三角リョヲヘイ
2025-04-23 23:47:37
3233文字
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月に鎮め「幕の内弁当」さん口目

 さあさ、野暮なことは言いっこなし、粋に参りましょう。
 それでは幕間にひと口、どうぞお召し上がりください。

「見てこれ〜みんなで食お」
 食事処伊呂波へひょっこり顔を出した良は、卓の上で包みを開いた。
「果物、ですか?」
 黒骸が細長い体を折り曲げて覗き込む。視線の先には艶やかな赤い実がひしめいている。
「わー! 野いちごだー!……じゃないでやんす。つるつるしてる」
「そ。さくらんぼっての。あんまり出回ってないけど太都でも多少は栽培されてー、んの、かな。基本はこの国のもっと北の方で成ってる果物。蜜で遊女にこれを贈るのが今流行っててさ。えー、色々あってお裾分け貰ってきた」
 あまり出回っていない物をわざわざ手に入れて贈る行為に意味があるのだろう。しかも潤んだ赤い唇にその実を寄せれば手軽に官能的な演出も担ってくれそうだ。つまり男女ともに小道具として価値が高い。これで味がよければ文句は出ないはずだ。
「これはこのまま食べられるのか?」
「そう、このままいける、甘酸っぱくて美味いよ。でも中にそこそこな大きさの種があるから噛まないように」
「へえ。でもこの大きさで食べられない種があるってなると、過食部は少なそうだな」
 トキ時は赤い実ではなく細い茎の部分を指先で摘んで、さくらんぼを目の高さまで持ち上げた。艶めく実の僅かな反射がトキ時の影をぼんやりと映す。
「変な匂いもしないから食べても大丈夫そうでやんす」
 しきりに匂いを嗅いでいた羅乃目が顔を上げてきちんと報告してくれた。笑ってぷくりと盛り上がる頬に、美味しそうと書いてある。
「お、じゃあ大丈夫だな」
「では頂きましょうか」
……俺は遊女に毒殺でも企てられてる疑惑あんの?」

 
「ガリッ」
「ちょ、おひい。種あるって言ったじゃん」
 瑞々しい果肉を台無しにしながら、ひと口目で盛大に種ごと噛み砕いた羅乃目は、その大きな音とは裏腹になんてことない顔をしている。
「ぬ。種美味しくないでやんす」
「ほらあ、もう。ペッてしな、ペッ」
「羅乃目、出しちゃいな」
 黒骸は懐紙を一枚抜き取ると、彼女の口元へ持っていく。手を添えたままなので、そのまま受け止めるつもりらしい。
……飲んじゃった」
…………
 ぺろりと舌で唇を舐めて、口内が空になったことを上目遣いで伝えてくる。しばしの沈黙を挟むと、何故か黒骸は懐紙で羅乃目の口周りをわしゃわしゃと拭いた。これっぽちも汚れていないのに。どうやら何かがグッときてしまった様だ、自分で自分を誤魔化そうとしている。
「次は種に気を付けてね」
「はあい」
 汚れてもいないのに皺皺になってしまった懐紙は、羅乃目の左手の脇に収まった。
「うおー美味いな、さくらんぼ。結構好きかもしれない」羅乃目が種をガリゴリしている間に、トキ時はひょいひょい順調に食べ進めている。「種を出すのが少し面倒ではあるけど」
 種は盛られたさくらんぼの横に置いた小鉢へまとめられている。トキ時の手が小鉢から離れたのを確認すると、器用にそこ目掛けて良が種を吹いて飛ばした。
「なに、西瓜みたいに種飛ばす大会でもする?」
「する? って、それどうせうちの中庭だろ」
「えー? しない?」
「な、夏になったらな、西瓜ならな」
「へへへ、じゃあ美味しそうな西瓜見繕ってこなきゃ」
 こうやってほんのりと少し先の約束をしていくことは、おそらく幸せと呼んでも差し支えないだろう。あとどのくらい、どれだけ約束を積み重ねていけるだろうか。
「あ! 死神そこは食べられないでやんすよ。ペッてする?」
 種を出したかと思えば続いて細長い茎を口へ含んだ良に、羅乃目は先程自分に投げられたものと同じ言葉を返しながら皺皺の懐紙を差し出した。ペッ用の皺皺。
 当の良は企み顔で口をもごもごと動かしている。わかりにくいが目元がほんのり笑っているので、なにかしようとしていることは確かだ。
「ペッてしな〜? ペッ」
「レ」
 良の真似をしてペッを促していた羅乃目に向かって、良は舌を出す。
「わ」
 舌先には綺麗に結ばれたさくらんぼの茎の姿があった。口内で舌を使って結んだのだ。
「死神すごいでやんす!」
「へへへ、どんなもんよ」
 一度口に入った物を見せびらかすのは忍びないのか、種を入れている小鉢へ頓着なさそうに投げ入れた。
「なんとこれで口吸いの上手さがわかる。舌で結べたら上手いってこと」
 成る程、これも蜜でさくらんぼが流行っている理由のひとつだろうか。座敷遊びの一環として大いに盛り上がる題材だ。
「みんなできる?」

