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蟹
2025-04-14 08:29:43
8527文字
Public
二次創作:全般
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モルランBL創作の冒頭
・非公式二次創作 凶街モルテと猫星ランデの設定に個人の解釈や捏造を含む
・書きかけ 続くかもしれないし続かないかもしれない
・BLです。今後もっと直接的な恋愛・性表現を含む可能性がある(5/19現在はそこまでではない)
・モルテがうっすらキモい(?!)
・名無しのオリキャラ未満モブ以上みたいな人間が複数出てくる
1
2
「おいランデ
……
なんだその味気ないラーメンは。ここのはなぁ、胡椒とごま油を1:2で入れると美味いんだぞ?」
「流石〜知らなかった〜すごいね〜センスあるね〜ソイソース」
「適当!!」
薄曇りの平日午後、街角のラーメン屋の一角は俄かに騒がしい。近くの駅で働く猫星ランデが一人昼食をとっていたところに、凶街モルテという青年が居合わせたのだ。カウンター席の隣にわざわざ座って絡んでくるモルテに目もくれず、ランデはマイペースに醤油ラーメンを食べ進める。
「またあの二人っすね〜」
と、長い髪を真新しいバンダナに包んだ店員が呆れたように呟いた。「ねぇ店長?」と横目で声をかけると、スキンヘッドの店長は寸胴鍋から茹でた麺を取り出しながら、二人の方をじっと見た。
「まぁ、うるさい以外はただの常連だからな
……
」
そしてすぐに、寸胴鍋に意識を戻す。
噂されていることも露知らず、ランデは翠の瞳を持つ端正な顔立ちで薄っすら微笑む。
「僕はうどん派ですけど、ここのラーメンはいいですよね。麺の茹で具合もスープも
……
こんなに美味しいもの、初手味変で食べるなんてもったいないですよ〜」
「キーッ!何度も通って研究した配合なのにぃ!」
いついかなる時も崩れぬランデのさわやかな笑みに、モルテはどこかからハンカチを取り出し噛んで悔しがった。長い前髪と奇妙なファッションによる黙っていればミステリアス
……
という良さを変顔(口元だけ)で全て台無しにしている。
「そうだ!俺のラーメン来たらさぁ、ちょっとだけ分けてやってもいいぜ。そしたらお前でも俺アレンジの良さがわかるだろ!」
「すいませんが、これ食べたらすぐ仕事に戻らないといけないので
……
」
「えぇ〜、一口くらい大丈夫だろ〜?」
「駅員にサボってる暇はないんですよ。どこぞの死去済無職にはわからないでしょうけど」
「うるせぇ!!!!!!」
「うわうるさっ
……
」
"亡霊"と"人になれるねこ"の喧嘩はやかましいが、ただのじゃれあいに過ぎないと、この場の誰もが認識していた。
そして、ランデは最後に残した味玉をつるんと口にして、出汁の味を満足そうに味わった。
「ごちそうさまでした!それじゃあ僕はこれで
……
」
「ちっ
……
別れの挨拶もなしかよ」
「大袈裟ですね
……
」
結局今日もモルテは言い負かされ、愛想笑いで立ち去ろうとするランデを睨みつけることしかできなかった。
「ふん、
……
」
だからか、このときモルテに、いたずら心が芽生えた。
ランデが席を立った瞬間。
「わっ!」
「っ!?」
モルテが大声を出した、その拍子にランデは一瞬驚き、足をもつれさせ、店内の床に尻餅をついた。
「へへっ、ざまぁ
——
あっ」
と、モルテが嘲笑おうとした矢先、席を立ち上がった勢いで、バランスを崩す。
「うわっ、と、おわーっ!?」
モルテの体が傾いて、ランデに向かって倒れ込んで
——
ドスッ!
