Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
j
2025-04-22 23:43:19
30088文字
Public
楓応
Clear cache
とある持明族の日誌
・モブから見た楓応
・全て捏造で妄想です
・途中から出来上がってる楓応になります
・グロではありませんが、やや暴力的な場面もあります
・モブの飛び飛び日誌形式で進みます。
・途中からやる事やってる楓応ですが、特に描写はありません。
1
2
■◇■
応星が龍宮に居る間は龍尊様と離れない。
だから、宮の中では特に問題は起こらないが、外では果たしてどうだろう。
気にかかるので、買い出しや、用事を作って応星に随行する事にした。
応星と並んで歩いていれば、龍尊の侍従が傍に在る状態で嫌がらせをする者はなく、その間は、一応平和である。
「もしも、離れた場所で万が一があれば、どう致しましょうね」
何気なく私が龍尊様のお側で零すと、目を伏せて考え込みだした。
応星は、安全な場所に閉じ込めようとしても脱走するだろうし、護衛を付けて二四時間監視しても気質的に反発するだろう。
本人の自由意志を尊重しつつも、離れた場所から見守る方法。
周囲を牽制するにしても限度がある。殊俗の民であるからには、どれだけ訓練を積んでいようと矢張り頑健な長命種と比すれば腕力や体力で劣る。神器と崇められるに相応しい程の奇物を鍛造する能力を有しているのだから、善からぬ事を企む輩に誘拐される可能性だってある。
「時に、こんなものがあるようです」
恐らく、同じような事をお考えであろう龍尊様に、書庫で見つけた資料を渡した。
龍脈一族の巨匠のみが作れるとされる腕甲。水のような珊瑚金と未知の獣の革を合わせて作る物だそうで、対で装着していれば、片方の居場所や体温を感知できるそうだ。現在の持明族に作れる物なのかは解らないが、一考の余地はある。
こんな物があるという事は、応星と似たような相手に懸想した持明族が居たのだろうな。
不器用な恋の補佐も楽じゃない。龍尊様は早々と朱明の炎庭君と連絡を取るよう動かれていたので、「出来るといいですねぇ」と、他人事のように遠目から見守っていた。
■◇■
「分解するでないぞ」
龍宮の園林にて貴重な腕甲を渡され、目を輝かせた応星へ、龍尊様が牽制される。
腕甲の緻密な細工や素材を確認したいのに、窘められて口を曲げていた。
一対の腕甲の一つは龍尊様の左腕に、もう一つは応星の右腕に。
「本当に関知出来るのか?暖かいような、そうでもないような」なんて、応星は腕甲の効果を疑っているような発言をしたが、風呂であろうと持ち込んで傍に置いておけ。とする龍尊様の圧に頷く他なかった。
これで、素材集めにあちらこちらと彷徨く応星の首根っこを捕まえやすくなれば良いのだが。
■◇■
暫くは平和だったが、応星が所在不明となってしまったため工造司、雲騎軍、地衡司を巻き込んで大騒ぎになっているようだ。
例の百冶補佐殿が、百冶殿と連絡が取れない。どこに居るかも解らない。そう言って地衡司に駆け込んだのが発端となり、当然、龍尊様も心穏やかではないが、腕甲から感じる体温で最低限生きている事は知れるようだった。どうやら、あまり抵抗もせずに攫われたのか、工房も然程荒らされておらず、「どうせ暇が出来たから素材探しや買い付けにでも行ったのだろう」皆がそう考えていたせいで、発覚まで数日かかったのが痛手のようだ。
理由があって抵抗せず、か、出来なかったのかは兎も角として、龍尊様が将として雲騎軍の指揮を執り、略取犯を追っているのだから直ぐに見つかるとは思うが、怪我をしていなければ良いが。
万が一、腕を失うような目に遭えば、あの者は生きる気力すら無くすかも知れない。それは見たくない。
こんなに早く腕甲が役に立ってしまうとは、複雑な心境だ。
■◇■
略取犯は程なくして捕縛されたそうだ。
龍尊様の朋友である剣首様の弟子の景元?だったかが龍尊様に追いついた際、犯人は血塗れでありながら無傷で、泡を吹いて気絶しており、意識を取り戻して直ぐは怯えきって会話にならなかった。とは、雲騎軍に勤める同胞から聞いたのだが、信憑性は解らん。
ただ、応星を奪われた龍尊様のお怒りは如何程ばかりか。
到底、私などには想像もつかない。
龍の宝珠を盗んだのだ。
全身を龍の牙に砕かれ、爪で裂かれ、厳つ霊で焼かれたとても、自業自得であろう。命があるだけ良しとするがいい。
背後にある寝所の中から、懇々と説教している龍尊様の声が聞こえるが、応星は一々反論しているようで、あの宝珠は本当に反省しているのか。
彼等が何を目的として応星を攫ったのかは気になるが、今は首を突っ込むと龍尊様の逆鱗に触れかねないので関わらないでおこう。
■◇■
応星に怪我はなかったようだが、犯人から碌に食事も与えられず、閉じ込められていた場所が衛生的な場所ではなかったようで、数日間に渡り微熱が続いていたかと思えば、とうとう意識が混濁し、目を開けなくなってしまった。
龍尊様は、夜も碌に眠らず看病している。私もできる範囲でお手伝いをしているが、あんなに動揺しきった龍尊様は初めて見た。
医師としても、龍尊としての役も手に着かず、常に苛立っている。
見舞いに来た狐族の娘、確か
……
、白珠が落ち付くように促しているが、上滑りする返事をするだけで心からの平穏は得られない。
龍尊様の焦燥、不安、憤怒に呼応するように空には黒雲が立ちこめ、雲の中には雷が光り続けている。もしも、応星がこのまま命を落とせば、或いは天変地異にて羅浮を滅ぼしかねないだろうな。等と、不穏な妄想に浸ったりしてみる。
我ながら不謹慎だな。
■◇■
応星が一週間ぶりに目を覚ました。
栄養剤は点滴されていたが、それでも熱に浮かされた肉体は消耗し、ただでさえ痩せていたのが更にがりがりになっている。
