せいたろ(sitr)
2025-04-16 22:30:06
12017文字
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逆さ水

全出のあと、交流がはじまった頃。訪問診療のお礼として、雑渡に閨の指南をねだる伊作。暗殺を絡めた内容に、伊作は身を持ち崩してゆく。
雑伊 伊視点 縄 張型 成人向
※交際には至りません
※回想話の中にモブ伊/雑モブ/推定モブ雑あり
※伊が歳上の男をナメています
※成人による未成年者への性的接触や拘束、略取を推奨するものではありません

転載・改変禁止

次作:賽の河原 https://privatter.me/page/6850afe427372

「訪問診療、ですか。」
突然の依頼に、驚いて顔を上げる。医務室に訪れた巨躯のその人に挨拶すると、早々に相談された内容は『学園公認での医療活動』だった。
「そう。請けてくれるかな。学園を通すよ。」
「そうすると紹介料がかかるのでは……
ひとつ頷いて、けれど
「それで信頼が買えるのなら安いでしょ。」
変わらない調子で静かに答えられて、そういうものか、と僕も頷いた。
少し詳しく聞き直すと、『知人の兄弟が住んでいる家がこの近くにあるが、まあ歳で、ちょっとした風邪や不調なんかを月に一度ほど点検しにきて欲しい』という依頼だった。この日は夏ももうすぐ終わる季節で、七回ほどは訪ねることになるだろう。
「僕が訪問できるのは春までですが、保健委員会で引き継ぎますか?」
ひとつまばたきをしたこの人と僕の間に、ほんの少しの時間が漂う。僕はこの人の沈黙が結構好きだ。
「先のことは、今はいいかな。伊作くんに通ってもらって、お互いに具合が良さそうだとなってから考えるよ。」
「わかりました。」
「では依頼書を作るよ。それを伊作くんが読んで、納得したら学園に提出して。場所を先に教えようかな。」
丁寧に大人として扱われている、ということがくすぐったくて嬉しい。日雇い程度にバイトをしたり、忍務で報酬を得たり、ということはあるけれど。書類を作って長期で報酬があるなんて、あまりない。
どこかに就職すると仕事の指示はこういう感じかな、と未来に思いを馳せる。
「今、行ってみる?」
特に予定はない日だった。急だが断る理由もないので二つ返事で、すぐに出ることにした。
ぶらぶらと歩くには山道でも忍び服は逆に目立つ、と、雑渡さんは着替えを始める。黄枯茶色の忍服を裏返すと、藍色と灰色の上衣になっていた。袴は墨のような黒で、がらりと印象が変わる。
一般人の様相がよいなら、と、自分も忍び服を裏返しに着直す。鴇色の上衣、弁柄色の袴。
医務室に当番のためにやってきた数馬へ事情を説明して、入れ替わるように部屋を出る。今日は雑渡さんは記名をしてきたようで、一緒に門へ行って、小松田さんが出してきた出門票へ記名した。