「
……
おっ
……
とぉ〜〜
……
」
モルテの右腕
——
黒い骨が剥き出しになった手のひらが、ランデの肩をぎゅうぅと押し込んで、床に縫い付けている。
尻餅をついていたランデは、急に倒れ込んだモルテに押し倒されていた。モルテの体が店内の照明を遮って、長い前髪がカーテンのように垂れ下がる。
「あー、大丈夫か?」
流石にこれはやりすぎたな
……
という態度で、モルテはランデの顔を見た。
目と目が合った、その瞬間。
こちらを見つめる、翠の瞳が揺れた。
「フシャー!!」
「おおっと!」
その揺らぎは一瞬で、ランデの姿はパッと"ねこ"に早変わり。
「うにゃああぁ
……
!」
あっという間に店の角に逃げ込んで、ただのねこになったランデは耳を伏せて薄茶色の毛並みを逆立てて威嚇している。
「おいおい、なにやってんだ
……
」
「大丈夫っすかー?」
店主と店員の呼びかけで、店内に設置されたテレビの音や客の談笑が耳に戻る。
「あーい、すんませんね」
モルテは身を起こし、適当に謝る。ランデはモルテを睨んでいたが、パッと人の姿に戻って、周囲に向かって軽く頭を下げた。
モルテは、そんなランデをじっと見て、一歩近づく。
「お前、怖かったのか?」
唐突な言葉に、ランデがモルテの方を見た。
「は?」
ランデは眉間に皺を寄せ、低い声を漏らす。
「僕が
……
あの程度で怖がるわけ、ない」
しかし、視線はモルテから逸らしたまま。
店員にもう一度、すいませんと会釈してランデは店を出る。おい!というモルテの呼びかけに振り向くことはなかった。
「
……
」
モルテの視線は遠ざかるランデの背を捉えたままに、ついさっき直視した翠が脳裏に思い浮かぶ。
(
……
いや、あれは確かに怯えていた)
驚くと猫になって逃げ出すのはランデの癖だった。ただ、その直前にランデが見せた、あの見開いた目、強張った顔つき。どれも"喰われる直前の"人間の表情にとてもよく似ていた。
「
…………
」
モルテは、自身の右手をじっと見る。
肩の先から丸ごと骨が剥き出しで、煤けたように黒く染まる、"人喰い亡霊らしい"手のひら。ランデの体をぎゅっと押さえつけた、悍ましい手のひら。
(
……
この手で引き摺り出したんだ。俺が、あいつの
……
恐怖を
……
)
瞬間、モルテの中で黒い何かが弾ける。
「
……
はは」
弾けたそれは、暗くまとわりつくような笑みになって表れた。
(そうか。こうすりゃよかったんだ。これなら、いけすかねぇあいつに"勝てる")
そう思うと、とっくに死んだはずの冷え切った身体が、じわじわと熱くなる気がした。無意識のうちに身震いすらしてしまう。
もしかしたら、これは人を喰らうよりも
——
「
——
あの、冷めましたよ?」
人喰い(であることを店員の彼女は知らないが)の客にも遠慮なく声をかける店員。その手元には、伸びきった醤油ラーメン。
「あっやべ!おのれ猫星
……
!」
責任転嫁だろ
……
と店主と店員は揃って呆れていた。
***
よく晴れた日だった。
街には老若男女多種多様な人間が行き交い、音も匂いも誰かの日常も、目まぐるしく交錯する。
その隙間を縫うように、亡霊という非日常は存在し続ける。
凶街モルテはわずかに陽の光が届く薄寒い路地裏にて、紙袋を抱えてフラフラ歩いていた。有名なファーストフードチェーンのロゴが印字されたそれに手を突っ込み
——
"生肉"を取り出した。
「
……
」
人喰い亡霊の凶街モルテは、淡々と肉を喰らう。モルテにとってはそれは作業で、生き長らえるためだけの行為だった。
「
…………
ふぅ」
だが、安価なチーズハンバーガーも、見知らぬ人間も、底なしの食欲を満たし得る食べ物であることには変わりなかった。
そうした食事作業の中、ふとモルテの脳内にランデの顔が思い浮かぶ。
途端、無表情だったモルテの顔に不満の色が現れ、血のついた唇がへの字に歪んだ。
ランデとはそこそこ長い付き合いだが、直接対面すると決まって喧嘩ばかりだ。それは出会った当初からそんな感じで、今日まで距離感は大して変わらない。
強いていうなら"ただの悪友"だった。
(思えばあいつには、いつもバカにされてきたからなぁ
……
)
飯の好みが合わないだけでも癪に触るのに、モルテがランデの前で何かするたびに平然としているのが尚更気に食わなかった。人当たりの良さも大人な対応も、ランデの全てがこちらを煽っているように思えてしかたなかった。