「なんか、ずっと夢見てた。戦争とか、怖いもんがないとこで、皆が幸せに暮らしてる夢」
目を開け、胡乱な瞳で部屋を見渡し、龍尊様を見詰めながら応星は酷く落胆した様子で現実の世界に戻ってきた。
夢が幸せすぎて、起きたくなかったのだろうか。
そう言えば、持明族は繁殖が出来ないため家族と言う物が無い。
父母や兄弟などの関係は、古海にて各々が転生を繰り返していく過程で失われてしまった。しかし、応星は繁殖が出来る種族である。父母や血の繋がりを持った人間達が必ず居るはずだ。だのに、応星の口から家族の話を聞いた記憶は一切無い。何があったかは知れないが、家族を呼ぶ事もなく、独り仙舟に籍を置いて居るからには、そういう事なのだろうな。
幸せな夢の中で、静かに眠る方があの子にとって幸福だったかもな。
■◇■
あれ以来、応星が少しでも咳き込んだり、熱を出すと龍尊様が過剰に保護しようとする。
それを応星が嫌がって逃げ回り、龍尊様が落ち込む日々が続いていた。
「せめて、月に一度の定期検診くらい付き合ってお上げなさい」
不摂生を気にした龍尊様の命により、工房に食事を届けに来た私がそう言うと、応星は渋い顔をする。
「少しでも数値が平均と乖離すると、安静にしろだの、整った食事をとれだのと仕事にならん。やり過ぎ
……
、ありがたいけど」
だそうで、龍尊様のお心遣いは理解していても、自身のやりたい事が出来なくなる事が嫌なようだ。
端から見ても、やり過ぎ感は伝わるので、龍尊様を諫める者も居るが、略取の上に逃れられない死を意識させられた恐怖がお心を完全に乱してしまっている。
現在は己が職務を完全に全うしているため、過剰な行動以外に諫められる部分がなく、応星が我慢して大人しくしておけば丸く収まる。などと放言する輩まで出だした。それだと根本的な解決にはならんだろうが痴れ者が。と、思った事は口にしなかったので私は偉いな。
「貴方は、悪意ある相手には強いが、弱みを見せたり、好意的に接してこようとする相手には甘くなる癖があるでしょう?それが悪いとは申しません。しかし、龍尊様はそれが心配なのだと思います」
地衡司に務める同胞から百冶略取犯の詳細を聞いたが、どうやら、まだ年若い青年達だったようだ。
百冶の作る物は金になる。そんな仕様も無い噂を鵜呑みにし、工房へと侵入すれば件の百冶に見つかってしまい、憐れを請うて懇願すれば、「こんな物で良ければ好きに持って行け」そんな慈悲をかけたらしい。
何でも、彼等は兄弟ではないものの戦争孤児同士で、盗みでもしなければ生きていけない境遇だったと語っているようだが、嘘では無いにしろ真実かどうかは判断しかねる所だ。兎も角、応星はそんな彼等に同情した訳で、それが隙になったのだ。
百冶の作る物は金になる、ならば百冶本人を攫って作らせればわざわざ侵入して盗むよりも危険性が少なく、楽に金が手に入る。
そう片割れが考えて、彼等が逃げ易いようにするためか盗人に背を向けていた応星を殴りつけ、気絶させて攫ったのだと。
何というか、頭が悪い。
百冶とて道具や素材、ましてや作る場所がなければ作業すら出来るまい。
作れたとしても、それをどうやって百冶、応星作の奇物だと証明するのか、良くて贋作として買い叩かれるのが目に見えている。考えが浅はかすぎて目眩がしそうだ。
そして、彼等にとって運がいいのか悪いのか、応星は深夜まで独りで作業する事が多く、疲れて工房の床で眠ってしまう事も珍しくない。らしい。だから、ぐったりしている応星を運ぶ人間を見た目撃者が居ても、「また百冶殿が床で寝落ちして運ばれているのだろう」そんな認識しかしなかったと見える。
盗人達の幸運と不運が入り交じりすぎた応星の不幸というか。
度し難い。
「どうしろって言うんだ
……
」
ぽつ。と、ぼやく応星に、私は悩んだ。
確かにどうすれば、龍尊様の乱れに乱れたお心が元に戻るのか、私にとっても難題だ。
例の腕甲が龍尊様を安堵させる材料になれば。そう考えて提案したが、役に立つ事は証明されても、肝心の危機は回避できないときた。
「言っとくけど、口煩い監視付けられるのなんてごめんだからな」
私が考え込んでいれば、応星は先んじてあり得る可能性を潰してきた。それが一番、確実かつ安心できるが、護衛も相当考えて選抜しなければ危うい。
万が一、その者が龍師様達と繋がっており、応星に悪感情を抱いていれば、護衛どころか暗殺者を送り込むも同然の行為。信頼できる人間が居ないとは、どうにも辛い。
「私が一緒に居る分には如何ですか?」
「龍尊様に逐一、俺の行動を報告しそうだから嫌だな」
至って真面目に提案を試みたが、応星は冗談だと感じたのか、けらけらと笑いながら返してきた。既に数年の付き合いだ。知らぬ間柄でもないからいい案だと思ったのだがなぁ。
「常に気を抜くな。なんて無理は申しません。ですが、明らかな犯罪者に慈悲を与えるのは、鴨が葱を背負って料理店を訪問するようなものです」
「はいはい、すみませんー!」
説教をすれば、応星は耳を塞いで雑な謝罪をした。
恐らく、龍尊様に同様の言をねちねち言われたのだな。
「暫く定期的に様子見に来ますからね。床で寝てたら龍宮へ強制連行します。解りましたか?」
応星は口を曲げながら不承不承の返事をするも、反省はしていないようだ。困った子だ。
再び同じ事が起これば、龍尊様は応星の手足を切ってでも閉じ込めようとするかも知れない。応星のためにも、龍尊様のためにも、誰もが不幸になるような結末にはしたくない。
誰か私に天啓を与えてくれ。
■◇■
良く考えたら、百冶の作る物が金になる。とはどういう事だ。
応星が百冶大煉の際に造り上げた機巧獅子は神策府の番犬になっているし、龍尊様の武器、撃雲とて値段が付けられるような物ではない。
