彼方の作品倉庫
2025-04-22 02:38:11
3096文字
Public 利こま
 

【利こま/SS】帰り着く場所、出迎える場所

こちらの素敵な作品から、インスピレーションを頂きました→元ネタ

それぞれこま視点(1ページ目)、利視点(2ページ目)です。

帰り着く場所


 何かに急き立てられるような感覚がした。
 夕方から降り続く雨が冷やしたのだろう。ひんやりとした夜半の空気に、思わず自らの腕をさする。しかし、それに構って布団に包まっている場合ではない。行かなければ。自分の奥底で声を上げるそれが、「早く行け」と背中を押す。
 他の人を起こさないよう静かに、しかしなるべく急いで。着替えもせず、雨具も持たず、草履も履かず。縁側の適当なところから外へ飛び出した。
 普段なら深夜でも鍛練を積む生徒が偶にいるが、さすがにこの天気では誰もいない。周囲の音どころか、水溜りを蹴る自分の足音ですら、夜の闇と雨が全てを呑み込む。平穏な日常と切り離されたような気分になるが、恐怖心はなかった。ひたすらに、己の感覚に従って走り続ける。
 辿り着いたのは、いつもの正門だった。その前には、闇に溶け込むかのような人影がひとつ佇んでいた。就寝前に戸締まりは確認したので、おそらく門を乗り越えて入ってきたのだろう。――自分が、気づくことを狙って。
「こんな真夜中じゃなくったっていいのに……
 彼の前で立ち止まり、呼吸を整える。深く吸い込んだ息に、喉や肺が冷えていく。雨天・深夜・冷気……いずれにしても、訪問に適した状況ではないことは明らかだった。
 でも、でないと駄目だったのだろう。それが彼の忍務の都合なのか、人目を避けたいからなのか。理由はわからない。けれど意味もなく、先触れを出さずに真夜中に来訪するような人ではない。
 だから僕は、敢えてそこには触れなかった。彼が話そうとしないことに、自分からは踏み込まない。その代わり、だらりと力なく下がっている手をそっと包み込んだ。長くこの雨に打たれていたのだろう。自分のものより少し大きなその手は、指先どころか全体的にすっかり冷え切っている。
「本当っ……利吉さんって難しいですよねぇ」
 笑いながらそう声をかけると、彼は視線を下へ逸らした。僕に会いたかったはずだろうに、彼の口からは何も紡がれない。それで構わない。いつものように、僕が一方的に話すだけだ。でもここは少し寒いから――
「あっちで、入門票にサイン書いてくださいねぇ」
 彼の手を引いて、雨を凌げる場所へ足を進める。心ここにあらずといった感じで、彼は迷子のように僕の後についてきた。
 このまま中を歩き回ると、廊下を濡らしたり汚したりして怒られるから、手拭いか何か置いているところへ。それから、お風呂も準備して。着替えや布団も用意して。風邪をひかないよう、温かいお茶も淹れて。
「おかえりなさい、です。利吉さん」
 忍術学園ここ……彼がたっぷりと休める場所に、心安らぐような場所にしよう。
 それが、僕がここにいる理由のひとつなんだから。