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千草莱
2025-04-28 01:47:41
10636文字
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弟子バロ
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【大逆転裁判】恋打つ楔
現パロ。終わらない初恋の話。
1
2
「君がご飯の写真を撮るなんて、珍しいね!」
かけられた驚嘆の声に、バロックはスマホの画面から顔を上げた。
ここはロンドンの街中のカフェ。
外国に住んでいる友人、ベンジャミン・ドビンボーが
久しぶりに帰国したのでランチを共にしていた。
「美味しそうだから、日本の友人に見せたくて」
スマホをポケットにしまいながら、バロックはカトラリーを手に取る。
皿の中には見事なロゼ色のローストビーフ。
付け合わせの盛りつけも綺麗で、カズマが喜びそうだと思ったのだ。
「美味しいものを共有したいなんて、仲が良いんだね」
ベンジャミンはなぜか嬉しそうに、うんうん、と大きくうなずいている。
仲のよい友人。
ウソは言っていないが、それだけに収まらないものを感じる。
こうして何かを見てふと一真を思い出すようになったのは、彼の術中のうちなのだ。
もう四年ほど前になった、来日最後の日。
一真は昨夜、告白などしていなかったかのように今まで通りの態度だった。
だが空港で別れる間際、握られた手のその強さはあれがウソでも夢でもないことを
痛みと共にバロックに刻み付けた。
日本滞在時に交換していた連絡先に、カズマは頻繁にメールやメッセージを寄越した。
剣道の大会で入賞した、テストでこんな難しい問題が出た、父と初めて釣りに行った、
母の育てた花が咲いた、出かけた先の料理が美味しかった、猫を飼い始めた
……
こちらの返事も待たずに届くそれらにバロックは少し戸惑ったが、
次第に楽しみになっていった。
スーツをきてかしこまった写真とともに、志望していた大学に入学したという報告がきた。
日本で会った時から二年ほどで、ずいぶん大人っぽくなった。
身体も心も、一番変化する時期だろう。
大学に入ったとなれば、とりまく世界はぐっと大きく広がる。出会う人も増える。
面白いやつと友達になった、と紹介された成歩堂龍ノ介という青年と写った写真もよく届くようになった。
そのうち好きな人や恋人ができたという報告もくるのだろう。
その時、なんて返せばいいのか。自分たちの関係にふさわしい答えをずっと考えているが
なかなかそんな報告はこない。
「大学の授業で学んだんだ。一度長い時間をともに過ごすよりも、短時間でも顔を合わせる
頻度が高い方が親しみを感じやすいらしい」
たまには声が聞きたい、と頼まれて通話をした時に一真はそんな話をした。
「知らずにやってたことだけど、俺の策、結構効いているんじゃないか?」
彼からは、あの告白以来、好意を伝える言葉は送られていなかった。
だから、他に恋人ができていなくとも、自分への恋慕は薄まったのではないかと
期待していたがそんなことはないらしい。
「よくも飽きないものだと、感心はしている」
「素直じゃないな!」
元気な笑い声がスピーカーから響いてくる。つられてバロックもちょっと笑う。
あまり笑わないと評されるバロックだが、一真と話しているといつもより感情豊かに
なっているように感じる。
たまには貴方からも何か送ってくれというので、それからは彼に見せたいものや
教えたいものを探すのが日常となった。
ベンジャミンとのランチで食べた料理の写真を送ると、即座に反応があった。
「美味しそう!食べたい!」
「こちらに来た時には、店に連れて行こう」
次の返事まで、数分の間があった。
「会いたい」
「私も」
“会いたい”の一言に込められた気持ちを、バロックはちゃんと感じ取っている。
その上で、迷いもなく考えるよりも先に返事を打っていた。
あの夜の告白が、一度だけと請われたキスが、胸に突き刺さって抜けない楔になっている。
カズマからの連絡がくる度により深く打ち込まれ、声を聞けば心が大きく揺れてじわじわとヒビが入っていく。
割れてしまったら、きっともう戻れない。
戻るって、どこに?