 
 さあ、ここで突然始まったさくらんぼの茎を舌で結ぶ大会。選手をひとりずつ観察していこう。
 まずは羅乃目。天井をぼんやり見つめながら口を動かしているが、ふと動きを止めて横の羅神へ「飲んじゃった」と小声で報告している。
 次は黒骸。長い指を顎に添えて口内に集中している。時折り目を瞑って、見失った茎の輪郭を舌先で探り直している。順調だろうか。
 そしてトキ時。腕を組み、眉間に皺が寄るくらいきつく目を閉じ、頭上に疑問符を浮かべながら悪戦苦闘している。駄目そうだ。
 最後に良。既にその腕前を披露しているので余裕の表情だ。他の三人を眺めながら、またひとつ結んでいる様子である。
……また飲んじゃったでやんす」
「お前はもう止せ。そんなこと出来なくて一向に構わん」
 羅乃目が再び羅神へと小声で報告するのを合図に、男性陣は無言で目を合わせる。試合終了、結果発表。
「わっち二個飲んじゃったでやんす。羅神がもうやめろって」
 そう宣言すると、口を大きく開けて中が空であることを主張してきた。決して乱れているわけではないが、素直に綺麗とも呼べない、下の犬歯が前方に向いた羅乃目の愛嬌溢れる歯並びが見える。
「俺は一応結べました、一応。本当に一応です。あまりお見せするのもはばかられますが……
 黒骸の遠慮がちな手の平の上には、かろうじて端が引っかかって結ばれている茎の姿があった。
「お、いいじゃん。よかったなーおひい、黒は口吸い上手だから舌入れてもらったら気持ちいいよ」
「しっ……
 ──スパンッ
 羅乃目の返答に被せる様に、何故かトキ時が良の後頭部をはたいた。
「なにぃ! もう」
……なんか言い方がよくないだろ、教育に。羅乃目がよくても俺は許せない。乱れる、風紀が。羅乃目は守りたい。例え既に守る必要がないとしても。俺はこの場を見過ごせないし聞き流さないからな。俺の目が黒いうちは断じて」
 一周回って笑えるくらいに真顔で淡々とトキ時からの説教が挟まった。じとじとの視線が良の左目に刺さる。
「やだもう、ごめんて。んじゃあトキ時の結果は?」
「こんなもん! できるわけ! ないだろうが!」
 一瞬で平時の態度に戻ったトキ時は、口内でこねくり回した茎を小鉢に叩き付けるように投げ入れた。なににも形を変えていないそれは、戦の敗北者の様に種の上へ力無く横たわる。
「どうせ俺は口吸いが下手くそだよ! 知ってたよ! どうせ出来ないと思ってたよ!」
 そう言いながらも一切否定せずに全力で大会に参加しているあたり、結局この男は優しいのだ。
「まあまあ、練習するとこのくらいできる様になるからさ」
 トキ時をなだめながら、良は頬と歯列の間に入れていた茎を舌に乗せ直した。
「わ!」
 そこには綺麗に几帳結びにされた茎が乗っかっている。
「几帳結び?! なんでだよ! 茎のどこにそんな長さあったよ!!」
「やればできるって。俺と口吸いしたら理由もわかるよ」
「わからねえ! わかりたくねえ!! お前の口には茎を結ぶ妖でもいるのかよ!!」
「やだ、失礼しちゃう」
 良が茎を几帳結びする為に舌を攣りながら練習していた可能性について、思いを馳せるべきだろうか。
 美味しくて愉快な午後と、ほんのり少し先の約束。
 食べ物で遊んでいるわけではないが、まあ、そういう遊びは程々に。


幕内弁当よん口目