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千草莱
2025-04-28 01:47:41
10636文字
Public
弟子バロ
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【大逆転裁判】恋打つ楔
現パロ。終わらない初恋の話。
1
2
恋打つ
楔
くさび
亜双義一真には、忘れられない初恋の君がいる。
まだ小学校にあがる前、近所にイギリス人の一家が住んでいた。
一真の父、玄真はかつてイギリスに留学していて英語が堪能なため
彼らを気にかけ、家族ぐるみの交流があった。
その一家には、一真より六つほど年が上の少女がいた。
華奢な体つき、透き通るような白い肌、大きな瞳は澄んだ湖面の色。
淡いすみれ色の髪は、ふわふわと柔らかに揺れる。
容姿の美しさと、表情や仕草の愛らしさに一真は一目で心奪われた。
それが恋だと認識すらできない頃の、幼心の憧れではあるが
だからこそ全力で夢中になった。
どうしても仲良くなりたくて、父にせがんで英語を教わり
大きな身振り手振りを交えて話をすれば、こちらの目を見つめて
熱心に耳を傾け、意味を捉えれば宝物のありかを聞いたかのように
嬉しそうな顔でほほ笑む。
思わず赤くなった顔を見られたくなくて下を向けば、どうしたのかと
のぞき込まれて間近に顔が迫り、頭が茹だることもしばしば。
父のように格好良く接したいのに、と歯がゆさを覚える。
もっと英語を覚えて、背も高くなって、いつか彼女から好きになって
もらえるような人になりたい。
初めてたてた、一真の人生の目標。
しかし、彼らの滞在は一年程のものであった。
お別れの挨拶にきた際、彼女は、茫然とする一真の手を取りその目を見つめて
「マタ、会イタイ」
少したどたどしい日本語で言ってくれた。必死に泣くのを我慢して、自分もまた会いたいと伝えれば
心奪われたあの笑顔を見せてくれた。
以来、一真の心には彼女の存在が消え去らないままでいる。
十年ほどたち、一真は高校生になっていた。
いつかまた彼女に会える日が来たら、もどかしい思いをしたくない。
そのために、英会話を身に着けよう。
彼女は好奇心や知識欲が旺盛だった。自分も積極的にいろんなことを学ぼう。
あの初恋は、美しい思い出として記憶の箱にしまうのではなく、
いつも一真の指針として傍にある。
その初恋の君が、再び日本に来ることになった。
今回は亜双義家に逗留するらしい。
それを聞いて、一真は驚きと喜びと不安とがないまぜになる。
今、いったいどんな女性に成長しているのだろう。
時がたち記憶が美化している自覚もある。会ってがっかりしてしまったら、申し訳ない。
そんな悩みは、会った瞬間吹き飛んだ。
目の前にいる初恋の君と同じ名の人物は、とても綺麗な顔と美しいスタイルで、
一真よりもずっと背が高い、男性だった。
「カズマ、久しぶり。会いたかった」
なめらかな日本語を話すその声は、低い。
この状況が信じられずに無言で立ち尽くしてしまったが、
それを心配する表情はあの頃自分をのぞき込んだ初恋の君を彷彿とさせるから
余計に混乱してしまう。まちがいなく、同一人物だ。
一真はどうにか気を取り直し、歓迎の意を伝える。あれほど頑張って身に着けた英会話なのに
たどたどしくなってしまった。
初恋の君、改め、バロック・バンジークスは、大学を卒業する記念として思い出の国、日本に来たのだった。
バンジークス家とは帰国後も季節の挨拶のカードを贈り合う程度の交流は続いていた。
今回、旅行の計画を玄真に相談し、それならぜひうちに、という流れになった。
ちょうど年末年始を挟む、冬休みの期間なので案内の多くは一真に任せられた。
一真は英語を話せるようになったし、バロックは日本語をすこし覚えてきたので
あの頃とは比べ物にならないくらいスムーズに会話ができる。
好きなもの、苦手なもの、気になるもの
……
あんなに聞きたかったことが全部、今なら聞ける。伝えたかった事もすべて伝えられる。
再会こそ衝撃的であったが、一日もしないうちに、一真はバロックを異国の友人として
受け入れることができた。
麗しく成長した美女は幻となったが、バロックはあの頃感じた好感を裏切らなかった。
大人しく控えめな態度でありながら、好奇心の旺盛さは健在だ。
行く先々で一真が教えることを興味深く聞いて、感心している。
また彼の持つ知識も豊かなもので、いくら話しても飽きることがなかった。
目を見つめて話を聞くのも変わらない。
ずっと忘れられなかった、あの澄んだ湖面の色が再び眼前にあると思うと
男性だと分かっていても顔が赤くなりそうだ。
微笑まれる度に、当時感じた胸の高鳴りが蘇ってくる。
あの頃は見えなかったものもある。育ちがよいゆえに世間離れしている
部分があり、面倒ごとを察知して避けることができない。
一真が慌てて先回りして回避したトラブルはいくつもあった。
自分より大人なのに、目が離せない。
人混みではぐれぬようにと手を握れば、自分より大きな掌なのに
滑らかな肌とすらりと長い指を感じて、心が掴まれてしまう。
一緒に過ごす間、一真の頭も心も休まることがない。
常に意識しては、自分が彼にどう見られているかが気になってしまう。
普段、人の目など気にしない一真だが、この誰が見てもうっとりするような
