揃いの春は爛漫に

MHRウ教×ハ♀。両片想い。

簪と花の贈り物。


のどかな昼下がり、里の中で全くの偶然に愛しいキミを見かけた時の喜びは、言葉に尽くせぬものがある。

声をかけて駆け寄ろうとしたが、キミが雑貨屋の前で『何か』をじっと見つめて立ち止まった姿を見て、離れた位置にいた俺も、ならって動きを止めてしまった。

(愛弟子? 何を見ているんだろう……)

キミの横顔は、春陽に似つかわしくないほど、どこか暗く寂しげで。
ややあってから、ふいっとその物との縁を断ち切るように立ち去ってしまった。

何となく鋭利な空気を感じて、キミに声をかけることができず、キミの姿が見えなくなってから俺はその場に向かう。

キミが見ていたものは、陽光で極彩に煌めく、澄んだ花びらが美しい桜の飾りがついた、揺れものかんざし

(綺麗だな……! あの子、ずっとこれを見て……?)

何故買わなかったんだろう、とてもよく似合うだろうに、と色々な思考が俺の中を巡る。

その思考はいつしか、もうじき満開になる里の桜雲の下で、この簪を着けて爛漫に微笑む愛しいキミは、どんなに可愛らしいだろうかと。
そんなキミをこの目に焼き付けたいと、願望じみたものに変わっていった。

まだ伝えられていない、膨らむばかりの花蕾からいのようなこの想いに背を押されるように、俺の手は、彼女の見つめていた簪をそっと持ち上げていた。


──簪の、贈り物。

それが意味することがふと頭をぎり、ああ、今の俺にもぴったりじゃないかと。

それ・・を持ったまま、腰に着けた黒柿色くろがきいろの小さな革鞄かばんから財布を取り出しつつ、雑貨屋の店主であるカゲロウさんのところに足が向く。

「すみません、これを」
「お買い上げ、ありがとうございます。よろしければ、箱に入れてお包みしましょうか」
「えっ……あ、ありがとうございます、お願いします」

面食らった俺を見やっているであろう、カゲロウさんの顔を覆う札の奥。

全てを見透かしているような目をしていそうな彼の穏やかな低声に、俺はありがたく思いつつも、少しだけ苦笑してしまう。

「どうか、喜んで頂けますように」

そう言いながら、カゲロウさんは慣れた手つきで手早く簪を包装すると、俺に綺麗な青藍色せいらんいろの和紙の箱を渡してくれた。外側には、金色と桜色の組紐が蝶結びで結ばれている。

「綺麗に包んでくれてありがとう! カゲロウさん!」
「いえいえ。ご健闘を心からお祈りしております」
「ははは……参ったな、お見通しだね。ありがとう」

軽く頭を下げ、大切に箱を両手で持ったまま、俺は一旦帰路につく。

その間も、カゲロウさんの一言がぐるぐると巡って、頭から離れなかった。

酸いも甘いも噛み分け、あらゆる困難を乗り越え、人生の機微に通じている彼の紡ぐ言葉は、些細な一言でもとても奥行きがある気がする。

想いを告げられずにいる臆病で愚かな俺の心を優しく包み込み、鼓舞してくれているように感じて、何となく、心の奥に勇気の火が灯るような感覚があった。

……。愛弟子……

箱を持つ両手にほんの少しだけ力を込めながら、俺は道中の桜木を仰ぐ。

もうじき、蕾がほころび始める頃。

この花が開いたら──と、決意にも似た想いを胸の内に固めた。

@acadine