・ ・ ・

さくさくと道を歩いてゆく雑渡さんと自分の歩幅の違いを、今日初めて気がついて感心した。
大きいな……と思っていたけれど、こっちが四歩かかる距離を三歩か二歩ちょっとで進んでいる。並んで歩いたのは初めてだろうか。園田村近くで相見えたときは防戦に精一杯だったし、医務室や学園に来てくれる時は屋内だから気が付きにくかった。
小道をしばらく歩いて一刻も経っただろうか。ひとつ建物が見える。軽食屋のようだ。山に入る道もあるし、細々とやっているのだろう。
ひらっと片手を上げた雑渡さんは、中にいたお爺さんに深く頭を下げられて、まあまあ、入ってください、と促されて、中に入った。
「診てもらうのは、この人と、裏の家に住んでる弟さん。この店はこの人のお団子屋さん。」
「イズミと申します。」
店主が僕に深々と頭を下げるのにつられて深くお辞儀をする。垂れ眉で優しそうな顔立ちだ。黒髪は癖があって、白髪が混じっている。
「善法寺伊作です。よろしくお願いします。」
「では次、母屋に行くよ。」
裏口を通してもらうと、少しの野菜を育てるような畑があって、母屋が建っている。水場もきれいで、そこそこお金をかけた家のようだ。
……立派なお宅ですね。」
「ありがとう。」
……ありがとう?返事に違和感を持って視線を彼に向ける。戸口の前で雑渡さんは穏やかな顔をして振り向いた。
「私の好みで建てたんだよね。いいでしょ。」
「建てた……
促されて母屋へ入る。弟さんが元部下であること、その人は身体が悪いこと、母屋は雑渡さんの個人的な私邸であること。ぽつぽつ話されながら廊下を歩く。
「気に入ってるけどあまり帰れないから、住んでもらっててね。放っておくと傷むし。」
こっちが客間、そっちが兄の部屋、あっちが炊事場、と順に見回ってゆく。少し花を飾っているような部屋もあり、丁寧で静かで綺麗な家だった。
「ここが、弟の部屋。」
名を示さないのは、何か理由があるのだろうか。気になりつつも掘り下げず襖を開けると、手狭ながら畳敷の綺麗な部屋に布団が敷かれて、そこに一人横たわっている人がいた。
「昆、寄ったのか。」
「医者の紹介に来たよ。急に都合ついてね。」
緩く会話が始まって、起きていたことに慌てて頭を下げる。
「善法寺伊作です!お休みのところ、申し訳ありません。」
「イサクくん……
こちらに顔を向けて、ゆっくりとその人が身体を起こす。その身体には幾重にも包帯が巻かれていて、右半身が悪いようだった。
人の良さそうな下がり眉尻、くぬぎの実みたいに丸い目元、そのあたりは兄と似た様相だが、落ち着いた坐りのある様子が武人のそれだと思う。この人は今身体が悪いだけで、雑渡さんと働いた現役の時はきっと素晴らしい忍だっただろう。
団子屋店主の兄も、プロ、もしくは元プロとして一般人を装っていたのか、それとも商人や小売をしていて、性根からあの優しい感じを出しているのか……
ぐっと緊張していると、二人が穏やかに笑う。
「来てくれてありがとう。楽にして。」
……はい。」
学園の医務室が、どれだけ安全かを思い知る。
この家には今自分の他に、タソガレドキ忍軍の組頭とそのOBしかいない……
この人を信じて、開き直るしかない。
ふっと緊張の糸を抜く。微笑む。肩を楽にする。そうすると、相手の空気ももう一段階和やかになる。
僕を、十五の小僧と侮って欲しい。
ただ医療に固執する、拘りの強い子供と誤解して欲しい。
腹の底で静かに祈りながら、深く頭を下げる。
「昆が自慢する塗り薬を塗ったら私の調子も良くってね。羨ましいと言って、無理に頼んだんだ。」
「イズミさんも、肌が悪いのですか?」
顔を上げて注視する。手招きをされるまま枕元へ近付くと、包帯の合間に見える肌でハッとした。この人もまた重度の火傷を負っていると、すぐにわかった。
「鎖骨から下、右半身が焼けている。随分前の火傷だが、膿んだり乾燥したりの繰り返しでね。調子が悪い日は昆と医者を取り合ってるんだよ。」
手入れが悪いところがある。まだ診ていないけれど、そういうにおいがする。
「通気のいい服に変えましょう、まだ気温の高い日も多いです。眠る時間が取れるならすぐ良くなります。悪いところを洗って、薬を塗り直しましょう。」
一瞬の間が空いて、イズミさんと雑渡さんが笑い出す。
「そうだね。そうするよ。膿ませたところ、沁みて嫌だったんだ。お見通しか。」
「手厳しいでしょ。大好きなんだよ、こうなると聞かないんだから。」
ふっと、雑渡さんへ顔を向けてしまう。学園ではわざわざそういう、僕を評価することは言ってこない。イズミさんに、僕をどんなふうに話していたんだろう。
僕は、十五の子供として迎えられている。
やっと、もう一手、気が緩められた。