上品な大人の男性の隣に立ってふさわしいという自信は持てない。
あの頃よりずっと背は高くなったのに。
なんでこんなに悔しいのか、理由に気が付くまでにそう時間はかからなかった。
バロックが帰国する前日。夜、一真は彼の部屋を訪ねた。
その真剣な様子に、バロックは何事かとやや緊張しながら迎え入れた。
床に並べたクッションに、向かい合って座る。
一真が話し始めるまでしばらくの間があった。
「貴方は、俺の、初恋の人なんだ」
言葉を選びながらゆっくりと話し出す。いつもの口がよくまわる彼とはずいぶん違う。
「ずっと貴方を女の子だと思っていたんだ。気を悪くしたらすまないが、
とても可愛らしい容姿だったから」
「それはよく言われた。君には悪いことをしてしまったな」
苦笑するバロックに、一真は頭を大きく振って否定する。
勘違いしたのは自分のせいなのだから。
「初恋は叶わないとは聞くが、こんな形で破れるとは思いもしなかった。
でも、今の貴方もとても素敵な人だ。一緒に過ごせて、本当に楽しかった」
そこまで言うと、うつむいてまた黙り込んだ。何度も手を組みなおし
次の言葉を言うべきか否か、悩んでいるのが伝わってくる。
バロックも無理に言葉を促さず、その決断を待った。
「初恋が、終わらない。あらためて、貴方を好きになってしまった」
あげた顔は今にも泣きそうで、必死に涙を堪えている様はかつての別れの挨拶の時と同じだった。
うるんだ琥珀色の瞳が、バロックを見つめている。
この十年で一真も大きくなったが、それでもまだあどけない少年。
バロックにとっては可愛い弟のような存在だ。
「急にこんなことを言われても困るよな。今すぐ気持ちに答えろなんて言わない。
きっと、貴方にとって俺はまだ子供でしょう?」
自分で言っておいて、いざ彼が頷くのを見ると切なくなった。
「でも、そんなに強く想ってもらえたことは嬉しい。告白なんて、されたことがないから」
「本当に?信じられない!」
「あまり人付き合いが得意ではないから、出会いもないんだ」
バロックが恥ずかしそうに頬をかく。そんな仕草も可愛く見えて、一真は先ほどの言葉が信じられなかった。
自分がこんなに惹かれる人なのだから、みんな好きになってしまうと思っていた。
「貴方はとても魅力的だ。綺麗な容姿だけじゃない。上品で、思慮深くて、知性があって、
おっとりしすぎてうっかりすることもあるから目が離せなくて、芯が強くて時に頑固で
……
」
「褒めてくれているのか?」
「もちろん!」
前のめりで語る一真に、バロックは先ほどまでの緊張を忘れて笑ってしまった。
再会してからともに過ごしたのは十日ほど。その間にこんなにも自分を見てくれていたのかと
嬉しくなる。
「ありがとう。君のおかげで少し自分に自信が持てた」
偽りのない、心からの感謝を述べたが一真はなぜかむっとした表情に変わる。
「俺のおかげで得た自信を元に、俺の知らない誰かと恋愛するのか?」
距離を詰め、バロックの襟元を掴む。至近距離で見上げる顔は、いきなり大人びたようだ。
バロックは返す言葉が浮かばぬまま、見つめ返すことしかできない。
「本当に感謝しているなら、キスのひとつもしてほしい」
そらすことを許さぬ視線が射貫いてくる。
襟元を掴む手は震えている。
「一度だけでいい」
若さゆえの勘違いなのだと、跳ねのけるのは簡単だ。
でも明日、飛行機に乗れば次に会う機会があるかなど分からない。
心残りはないほうが、今後の彼のためだろう。いざ触れたら気持ちがなえる可能性だってある。
バロックは葛藤の末、一真の頬にそっと手を添えた。
その意味を悟って寄せられた顔の、ふせたまつ毛が揺れるのを見てやはり止めようと
言いかけるも、その前に口は塞がれた。
嫌悪感はなかった。しかし心地よいと感じてはいけないとバロックは自分に言い聞かせる。
軽く触れるだけかと思った唇はなかなか離れず、何度も押し当てられた。
一真にとって、離れなければ「一度」の範疇らしい。
さすがにこれ以上は、とバロックが顔を離すと、一真はうなだれるようにバロックの胸元に頭を預けた。
垂れる黒髪を透かして、赤く染まった頬と耳が見える。
「一度だけなんて言わなければよかった
……
」
うめくようにつぶやいてから、再び向き直りバロックを見据える。
「貴方がこれから、誰を好きになるのも付き合うのも自由だ。
でも、俺がずっと貴方を想っていることを覚えていてほしい」
力強い声と、晴れやかな笑顔。その姿に見惚れてしまったが
年長者としての務めは果たさなくてはいけない。
バロックは一真の肩に手を置き、優しく語りかける。
「覚えておこう。でも私のせいで視野を狭めないでほしい。
世界にはまだ会ったことのない人の方が多いのだから」
一瞬、一真が傷付いた表情をしたことには気が付かないフリをした。
きっと、これでいい。
ここから少し時間はかかるかもしれないが、初恋は思い出に変わるはずだ。
何も言わないままの一真に、もう遅いからと自室に戻る様にうながす。
部屋を出る間際、一真はバロックの頭を引き寄せた。
「貴方から二度目のキスを請われるような人になってみせる」
怒気すらはらんだ低い声。バロックが驚いている間に、一真はおやすみも言わずに去っていった。
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