彼方の作品倉庫
2025-04-22 02:38:11
3096文字
Public 利こま
 

【利こま/SS】帰り着く場所、出迎える場所

こちらの素敵な作品から、インスピレーションを頂きました→元ネタ

それぞれこま視点(1ページ目)、利視点(2ページ目)です。


出迎える場所


 夜半の冷雨が、絶え間なく肌を刺す。容易く体温を奪うそれは、一向にやむ気配がない。ひたすらに雨粒を落とす暗闇の帳を一瞥し、ゆっくりと足を進める。
 ぼんやりとした意識を内心で叱咤するも、その声にすら覇気が宿らない。枷がある訳でもないのに、足が鉛のように重い。一体自分は、どこに向かっているんだ? 
 忍務は終えた。短期だというのに、ひたすらにキツい内容だった。割に合わない可能性も考慮して引き受けたが、想像以上に過酷だった。もう二度と受けてやるものか……と思うも、フリーである以上、仕事を選んではいられない。依頼が舞い込むくらいの評判があるとはいえ、選り好みできる立場でもないのだから。
 でも……さすがに今回は断るべきだったかもしれない。そんな後悔がよぎるほどの記憶を思い返してしまい、更に気持ちが沈んでしまう。このままでは沈没しかねない。まるで当てのない幽霊船のようだ。
 ふらり、ふらり。覚束ない足取りは、やがてとある場所で止まった。そこは見覚えがある……いや、それどころか馴染みがありすぎる場所――忍術学園の門前だった。
 行く当てがないと言いながら、無意識にここへ向かっていたようだ。だが……訪れたところで、何をする気なのか。自分のことのはずなのに、他人事のように客観的な視点に立ってしまう。思考だけが身体から切り離されている気分だ。
 こんな時間に門を叩く訳にはいかない。事前に連絡だってしていないのだ。父やみんなを困らせたくないし、何よりこんな様子を見せて心配させたくない。だから、入ってはいけない。……いけない、のに。
 無駄に冷静な思考とは裏腹に、身体は勝手に門の上を軽々と飛び越えてしまっていた。音もなく着地し、その場でじっと佇む。……やがて雨の中、小走りで駆け寄ってくる音が聞こえた。
「こんな真夜中じゃなくったっていいのに……
 自分の前で止まった彼は、幾度か深く呼吸した。この雨の中、着替えもせず雨具もなしに。しかも裸足で。何をしているんだ君は。風邪をひくだろう。……そんな言葉が、どうしてか吐き出せない。全て喉の奥に引っかかってしまっている。ぼうっと、ただ彼を見つめることしかできない。
 すると彼は、私の手をそっと包み込んだ。温かい、とは決して言えない。しかし、少なくとも今の自分よりは仄かな体温を帯びている。
「本当っ……利吉さんって難しいですよねぇ」
 向けられた微笑みに、思わず視線を下へ逸らす。バツの悪さを覚えた。
 そうだ、自分は……これを欲していたんだ。彼の出迎えを、彼の気遣いを。そして……彼の、温もりを。
 だから、門を飛び越えた。きっと彼だけが感知できるだろうから。いつものように、侵入者を逃さないだろうから。その望みどおり、彼はやって来た。起き抜けで、着の身着のまま。雨も泥も気にせずに、真っ直ぐに自分のもとへ。
 そして、普段と変わらない優しさを向けられ……それを期待していた打算的な自分に、ようやく気づいた。ここまでして彼を求めていた自分を恥じた。自分を想ってくれている彼に申し訳なくなった。こんな時にまで素直になれない自分が……情けなくなった。
 何が「困らせたくない、心配させたくない」だ。心配して、ほしかったくせに。彼の優しさに、甘えたいくせに……
 目を合わせられないまま、幾許かの沈黙が過ぎた。やがて、彼に導かれるようにして軒下へと連れていかれる。
「あっちで、入門票にサイン書いてくださいねぇ」
 ふらふらと、足取りは相変わらずしっかりしない。ただ、繋がれた手の温もりが心地よくて。離すまいと、縋るように弱々しく握り締める。
 微かな力加減を感じたのか、彼はこちらを振り返った。そしてまた、あの柔らかな笑顔を浮かべる。
「おかえりなさい、です。利吉さん」
 その言葉が、冷え切った心にじわりと染み込んだ。なぜだろう。何かが、許された気がした。この不躾な訪問を? 打算ありきな行動を? 情けない、自分自身を?
 何が許されたのか、わからない。もしかしたら勘違いなのかもしれない。はたまた、全てを許してくれたのかもしれない。ありえない可能性は高いが、考えるくらいは構わないだろう。そうあってほしいと願うのは、自由なんだから。
 そんな都合のいいことに思考を割いていると、ある言葉がふと浮かんできた。そうだ、言わなくては。すっかり失念してしまっていたが、彼とて告げたのは今なのだ。その返事としてなら、別に遅くはない。あの言葉を、彼に。
 それが、私がここへ来る理由のひとつなのだから。
…………ただい、ま。小松田君……
 ぎこちないながらも落とした言葉に、彼は嬉しそうに「えへへっ」と笑った。