・・・・・


雑渡さんが桶にお湯を持ってきて、縁側でイズミさんの身体を拭きがてら診察をすることになった。
お湯にはほんの少し匂いがあって、薬湯かと舐めてみるとしょっぱかった。傷にはきっといいけれど、このままでは沁みて嫌だろうからと真水で拭くことを提案した。
「薬効は感じていたが、舐めたことがなかったな。塩気があったのか。」
苦く笑うイズミさんが長着から右腕を抜く。包帯を解く。しっかりと骨の太い身体。引き攣れた火傷跡。二の腕の内側と脇腹から背中にかけてが膿んでいた。
お湯に浸した手拭いをゆるく絞って膿を拭い取る。その後に沸かした井戸水で仕上げ拭きをして、塗り薬をイズミさんに塗った。雑渡さんにあげたもので、容器も色も匂いも覚えがある薬。僕の薬がいいと知らないところで言われているのは、少し心配だけど結果が良くてよかった。
イズミさんはさっぱりとした様子で、何度もお礼を言ってくれた。僕は嬉しい気持ちで、ここに通いますとはっきり言って、明後日に塗り薬を持ってくる約束をした。
本当に顔色が晴れて、イズミさんは店を手伝ってくる、と、ゆっくり歩いて部屋を出て行った。お兄さんの団子屋さんで、僕の話をするだろうか。
片付けてお暇しようと雑渡さんに目を向けると、ちょいちょいと手招きされる。
「依頼とは別に、何かお礼をしたい。欲しいものないかな。」
この人にねだって、頂ける物……。お金はもうもらう事になっている。ギリギリ断られない、知識をもらいたい。少し考える。
「モノでなくてもいいでしょうか。」
「稽古でもつける?」
稽古もアリだと思うものの、継続性が無い。繰り返し模範すればいいけれど、もっと、知った日から自分が変わるような……
ヒトの急所、ヒトの意識、ヒトの心。
「房中術の指南、タソガレドキ忍軍にはありますか?」
「精通したくらいでやるね。」
何でもないことのように言われた内容に、これしかない、と顔を上げる。
「それを……お願いしたいです。十二〜三向けでしょうか。」
「うーん、暗殺に絡めるから結構厳しいよ。トラウマになっちゃう子もいるけど、そういう子の選別も兼ねてるから……子供向けって内容でもないんだよね。」
学園の授業では『情報を持ち帰る』ことへの指南は多々あるが、『標的を滅する』ことへの指南は希望者にしか出ない。生存が第一条件だから、色に絡めた授業はどちらかというと人体構造や健康維持の方向性で行われた。変装術や潜入捜査についての掘り下げもあったが、暗殺を勧める授業は、知る限りごく僅かだった。
僥倖だ。
この人が僕に興味を持っていて良かった。他忍軍の教えを得られる機会なんて、就職したあともあるかどうかわからない。
「大丈夫です、耐えます。」
雑渡さんが、ひとつ瞬きをする。真面目な顔で、僕の瞳を見ている。
「最後の排便はいつ?どのくらいの量?」
「え…………朝に一度、ふつうの量で……
「じゃあ、今から始めようか。」
そんなに早く終わる事だろうか?と思いつつ、神妙に頷く。
「お風呂あるけど、入る?」
どんどん話が進む。
「他にもお住まいの方がいるんですか?」
ご兄弟で二人きりの住まいにやってきたつもりだったので、つい質問をしてしまった。風呂を沸かすなら火が要るけれど、その面倒を見るような下働きの人は恐らく居ない。気配を消すような人間が他にいるのか?と内心身構えてしまう。
それで出てしまった質問に、警戒が知れてしまうかも、と僅か動揺したが、
「井戸のつもりで掘ってたらお湯が湧いてきてね。ここは私の湯治場として建てたんだよ。」
どこか嬉しそうに笑って言う雑渡さんは医務室で世間話をする姿そのもので、ああ、いつもの雑渡さんだ、と僕はただ安心してしまった。
さっきイズミさんの身体を拭いたお湯は温泉で、ここは雑渡さんが火傷痕を良くしたくて整えた秘密の隠れ家だった。
その、秘めやかなとっておきを教えてもらえたことに、僕はほんの少し浮かれてしまっていた。
少しの特別扱いに心をくすぐられていると、
僕はわかっていなかった。

