慧眼たる炯眼の師

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ウ視点。

最近狩猟失敗が増え、自分は英雄なのに結果が残せていないと嘆き焦るハ♀。

ハンターの狩猟失敗の知らせは、里の教官であり、諜報任務も行う俺の耳にはすぐに届く。

急を要する重要な依頼や、周囲に危害を及ぼしかねない危険度の高いモンスターに関する依頼ならば、そのまま俺が引き継いで完遂することもあるからだ。

狩猟失敗が我が愛弟子であっても、例外はない。

日頃、俺が闘技大会受付として勤めている集会所では、外から里に来たハンターたちの間でまことしやかに噂が囁かれつつあった。

里から災厄を祓った英雄『猛き炎』と呼ばれしハンターだが、ここのところ、英雄らしからぬ失敗が続いている──と。


その言葉がどれほど鋭利に研ぎ澄まされているのか、そんな自覚もなく気軽に吐き捨てているのだろうと思うと、俺の胸中はあまり穏やかではなくなる。

(……愛弟子。……ハンターが負傷した知らせはないから、無事なはずだけれど)

姿が見えないことに、何となく胸騒ぎがして、俺は噂話を振り切るような勢いで集会所を出た。

どんよりと曇って、早めの夜が降りてきたような、灰鼠色はいねずいろの黄昏時。

その中に身を隠すように、たたら場の屋根上の片隅で、愛弟子は膝を抱えて座っていた。
気配を消しているようだが、さざなみのようなそれ・・が、俺にはすぐに分かって見つけることができた。

状況によっては、下より上が効果的な隠密場所になることがあると伝えたのは、教官である俺だ。
この暗澹あんたんたる雲行きの中ならば、人は上を見ないだろう。自分自身の身を守るため、前か足元を見る。雨でも降ってくれば話は別だろうが、今、里を望めるほどに『上』の場所は、絶好の隠れ場所。

(キミは、本当に俺の教えをよく理解して、的確に使いこなしてくれるね)

飲み込みの早さは、狩猟技術においてもそうだ。そんな天賦の才を開花させ、今では里の英雄『猛き炎』と呼ばれ、狩猟に赴くキミのはず。

けれど今、そんなキミからは、ひっく、ひっくとしゃくりあげるような声と共に、鼻をすする音がする。

全ての音に宿るのは、聞いている俺の心も引き裂いていくような深い悔恨かいこんと、漠然としたもやのような憂慮。

隠密任務の時よりも慎重に気配を消して、俺は一旦たたら場の屋根下に立ち、耳をそばだてた。

彼女に怪我は無いようなので、そこには安堵して、俺は時を待った。

やがて、声と音──それらが聞こえなくなり、風がひやりと冷えてきて、キミの装備が微かに擦れた音がした。肩が微かに震えているような音。

(──愛、弟子……! ごめん、やっぱり俺……!)

ひとりになりたい時もあるのは、よく分かっている。

けれど、今の震え方をするキミを、俺は放っておきたくなかった。
愛弟子を想う教官としてだけでなく、キミを誰よりも大切に、愛しく想う者として。

躊躇ためらいなく上へ翔蟲を放ち、風となり、静かに、声をかけるでもなく、俺はキミの隣に座る。

……ウ、ツシ、教官」

膝を抱えたまま、ちらりと横目で俺を見たキミは、表情を隠すように膝の上に顔を伏せた。
俺は景色を眺めたまま、決して彼女のほうを見ない。ただ黙って、隣に座り続ける。

聞こえてくるのは、風の音。

里の桜が揺れ動き、緩やかに、花屑を散らしていく。

「──笑っちゃいますよね……こんなの」

ふとこぼれ落ちたキミの声は、くぐもり、震えていた。
自らをあざけりながら、同時に恐ろしいものを目の当たりにしているような、重なり合う響きを帯びた声。

この胸がずきんと痛むのを感じながら、俺はキミから次の言葉を待つ。

「私……『英雄』なのに。……最近、全然、それらしい功績が残せなくて。結果が、出なくて……
……
「周りのハンターさんたちが、凄腕になって、どんどん立派な結果を出してるのに。私……私、全然……

俺は静かに、目を閉じる。

暗闇の中で響くキミの声の奥にはキミの心の本音が宿り、それには、どろりと澱んだものと、痛みが混じっているような気がした。

──功績?