自分を女の子だと思って恋をしていた頃であろう、幼い一真がバロックを見上げる。
見知らぬ土地での不安を抱えた生活を、明るく彩ってくれたのはこの少年だった。
いつも元気いっぱいで、何事にも一生懸命で、言葉があまり通じなくても全身で
頑張って思いを伝えてくれる、そんな姿が可愛いかった。
こんなに真剣に自分と向き合ってくれる人は一真が初めてで、初恋相手ではなくとも、
忘れられない存在だったのは同じだ。
だから、卒業前の旅行先を日本にした。
再会し、告白を受けた段階では彼に恋愛感情など持っていなかった。
彼が自分を想うのは自由だが、今後自分が同じ情を抱くなんてありえない。
弟のような、大事な友人なのだから。
ではなぜ、あの夜押し当てられた唇の熱さと柔らかさをずっと鮮明に覚えているのだ?
まだあどけなさが残る、高校生の一真が正面からバロックを見つめる。
この幻影が納得できる答えを、未だ持ち合わせていない。
一真が卒業旅行でロンドンにくることを、バロックは兄から聞いた。
滞在中はバンジークス邸で過ごすらしい。
今、バロックは実家を出て一人暮らしをしているが、一真が来ている期間は
戻ってきて一緒に過ごそうと提案される。
まるでバロックの卒業旅行をなぞっているかのような状況だ。これも一真の策なのだろうか。
戸惑いはあるが、会えるのは嬉しい。
提案に乗り、一真の滞在中は実家に戻ることを決め、合わせて休暇を取れるよう、仕事の調整も始めた。
連れて行きたい場所も食べさせたいものも、数えきれないほどある。
計画を何度も練り直しているうちに、あっという間にその日はきた。
バロックは仕事の都合がどうしてもつかず、空港への出迎えは兄一家のみであった。
夜、バロックが仕事を終えて実家を訪ねると、ドアを開けて迎えたのは一真だった。
「おかえりなさい」
日本で会った時より、少し近くなった目線。機械ごしでない声は溌剌としてよく響く。
事前に知ってはいても、自分の家に一真がいる状況に現実味がなくてバロックは
一瞬立ち尽くしてしまう。
「
……
ただいま。ようこそ、カズマ」
自分の名を呼ぶ声に笑顔を返し、一真はバロックを屋敷の中へといざなった。
現在、バンジークス家当主は兄・クリムトであり、バロックが育ったこの屋敷には
兄一家が住んでいる。
顔が広く付き合いの多いクリムトは、よく友人や知人を招いてはもてなしているので
客人を迎え入れることには皆慣れている。
姪のアイリスは物おじせず、さっそく一真に日本についてあれこれ聞いていた。
一真も楽しそうにそれに答えている。
幼い頃のバロックは玄真を質問攻めしたものだ。その様子を羨ましそうに小さい一真が
見ていたことをバロックは思い出した。
今の一真はあの頃の玄真を彷彿とさせるような、頼もしい年長者の顔をしている。
横から見ると体もずいぶんがっしりとしたようだ。
写真だけでは分からない成長を感じて、バロックはどきりとする。
一真のロンドン滞在中、兄一家と一緒に出掛けることもあったが、多くはバロックの
案内で二人で過ごした。彼らの中で一真と一番仲がよいのはバロックだから、当然の流れであった。
幼い頃とは違い、お互い言葉に不自由はない。
数年前の来日時とは違い、お互いよく相談して一緒に行く場所を決めた。
今までで一番、心から楽しい時間を過ごせている。
一真は行く先々で素直に感動し、その感想を体いっぱい使って表現する。
感情の発露が控えめなバロックには、そんな姿はまぶしく映る。
興奮していつも以上に口のよく回る一真につられて、バロックも彼なりに言葉が弾んだ。
それでいて、ただじっと一真の顔や仕草を見つめたくなる瞬間もある。
そんな時は必ず、彼も気づいてバロックを見つめ返した。
