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2025-04-12 21:32:56
7183文字
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ご隠居様の愉快なメリニ悠々自適生活②
これの続きです。下に追加するので読みづらいかも、と思ったのでページ分けました。
設定などは変わっておりません。基本ライシュロです。
https://privatter.me/page/67a7629a33e6f
6月に本にしますのでそれまでもう少し書き溜められるかな……?
2025/10/17 更新
2026/03/22 更新
冬が近付いたある日の事、我らが故郷から何か大きな荷物が届いた。嵩のわりに軽いので何かと思ったが、中には防寒具の山と、手紙が一通入っていた。送り主は当家の現当主、つまりご隠居様の上の弟ぎみである。
ご隠居様には母上を同じくする弟がふたり、どちらも歳が離れているせいか、お若い頃は仲が良いとは言えなかったそうだ。しかしある時それぞれ修行の旅に立たれ、戻ってきたあたりから、少しずつ打ち解けてきたそうな。その旅の途中で、ご隠居様は国王陛下と出会われたのだとか。
私が物心ついた頃にはもう御三方とも立派な大人になっておられたので、その頃はとても想像がつかない。ご兄弟はまるで三人でひとりのように互いにとって無くてはならない存在に思えたし、実際遠い外つ国に送り出すというので、船出の日の御当主様は涙ぐんでおられたくらいである。御当主様は物言いは豪快だが根は温かく善いお方で、また兄上に負けず劣らず腕も立つ。その座を譲られる事に、異存があるものは居なかった。
防寒具はご隠居様のものの他に、きちんと人数分揃えてある。こちらの冬が寒くなる事を、覚えていて下さったのだろう。大変有難いお心遣いである。
「手紙は何と」
「ん
……
」
ご隠居様はこの地へ来てから誂えた眼鏡を取り出して手紙を開いた。磨き上げられた硝子のレンズは、豊かな資源と高い技術が必要な品だ。本来高価で作られる場所も限られているものだが、黄金郷では比較的簡単に手に入るので、我々も驚いたところがある。王都を取り囲み建国以来衰える事のない森と、それに目をつけた腕の良い職人が集う所によるものだろう。
それがとても良くお似合いなので、静かに書を読む時のご隠居様の姿は外で鍛錬に励んでいる時と同じくらい絵になると、皆も口を揃えて言っている。
「向こうは皆変わりないと」
「それは良うございました」
ここに来た者の中には、故郷に親兄弟を置いてきた者も幾らかいる。きっと安心する事だろう。それをおいてもついて行こうと決めたのは我々であるが、やはり時には生まれた国を思い出す事もある。こう寒くなってくると、猶更だ。きっと御当主様も兄上の顔を思い出されたのに違いない。美しい兄弟愛である。
「
……
?」
手紙には二枚目があった。それは我々の国の言葉でなく、共通語で書かれていた。
宛名は『国王陛下並びに王妹殿下』とある。成程、兄上と陛下が旧知の仲であると知っていて、共に伝えたい事を添えたのだろう。こうすれば確かに必ず目に入る。流石は御当主様といった所か。
御当主様もお若い頃、陛下が即位してのち暫くしてから兄弟共にこの国へ渡り、暫く遊学していらした事があるらしい。謁見した事もあると聞いた。当時お互いにどのような印象だったかは、知る由もないが
――
しかし悪い思い出が無かったからこそ、今の御隠居様の暮らしを否定なさる事は無かったのだろう。そこには確かに信頼があると、私は思う。
国王陛下並びに王妹殿下
兄を貴国へ受け入れて下さりありがとうございます。こちらとしても大黒柱が代替わりしまして一同多少心細い思いはしているものの、残った者でなんとかやっておりますので、どうかご安心下さい。兄とその部下たちを、よろしくお願い致します。
本人がそれなりの覚悟を持ってそちらへ渡りましたものを、強いて引き留める訳にもいかぬと思い送り出しました。どうか大切にしてやって下さい。そちらは寒いとお聞きしたので暖かい衣類などを一緒に送りました。国王陛下も健康にお過ごし下さいますよう。
――
戦が落ち着き以前より諜報稼業の出番は減りましたが、我らそれが生業である事は変わりませんので、何かあればすぐ知れる事をお忘れなきように。
親愛を込めて
「
……
何か釘を刺されてる?」