・ ・ ・

湯治場は小さな離れになっていた。脱衣室と浴室に分かれている。湧いたお湯は拳ほどの煉瓦に囲われて高さを上げ、そこから木枠の湯船に流れ落ちて溜まっていた。溢れたお湯で足元が濡れないよう、床面はすのこ敷きになっている。湯船は、一人でゆったり、二人までなら向かい合わせに入れそうな長方形型の誂えだった。
「すごい!」
「良く出来てるでしょ。」
園田村のことがあってから学園へ時々訪れるようになった雑渡さんを、今日までに何度か診察した。薬を塗った。火傷を看た。
だから、この嬉しそうな声色がわかる。塩味があるこの源泉は、沁みるけどよく効く、この人の頼みの綱だ。丁寧に整えて、同じような火傷を負った元部下と、ああでもないこうでもないと励まし合ったのだ。
きっと辛い。
ほんの少しだって火傷は疎ましい。
お二人の火傷は同じように深かった。過酷な忍務で負ったのだろうか。戦好きの黄昏甚兵衛が示す、戦乱を生き延びたひと。
「こんなところ、お借りしていいんですか。」
「特別だよ。」
自慢げに笑った声が、どうしてか可愛いと思ってしまう。
「私は支度をしてくるから、身体を洗ったらこれで拭いてこれを着ておいて。」
脱衣室には棚があって、着替えらしい畳まれた衣類と手拭いが籠に整理されていた。その中から手拭い二枚と、木綿の襦袢が渡される。
空の籠も渡されて、
「脱いだものはここに入れておいて。」
何から何まで、至れり尽くせりだ。
雑渡さんが離れを出て行って、僕は着衣を脱いで浴室へ移動する。
手桶で静かに掛け湯をする。首筋を、腋の下を撫で洗う。胸から腹にかけてを、流れ落ちるお湯を刷り込むように摩る。
鳩尾にはまだ点状の青痣が広範囲に残っている。
制札のために活動したあの日、乱太郎を逃がそうとして盾になったとき、酷く重い蹴りを受けた。身体の真ん中に残った痣が日毎薄れていくのを確かめていた。お湯をかけても何も無いが、少し丁寧に刷り込む。
くちゃっと汗ばんだ短い恥毛を濯ぐ。少し弛んだ皮を伸ばして、雁首のくびれを濯ぐ。しゃがんで、後ろ手に尻を洗う。足の裏を撫でながら掛け湯をして、砂汚れを落とす。
ひとしきり流し終えて、湯船に入ってみる。よく出来た設備だ、と改めて感心する。学園に風呂はあるけれど、忍が臭いで居処を知られてはいけないとか、健康と衛生のためとかでお金をかけているものだ。ちょっとした村では今も湯船を備えた家なんて無い。溢れたお湯はどこに逃されているんだろう。
額が汗ばんだのを感じて、そうっと湯船から立ち上がる。そこから出て、すのこの上で身体の水分を軽く撫で落とす。脱衣室に手を伸ばして、手拭いで身体を拭き上げる。
襦袢は雑渡さんのもののようで、着丈が長かった。裸に羽織って前を合わせて、腰紐に引っ掛けて、丈を少し上げる。
「伊作くん。」
脱衣所の外から呼ぶ声にぱっと顔を上げる。
「はい!」
引き戸を開けると、一歩ほど離れたところに雑渡さんは立っていた。
「湯当たりしてないかな。」
「いえ、とってもよかったです。湯治場はこうなんだろうな、と、興味深かった。」
「よかった。私の部屋はこっち。」
私服を入れた籠を持って、母屋に戻る。離れに一番近いところが、雑渡さんの部屋だった。文机、本棚、箪笥があって、畳敷。広さは8畳くらいか。縁側には、木製の引き戸が配されていた。
イズミさんの部屋で縁側を隔たっていたのは障子だったので、やや暗い。陽が傾いたら、母屋の中ではこの部屋が一番に真っ暗になるだろう。入口より少し奥に、敷布団だけ敷いてある。その足元に、縄束が二つ、小さなたらいが一つ、鉄瓶が一つ、小さな壺が一つ、並んでいる。