応星が作った物は、金人・門番にしても、金人・勾魂にしても、基本的には軍事利用が多く、一般流通などしない。
私の持ち物が壊れた時に、応星がさっと直してくれた事があったが、食事を奢らされただけで金は取られなかった。それを鑑みるに、個人依頼があったとしても、応星は気分、と言うか好き嫌いで決めているようだし、吹っ掛けられた長命種の噂が広まったものか。
いや、待て。
応星が鍛造する武器、制作する奇物、機巧を金に換えるとなると、どこに、どうやって売るかの問題も出て来よう。
盗品の場合、どうやって使える金に換えるか。そこが一番重要かつ難しいのだ。所謂、盗賊団のような集団であれば、盗品を売り捌く組織とも繋がっている事が多く、盗めてしまえば仕事は終わりであるが、年若い青年達にそのような伝があるとは考え難い。
彼等にとって幸運にも伝を見つけられたとして、どう値段交渉をする。何を基準にして売るつもりだったのだ。いやいや、犯罪者の思考や心理などは正直理解し難いものがある故、特に基準など無くとも希代の奇物として相手に吹っ掛ける可能性もあるか。こんな事を真面目に考えても無駄だな。
有名な謎解き小説のように、事件や陰謀をすっきり解決してくれる者は居ないものか。
■◇■
龍尊様に相談すると、噂の出所は今探っているらしい。
噂話は人から人へ無作為に広がるものだから、突き止めるのは容易ではなかろう。しかし、私の頭に過ったように、応星が己の奇物に付加価値を付けて売り捌いていたならば兎も角、忌み物を倒す為の武器、奇物、機巧を作っている彼の作品に金の話題が付随するのは違和感だったようだ。
「どうにも流布に意図的な物が見えてな」
「上手い具合に解決するといいですね」
そんな、私が楽観的な事を口にすると、うむ。と、何とも言いがたい返事が返ってきた。藪を突いて蛇を出すような真似になりそうな予感でもあるのだろうか。
私も、考えなかったとは言えない。
応星を龍尊様のお傍から排除したがるのは誰なのか。
龍尊様が人を愛し、愛される喜びに幸福を感じる人間では無く、人知の及ばぬ神の如き高貴な存在で無ければ困るのは誰なのか。
胸が悪くなりそうだ。
応星は殊俗の民だ。
たった百年程度、見逃してはやれないのか。
■◇■
応星の工房は雲騎軍の警備がつくようになり、床で寝たり、強盗と鉢合わせてしまうよりは。と、仮眠室と浴室が増設されたそうだった。
「住むでないぞ
……
」
「実際、寝る所と風呂があれば住めるよな
……
」
酒器に入った酒を一息に飲み下し、にまぁ。そう形容して良いくらいの笑みを浮かべて忠告をする龍尊様を煽る応星の性質の悪さよ。仮眠室には鍵がかかるようになっているそうだが、その鍵自体をかけ忘れたり、なんなら盗まれれば意味が無いので心配は尽きない。
警護に就く雲騎軍は、龍尊様が種族、所属に人間性を加味して選んだので、金や昇進で心を惑わせられたり、龍師様の息がかかっている可能性は少ないが、心配は尽きない。
「飯は買ってくればいいしな」
等とほざいておったが、買いに行けばいいと言いつつ、その買いに行く。食事する僅かな時間も勿体ないと抜いてしまうような痴れ者が何かを言っておるな。としか思えなかった。
「毎日はご飯持って行けませんよ?」
「別に当てにはしてない!」
私が時折差し入れをするから少々釘を刺すと一瞬、言葉に詰まって言い返してくる。図星だったか。私がしたり顔でいれば解り易く不貞腐れるのは可愛いものだ。
出す物を出してから退散すると、龍尊様が不貞腐れた応星をあやしているようだった。一先ず、警備がついた事で安心ではあるが、解決はしていないな。
■◇■
私も大分お人好しだ。
最低一日一回は食事の差し入れをしてしまっている。
今日は巨大な陣刀に細かい細工をしていて話しかけても返事がなかったので、近くに居た者に言付けて出て行ったが、弟子にせよ、業者にせよ、不特定多数が出入りしている工房だ。身分を偽れば不審者は出入り放題、その上、集中していると人の声も聞こえないと来た。この無防備さで今まで良く無事だったな。
今は警備の者が人の出入りは記帳して確認しているが、頻繁に会う人間でもない限り各々の顔や身元までは把握していないだろう。本人も反省はしているようだから気をつけては居るだろうが、誰が腹に一物を抱えているか判断できない以上、完璧な防衛は難しい。
龍宮に戻ってから懸念を話し、捜査の進捗を聞いてみたが、略取犯は金人港の酒場の呑んでいる際に、壁越しに聞こえてきた会話を鵜呑みにしたようだった。やる事なす事頭が悪い。
なんでも「羅浮の百冶が作る物は金になる」に始まり、百冶の造る物が如何に高額換金出来るか、工房は夜でも開いているから盗もうと思えば盗めそうだ。とか聞こえてきたのだそう。
「件の店に景元が聞き込みに行ったが、そんな会話が聞こえた覚えはあっても常連では無いため容貌までは覚えていないとの証言であったそうだ」
応星が奇物を金銭に換えたの履歴があるのかを訊けば。
「そのような取引記録は無い。応星も雲騎軍や十王司へ納品はしても金銭での交換はしておらず、制作物を管理している代理殿も否定していた。この代理が嘘を吐いておらぬか調べもしたが、記帳された奇物と納品した物、応星が戯れで造った物も全て一致しておった故、盗難もない」
龍尊様は不用意な思いつきや、確証のない妄言などは決して口にされない。全て調べた上での事実であろう。
これは益々、応星に害を与えたい者が、事実無根の噂をばらまいている現状の示唆であろう。それが、龍師様達なのか、応星に立場を奪われた天人等なのかは検討もつかないが。
どいつもこいつも、応星が居なくなれば龍尊様が元の冷酷とされるようなお方に戻ったり、凡骨の己に機会が回ってくるとでも思っているのだろうか。略取犯にしても、思考が浅はかすぎるであろう。