(
……
また、あの目だ)
図らずもあのラーメン屋で肉体的にも精神的にも一歩近づいて以来、思い浮かべるランデの顔は、決まってあの恐怖に満ちた目つき。
今になって思うと、その後の『怖がるわけない』と言ったときの態度も初めて見る表情だった。余裕がないのを隠したいがための、か弱い人間特有の怒り方。
それらを思い浮かべると
……
胸がすくような、逆に苛立つような
……
どうにも不思議な心地だった。
「
……
やっぱもういっぺん、あのツラ拝みてぇよな
……
」
思わずこぼれた独り言。それに対し、ヤベー思考だと自嘲する。
それでも、一度その発想に至ると妄想が膨らんで仕方ない。
もしもランデの胸ぐらを掴んだら、もっと怯えて強がりも言えなくなるだろうか。ナイフを突きつけたら?『許してください凶街モルテ様!』なんて命乞いをするか、いや、まだそこまでじゃないか。ならば究極的には
——
「喰う、か?」
そして、手元に視線が落ちる。自身の骨の指先がつまむ、肉のついた指。
「
……
いやいや、こんな、楽しんで喰うとか
……
変態じゃあるまいし。いくらあいつがムカつくからって、そこまでしたいわけじゃないし
……
」
——
でも。
"つまみ食い"するように少しずつ怖がらせて、傷が癒えるのを待って、それを繰り返したなら。
モルテは小骨を紙袋の中に突っ込み、くしゃくしゃ丸めた。
口の中にはまだ血肉の味と匂いが残っている。はぁ、と澱みを吐き出すように、ため息をつく。
「
……
勝ちてぇなぁ」
静かに口にすると、意思ははっきりと形になる。お世辞にも計算高いとはいえないモルテだが、今は知能犯のように、これからするべきことを考え抜き道筋を立てる。
全ては、猫星ランデを恐怖で支配するために。
***
いつも通り、駅は利用客で賑わっている。
最寄りの高校に通う学生、どこかの仕事場へと向かう社会人。
その傍で駅員たちは忙しなく職務を全うしている。クリーム色の制服に袖を通し、帽子を被る。点検や清掃に奔走し、ときには利用客に案内をする。
「はぁ
……
」
ただ一人、猫星ランデだけが浮かない顔をしていた。
「猫星ー、どうした?そんなんじゃまたアイツにどやされんぞ」
「だっ、大丈夫ですっ!だから縁起でもないこと言わないでください
……
」
揶揄うように笑いながら「しんどかったら早く言いな?」と声をかけた短髪の同僚は、改札口の方に移動する。ホームに一人残されたランデは、俯いてまたため息をこぼす。
具合が悪いわけでも、仕事がキツいわけでもない。
「
……
なんで、怖いなんて
……
」
思い浮かぶのはやはりラーメン屋での、あの一件。
痛みと共に身体に食い込んだ、異形の骨の手。やたら長い前髪が作るカーテンの陰の奥で、垣間見た眼光。
本能的に猫になったあの瞬間、今になってモルテが"人喰い亡霊"であることを思い出し、『怖かったのか?』と平然と聞いてきた瞬間には、モルテのことが得体の知れない化け物に見えかけた。
……
それに、自分だって"人"であるなら、モルテにとっては
——
「
——
っ!」
電車の発進音が耳をつんざく。
音の余韻が響く中、ランデは胸元の黄色いリボンをぎゅっと握り込んだ。
「
……
なんで」
凶街モルテは本来人間に仇なす存在だと、知っているつもりでいた。なのに、今、胸の奥が重く痛む。
それがどういう感情なのか、ランデ自身にも今はわからない。
「
……
あ〜〜、もう!もっと直接的な現場ならともかくさぁ
……
あんなしょうもないイタズラでビビるとか
……
なさけなっ
……
」
吐き捨て、気を取りなおすように駅員帽子を被り直した。
「そもそも、モルテなんか怖がる必要ないでしょ、あんなボンクラ
……
酔っ払いとか奥さんと喧嘩した後のクソ上司の方が怖いっての。そうだよ、僕がモルテなんかに
……
」
「なんかってなんだ!ひどいな!」
「シャーー!!!!!」
ランデはまた、ねこになって威嚇した。それでも神出鬼没の亡霊はなんでもないようにヘラヘラ笑っている。
「おう猫ちゃん!やんのか?やんのか?」
モルテが下手くそなファイティングポーズをとって煽ると、ランデは猫のくせにため息をつく仕草をする。
人間に戻ったランデは目を逸らしたまま、またため息をついた。