雑渡さんが襖をぴたりと閉めて、部屋がぐっと暗くなる。縁側の外が昼なお陰で引き戸から光が漏れて、室内の様子はまだ十分に見えていた。
「あんまり内容を先出しすると予想できちゃうから、頼むことだけ言うよ。」
……はい。」
「身につけているものは総て外して。髪紐も。手甲は……つけていないね。」
じく、と、恐怖が擡げる。けれど始まってしまったのだから、拒否はしない。髪紐を解いて籠に入れ、足元に置く。ぱらっと襦袢を止めた腰紐を解く。袖から腕を抜く。パサっと、襦袢が畳に落ちる。
「壁に背を向けて布団の中央に正座。腕を前に出して合掌。」
言われるまま動く。雑渡さんは縄束を一つ拾い、結び目を緩めて余りを後方に軽く放る。肘先ほどの長さにまとめられていた縄がすぐにばらけた。二つ折で二本どりに縄頭を取られたそれは、痩せているのにしなやかで、肌の上を滑る間にケバをほとんど感じない仕込みがしてあった。
二巡して四本どりで、手首が紮げられる。ぎち、と縄が鳴いて、知らない括り方で結び目ができる。
そこから二寸ほど降って、右に一巡、降りた中央に交差して一巡の四本どりで腕が紮られ、腕の間は閂を渡すように縄が通る。同じように二寸降りて、一巡一巡、四本取り。三段目は肘が苦しくない程度に寄せられて、その間は均一な縄目でぐるぐると束ねられ、結び目をひとつ作って、縄尻は縄頭に絡められた。
ぴたりと吸い付く縄は、四本どりがしなやかな『面』に感じて、平たく厚い布で抱かれているようだった。
それなのに伸びや柔軟性は無くて、僕は自分の意思では、もう両手を解けない。縄抜けどうのこうのという話ではない紮げ方。
「捕縛術ですか?」
「そうだね。捕縛が主旨なら後手だけど、前に結ぶといいでしょ。祈ってるみたい。」
身動きはしっかり封じられている。もし逃げるとすれば縁側か襖を体当たりで破ることになるだろうか。腕が全く振れなさそうで、身体の動きはきっと悪くなるだろうという予感がする。
「身体を横たえて。右腕が下。」
雑渡さんに向かい合ったまま、こてんと横倒しになる。その眼前にタライが置かれる。中には釉薬でつるんと焼かれた艶やかな陶器の張型が沈んでいた。底から一寸ほどの水が、ちゃぷんと揺れる。そこに雑渡さんは鉄瓶の熱いお湯をとぽとぽと注いだ。
ぞわっと、不安が過ぎる。
水に湯を差すのは……
「気持ち悪いね。」
……僕は、まだ生きています。」
「これも必要。お前が嫌な気持ちになるのも込み。」
湯灌の作法を、生者の前で行う。心を揺らしてきている。その手順で温められる張型は、随分気味が悪く見えた。
「左膝を曲げて、布団について楽にして。」
やや前傾になって、体勢が楽になった。雑渡さんは壺から右手に何か垂らす。左手に収まるほどの小さな壺。甘い匂いがふっと漂って、それが丁子油だと知る。僕の尻の間に、雑渡さんの指がするっと油を塗り込む。触れられる瞬間にまだ心構えができていなくて、びくりと震えてしまう。
「ここの経験はあるよね。」
……はい。」
「息を吐いて、拒まないで。」
雑渡さんの、太くて丸い指が、僕の出口を優しい圧で往復する。
僕はそれを迎えたくて、括約筋を緩めて絞ってを繰り返す。次の緩めた間合いで、指先が埋まる。小刻みに揺らすように指が這入ってくる。括約筋をなるべく開く。
ぬーっと指が這入ってくる。きっと第二関節あたりだ。油の潤滑性で、滑らかに往復する。出口すぐをぐりんと半周、僕のふちを開かせるようになぞる。