──英雄なのに? 他の人に比べて……

最初にキミから感じた悔恨に、憂慮に、澱みに、痛みに。その全てに、俺はどこか懐かしささえ感じながら、ゆっくりと目を開く。

曇天の下であっても、たたら場の屋根上から望む郷里の景色は、あまりにも美しい。

……誰よりも立派な……英雄らしい功績を、結果を残せなければ、いけないのかな?」
……当然でしょう? 私は『英雄』になったんです。里長も、ゴコク様も、ハモンさんも、ヒノエさんもミノトさんも、ヨモギちゃんもイオリくんも……あなたも……! 今では里の中でなく、外でも、たくさんの人が、私に期待してくれているんですから……!」
……なるほど。ならば、愛弟子」

俺は静かに立ち上がると、膝を抱えたままの彼女に向き直った。

「英雄など、やめてしまおうか」
…………!?」

驚きからようやく顔を上げてくれたキミは、真っ赤に泣き腫らした目を見開いていた。
俺は意識しながら柔らかに目を細め、優しく微笑みながら、小さく会釈する。

「無責任に祭り上げ、キミを苦しめるようなことを言ってしまって、すまなかった。もう『英雄』として狩猟に臨む必要はない。里のみんなにも、よく言っておくよ」
「ウ、ウツシ、きょう、か……!? ど、どうして、何、言って……!?」

どこか絶望したようなキミの表情に、また、ずきんと胸が痛んだ。
けれど俺は引き下がるわけにはいかない。教官としても、キミを想う者としても。

今こそ、伝えなければならないことがある。

……愛弟子よ。英雄とは、功績とは、結果とは……一体、何だろう?」
「え……?」  
「人々に賞賛されることを為した者が、英雄なのだろうか? 脚光を浴び、他のハンターたちが羨み、目標とするようなものが、功績なのだろうか? ……では、それ以外のものは?」
「それ以外の、もの……?」

食い入るように俺を見つめながら、復唱する形で尋ねてくるキミの瞳からは、驚きの力であろうか。少しずつ、靄が晴れつつある気がした。

「例え話をしようか。モンスターに襲われている村があったとしよう。それを救いに向かったハンターが、二人いた。上位ハンターと、まだ未熟な下位ハンター。二人はモンスターを討伐する者と、村人を逃がす者に分かれ、上位ハンターが必死にモンスターと対峙して討伐している間に、下位ハンターが懸命に行動して、村人を無事に全員逃がすことに成功する。この場合、モンスターを討伐する者には、目につきやすく、とても分かりやすい狩猟結果というものが残った」
……狩猟、結果」

また復唱するように呟いたキミの眉が、一瞬だけひそめられた。思考と心の摩耗を、その痛みを表すような瞬間的なもの。

「この全てが終わった時、モンスターを討伐した上位ハンターは、それを賞賛され、英雄と呼ばれた。村人たちが全員無事な事実は、村が村としてあるべき姿、ある種の『当たり前』とされ、モンスターを狩猟した結果の中に埋もれることになった。……さて愛弟子、質問だ。この場合『功績を残し、結果を出した』のは、モンスターを討伐した上位ハンター? それとも、村人を全員逃がした下位ハンター?」
「両方……です」

