千草莱
2025-04-15 22:21:47
4886文字
Public 弟子バロ
 

【大逆転裁判】ときめきティータイム 現パロ

猫たちの導きで恋人となった二人の、ちょっとした後日談。着物で茶席に参加するお話。猫たちの出番ほぼないです。

猫様のお導き
ベストプレイス
この続きの話です。

 バロック・バンジークスにとって日々のお茶の時間は大切なものである。
仕事柄、不規則になりがちな生活の中で意識的に休息と気分転換の
時間を設けることは身心の健康のためにもいい。
そしてそんな時間には、香り高い紅茶が欠かせない……と思うのは
イギリスで生まれ育ったからだろうか。

その日の気分で選んだ紅茶と、ちょっとつまめる程度のお菓子。
大層なルールもマナーもない。
にゃんじーくすに猫用スープをお出しすれば、ふたりだけの
小さな茶会の始まり。

いつしかそこに、元気な子猫と青年が加わりずいぶん賑やかな時間となった。
“ちょっとつまめる程度のお菓子”と“猫用スープ”では
腹がおさまらない食べ盛りたちのために、テーブルの上も賑やかになった。



 ある日、実家に寄った一真が重箱を一段抱えて帰ってきた。

「今日のお茶にはそれを食べてくれ」

そう言われて、バロックが蓋を開けると花をかたどった練り切りが並んでいる。
(一緒に中を覗き込んだにゃめんは、がっかりした顔でテーブルを降りた)

「寿沙都が和菓子教室で作って来たもののおすそ分けだ。
 最近ハマっているらしい」

「とても綺麗だ。スサトサンは器用だな」

寿紗都とは、一真の父、玄真の旧友である御琴羽悠仁の娘だ。
一真とは幼い頃から家族ぐるみの付き合いがある。
バロックは以前、一真からの紹介で御琴羽家の蔵書を資料として
頼ったことがあり、親子ともども面識があった。


バロックが感嘆する通り、並んだ練り切りはひとつひとつ丁寧に
形が仕上げられており、パッと見ただけでは売っているものと遜色ない。
この美しい菓子に合わせるお茶は何がいいだろう。
繊細な甘さを消さないような味のものがいいか、最近買った和紅茶もある……
楽しく悩んで選んだお茶を淹れて、お菓子を小皿に取り分ける。
菓子の愛らしさに、食べるのがもったいないと眺めているバロックを横に
一真は無造作に手でつかむと二口ほどでむしゃりと食べてしまった。
驚いたバロックの、やや咎めるような視線を感じて一真はむっとする。

「綺麗だが、菓子は菓子だろ」

……君は時折、とてもガサ……いや、大胆だな」

ガサツという言葉はさすがに気を悪くするかも、と飲み込んだが
カズマは特に気にした様子もなく二つ目に手を伸ばした。





「茶会に興味はあるか?」

リビングにかけられたカレンダーを見ながら、一真がバロックに問う。
一真の母は茶道教室を開いており、時折茶席を設ける。
生徒の腕前を披露する場なので、招く人も生徒の家族や友人がほとんど。
あまり気を張らない会である。
一真は普段、教室に顔を出すとマダムたちから可愛がられるのが面倒で、
あまり近寄らないようにしているが、男手が必要な場面では手伝いを頼まれる。
今回もそれで声がかかった。
バロックとの同棲を始めてから、母には猫たちの世話を助けてもらったりして
いるので恩返しがてら参加するつもりだ。

「とても興味はあるが、作法に詳しくなくても大丈夫なのだろうか」

「そんなに堅苦しいものではない。母もぜひ参加してほしいと言っていた。
 男の参加者は少ないからな」

「そうか。ならば参加したい」

バロックが環境を変えるために日本にきたのは、兄・クリムトの取引先のひとつが
日本にあり住環境を整えるのに便利だったからだが、元々彼自身が日本に興味を持っていた、
という理由もある。
幼い頃に見た古い日本映画がなぜか強く心に残り、趣味として言葉や文化を学んできた。
そのため、亜双義家が古い武家屋敷に住んでいて、父が剣道、母が茶道や華道に通じていたことは
バロックにとってとても嬉しいことだった。
日本流のティーパーティがどんなものか、知らない世界に心が躍る。