恐怖はあるのに、性感への期待が横隔膜をくすぐる。心臓がときときと脈を早める。
「人差し指で油を塗っているよ。」
……はい、……ざ、っとさん、の、 ……ゆびが、僕の胎を、……ほぐ、して ます……
優しい声に、気持ちが緩む。房中術、養成術、閨房仕草、交合、陰陽の調和。
遠慮はないのに、息苦しさや違和感も無い。どの角度で、どの深さで開いてゆくか、わかっている手だ。僕の胎が素直に開いてゆく。合わせた手に縄をかけられて、祈り拝みながら、指南を言葉でなぞる。暗殺に絡む閨。僕が悦くなるばかりでいいのだろうか。
奥へ、奥へと丁子油を広げられて、そのさなかに雑渡さんの指が僕の好きなところも往復する。
「ざ、……そこ、ぼく……
「この辺りが好きかな、勃起してきている。お前、他は触れなくても反応できるのか。」
穏やかで、優しい、少し微笑んでいる時の声。
「良い具合かな。ここでしょ。」
指のはらで、僕の中からお腹側を擦る。
「ぁ、 い、 ……はぃ、あっ、なん ども……こすっ ちゃ、 だめ」
ぞぞっと射精感が迫り上がってきて、きゅー……っと括約筋が締まる。それを無視して雑渡さんは僕のそこを擦る。止めてもらえない指に、びく、びく、と腰が跳ねて、びゅる、と一度達してしまった。
「反応いいね。気難しいお殿様でも、こうだと喜ぶものだよ。」
優しい、いつもの調子だ。
羞恥心が曖昧になってゆく。
きっとこの人は何人も指南した。閨らしい雰囲気は、雑渡さんからは全くと言って良いほど漂ってこない。雑渡さんは僕に興奮していない。僕の身体が変わってゆくのを客観的に観察して、どうすれば身体を開けるのかを探っている。
何か起きるかもと一雫でも考えた自分の浅ましさが嫌になる。
手入れのされた縄をぴったりとかけられて、僕は嬉しい気持ちを感じていた。初めて体験する展開の交合に期待していた。
このまま張型だけで事は進むのだろうか。
指南だけで終わってほしくない。
ぬろっと指が抜けて、まだ熱い僕の胎が、会陰が、ひくひく動く。それに吊られるように、魔羅がぴんと浮いて、膨れて、まだ硬く勃起している。
ちゃぷ、と、たらいから張型が引き上げられる。
「口開けて。」
「はい……
ぽうっと答えて、僕は雑渡さんの魔羅をしゃぶる想像をした。実際に差し出されたのはつるんと硬い陶器の張型だけれど、歯が当たらないように迎え舌で口を開ける。この様相を、雑渡さんはどう見ているだろうか。
咥えさせられた事実が、僕をその気にさせてゆく。身体の外側は何処も愛撫されていないのに、溶けて、期待して、いやらしい妄想へ沈んでゆく。丁寧に舌を使って、張型を咥え込む。三往復ほど抜き挿しされて、ちゅぽっと口から張型が抜かれる。
「これを挿れるよ。」
……は、ぃ……
少し熱い張型の温度が、口の中に残っている。湯灌した土くれに欲情している。雑渡さんがたらいの上で張型に丁子油を垂らして、湯温でまた甘い匂いが立ちのぼる。油にまみれた張型を、雑渡さんは遠慮なく僕の胎に挿入する。
「ぁ んあ、 あ」
角度で僕の好きなところを抉られて、背が反る。どんなに締めても緩めても、雑渡さんはほんの少し期待している通りに僕の中を抉る。
「また出たね。気持ちいいかな」
言われて、射精したと知る。
「は、 ぃ、  きもちぃ……
ゆるゆると抜き挿しが続く。さっきほど具体的なところを抉らないものの、僕の胎はその気で、性感が強くて、開いた口から喘ぎ声を隠せなくなっていた。
「きもち い ずぽずぽ、 あっ、ぅ……
大人しくできない。
おぼこいことを言えない。