何というか、己の理想を他人に押しつけ、都合良く動かそう等とするのは、その人間性を理解する気が無い上に、要は生きた人間を使った人形遊びと変わらん。
それこそ不敬だと思うが、痴れ者はそう思わんのだろうな。
■◇■
一晩経って、煮えた頭も冷えて別の考えも出てきた。
私はお側で龍尊様を見ていたから変化が急には感じず、実に一途な想いを応星へと注ぐお姿に違和感を持たなかったが、外から見ている者からしたらどうだろう。
突然、龍尊様が短命種に狂ったように見えた者も居たのではなかろうか。応星を評する言葉の中に、人心を惑わす金華猫、国を落とす傾国などと放言する者も居て、「あの鍛造馬鹿が、そんな訳がない」と、私は一笑に付していたが、応星の人となりを知らずに龍尊様が突然短命種を贔屓し初めたお姿を見れば、怪士に籠絡されたようにも映るのか。
本人にとって幸か不幸か、容貌も整っているからな。あれは。
私も、もう少し否定なり何なりすれば現状が変わったのだろうか。
龍尊様は朱明へ赴かれた際に、恐らく応星を職人として紹介され、その真摯な人柄に惹かれたのだと。応星が龍尊様を頼りにはしても何かを強請った事はないし、やれる事は自分でやる人間だ。傾国などとんでもないのだが。
それとも、私が知らぬだけなのか。
不躾だが龍尊様に訊いてみるか。
■◇■
訊きたい要点を纏めてから、龍尊様にお尋ねした。
一つ、応星は龍尊様に物を強請ったりするのか
二つ、応星は龍尊様に己のために行動するよう促すのか
三つ、龍尊様は応星へと公金を用いての金銭援助か物資援助はしているのか
最初こそ眉を顰められたが、私が「応星を誹る者へ、反論するにしても事実そうであれば、盲目な擁護にしかならないため、事実と異なる確証が欲しい」そう伝えると、納得いただけたのか全部やっていない。との事だった。
ただでさえ周囲から小煩く言われている事を、わざわざ煽るような真似をすれば自身では無く応星へ害が行くと理解しておられるのだろう。あの腕甲でも、玉佩でも個人的な贈り物は
……
、しておるのだろうが、しかと公私を分けておられるのであれば惑わされても狂われてもいない。自費で友人ないし、大事な人へ贈り物をする事の何が問題なのかが解らない。
私の個人的な食事の提供も気になるからやっているだけで、食材費は私の懐から出しているのだから着服や横領には当たらない。龍尊様も同様だろうが、ケチを付けようと思えば幾らでも付け入りようがあるのは致し方ないのか。
同じ対象を見ているはずなのに視点が違えば全く違う物が見えて仕舞うのか。 嫉妬、羨望、憧憬、敬慕。向ける感情の違いで受け取る言葉や行動の意味も全く変わる。人間とは度し難い。
今日も応星へと昼餉を渡しに行ったが、目の下を黒くしてぼんやりしていたので、「眠いのに起きて無理をするよりも、いっそ寝た方が効率が上がる」として強引に仮眠室へと放り込んだのだ。これが余人から見てどう映っていたのか気になるな。
応星以外に工房で親しくしている者はあまり居ないから訊くに訊けないが。
■◇■
今日は驚くべき事が起こった。
いつも出したら出しっぱなしの龍尊様が、自ら出した物を仕舞われていた。
思わず、「どうなされたのですか⁉」等と不敬な言葉を投げてしまった。
すると、龍尊様は気不味そうに「応星に出した物くらい自分で片付けろと叱られてしまった」のだそう。あの散らかし魔が良く言えたものだ。彼奴の工房に行くと、先ず床を見て足の踏み場を探すのだぞ私は。
それを伝えると、
「あれは、集中すると間が惜しくて出しっぱなしにはなるが、終わったらきちんと自分で片付けていると
……
」
彼奴の工房が綺麗に片付いている日があっただろうか。ほぼ毎日のように尋ねているが全く記憶にない。ないが、本人的には片付けているのか。一応、何がどこにあるかの把握はしているようだし、あぁ、そうだ、今日は足の踏み場が多いな。と、なった記憶が薄ら
……
。それは置いておこう。
龍尊様は、基本的に侍従があれこれと世話を焼くから、基本的に家事に当たる物をしない。
埃一つご自身で払われた事がない。寧ろ、出した物は勝手に元の場所に戻っており、食事は気にせずとも時間になれば出てくるもの。龍尊様は、それが当たり前なのだ。
担当になった経験が無いのではっきりとは言えないが、身を清める際も服の着脱から、洗髪、肌を拭い、乾かすのもご自身ではされた事が無いのではなかろうか。故に、人に触れられる事を厭わず、触れる際も遠慮が無い。ように思える。
ご本人も、周囲もそれが当たり前すぎて、何一つ疑問に感じなかった。書いてて私も今気がついた。
待てよ。
応星が泊まった夜は担当の者が免除されて、私が用意した湯へ入りに行かれるが、良く考えたらご自身で身を清めるか、応星にやって貰っているのか。うーん、龍尊様に横抱きにされて寝所から出てくる応星に、人の世話をするような余力があるとは思えないから矢張り龍尊様がご自身と応星の世話を焼いているのだろうか。
何だろう。幼児の成長を感じた親の心地とはこのような感覚なのか。
今、私は物凄く感動している。
■◇■
今、近くにある惑星から忌み物襲撃の救援信号を受け、龍尊様が征伐に赴かれるそうだ。
後方支援として応星も参加するそう。
ご無事に帰還されると良いが。
応星には口を酸っぱくして、きちんと食事をする事、睡眠を疎かにしない事、自分を大事にする事、危なくなったら直ぐ逃げる事。等々、保存の利く乾物を渡して伝えておいた。
ぐだぐだと言っていれば、
「あんたは俺の親かよ」
等と、苦笑しつつ言われてしまった。
持明族には卵から生まれた幼仔を育てる役目の者は居ても血の繋がりのある親は存在しないため、応星の言う事は今一理解しかねたが、皮肉げに笑う表情が多い彼奴に珍しく、はにかむような表情だったので嫌味ではないのだろう。
暫く暇になってしまうなぁ。
戦場でお付きになる持明はきちんとお役目を果たしてくれるだろうか。