「母に伝えておく。作法に困ったら俺の真似をすればいい。楽しむことが大事だからな」




 茶会当日。
準備を手伝うため早めに会場についた二人は、控室として使われる部屋に通される。
一真の母が嬉しそうに微笑んで待っていた。二人を招き入れると、傍らの風呂敷包みを開く。
中からは、落ち着いた鼠色の着物が一式。

「バロックさんに合わせて仕立てたの。似合うと思うわ」

「私のために?」

驚くバロックの隣で、一真はにやにやとしている。母に寸法を教え、色の提案をしたのは
他でもない彼である。以前、玄真の着物を着せた時にとても喜んでいたので、ちゃんと
彼に合わせたものを仕立てたい、という話を母としていたのだ。

「さあ、着付けは任せて。貴方は設営準備をお願いね」

母に促されて一真は部屋から出される。着物姿を見れるのはもう少し後のようだ。



 開始時間となり、茶室で一真とバロックは顔を合わせた。
一真は準備を終えた後に袴姿に着替えていた。和装に慣れているので振る舞いは自然、
鍛えられた体幹のおかげもあるのか、姿勢の美しさが際立つ。
客をもてなす笑みを浮かべた姿はどこぞの御曹司といった風情だ。
いつもの動きやすさ重視の服装との違いに、バロックは胸がときめくのを感じた。

一真も茶室に入ってきたバロックを一目見た瞬間、感動すら覚えた。
彼の淡いすみれ色がかった髪に合わせて選んだ着物の色は想像以上に似合っている。
身体の厚みや腰の位置を考え、一番綺麗に見える着付けをしてくれた母の手腕に感謝だ。
ただでさえ目立つ風体に、漂う品格、ふさわしく誂えられた着物が相まって
注目の的となるのは当然だった。

作法に困ったら俺の真似をすればいい、という一真の言葉に偽りはなかった。
茶を点てる時も、飲む時も迷いなく流れるようにこなしている。
出された菓子も当然手づかみなどするはずがなく、黒文字をつかい恭しく口に運ぶ。
その姿に見惚れているのはバロックだけではない。
生徒や客人の多くも、上品な青年の美しい所作にうっとりとしていた。
羨望の眼差しを集める青年が、自分の恋人であることに優越感を抱くことをお許し願いたい。
バロックは心の中で誰ともなしに許しを請うていた。

事前に学んでおいた知識と、一真の所作を手本にしてバロックは懐石や菓子、茶を頂いた。
茶道は初心者ではあるが、洗練された所作は身についている。
長く美しい指が茶碗や懐紙、黒文字を操る様はいくらでも見ていられるほど優雅だ。
茶の種類は違えど、もてなす気持ちや、周りを気遣うためのマナーは通じるものがある。
そう感じられたことはバロックにとって収穫だった。
いまだ人との交流は苦手なため、周囲の客人と話はほとんどできていないが、
笑みを向ける程度には心に余裕ができている。一真が傍にいることが安心感につながっているようだ。

黙って真顔でいると少し怖く、冷たさを感じさせるバロックだが、その分ほほ笑んだ時の威力は強い。
笑みを向けられた人の多くが頬を赤らめていることに当人は気付いていないが、一真は見逃さなかった。
茶室の中でそこだけ空気が違うような品をまとうその人が、自分の前では気を緩め、
時に甘えることすらあるのだと言って回りたい衝動をぐっとこらえた。


 点前の後、自由な歓談の時間となった。一真とバロックは茶室から出て庭を散策する。
あまりに絵になる二人の姿に、どちらかに話しかける気だった者も遠巻きに眺めるばかり。

「一真様、バロック様、お着物とてもお似合いです!」

明るく声をかけてきたのは寿紗都だった。
彼女は茶道教室の生徒であり、今日ももてなす側として参加している。

「ありがとう。先日貴女の作った和菓子を頂きました。とても美しくて、美味しかったです」

すこし照れくさそうにしながら、バロックが答える。その言葉に寿紗都は喜んだ。
一真とバロックの関係を、彼女は知っている。二人がともに暮らしていることも。
兄のように慕い、尊敬する一真が幸せそうにしている様子を見ていると自分も嬉しくなってくる。
寿紗都にとって恋愛はまだ強く興味をひかれるものではないが
こんな風に思い合える人と出会えるのならば素敵なものだろう、と思う。