張型は少し寸足らずで、普通の大きさならば届くところに届いていない。もう二度も達したけれど、もっと耽りたい。ゆるゆる続く抜き挿しに煽られて、心が乱れてゆく。
深いところを強く突いて、訳がわからなくなるくらい犯して欲しい。
そう思ってもっとと鳴いても、雑渡さんは呼吸も視線も乱さなかった。
「もっと、くださぃ……、もぅ ……張型、やだあ」
痺れを切らした僕が全部を諦めて言葉を裸にしても、恥ずかしいのがどうでも良くなっても、何度達しても、雑渡さんは僕の中に這入ってくれそうな様子を見せない。
「まら、くださぃ……おっきぃの、あついの……
「あげない。」
身体を開いて、ねだって、抱いてもらえないことがあると思わなかった。
「ど して…… ほしぃ です」
「指南はするけど、搾取はしないの。」
僕に必要なことを僕がねだっているのに、どうして搾取と言うんだろう。
情報収集の忍務で言いくるめた商家の旦那様は犬みたいに腰を振っていた。意地悪だった二つ上の先輩は僕の口をべろべろ舐め回して得意気だった。学園の前に世話になった寺の住職は、歳の所為でいつまでも射精しなくて痛かった。
僕は、搾取されているつもりはない。そうするのが最善というだけだ。
どういう男でもここにお前の欲求を注げるよと穴を見せてやれば動物になるもので、それで多くは丸くおさまるのだ。その当てが外れて、自分の身体が三禁を破るはしたない獣だと改めて咀嚼させられる。
「いらな ぃ で すか」
求めてもらわなければ困る。
僕は僕を与えたい。
僕を貪る男を見ると、酷く安心する。
僕にまだ価値があると客観的に理解できる。
求められない子は、痩せて病気になったり、怪我が治らなかったりして死んでいった。
必要とされなければ困る。
悪い子。いやらしい子。浅ましい子。
要らない子。
「どうしてお前は今、身体を差し出すの。」
溜め息混じりに言った雑渡さんの言葉が何一つわからなくて、ただ涙が流れ出る。身体を差し出して受け取ってもらえないこと、それは、この人にとって僕にはそういう価値はないということだ。その事に打ちひしがれて、声が震えてしまう。雑渡さんは細く息を吐いて僕を見る。
「指南をされているんだから、学びを得てね。」
いつもの、ほんの少しだけ鼻にかかった低い声。優しく触れる大きい手は、穏やかで冷静だった。
ひたっと首筋に冷たいものが当たる。視界の外から雑渡さんが拾って、左手で逆手に握ったそれが、僕の首にぴったりと押し当てられている。
硬くて、厚みがあまり無くて、つるんと摩擦がなくて…………
金属?
板?
……短刀?
そう思い描くなり、心臓が硬直した。この人は何を指南するつもりで、僕の
「ここに太い血管があるね。
 お前はそれをわかっている。
 ……よく、萎えないね。
 動揺はしているね。息が止まりそうだ。」
はっ、はっ、と短く息を繋ぐ。
「お前、"理解っている"つもりだったでしょ。"望む通りになる"と思っていたでしょ。」
乱れる呼吸を抑える。
この人の手に、僕の命が握られている。
「それ、運だよ。お前が10代のふにゃふにゃした身体を見せびらかすだけで生き抜けたのは運。お前は日頃の不運で小銭を貯めていて、いざという時に貯めたものを払っているんだろうね。」
張型がゆるゆると角度をつけて抽送される。油でぬめる陶器の質感が、僕の中の胎側をその長さいっぱいに使って掻く。
「頸を折られなくて良かったね。
 殴り倒された先が安全で良かったね。
 そういうの、沢山あるでしょ。」