■◇■
暇すぎて宮の掃除をし尽くした頃、龍尊様が忌み物の掃討を終えてご帰還された。
腕には目を閉じたまま動かない応星を抱えられていたため、私は自分の心臓が酷く殴りつけられ、胃の腑が絞り上げられるような衝撃を受けて「お帰りなさいませ」すら言えなかった。
息すら上手く吸えず、立ったまま硬直して戦慄く私の隣を通り過ぎた龍尊様は、
「生きておる」
それだけをお伝えになって、応星を連れたまま研究をする部屋に籠もってしまわれた。
付き従った持明の者に話しを聞くと、最初こそ掃討は順調に進んでいたようだったが、敵も知恵があるのか後方支援の陣へと奇襲してきたのだと言う。後方支援とは言え、工造司の者達がいる陣だ。攻撃、防衛のための機巧を調整している場所で、戦えない人間ばかりでもない。
戦線は良くも悪くも膠着していたが、そこへ一筋の光矢が降り注ぎ、忌み物を一掃したそうだ。帝弓の司命が降臨成されたのだ。等と別の陣では湧き上がっていたそうだが、諸友だ。忌み物も、天人も、持明族も、短命種も区別無く巻き込まれた。
後方支援の陣に居た者の半数は死んだ。光矢の衝撃で消し飛ばされ、遺骸も残っていない。髪の一筋、骨の一片すら。それ程の威力で無ければ無尽蔵に回復し蘇る忌み物を倒せないのだろう。豊穣の祝福を受けているとは言え、多少長命で頑丈なだけの人間如きが耐えられるはずも無い。
龍尊様の率いていた部隊は、懸命の救助活動を行ったそうだが、それでも救援や治療が間に合わず死んだ者が居た。龍尊様のお力でも吹き飛んだ肉体までは治せないのだ。
応星は、龍尊様がご自身で見つけられたそうだ。
奇しくも、あの腕甲がまた役に立ったのだろう。応星は、幸い、離れた場所に居たため直接の衝撃は受けなかったが、飛んできた瓦礫で全身を打ち付けられ、機巧の部品なのか一寸程の鉄柱が腹に突き刺さって死ぬ寸前だったと。これを書いている今も抑えていないと意識せず手が震える。
私は、軍人ではない。故に、戦場を知らぬ。近しい者の壮絶な死も経験が無い。持明族は転生する。別人とはなっても再び同じ魂に出会えるのだから一次的な別れのようにしか感じられなかった。
死に触れるとは、これ程までに心が千々に乱れ、獣に爪に臓腑を引き裂かれるが如く苦しいものか。理屈は知っていても、知識として知ってはいても、私は本物の死に触れた事が無かったのだ。
龍尊様から応星を奪おうとしている者は、これを感じた経験があるのだろうか。
私は、応星が命を落とした場合、龍尊様は羅浮を滅ぼしてしまうかも。と、冗談半分に考えた事がある。
あり得るかも知れない。
もしもだ。応星が一族の者に、天人に奪われれば、憤怒と悲哀に身を任せ、仙舟を滅ぼす悪龍に成ってしまいかねない。そうでなくとも持明族復興のためとして見逃されてはいるが元々、仙舟法で禁止されている生命の根源に関わる物を研究しているのだから、一線を越えた行いに走る可能性もある。
どれをとっても、最悪としか言いようのない事が起こるだろう。しかし、応星が短命種である以上、避けられない未来かも知れん。
短命種などと親しくなるものではない。長命種が短命種を差別するために良く使う言葉だが、元の意味は真逆ではなかったのか。殊俗の民と親しくなればなるほど、長命種にとってその喪失は心を蝕む。仙舟法で禁じなければならない程、愛した人を取り戻そうと生命を冒涜した愚か者が多かった事実を物語っている。
どうか平穏に。
そう祈るしかないのだろうか。
■◇■
数日後、応星が龍尊様の研究室から出てきた。
血の気のない顔色で寝台に伏している応星へ、私が食事を持って行くと、「死にかけた俺よりも死にそうなくらいよぼよぼしてる」だとか、私を見て笑っていたが諸々の不安で押し潰されそうだった私を茶化さないで欲しい。
市井では龍尊様が、たった一人の短命種如きのために前線を放棄した挙げ句、同胞をお見捨てになった。等と吹聴している者の声を聞いた。咄嗟に「そんな訳があるものか⁉」と、声を荒げてしまった。みっともない振る舞い。龍尊様付きの従者にあるまじき行いだ。
しかし、悔しくて腹が立っても仕方ないでは無いか。現場では、応星を診ながらも精も根も尽き果てる程に兵士の治療に当たっておられたとの話や感謝の言葉しか聞こえてこない。龍尊様が尽力しなければその半数も帰還出来ずに命を落としていたかも知れぬ。
あれほど慈悲深いお方が、天人であろうと同胞であろうと短命種であろうとお見捨てになるものか。
あぁ、そうか。
応星が強盗に遭った時と同じだ。
下らぬ噂を吹聴する者は、有り得ぬ妄言をその場の雰囲気や衆目を集めるために、さも事実かのように語り、その後に起こる事に対して何の責任も取らないままだ。
応星までをも都合よく巻き込んで、龍尊様のお力も、お心も何一つ理解しようともせずに好き勝手に放言する。
あの方も、万能な神ではない。
人を治癒する力があるとは言っても、限度はある。
万人を一度に治したり、吹き飛んだ肉体は治せないのだ。
心だってある人間なのに、どうして誰もそれを解ってくれない。
あぁ、悔しい。とても悔しい。
夜になって、また応星に食事を持って行くと、私が随分としょぼくれていると背中を叩いてくれた。無性に虚しくなって涙が止まらず、応星が珍しく困っていた。応星、お前だけはあの方を初めから『龍尊』ではなく、『丹楓』として見ていたのだろう。
■◇■
応星に退院の許可が出て、工房へ働きに行ったらしい。
様子見に工房に行くと声をかけても返事がなく、また寝落ちでもしているのか扉を静かに開ければ、応星が自分の両手をじっと見ながら何度も開いたり閉じたりしていた。
眼差しは真剣そのもので、声をかけるか躊躇われたが食事だけでも目立つ棚の上にでも置いておこうとすると、床に転がっていたやたら重い工具箱のようなものに足を取られて盛大に転んでしまった。顔を上げたら応星が目を丸くして私を見ていたので、
