メールが定石だろうか。かちり、新着確認を押してみるけれど、特に反応はない。気まぐれに何度か押していれば、いつの間にか携帯の画面の時間表示が0:00に切り替わっていることに気付く。
通知はない。
……ま、そーだよな……
そもそも、規則正しく、夜は早くに寝てるだろう健康優良児のひびきのことだ。一番、といったって、多分朝起きてすぐ、とかだろうし。
いや、まあ、んなことだろうと思ったけど。日付変わってすぐとか、そんな熱心に祝うほうがおかしいんだ。分かっている、でも――
………いーけどさ」
全然良くない声で呟いた、次の瞬間。
――コンコン。
ノックの音が、聞こえた。
……あ?」
部屋の扉に目を向けて、すぐに違和感。千鳥……だとしたら、アイツがそんな礼儀正しく振る舞うか?それに、どうにも音がくぐもっていたような――
――コンコン。
2度目。後ろから音がする。違う、扉じゃない――
「窓……
枕元、カーテンで遮られた向こう側にある、スライド式の窓が叩かれている。この部屋は2階だぞ。すわホラーかと後退ろうとして――違う、まさか、
……ひびき?」
つぶやいた名前に背筋が震える。いや、まさか、そんな――膝立ちのまま、慌ててカーテンを開ければ。
窓の向こう、白い髪、白い装束のひびきがふわふわ浮きながら、手を降っ、――――――
……あ、チカちゃん。よかった、起きてた」
――いやよくねーよ!?お前何やってんの!?」
叩きつけるみたいに窓をぶち開ければ呑気に挨拶をかますので時間を考えないデカい声が出た。びっくりした顔のひびきが、不思議そうに首を傾げる。
「あれ。メール、見てなかった?」
「見たけど!こういうのってメールとかだろ普通!真夜中に空飛んで直接来るバカがどこにいんだよ!?」
「大丈夫、長居はしないから」
「話を聞け……!てか誰かに見られたらどうすんだっ、とりあえずこっち入れってば……!」
「ううん、すぐに帰るから大丈夫。
チカちゃん」
改まった口調で淡々と名前を呼ばれ、引き入れようと伸ばした手を握られる。それはいつか、絶対にお祝いしたいと叫んだ時のひびきを思い出すようで。思わず口をつぐんだ私を見て、ひびきは、僅かに口角を上げる。
「お誕生日、おめでとう。
チカちゃんの一年が、素敵なものになりますように――
いつもの溌剌さとはほど遠い、穏やかに、それでいて、祈りのような神聖さをはらむ言葉が、じわりと胸に染み入る。
見上げる視線の先、勝手に満足した様子のひびきが、私の手をすっと離す。僅かな温もりが離れていくのを、一瞬、指先が追うように動いて。
「じゃあね、チカちゃん。
おやすみなさい――夜ふかししちゃ、駄目だよ」
―――
こちらが何かを言う間もなく、くるりと背を向けたと思えば、ひびきは瞬きのうちに飛び去っていく。音もなく、その姿が夜空の向こうへ溶けていくのを、呆然と見送った。
10秒か、1分か、はたまたそれ以上か。ぐら、と腰が抜け、へたり込むようにしてベッドに座りこんだ。一連の出来事に理解が追いつかない。走ってもいないのに心臓がバクバク鳴っていて、春先のまだ冷たい筈の風がこれっぽっちも寒くない。こんな、こんな――こんなのの、あとで。
「あ、あ、あのバカ……!」
――寝れるわけないだろ、こんなののあとでさあ!