後日皆の前でその手紙を音読してみせた国王陛下は、苦笑いしてそう仰った。
何とも言いづらいので皆黙って視線を逸らしたが、多分その通りなのだろう。要約するなら、うちの大事な兄を無下に扱ったらいつでも直接殴りに行ってやるから覚悟しやがれ、と言っているに等しい。これもまた美しい兄弟の絆と愛、という所であろうか。
「でも心配ないよ。勿論、絶対大事にするからね」
「
……
」
ご隠居様は丁寧な言葉で包んだ喧嘩腰に近い手紙にこめかみを押さえておられたが、王様が笑顔でそう請け負ったので、呆れたのやら安心したのやら曖昧な溜息を吐いた。
しかし我々としてもそうして頂けると有難い。言いようは物騒であるが、弟ぎみの書いた事も尤もではある。御当主様にとって何が心配なのかは、ここに来て日の浅い我らには今一つよく解らないが。
「気になるのなら様子を見に来てくれればいいのに。懐かしいな、初めて会った時こんなにちっちゃかった」
「あれも大人になったな。もう子供らも大きい」
「本当に!? へぇ~
……
」
自分達も歳を取る訳だ、と陛下はしみじみと頷く。今の所、ご隠居様が大事に扱われないという事はないだろう。故郷のご家族へは、我々もそう保証すると、別に手紙を書き添えようと思う。
――
そちらで健やかにお過ごしである事を祈っています。けれどもそれはそれとして、家の中にいつもあって皆を見守っていた姿が無い事を、寂しく思う事もあるのです。小さなもので構いませんので、絵姿の一枚も頂けませんでしょうか。費用がかかるようならこちらで出す用意もございます。これは家としての要求でなく、我ら弟達のささやかな望みでありますれば、どうかお願い致します。
という手紙がある日届いた。署名は現当主様の弟ぎみ、つまりは一番歳の離れた三兄弟の末の御方様となっている。御館様の名は書かれていないが、内容が内容だけにきっと照れ臭いのだろうな、と我々は言葉にせずとも何となくそう思った。あの方はそういう性格である。兄上の船出の日には涙まで見せておられたのに、往生際が悪いというか、そこが幾つになっても可愛らしいというか。
「
……
それは、いい事だね!」
世間話のついでにご隠居様がその話をすると、国王陛下はならば描いてくれる人を紹介しよう、と言った。
王様の御用達とあらばそれはつまり、紛うかたなき宮廷画家である。費用がかさむどころの騒ぎではないな、と私をはじめ周囲がざわつくと、依頼人は自分という事にして頼もうと仰った。
「そこまで
……
」
「いいんだよ。きみが来てくれた事も、記録として残しておきたいし。家族が持っててくれるなら、大切にしてくれるだろうし」
王様は殊の外芸術を尊ぶ王である。自らも絵を描かれたり塑像を造られたりするのだが、玄人が見てもなかなかの腕だと聞いた。但し題材は興味のあるものに限るそうだ。ご隠居様は最初は大袈裟なと難色を示したが、好意で勧めてくれたものを強いて突っぱねるのも宜しくないと判断なされたか、最終的には陛下の仰る通り頼む事になった。
画家の仕事とはどんなものだろうか。我々はあまり気難しい人物が来ては緊張するなと思っていたが、果たしてその日に屋敷まで出向いてくれたのは、品のよいノームの御婦人だった。未だ若く見えるが、腕を磨くこと実に五十年、その実力は確かだという。
本人を前に何枚か下書きをして、そこからまた工房に籠もって暫く時間をかけるらしい。彼女は終始穏やかだった。
「少しお話をしながら」
と微笑みつつ、対象を見つめ手を止めない。紙の上の素描ひとつとっても、成程見事なものである。
「興味深い横顔でいらっしゃいますこと」
素描の横に、細かな字で何か走り書きがしてある。
「お話の内容も絵の参考にさせて頂きますので、こうして書き留めておきますの。
……
ひとの表情には、必ず内面が出るものですから」
それはその通りだ。画家という職業ながら彼女の瞳が、占い師か預言者のように何処か遠く深くを見つめているのも、それ故という事だろう。彼女はまた話を聞くのが上手かった。話題を引き出すのが実に巧みで、芸術家とはこのような才能も持ち合わせているかと、みな感心した程だ。
「いいえ、本当に先が聞きたくなるお話だからですわ。陛下が夢中になられたのもよく解ります」
彼女は少し手を止め、椅子に腰掛けたご隠居様の隣に立つ王様を見た。二人の顔を見比べるように、視線を動かす。
「そう、そうなんだよ。
……
彼の話を聞くのが好きだった」
「離れ離れはさぞお寂しかったでしょうね」
「勿論
……