「偶には片付けなさい!」
そう言って誤魔化しておいた。
見た目には解らないが、手に違和感でもあったのだろうか。
龍宮に帰ってから、戻ってきていた龍尊様に「応星はもう完全に治ったのですよね?」と、尋ねてみた。龍尊様がつきっきりで治療に当たられたのだ。後遺症が残るような治療をされるとは思わないが、短命種の肉体は我々よりも脆弱だ。
「其方の目から見て、気にかかるものがあったのか?」
逆に質問を返されてしまい、先程見た物を伝えると頭痛が湧いたように眉根を寄せられ、重々しく口を開かれた。
「完全に治したつもりだが、あれは弱音を吐かんからな」
溜息を一つ。
「彼奴は、天幕の中で『俺の腕が二度と動かないようなら、お前の手で殺してくれ』等と言いおった」
応星。なんと酷な事を。
私が驚いていれば、
「余は、彼奴の生きる理由にはなれぬらしい
……
」
腕が動かなくなれば。
要するに、職人としての生命が絶たれるのであれば、己は終わったも同然として真なる死を望んだのだ。応星には、『愛した。愛する誰か』は生きる為の意味や活力、目的にはならぬとする宣言に他ならない。
生き急ぐ癖に未来は希望にならず、己の信念、いや執念が成せぬならば死んだ方が良いと。それでも、ただ死ぬよりは、龍尊様に殺してくれ。と、懇願する辺り、せめて無意味な死は避けたいのか。違うか?『死ぬまで俺を忘れるな』と伝えたいのか。そうだとしたら、まるで呪いだ。何と残酷な奴だ。
私には、龍尊様のように手中に収めたくなるような感情はないが、これだけ顔を合わせていれば親しみも湧く。応星が居なくなったら悲しいし、きっと思わず姿を探し、いつかは彼との記憶が憶那となろう。が、応星の生きる希望になれぬ己へ失望している龍尊様は、思い出だけでは生きらないだろうと思う。
■◇■
征伐後は毎度の事ではあるものの、丹鼎司は大忙しで、龍尊様も中々休めていないようだ。
応星の工房に顔を出すと、征伐に行っていた時間を取り戻すかのように泊まり込みで働いているらしい。仕事ができていると言う事は、腕は無事だったのだろう。
安堵はしたが、二人して過労で倒れでもしたらどうするか。私が出来る事と言えば、差し入れや雑用くらいだ。軍属の人間であれば、別の支え方が出来ただろうに。
お弁当を持って工造司に行く途中、どうしても丹鼎司の中を歩く。
外では比較的怪我の軽い者が痛みに呻きながら医士の治療を待っており、誰もが疲れ切った顔をしていた。血の匂いと苦しげな声、陰鬱な雰囲気に心が引き摺られそうになりながらも通り抜け、工造司に辿り着けば相も変わらず、鉄を叩く音と機巧の動作確認をする音が響いている。
応星の工房近くまで行けば、巨大な金人・門番を組み立てていたのか、高い脚立に乗った応星が上から声をかけてきた。
「お弁当を持ってきたから休憩しなさい」
私が促すと、もうちょっと。なんて言いながら、まだがちゃがちゃやっていた。細かい部分が気になるらしい。私は機巧の仕組みはさっぱりだが、
「煮えた頭では効率は上がらんだろう。とりあえず休憩を挟んで、落ち付きなさい」
口煩く言うと、体を伸ばしながら獣のように呻り、渋々降りて弁当を受け取った。背伸びをする際に、人間が出していいのか疑問に思うような、ばきばきごきごきとの音が体から聞こえ、冷静を装いながら戦慄する。
降りてきた応星を良く見たら、目元に小さな皺が見えた。
相変わらずの不摂生か、寝不足か、疲労か、また誰が流しているかも解らぬ噂によって嫌がらせを受けて心労を溜めているのか。はたまた全部か。
悪い方向に考えたせいで心に澱が溜まっていく心地となったが、昼夜警備が立つようになってからは
……
、飽くまで本人の話を信じるなら、直接的な嫌がらせは減ったらしい事を思いだし、行儀悪く地面に座り込んで焼売を頬張っていた応星へ、ふと思いついて年齢を尋ねてみた。すると「覚えてないなぁ」だそうで、毎日が忙しすぎて数えていなかったようだ。
元々、仙舟の出ではない上に、故郷での暦の数え方が同じかどうかも解らない。それこそ、ほぼ歳を取らず、見目が変わらない仙舟の人間にとっては年齢など目安でしかない。気にしなくなっても仕方ないか。
持明族は後身のために記録を取る習慣がある故、何も残さない他種族が不思議でならないが、応星と関わるようになってから、私も随分と寛容になった気がする。
帰ってから記録を見てみると、私が応星を知ってから十数年は経っている。
とすると、大凡、三十歳前後か。早いな。茫としていれば、殊俗の民は瞬く間に老いてしまう。毎日顔を合わせていると今一変化が解らないものなのだな。
そう言えば、顔を合わせている回数だけなら、恐らく私は龍尊様よりも多い。
だからなんだと言う話だが、少しばかり心が高揚する。
これが、優越感か。
■◇■
医士達や龍尊様の尽力によって、随分と丹鼎司で苦しんでいる怪我人の数は減った。
止むなく古海に沈んだ同胞も居たが、矢張り一次的な別れだ。知り合いならば幾許かの寂しさはあれど、転生するのならば絶望的な喪失感はない。だが、戦場に散った者も居る。私の直接的な知人では無いものの、同胞の存在が失われるのは悲しくなる。殊俗の民は、この悲しみをどうやって処理しているのだろう。
良く工造司に顔を出すお陰か、例の後方陣に居た者が話してくれた。
奇襲を受けた際、調整中だろうと金人を駆動して応星が直ぐ様応戦したお陰で、最初は負傷者だけで済んでいたそうで、戦況はそのまま膠着。救援信号を出して耐え切れば勝てる状況であった。と、その者は語った。個人の視点かつ希望的観測も入っているとは思うが。
仙舟は幾度も忌み物と交戦している。
だが、帝弓の司命が首を突っ込んだのは、私が知る限りでは初めてだ。何故、司命は攻撃した。己の攻撃が同じく帝弓を信奉する民を巻き込むとは考えなかったのか。