「お二人の写真、お撮りしてもよろしいですか?」

懐からスマホを取り出し、尋ねる。二人並んだ写真を撮る機会はあまりないので是非にと頼むと、
寿紗都は立ち位置や体の角度をあれこれ指示して何枚も撮影してくれた。
後で送りますね、と言って軽やかに立ち去る姿が栗鼠のようで可愛らしい。


 再び二人になり、また少し庭を歩く。池の縁に立って水面をのぞき込めば
鮮やかな鯉を透かして並んだ姿が映っている。
バロックの鼠色の着物に対し、一真はやや青みがかった濃い緑色の着物に、灰色の縞模様の袴だ。
玄真の着物の中から、バロックと並んだ時に映えるようなものを悩みぬいて選んだ。
和装だと少しは大人っぽく見えるのか、隣に立ってもいつもより落ち着いた二人に見える。

そよ風に一真の黒髪がなびき、艶やかに輝く。手を掲げて空を見上げれば
垂れる袖が横顔の形のよさを浮かび上がらせる。
佇まいが見事に庭の景観と調和して、まるで一幅の掛け軸のようだ。
この瑞々しい美しさを永遠にとどめておきたい。
自分が絵師であれば筆をとったのに。バロックは己の絵心のなさを悔やんだ。


池に映る姿を眺めながら歩けば、水面を反射する光がバロックの顔を撫でる。
眩しさに目を細め、浮かべた笑みは柔らかだ。
狭い茶室から解き放たれた、明るい日差しの屋外で見るその姿は
堂々としながらも繊細な気品がある。
風に翻る袖をそっと押さえる仕草や、裾を気にして狭い歩幅で歩く様が
しとやかな色気となって漂う。
いつも傍にいるはずなのに、あらたに恋をしたかのように一真の胸が高鳴った。


「言いそびれたが、本当によく似合っている。その色にしてよかった。」

「ありがとう。君もよく似合っている。作法も美しくて……見惚れてしまった」

バロックは恥ずかしそうに一真に耳打ちする。そのいじらしさに、
抱きしめたい気持ちが沸き上がるが人目があるので我慢した。
下ろした視線の先、バロックの履く足袋の白さが目に刺さる。
裾との隙間からわずかにのぞく肌が艶めかしい。


ここは格式ある社交の場。不埒なことは考えてはいけない。
茶の席とはずいぶん忍耐が試されるものらしい。
葛藤する一真をよそに、バロックは穏やかな顔でこの時間を堪能していた。



 お開きの時間となり、客人を見送り会場の片づけをする。
頼まれた作業を終えた一真は、空き部屋で待っていたバロックと合流する。
二人とも、すでに着物から着替えており見慣れた姿だ。

「楽しかったか?」

「とても楽しかった。日本のお茶の時間もよいものだな」

誘ってよかった、と笑いながら連れ立って会場を後にする。
亜双義家に預けてきた猫達を迎えに行かねばならない。
(母も不在のため玄真に世話をお願いした)


「途中でラーメンでも食べていかないか?懐石は食った気がしないんだ」

先ほどまでの、上品な御曹司のような姿と、この元気で食いしん坊な姿。
どちらも一真であり、それぞれの魅力にあふれている。
まだ知らない姿があるのだろうか。
これからまだどれだけ好きになるのだろう。バロックの胸は再びときめいた。



 後日、寿紗都から届いた写真の枚数に二人はおののくこととなる。
一番気に入ったものを現像して額に入れると、なんだか特別な式に参列した記念のようだ。
いつか二人にとっての特別な式をあげられたら……
恋人となって同棲を始めたばかりではあるが、きっと叶えてみせる。
一真は写真を見ながら覚悟を決めた。

-完-

おまけの落書き 一真の着物の色は海松藍のイメージ
猫達は玄真が独りで寂しそうだと思ってずっと構ってあげてたので、かえりはお疲れな顔をしていた。