合わせてきっちりと固定された手のひらが、合掌を保てなくて震える。搔かれるたびに身体がびくびく痙攣する。首は動かせない。鎖骨から上が凍りついたようだった。
「私の、……否、タソガレドキの指南は、ほぼこの通り行うんだよ。」
息が、もう一段細くなる。
命を握られながら、土塊で欲を掻かれながら、熟練者の指南が語られる。
「丸腰で、自由を奪われて、恐怖があって、まず勃つか」
張型を抽送する手が止まる。
「偉い人の閨に潜入なんて、命がいくつあっても足りないからね。その上で、怖くて縮んじゃったから斬られるなんて、やってられないでしょ。」
「どなた、から……行われる んですか」
声を振り絞って問うと、雑渡さんは変わらない穏やかな声色で答えた。
「小頭くらいかな。」
「ざっ と さんも……
「そうだね。私にも若手の頃があるし、小頭の頃もある。」
指南を受けたし、施してきた。この人の忍村には連綿と閨の仕草と胆力を確かめる指南がある。
「学園では、教員からの指南はないの?」
「上級生、から……片手ほど……
「ふぅん……、上級生か。評価に関わったことがあるのかもしれないね。」
評価に、と言われてもピンとこなくて、細く呼吸する。
「大人に優しく手解きされちゃあ、惚れてしまう子供がいそうだもの。土井殿なんか、みんな好きになっちゃいそう。」
雑談のように話してくれる。
これも、指南なのだろうか……
まだ緊張の糸は張り詰めたまま、それなのに、雑渡さんは張型をまたゆるゆると抜き挿しし始める。ちっとも適当さは無くて、僕の息が大きくなるところ、魔羅が跳ねる瞬間、そういう挙動を見て滑らかに抽送する。
僕の性感帯を、この人はもうわかっている。
ぞくぞくと胎一帯が迫り上がる感じがして竿裏が痺れて、ぴゅう、とひと息射精した。呼吸を好き勝手にするのが怖くて、細く、なるべく静かに空気を吸う。
……上手いね。良い子だ。」
まだ、ぴったりと僕の首には冷たくて薄く細い板が当てられている。
「そろそろおしまいにしようか。三数えるよ。」
「な……、三……?」
脈絡のない宣言に、ざわざわと不安が募る。張型の抜き挿しは止まなくて、会陰と竿がぴんぴん痙攣している。
「いち」
「なに、ざっ、 さ あ、ぁぐ」
声が震える。にゅちにゅち粘着質な音を立てて、油でねとねとになった張型が滑らかに僕を犯している。
下半身が性感で莫迦になっている。こんなに不安で堪らないのにまだ汁が流れ出る。
「に」
数え終えたら僕はどうなるんだろう。それまでもう幾許もない。
怖い。
この人は僕を屠ることに利点があるのか。それとも何か知れていけないものに僕が触れて、僕は消えなければならなくなったのか。

怖い、
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

好奇心は猫を殺す。

生き汚い。
浅ましい。

「さん」
一閃、金属板は真横に引ききられた。
びゅる、びゅ、びゅっ、と、どこにあったのか、僕は大量の吐精をした。
内臓がひっくり返りそうに痙攣して、強く食道が跳ねて、胃液を吐いた。

金属板には刃付けがされていなかったようで、僕の首は繋がったまま、胴体と泣き別れにはならなかった。

「よくできました。これでおしまいだよ。」

そう、言われたと思う。
記憶はこの辺りもあやふやで、

この後はもうぷっつりと途切れて、その後から目が覚めるまでに何があったかは、ひとつもわからなかった。




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