何度も答えのない疑問を繰り返す間、一つ頭に過った。
天人は元々薬乞いであり、豊穣薬師の祝福を受けて長命種となった者達の子孫だ。
歩離人、造翼者、細かく言えば狐族も豊穣の民である。豊穣と敵対してる帝弓の司命には、同じ忌み物にしか見えなかったのだとすれば得心がいく。長生の祝福を受けながら、都合が悪かったからと巡狩の嵐に鞍替えした仙舟の民は、帝弓にはどれ程、滑稽な生き物に見えているのだろうか。
星神や司命には、内輪揉めをしている忌み物の集団と、殊俗の民は、そこに偶々居た蟲程度の認識か。私の妄想でしかないが。
止めよう。
どんどん虚しくなってしまうだけだ。
■◇■
久しぶりに、応星が龍宮へとやって来た。
先程、少しばかり様子見をしてみたら、何一つ喋らずぼんやりと月を見上げていた。
まぁ、このような夜があっても良かろう。
ようやっと状況が落ち付いてきて、久々の逢瀬だろうから
……
。
いや、うん。龍宮の外で会ってたら私は解らんな。兎も角、龍宮に来たのは久々となるのだから、安心できる場所で息を吐くのも大事だ。
今の内に風呂を沸かして、煮え滾らせた上で、私は寝るとしよう。
入る頃には応星とって温いくらいだろうが、龍尊様が逆上せない程度の程良い温度となっておろう。
■◇■
翌朝の応星は、朝餉の時間になっても布団を抱き締めてすやすやと眠っておった。
龍尊様は、
「疲れが溜まっておったのだろう」
とは、仰ったが、疲れさせたのは貴方では?そう考えながら朝餉の乗った盆をどうしようか決めあぐねていた。
龍尊様は相も変わらず元気だ。
どこから活力が湧いてくるのか不思議でならない。
「今日は、朝から六御会議でございましょう?」
私が促せば、名残惜しそうに何度も振り返りながら面廊へと出て行かれた。無意識であろうが、龍尾が垂れ下がって如何にも「嫌々行ってきます」と、語っているようだ。
不敬だろうが龍尾があれほど雄弁に感情を語る様子を、応星が来るまで私は一切見た記憶が無い。本当に、応星は天上から民を見下ろす神の如きお方を人間にしたのだな。いやはや、恐ろしい奴だ。神座におわした龍を人へ堕としたと考えれば、傾国の噂も強ち間違ってはおらなんだか。
その気でやれば、本気で国を独りでも落とすやも
……
。どこかの惑星の本で『十万の兵よりも、独りの傾国の方が余程恐ろしい』等とぼやく将の話を読んだ。
改めて、応星が応星で良かったと私は思う。
朝餉が冷えてしまった頃、目を開けないままのっそり起き出してきた応星を洗面所へと引っ張り、艶の出る油を塗って髪を整えてから邪魔にならない程度に編んでやる。
龍尊様の御髪は滑らかすぎて紐を通しても直ぐに落ちてしまう故、応星が来た際の楽しみの一つである。お時間がある時は、龍尊様が甲斐甲斐しくお世話をされているので出番は殆ど無いが。
「あふぃあと」
だったか。
顔を洗い、腔内を洗浄すれば大体目が覚めるものだが、髪を弄られている間に再び瞼が落ちだしたようで言葉が不明瞭になっていた。恐らく礼だろう。
もう昼に近かったが胃に優しい朝餉を温め直して与えれば、腹から温もって眠くなったのか直ぐ横になっていた。どうせ、龍尊様に朝方までねちっこくやられたのだ。寝かしてやるのが優しさだ。
昼を過ぎると龍尊様がご帰還され、直ぐに応星の居る場所へと向かわれた。私は直ぐに二人分の食事を寝所へと持って行き、家人には、寝所へ余程の用事が無い限り近づかないよう根回ししてから、私は私の仕事をやっていた。
私でさえ、あと何年か。
指折り数えてしまうのだ。
龍尊様は、どれ程までに時間が惜しいだろう。
■◇■
ここ最近、戦が増えだした。
忌み物の侵略が随分と活発になり出したようで、工造司からは毎日毎日、遅くまで鉄を打つ音、機巧を試運転する音がする。
あの悠長な天人までもが応星のように必死になりながら武器を打ち、機巧を組み立て、戦に貢献しようとしている。
つい昨日、剣首と舵取が勝利を収めて帰還したそうで、一次的に戦勝の雰囲気にはなったが、また別の惑星から救援信号が入り、再び出征する。その繰り返しだ。流石に頑健な長命種でも疲労が見え始め、街に出てもどこか陰鬱な空気が漂っていた。
龍尊様、同胞達、応星、心配にはなる物の、私が戦場に無理に着いていったとて、禄に戦い方も知らず、治療術が使える訳でも無い。どう考えても足手纏いでしかないのだから、ご帰還成された際に安心していただけるように宮を管理するのが私の仕事だ。私は、私が出来る事をやるしか無いのだ。
■◇■
こう言う時こそ、帝弓の司命の出番では無いのか。
お心も、肉体も満身創痍と表現しても過言では無い程に龍尊様も応星も傷だらけだ。
龍尊様、応星の朋友が亡くなったらしい。
直接は訊けなかったため、戦に随行した別の人間づてではあるが、忌み物を蹴散らしていく中で豊穣の使令が現れ、龍尊様が使令の齎す幻覚に囚われてしまい、手の付けられない暴走状態になったと。
いつも冷静な龍尊様がそんな。私はつい口を挟みそうになったが、現実と見紛う程の幻覚を見せられ、応星を、朋友の無残な姿を見せられた挙げ句、周囲が敵にしか見えなければ、そうなられても可笑しくはなかった故、言葉を飲み込んだ。
龍尊様の暴走を止め、使令を屠るために狐族の娘が星槎ごと敵の中央に突っ込み、不可思議な奇物で自ら諸共、滅したと。何度も交流した訳ではないが、その僅かな中でも彼女の明るく暖かな優しさは伝わってきた。
あの小賢しい応星が、神妙な様子で『彼女は恩人なのだ』と、語っていた事も私は覚えている。
豊穣の使令を倒し、捕獲したと羅浮はお祭り状態だが、龍宮と工造司の一角は、暗い影が落ちていた。
日中、龍尊様は口を閉ざしたまま何も仰らない。
しかし、就寝されると悪夢を見てしまうのか、魘されている声が聞こえる。