黙って見つめ合う様子に気づいた人がいたなら、恋人同士の逢瀬だと思って疑わないだろう。
「ここは魅力にあふれた街だな」
一週間がたち、気に入ったカフェのテラス席から辺りを見渡して一真が言った。
隣りに座るバロックも一真を真似して見渡してみる。
バロックにとってはなじみ深く見慣れた景色でも、一緒に眺めると鮮やかに輝いている。
「予定を決めるために、君が訪れたらどんな反応をするだろうかと考えながら街を回った。
住み慣れた場所なのに、初めてみたいな気持ちになれて楽しかったよ」
「そこまでしてくれていたのか」
「案内するんだから、当然だろう?」
「そうだな、貴方はそういう人だ。たから俺は
……
」
言いかけた言葉は、ライムソーダと一緒に飲み込まれた。
一真はこの滞在中まだ好意を口にしていない。はっきりと、関係の変化を問えば何かしらの
答えが出されるはずで、そのせいでこの心から楽しい時間が終わってしまうのが怖かった。
花屋の前を通りかかり、一真は足を止めた。いろんな種類の花が店先まで溢れている。
「貴方の好きな花はあるか?」
突然問われて、バロックは困惑する。花は嫌いではないが、これといって好きな花というものを
考えたことがなかった。並ぶ花々を眺め、明るい色のガーベラが目に留まった。
見ると元気が出るようで、一真の笑顔に似ている。
「この中では、これだろうか」
一真はわかったと頷いて、一束掴むと会計を済ませてバロックに差し出した。
「連日付き合ってくれてる礼だ」
花束を受け取ったまま、驚きでかたまっているバロックの肩をバシンと強く叩いて一真は先に歩き出した。
「父が、母との初デートでやったことの真似だ。意外とキザだよな」
遅れて歩き出したバロックを振り返り、笑いながら話す。耳がほんのりと赤い。
一真の気持ちは変わっていないどころか、薄まってすらいない。むしろ強くなっている。
バロックがそれを痛感すると、腕の中の花束が重みを増した。
ロンドンで過ごす最後の夜。一真はバロックの部屋を訪ねた。
バロックは待っていたかのように、自然に彼を迎い入れる。
向かい合って並べられた椅子に腰を下ろす。
ベッドサイドのチェストには、シンプルな花瓶に入れられたガーベラがあった。
ドアの前で覚悟は決めていたのだろう。一真はすぐに口を開いた。
「伝わっているとは思うが、まだ俺の初恋は終わっていない。
今回また一緒に過ごして、もっと好きになった。
……
念のために聞くが、今付き合っている人や好きな人はいるのか?」
「君の存在が大きくなって、他の人がはいる余地などない」
頭を横に振ってから、穏やかに告げる。バロックが自分を見る目の色が、いつもより濃い気がして、
それが彼の感情の昂ぶりを示しているのではと、一真はつい身を乗り出す。
「俺のことを、好きになってくれたのか?」
「まだ惑っている
……
キスをしたら、分かるかもしれない」
バロックは一真の両頬に手を添え、顔を近づけた。鼻先がぶつかり、吐息がかかる。
焦がれて止まない澄んだ湖面の色の瞳は、朝焼けを映したかのように赤みをおびて
一真を捉えていた。
「いいのか?」
尋ねる声は、いろんな思いが混ざり合って震えている。
バロックが頷くのを確認してから、一真はそっとバロックの唇に触れた。
その熱さと柔らかさを心地よく感じることに、バロックはもう抗えない。
最後の鎚が振り下ろされて、楔を起点に心を覆っていた硬い殻がぱかりと割れる。
むき出しになった本能は、バロックが砦としていた年長としての矜持も
庇護すべき存在であるという口実も無視してその体を熱くした。
離れようとする一真の頭を掴んで留め、驚いてわずかに開いた口の隙間に