「全く
……
急に駅に現れるなって何度言えば
……
どうせ切符も買ってないんでしょう」
「そりゃ用があんのは電車じゃなくてお前だからな。SNSのリプライも返さねぇし心配してたんだぜ?」
「どうせクソリプでしょ
……
用ってなんですか。さっさと済ませてください」
「はは、
……
」
会話に間が空いて、思わず横目でモルテを見る。
いつも通り怪しい風貌の亡霊は、珍しくニヤニヤした笑顔を抑えて真剣な顔をしていた。
「この前の、あの、ラーメン屋のあれ
……
悪かったな」
「
……
え?」
ランデの目が、わずかに見開かれる。
「え、モルテが真面目な顔して真面目なこと言うことあるんだ」
「おい馬鹿にしくさるな」
「いや、だって
……
珍しいですよね。モルテが謝るなんて」
ランデは様子を伺う。モルテの言葉や態度はいつもより柔らかい。
だからこそ、怪しい。
「俺だって悪いと思えば謝るよ。それともこれじゃ不満か?」
「不満っていうか
……
」
なんで?とは思う。そりゃ謝罪はいいことだが、"人喰い亡霊"のモルテがあんな些細なことで謝りに来るのか?何か裏が?でもこいつはそんなこと考えるようなやつじゃ
……
そんな思考が渦巻いて、ランデはモルテをじっと観る。
「
……
」
相変わらず奇抜な格好
……
でも、真面目な顔をしているとごく普通の青年にも見える。長い前髪で目が隠れているのに、なぜか、視線をこちらに真っ直ぐ向けているのがわかった。
「
……
まぁ、いいけど」
思わず、そんな言葉がランデの口から溢れる。すると、モルテはニカッと笑った。
「やったー!流石ランデ、話のわかるやつだぜ!」
「ちょっと!やめてよ
……
」
バシバシ肩を叩くモルテを振り払って、ランデは立ち去ろうとした。
「それじゃあお詫びの印に〜、"これ"一緒にいかね?」
「えっ?」
ランデの目の前にニュッと差し出されたのは、一枚のチラシ。嫌でも目に入った文字を思わず読み上げた。
「
……
フードフェス?」
「そ。これ昨日も行ったけど楽しかったからさぁ、お前もどう?明日休みだろ?」
「なんでシフト把握してんですか気持ち悪いな」
「亡霊だから盗み聞きもよゆーう!」
「最悪だ
……
」
軽蔑しながらも、視線はチラシに留まる。美味しそうな軽食や肉料理の写真が踊り、ビールやジュースを手にした人々のイラストは楽しそうだ。それに、会場は割と近い。
「どうだ?いいだろこれ」
モルテは、明るい笑顔をランデに向けた。
「
…………
」
ランデの顔には迷いが浮かぶ。
(こいつは人喰い亡霊だ)
そんなことはわかっているし、ラーメン屋で起きたことも、不本意ながら怯えた気持ちも忘れていない。
でも。
食べることと楽しいことが好きな部分もまたモルテなんだと、それを疑う気持ちは不思議と湧いてこなかった。
***
日が暮れて空が薄暗くなっても外は暖かった。初夏の会場を包み込む熱気の中で、客たちはめいめいにフードフェスを楽しんでいた。
所狭しと並ぶ屋台はそれぞれ多種多様な料理の出来上がる匂いで満ちていて、喧騒の最中遠くのステージで鳴り響く音楽が聴こえる。
「ちょっと、買いすぎじゃないですか?帽子にまでご飯乗っけることないでしょ
……
」
「いやいや、お前もいるんだからこれくらいすぐ無くなるって!空いてる席どこかな〜」
「あーほら、こっち空きましたよ!落とさないでくださいね?!」
カジュアルな私服に身を包んだランデは、人混みを縫ってテントの下のテーブルに着く。その後をモルテが、両手いっぱいに料理とお酒を持ち、帽子にまでプラスチックの惣菜パックを乗せてフラフラ歩いていた。
「よーし、食うぞ食うぞ〜」
「ちょっ、ワインボトルなんてどこで
……
!?」
「買い取った!」
「お金の出どころどこですか
……
?」
あっという間にテーブルの上は一杯になった。ランデがモルテにあげた(たかられた)2000円はとっくに消え去ったようだ。
「いただきます!!!はふっ
……
うわうま
……
この唐揚げうま
……
こんなん俺好きに決まってるだろ
……
このなんか、もちもちしたやつに色々挟んだやつも美味いな〜、チャーハンも美味いしビールも美味い、やっば、語彙が死ぬ
……
」
「いつもそんな騒ぎながら食べてるんですか?」
「お前に聞かせてやってんだ俺の食レポを!どうだ、うどん以外にも美味いものはあるんだぞ!」