あの時は、妹の代わりに一緒に行きたかった
……
」
「あら、まぁ。ではあのお話は本当でしたの? 王妹殿下に求婚を」
「ライオス!」
そんな話を他人にしているのか、とご隠居様が隣を睨んだ。陛下は慌てて首を横に振ったが、これは疑わしい上に重大な事件だからして、生き証人がいる限り多分何処からか漏れるものであるに違いない。私は画家先生がころころ笑いながら、しかし素早く紙の端に何事か書きつけたのを見逃さなかった。そんな話もきっと、何処かでこの絵を彩る要素となるのだろう。
「それでは冒険譚は如何です。陛下のお話では飛竜を一刀両断になさったとか。本当に? わたくしには想像もつきませんわ」
勿論それは、と身を乗り出して話し出そうとする陛下を見て、彼女はふっと苦笑いしてみせた。
今更ではあるが、友との日々を語る陛下はいつでも楽しそうだ。隣に本人がいてすらこうなのだから、いない時はもっと熱を込めて誰かにその話をしていたに違いない。ご隠居様は時に少しむず痒そうな、呆れたような顔をしながら、しかしその双眸には柔らかな光が宿っていた。
それからひと月程が経ち、絵が完成したので見て欲しいと、王様が自らそれらを運んで来られた。
てっきり一枚かと思ったが、何枚もある。どれも美しく、精緻な筆使いに、我々は改めて画家の腕に感嘆の溜息を吐いた。
「これは貰ってもいいかな」
形としては一番小さいが、ご隠居様の横顔が描かれたものを指して陛下がそう仰ったので、勿論こちらとしては断りはしなかった。その出来栄えには陛下も至極満足なさったようで、ひどく嬉しそうだった。
「他は全部向こうへ送る?」
「こうなると一枚はここにも欲しいような」
「みな美しいですが
……
」
我々は絵を囲んでじっくりと眺めた。しかし、口に出さずとも、どれを最優先で送るかは何となく意見が一致していたように思う。
これが一番良い。内面が表情に出る、と言っていた画家先生の言葉を思い出す。ひとの重ねた年月を感じさせ、それでいて画面は鮮やかで瑞々しく、蜜を含んだ果実のようにふくよかだ。ご隠居様は以前、この国は我々の故郷とは風の匂いが違うと言っていた。その匂いさえ画布の上に写し取ったようで、見事と言う他ない。
思い出が、そしてこれからも続く物語が、そこにあるような。そんな絵だった。
「
……
いや」
「良い絵ですねぇ。ちょっと、家のど真ん中に飾るには
……
ですけど」
「違う
……
誰が、誰が
……
二人並んでる絵を送って来いと
……
」
「ふふ、でも近況報告としてはこれ以上ない程分かり易いですよ」
「いい歳してお惚気か!?」
「まぁまぁ。幸せの御裾分けと考えましょう。ね」
画家の素描と、そこに書き添えられた物語の一欠けらが発見されるのは、まだまだ後の世の話である。
この屋敷には広い庭がある。
広いといっても王宮の中庭には及ばないものの、様々な植物や実をつける木が植わっている。それを目当てに飛んでくる小鳥やらが巣をかけたりして、なかなか賑やかな庭である事には違いない。手入れは皆で協力してやっているが、夏場になるとやはり草取りがひと仕事になる。なるべく涼しいうちに終わらせたいので、手の空いているものが総出で朝のうちにやってしまうのが良い。
その日はそんな草取りの日で、つまりはまだ朝早い時間だった。
何処かでしゃんしゃんと鈴の音が鳴っている。少し遠くで鳴るような音なのに、やけに明瞭に耳に響く、不思議な音だ。私だけに聴こえていた訳ではないらしく、何の音だ、と幾人かが顔を上げ首を傾げた所だった。しかもそれは、段々と近付いて来るような気がする。
そこへ、何事か慌てて馬を乗りつけて来た者が現れたので、我々は皆驚いた。見れば国王陛下である。いつものんびりと、友人宅へ訪問するのが嬉しくて仕方がないと言いたげに来られるのが常であるから、二重に驚いたのは言うまでもない。
皆が一瞬呆然とする中、馬上から降りてきたその人の様子は尋常ではなかった。
「陛下、一体何事ですか」
私は手綱を受け取りながら、息を荒げているその人を見た。
そこへ、何の騒ぎかと、皆に混じって草取りをしていた御隠居様が人の間から現れた。当然である。
王様はその姿を見るなり、潰しかねない勢いでもってその背に飛びつき抱き締めた。件の鈴の音が、じりっと一際大きく鳴る。どうもその音の出処は二つあるらしい。そして片方は、王様の懐から聴こえるようである。
「おい、何だどうした、落ち着け」
「シュロー! あ
……
あの、元気だった? 何処か大きな怪我をしたとか、倒れたとか」