夜中に飛び起きては、震える声でご自身を責める言葉と、誰かへの謝罪が繰り返し、繰り返し聞こえてきた。
応星も、工房へ行っても何も手が着かないのか、椅子に座ったまま何もない場所を茫。と、見詰め、声をかけても反応が鈍い。龍尊様同様、眠れていないのか目の下のくまが酷く、前以上に飲食をしていないのか、肌がかさついて頬がこけたような気がする。
水筒に入れたお茶を半ば無理矢理飲ませ、後で。などと渋る口に食べ物を強引に突っ込む。私には、恩人であり、朋友を失った痛みを推し量る事は出来ない。だが、お前まで死なないでくれ。なんて、泣きながら言ってしまった。
常に矜持を持って背筋を伸ばし、沈着冷静であれとされる龍尊様付きの侍従が、情けない限りだ。放っておくには、近づきすぎてしまった。
短命種などと、親しくなる物ではない。
■◇■
夜は何度も起きては魘されている龍尊様を落ち付かせるために汗を拭い、手を握る。
昼は食事を取ろうとしない応星の元へと何度も行き、食事をとらせ、安眠効果のあるお茶を渡す。
それだけで一日が終わってしまう。
私は無力だなぁ
……
。
■◇■
例の戦から二ヶ月程経った頃、応星が久々に龍宮に来た。
静かに龍尊様と酒を呑み、肩を寄せ合っている。
悲しみを共有する事で、互いを癒やすのだろう。
龍尊様も魘される夜が減ってきた。
応星も顔色が良くなり、少しばかり体重が戻ったようだ。
前向きになってくれて良かった。
■◇■
応星がきちんと自分から食事や睡眠を取るようになった。
あの不摂生の塊のような奴が。
私が驚いていると、
「俺も、もう歳だし、きちんとしないとしんどいんだよ。それに、やりたい事が出来たからな、だらだらしてる時間なんて無いのさ」
そう言って悪童のように笑った。
龍尊様とも頻繁に逢瀬をしているようで、あの方も心なしか表情が明るくなられた気がする。
他人からの鵜呑みになるが、悲しみは時間が癒やしてくれる筈だ。
私は、少しでも心穏やかに過ごせるよう尽力するばかりだ。
■◇■
左手が無いと紙が抑えられなくて書き辛いが書けない事は無いか。
鱗淵境から巨大な龍が現れ、あちらこちらで忌み物が発生し、羅浮は酷い有様だ。
厄龍。だったか。それを呼び起こし、内乱を起こした大罪人として龍尊様が捕縛された。
龍尊様がそんな真似をする訳が無いと、貴様は龍尊様の朋友では無いのかと髪の白い青年に抗議したが、聞き入れては貰えず、裁判をするまでも無く龍尊様は罪をお認めになったそうだ。
全て、己が一人で画策し、行動を起こしたのだと。
あの日から、応星も居ない。
応星とて龍尊様が内乱を起こすはずが無いと言ってくれるはずだ。
負傷が酷すぎる故、古海に入れと龍師様に命じられたのだが、少しだけ抵抗して工造司に行った。杖をつきながら、工造司を探したが、あの目立つ姿がどこにも見当たらず、人に聞いても知らないと。皆、失ったものに、荒れ果てた羅浮を前にして途方に暮れている。
行方知れずとなった応星を探す間、龍尊様とあの厄災の日に共に居たのではないかと考えた。だとしたら無事で居るのか。探しても探しても、見つからず、誰も教えてくれない。
私には、何も解らない。解らないが、二人をそっとしておこうとした行動は、誤りだったのか。
もっと、二人の様子に心を配るべきだったのでは無いか。傷ついた者同士で傷を舐め合って癒やされるのでは無く、仄暗い希望に手を伸ばしてしまったのでは無いか。
私は、気づけなかった。
もっと寄り添っていれば、誤った選択を止められたかも知れない。
私が、一番、龍尊様と応星の側に居たはずなのに。
今更か。
起こった事は変えようがない。
今どこに居るのかも解らないが、龍尊様がむざむざと応星を死なせるはずがないだろうから、きっと生きていると信じたい。龍尊様がどんな大罪人だとしても、仙舟の民から恨まれようとも、私は貴方にお仕え出来た事を誇りに思っているし、今でも、二人の幸せを願っている。
今世で残念に思うのは、応星をきちんと看取るつもりだったのに、叶わなかった事くらいか。
応星が居なければ、私は毎日同じ日常を繰り返して歳を取り、時期が来たら何も考えずに古海に沈んで転生し、再び同じように生きたのだろう。うん、前世の凡庸な私からしても、今世は大分刺激的だったな。
彼奴のせいと言おうか、お陰と言おうか。
案外面白い人生だったかもな。
あぁ、もう行かねば。
では、龍尊様、お先に失礼します。
▇◇ー◈ー◇▇
「刃ちゃん、そろそろ時間よ。行きましょう」
「あぁ
……
」
刃が鱗淵境の無人島に身を潜めている間、古木の側で古びた箱に収まった本を見つけ、暇潰しに開いてみれば見知った名前が目に入り、他人から見た飲月、応星の姿が興味深く感じて没頭してしまった。
若干、飛ばし飛ばしに読んだが、応星の記憶が刺激され、明瞭に浮かぶ場面もあり、ざわざわと感情が揺さぶられる。
「カフカ、わざとか?」
この無人島に行くよう誘導したのはカフカであり、あれから七百年は経っているにも関わらず、紙は古いながらも形を保っていた。
これを読むように促されていたものか。カフカは優麗に微笑み、否定はしないまでも肯定もせずに刃の手を引く。
刃は息を吐くと本を海に向かって投げ捨て、沈んでいく様を見えなくなるまで見守る。
「あら、捨てちゃって良かったの?」
「持明は、海に還るものだ」
「ふぅん、でも、あの子はまだ海に還しちゃ駄目よ?脚本が台無しになっちゃうから」
「解っている」
刃は短く返事をすると小舟に乗り込みながら、これから邂逅する男の顔を思い浮かべる。
残念ながら願われた幸せなど、二度と訪れない。
祈りや、願いの空しさを感じながら、刃は舟を漕ぎ出して目的地に向かって行った。
1
2
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内