「余計なお世話です」
そう言うランデも割り箸を進め、モルテの買ってきた温かい麺料理を味わう。あっさりしたスープともちもちした麺、鳥肉とパクチーが織りなす風味に、ランデは目を細める。
「
……
まぁ、こういうのも、たまにはいいですよね」
「だろ?さぁさぁ食った食った!これも奢りだ!」
「こら勝手に注ぐな!僕、ワイン酔いやすいんですよ
……
」
「いーじゃん今日くらい!この俺が初めてお前を誘ってやったんだからな!」
「
……
そういえばそうだ。いつも一方的に押しかけてくるから
……
」
「構ってやってんだよ」
「だから余計なお世話ですって!」
軽口の応酬に流されるままコップを押し付けられ、ランデは渋々口をつけた。
それから二人は談笑しながら料理と酒を口にしていった。
「こら、箸を突き刺さして食べない!」
「うぇ〜、母ちゃん(概念)かよぉ」
叱られようがおちゃらけるモルテ。悪意のなさにランデも毒気を抜かれて、仕方ないな
……
というように笑った。
(やっぱりモルテって、こういうやつだよな)
そんなことを思いつつ、ランデもワインやビールを呑んでそれなりに楽しそうだった。
だが。
「そんでなぁ、あの肉屋の犬が俺にめっちゃ吠えてくるからさー
……
」
「
……
」
「おーい、どうした?もう酔ったのか?」
「ん
……
別にぃ
……
」
日は沈み、ポールに張り巡らされた提灯に灯りがつく。オレンジの光がランデの顔を照らすが、その頬自体も赤く染まり出していた。
顔色一つ変えないモルテは、頬杖をついてランデを見つめる。
「
……
なぁ」
「ん?」
「今日は色々食わせたけどよぉ
……
好きな食べ物ってなんだ?」
「
……
うどん。さぬきうどん」
「知ってる。嫌いな人は?」
「
…………
助役
……
えぇと、上司みたいなひと」
「へぇ」
モルテはランデに問いかけ、ランデはぼんやりした顔で答える。
問答は続く。
「家族っているの?」
「かぞく?育ての母親なら
……
人間だよ」
「へぇ、母ちゃんいんのか。ちっちゃい頃もこの辺に住んでたのか?」
「ううん。ちっちゃい町で、海が近くて
……
でも都会に憧れて
……
」
「わかる〜俺も都会派〜。じゃあさぁ
……
」
通っていた学校。アルバイトしていた店。酔ったランデは疑問も抱かず、モルテに一方的に情報を明け渡す。
——
駅でモルテがランデに謝った時から、半分は計算だった。
まずはランデの警戒を解いて、距離を詰めようと思っていた。懐に入り込めば怯えさせるチャンスも、あわよくば弱みも握れると睨んだ。
考えていたことはそれくらいで、計画の実行は結構行き当たりばったりだったが、結果はご覧の通り。
(いいねぇ、使えそうな情報まで
……
)
自分でもらしくないと思うほどの狡猾さに、思わず武者震いする。それを隠すようにモルテはいつも通りニヤニヤ笑ってランデに問う。
「なるほどねぇ
……
友達とかいるの?」
「
…………
。おまえ、かも」
「ふはっ、そりゃ面白いな!人喰い亡霊が友達とか、相手に困りすぎだろ!」
「うるさい」
モルテはケラケラ笑って、ビールを一口飲んだ。
すると、なんでもないようにランデはつぶやいた。
「
……
でも、おまえは性悪じゃないでしょ?」
ひく、とモルテの右手が強張る。握ったプラコップが弛んで、中身のビールが揺れた。
「
……
」
一瞬、表情が消える。が、すぐに簡単に微笑んで口を開いた。
「まぁ、感想は人それぞれだからな」
「そう
……
」
それきりランデの意識は落ちたようで、ゆっくりと体が傾く。
「
……
」
ランデをそっと机に突っ伏すように寝かせながら、モルテは無防備に晒される寝顔を見ている。
(なんで、お前がそんなことを言うんだ)
それはあまりにも素直すぎた。モルテの性質を知っているはずのランデが見せた、真っ直ぐな信頼だった。
だけど、モルテの胸の奥。弾けた黒いものがじくじくと存在を主張している。
そして邪心は囁いた。
「まだ俺を侮るのか?」
フードフェスの喧騒の中、モルテがビールを呷る。すぐさま拳を握り込み、プラコップを握り潰す鋭い音が鳴った。
——
ないはずの心臓が痛むのは、きっと気のせいだ。
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