「はぁ?」
強く抱き締められすぎて咳き込んだ後、見れば判るだろうと御隠居様が両手を広げてみせると、王様の金色の瞳に涙が滲む。無論我らが主は全くの健康体で、その歳にして若者にも引けを取らぬくらいだ。
我々としては何がなんだか、さっぱり解らない。
というか、王様はつい三日前も此処へ来て、元気な事は知っている筈である。
「ああ
……
良かった
……
」
そう言って胸を撫で下ろしたので、ともかく中へ入って貰い、落ち着いて頂く他になかった。
「実は」
やっと茶の一杯を飲み終わって息をつき、懐から何かを取り出した。
それは小さな鈴であった。紐がついているが、途中から切れている。
ちりちりと音がして、先程からこれが鳴っていたのだと我らはやっと合点がいった。もう一つの音はこの家の中から、恐らくは御隠居様の私室から聴こえるらしい。普段はそんな音はしないので気付かなかったが、いつも壁にかけてある鈴は我々も何度か目にした事がある。あれはこういう音がするものだったのか。故郷に居た頃は一度も鳴ったのを見た事がない。鳴った事もあるのかもしれないが、これ程に誰も彼もに聴こえるような大きな音では無かったのだろう。
「成程そういう事か」
これは対の鈴である。片方が鳴ればもう片方も鳴るという魔法の鈴で、離れていても互いに安否が確認出来るそうだ。新生メリニ建国の後、御隠居様が故郷に帰る折り、片方を王様に渡したままにしておいたそうな。
その、友情の証とも言える鈴の紐が、今朝急に切れた。朝起きたら、切れていたらしい。もしや渡してくれた本人の身に何かあったのでは、と陛下は俄かに青くなり、城からそう遠くない距離であるのに馬まで飛ばして此処へ駆けつけたという訳だ。理由を聞けば、これは無理もない話である。単身飛び出してくるのは多少やり過ぎのような気もするが、確かに縁起が悪い。嫌な予感がしても仕方がない。
「
……
無事で本当に良かった。でも念の為に、暫く身の回りに気を付けて欲しい」
「大袈裟な。古くなっただけだろう。
……
それ程の年月が経った」
御隠居様は肩を竦め、やれやれと溜息を吐く。
「そうかなぁ」
「紐くらい新しいのをやらんでもない。確かこの辺に
……
」
引き出しを探り始めると、それはそれで嬉しいと言いたげに、王様はいそいそとその後ろについていった。
「何色がいい」
「
……
きみの髪を縛ってるのと同じがいいな」
長い黒髪が首元で緩く結ばれている。何の変哲もない白い紐ではあるが、確かに丈夫に作ってはある。
「髪紐なら替えがある」
ほら、と渡されて、大事そうに握り込む。
「ありがとう。何か逆に得した気分だ」
「紐一本で
……
」
「きみがくれたものは何だって嬉しいよ。何だって」
鈴は無事に元に戻った。というより、生まれ変わってより良くなったと言うべきか。
「陛下!!」
そこでやっと、慌てて追いかけてきたらしい右腕どのが現れた。王様は本当にいきなり城を飛び出してきたらしく、宰相閣下は相当にお怒りの御様子である。哀れなるかな忠臣。
行先くらいは告げていったのだろうが、理由は言っていなかったらしい。事情を聞くと、多少そのお怒りもおさまったようだ。しかし、あまりに軽率である事に変わりはない。普段は紛う事なき名君である国王陛下も、未だ子供のような面がある。
「ごめん
……
」
叱られてしゅんとしているので、御隠居様もそれ以上とやかく言う気にはなれなかったようだ。
「ともかく俺は無事だから、安心しろ」
「うん。今日は戻る。実は午前中から視察があって」
「
……
」
とやかく言う気が起きそうになったが、ぐっと抑えたのが傍から見ても解った。
「
……
また来るね」
そう言って頬を摺り寄せる。いつもの御隠居様ならすっと身を引いて、早く行けと促したかもしれないが、その時は何も言わず微かに頷いていた。子供をあやすように広い背を軽く叩き、静かにその体温を受け入れていた。
「
……
へぇ」
何故か目を輝かせたのは宰相閣下である。
「幾つになっても珍しい光景というのは見られるものですね。あなたが人前で」
にこにことして、実に楽しそうだった。
ちなみに、御隠居様の身に何かが起こったという事は、あれから暫く経った今も全く無い。
嫌な予感が外れたというよりは、多分きっとこれも我らが悪食王の加護、という気がしてならないのだ。少なくとも私は、そう思っている。
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