躊躇いなく、キミは俺を見つめながら真っ直ぐ答えを告げてくれた。そのことに微かに安堵しながら、俺は小さく息を吐き、小首を傾げてみせる。

「両方。何故そう思うんだい? 結果を人々に賞賛され、英雄となったのはモンスターを討伐した上位ハンターのみで、功績として記録されたのもそれだけだ」
……村人を逃してくれた下位ハンターがいたからこそ、残せた結果だと思います……! 埋もれてしまっても、見ようとしなければ見えないことでも……そこには確かに、為したことが……!」

俺の愛弟子は、とても賢明で優秀な子だ。
自分で説明しながら夢から覚めたように何かに気付き、目をますます見開いて、俺を見つめ続けている。

俺は「そうだね」と答えながら、柔らかに頷いた。

「目につきやすい賞賛の影に隠れ、見えなくなることであったとしても……二人は『今の自分にできること』を、全力で為したんだ」
「──今の、自分に、できること…………いま、の」

自分自身の中に改めて刻み込み、理解するように更に復唱するキミへ、俺はしっかりと頷いた。

「二人が『為し遂げた事実』に、後からついてきたのが『英雄』という呼び名だ。『英雄』という札があろうとなかろうと、できること、すべきことに、変わりはないはずだろう?」

諭すように告げながら、俺はキミの前に膝をつき、目線を合わせた。瞳の奥には、澄み渡った小さな炎が揺れているような気がする。

「──愛弟子よ。キミは、どうしてハンターに、俺に弟子入りを決めたんだい?」

俺の言の葉を包むように、風が吹き抜ける。

キミの髪が、里の桜が、煙突の煙が風に揺れた刹那、キミは片手をきゅっと握り込み、強く強く目を瞑った。目頭から微かに、涙が溢れ落ちそうになっているのが見える。

……強く、なりたかったから……! 少しでも、みんなの、力に……! だ、から……だから、私……わた、し……!」
「がむしゃらに、今の自分の成せることを、信念にもとづいて成してきたよね。それを積み重ねて、力をつけ……キミはついに、里の災厄を退けた。里を救ったんだ、紛れもない事実だろう? それについてきたものが『英雄』だよね」

片手を握り込み、目を固く瞑ったまま、キミは、こくんと頷いた。頷きながら、微かに震える唇をゆっくりと動かしていく。
     
「わ……たし……! わ、たしは……見やすいものしか、見えていなかった……『英雄』に、なろうと、してしまった……! 逆……ですよね……!」
……なろうとしなくて、いいんだ。英雄であらんがために、やることを無理に選ぶ必要なんてない。見えやすい賞賛や、結果を求める必要もない。ハンターになろうと決意した時と変わらず……今まで通り、信念の基に、自分にやれることを、ひたむきに積み重ねていくだけいい」
「──教、官……!」

はらはらと、キミの固く瞑られたままの双眸から、涙が溢れ流れていく。

ひたむきに、積み重ねること。
言うはやすし、それを行うのが艱難辛苦かんなんしんくいばらの道であることは、実体験からも俺はよく分かっている。

だからこそ、改めて伝えたいと思った。

目につきやすい賞賛、分かりやすい結果、功績、それらは心地好く、強い魔性の魅力を持っている。
一度ひとたびそれに心を奪われれば、それが欲しくてたまらなくなってしまう。
むしろ『それ』が『なければならない』のだと履き違えて、目が曇る。

そんな恐るべき魅力に溢れる場所に居ても、為したことが人目につかず、埋もれてしまったとしても、真面目に真摯に積み重ね続けんとする人もいる。
だが、そんな人の心に、その魔性の魅力は、時に毒を孕んだ刃のように深く食い込み、承認欲求にも似たものでむしばんでくることを、俺は知っていた。

「──ウツシ教官」

いつの間にか、キミは目を開いていた。

潤んだ双眸に俺を滲み映しつつ、それをはふわりと穏やかに細める笑顔の中には、悔恨や憂慮、自嘲は、一切ない。

……ごめん、なさい……! 私……自分の苦しみを、みんなのせいみたいに言いました……! 英雄と呼んでくれた、みんなのせいに……!」
「謝らないで。……キミは、とても誠実な子だ。だから俺たちに応えようとしてくれたんだろう?」
……ごめんなさい……! 私……私、すっかり、一番大切な初心を、忘れて……!」