舌を滑り込ませて強く吸う。己の中にこんな衝動が眠っていたことを、初めて知った。
すっかり熱の移った唇を離して目を開けると、一真はかつて笑顔を向けられた
時のように、顔を真っ赤にしていた。
見開かれた目は、あの告白の夜のように涙でうるんでいる。
それでもその顔つきは、しっかりとした輪郭の大人の男のものだ。
自分が戸惑っていた間、進み続けていた彼の成長を目の当たりにする。
次は、こちらが踏み出す番だ。
「私も、カズマが好きだ」
その告白は、これまで聞いたどんな音よりも、甘く響いて一真の耳を溶かす。
立ち上がってバロックの身体を抱きしめれば、より強く抱きしめ返された。
「小さい頃に、目標をたてたんだ。英語が話せて、背が高くて、
バロックに好きになってもらえる人になるって」
「そうか
……
叶えたんだな」
「身長はもう少し伸ばしたかったけど」
「いや、ちょうどいい」
バロックに優しく頭を撫でられて、一真は少し悔しく思いながらもそれを上回る気持ちよさに
うっとりと目を閉じた。急に年下らしい可愛い仕草を見せられて、バロックの胸が締め付けられる。
目立つ風貌に対して、我を通すのが苦手で穏やかな性格のバロックにとって
情熱的で自分の信じるところを疑わず、信念を貫く意志の強さを持つ一真は
心を焦がすに値する存在となっていた。彼が求めるにふさわしい自分でありたいと思わせてくれる。
「今夜はここで一緒に寝たい」
「私も、そう思っていた」
ベッドに誘われ、並んで横たわる。一真がバロックにキスをしようと顔を近づけると
掌で阻止された。今回は一度きりの約束などなかったはずだと訴えるも、これ以上は
明日に障るからと言われては我慢するしかない。
かわりに、と体を寄せて抱きしめる。今度は抵抗されなかった。
「やっと思いを伝えられたのに、明日にはまた離れてしまうのか
……
寂しいな」
一真の頬に触れながら、バロックは呟く。もっと早く、自分から部屋を訪ねて
告白すればよかったとすら思っていた。
しかし一真はさほど切なそうな様子もなく、むしろにやりとしている。
「しばらくの辛抱だ。俺の就職先は、ロンドンに支社がある。
いずれそこに勤務するから、待っていろ」
「え?」
「さすがに入社してすぐとはいかないが
……
それまでにまた旅行に来よう。
貴方も日本に来ればいい。案内したいところはまだまだあるんだ」
突然明かされた展望に頭が追い付かず、バロックは聞き返すのが精いっぱいだ。
一真はイタズラが成功した子供のような得意げな顔で、おでこをこつんとぶつける。
「貴方は、自分のために視野を狭めるなといったが、
貴方のおかげで俺の世界はぐんと広がっている」
告白されたあの夜にかけた言葉は、諦めるためではなく、焚きつけるための
材料になっていたらしい。
「まったく、君は
……
。今回の旅行といい、どれだけ私を驚かせるつもりだ」
「初恋の美少女が自分よりもデカイ男になっていたことに比べれば些細なことだろ」
「それは私のせいではないのだが」
「わかってる。そのデカイ男に改めて惚れてしまったことの方がもっとすごい驚きだ」
「それは
……
そうだな」
軽口をたたきながら、お互いの頬や髪に触れ、また強く抱きしめる。
潜り込んだ布団の中、見つめ合って恋人の顔を目に焼き付けてから
おやすみ、とささやき合ってまぶたを閉じた。
想いを交わしあってつかの間、また遠く離れてしまうことに寂しさは感じるが不安はない。
終わらぬ初恋に引き寄せられた二人の心は、あらたに打たれた楔でより強く、深く、結び付けられたのだから。
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