泣きながら、キミは俺に何度も頭を下げる。やはりキミはとても誠実で、強い子だ。俺はその頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。葛藤して苦しみ、涙まで流した健気な心を労りたくて。

……愛弟子。時の流れで、人は変わる。やれること、できることは、変わっていく。いつか村人を逃していた下位ハンターが力をつけ、モンスター討伐側に回るかもしれないようにね」
「教官になった上位ハンターから、そのモンスターのことを、教わったりして……?」
「ふふ、そうだね、その通り。見やすい功績、聞こえやすい賞賛は人の心を惑わせ、自分が積み重ねていることを無価値なものに思わせる時があるけれど……不安になったり卑屈になったりする必要は、一切ない」

曇天の下で、やっと、キミが小さく笑ってくれた。

呪縛から解き放たれたように、キミの瞳の奥の炎が大きくなった気がする。まだキミの双眸は腫れているけれど、俺を見つめる眼差しは、凛と澄み渡っていた。

「──ウツシ教官。……私、明日から……また、頑張ります……!」
「うん! 応援しているよ! 俺に手伝えることがあるなら、いつでも言ってほしい!」
……。あなたが、居てくれるから……あなたが……私を……
「ん? なぁに?」
「いえ──何でもありません」

どこか申し訳なさそうに、けれど、キミはとても清々しく笑ってくれた。
その笑顔は、葛藤から解き放たれ、痛みと苦悩を学び、ますます大きく、強く、優しくなった英雄の笑顔。

俺をも照らさんとするような、爽やかで優しき炎。
その炎に触れる度、俺の心も改めて定まる。

失敗した狩猟や任務を人知れず完遂する中、人目に触れることも賞賛されることもほとんどなくなったが、俺だからこそできることを、俺の信念の基、ひたむきに続けたい。

キミを想い、キミを守り、キミを支えることは、その中で、最も重きを置いている大切なこと。

英雄として強者たちの輪の中に飛び込み、華やかな世界に身を置き続けることは、誉れ高く、同時に危ういことでもある。

その世界の見やすさ、眩しさゆえに、目が眩み、視野が狭まることもあるだろう。
眩いものに、囚われがちになってしまうこともある。その影で健気に積み重ね、光を光たらしめんと努める者の存在が見えなくて、忘れてしまうことも。

(……でも、キミは……きっと、もう大丈夫)

俺が微笑むと、キミもまた、微笑んでくれた。

キミは光と影の両方を照らすことができる、優しき至誠と慈愛に満ちた『猛き炎』。

この炎はきっと、これからも数多の存在を、数多の形で救うだろうと、そう確信できた。

「明日の狩猟は? 何か依頼は受けてるのかい?」
「明日は……周辺地域と、商人さんのルートの安全確保で、大社跡のオオナズチの狩猟予定です」
「そうなんだね。……古龍じゃないか、気を付けるんだよ?」
「はい! もう……もう、大丈夫です。私……

胸の前で片手を握ったキミの瞳には、いつしか、分厚い曇天を割いた、眩い斜陽が光芒こうぼうを描きながら宿っていて。

「私は、私。あなたのおかげで強くなれたから……今まで通り、頑張ります!」
「待っているよ。必ず……必ず、無事に帰っておいで」
「はい!」

赤橙色あかだいだいいろの斜陽が、宵闇を払わんとするように、眩い黄昏時を再来させる。
燃え上がるような光に照らされながら、俺もキミも並んで座り直し、目に焼き付けるように愛する郷里の全景を。

その最中、俺は密かに、いまだ想いを伝えられない愛しいキミの横顔を、キミの影で、時間が許す限り、ずっと見つめていた。

@acadine