2025-02-08 22:56:42
6396文字
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ご隠居様の愉快なメリニ悠々自適生活

三十年後(くらい)のメリニで暮らすシュの従者視点。なんとなく根底にライシュロ。でもまぁCP要素極薄。
ネタ帳みたいな感じなのであんまり真面目に書いていません。なんか思いついたら追加するかも。
2025/02/21:更新
2025/03/08:更新

 新生メリニ王国はここ数十年というもの、至って平穏である。食と魔物に関する研究が国を挙げて推奨されているお陰で、飢える者は少なく、近隣諸国との関係も色々あったが今は悪くない。冬の寒さは身に染みるものの、それを差し引いても保養地としては最良であろうと、終の棲家に選ぶものも増えた。彼もそのひとりである。
 若い頃はやるべき事が山のようにあって、とにかく脇目も振らずその仕事に没頭した。海の向こうから届く友の手紙には、随分慰められてきた。そして年を追うごとに、かの地へ渡る回数を重ねるごとに、彼はもし叶うなら余生をその国で過ごしたいと思うようになった。歳の離れた弟たちは反対するかと思いきや、二人ともいつかそんな事を言い出すのではないかと思っていた、と返した。いつの間にか内心を見抜かれていたらしい。
 彼がそうしたいと告げると、誰よりも一番喜んだのは友人であるかの国の王であった。
 ずっと傍に居て欲しいと願っていたが、彼が家にとって無くてはならない存在である事を知ってもいたので、この度は願いが叶って嬉しいと感動しきりだった。旅暮らしが性に合って今も諸国を巡っている妹も、帰ってくる場所にその姿があれば喜ぶだろうと。

 そういう訳で私は、今や当主の座を弟君にお譲りになり隠居の身となった主について、この黄金郷へと渡ってきた。暫くは行き来する生活になるだろうが、いずれこの地で仕事を見つけて長く暮らしていきたい気持ちがある。ご隠居様は国王陛下の三十年来の友人であり、互いの友好に助力した長年の功績を両国から認められてもいる。その証として王国から小さな土地と家を貰い、そこで畑でも作って細々と暮らしていくつもりらしい。私たちは元々御家に仕える身なれど、この度は使用人として雇われてきた。だが、もし他にやりたい事があるならいつでも爺の世話はやめてよい、とご隠居様は仰られた。元よりこの方を信じてついてきた者ばかりであったので、早々に出ていくつもりはないが、外つ国に興味があるのは皆同じである。
「はぁ~……
 私はしかし港に降り立った途端、思わず長い溜息を吐いた。
 何ともはや、賑やかな港だ。行き交うのは多種多様な人種の住人たち、まるで別の世界のようだった。本当にこの大きく豊かな国と、我が主に浅からぬ縁があるとは信じられない。そりゃあうちのご隠居様は、立派な方には違いない。幼い頃から見てきた身としては、実に上手く御家を切り盛りしてこられたと思う。稼業の割に無駄な人死にが出るのを嫌い、生きて帰れ、滅多な事では寝食を疎かにするなと下に教えてきたのもこの人だ。それもこの国の王様の影響だと、私は噂で耳にした。齢五十を超え流石に髪は白いものが混じり始めているが、未だ張りのある頑強な肉体を保ち、立ち居振る舞いも美しい我らが自慢の主である。
 だがその、今ひとつ信じられないという気持ちも、引っ越し作業を始めて僅か二日目で脆くも崩れ去る事となる。
「シュロー!!」
 聞き慣れぬ名前を叫んで、ずけずけと入ってきた長身金髪の男に我らは皆目を見張ったものである。
 その男は一目散にそこへ走り寄ると、ご隠居様を羽交い絞めにせんばかりの勢いで抱擁した。
「ライオス……
 もはや手慣れたもの、という調子でそれを受け止めてご隠居様が呼んだ名で、我らはまたぎょっとした。ここまで来てその名を知らない訳もない。慌てて門の向こうを見ると、立派な四頭立ての馬車が止まっているではないか。
「陛下」
 ご挨拶もなくいけませんね、と落ち着き払った別の声がした。背後に佇んでいた黒髪に青い瞳の男をひと目見るや、あらまぁ、とおなご衆の一人が熱っぽい溜息を漏らす。後で聞いたがそれも無理はなく、美丈夫は宮廷の青薔薇と名高き宰相閣下であった。その筋では悪名高き、と言った方が正しいかもしれない。
「あ、そうだった、ごめんごめん。ようこそ、歓迎するよ」
 にこりと微笑んだその人こそ、建国の勇者、悪食王その人という訳である。
 我々は皆呆気に取られ驚いて声も出なかったが、ご隠居様だけは、やれやれと肩を落としていた。そうしてまるで普通の友人を紹介するように、否やや雑に、これが王だと簡潔に言った。私は軽く眩暈がした。多分他の皆も、程度に差はあれど同じだったと思う。

 王様はよく予告もなしにこの家を訪れては(従者を連れてくる事もあれば、一人でこっそり来る事もあった。後者の方が多かった)ご隠居様と長く話をした。いちど暇なのかと突っ込まれていたが、暇じゃないけどきみに会いたいから、と臆面もなく返して呆れられていた。本当に仲が良いらしい。だが我々としては、王様がいつ来るか分からないので茶菓子のひとつも切らしては、と気が気ではなかった。
 一緒に外へ出かけてもいた。近所を散歩して終わる日もあったが、遠くに連れ出されているのも何度か見た。少々強引な印象は否めなかったものの、何十年も変わらず友として交流があるのは、純粋に羨ましい気もする。何よりこの地に来て、ご隠居様にも以前より穏やかな表情が増えたように見えたので、一同皆その事を大変良い事だと思っていた。
 半年が過ぎた頃、例によって出かけていった二人が帰ってきた。王様は律儀にも、毎回送り届けて下さるのである。しかしその日は少し様子が違っていて、我々の顔を見るなり大きな身体をしゅんと縮こまらせ、申し訳ない事をしたと言った。
 一体何の話かと思ったが、それはご隠居様が話してくれた。彼らが護衛もつけず二人でよく歩いていると何処からか知れたのか、王が暴漢に襲われかけたそうである。驚いたが、しかし王様には怪我ひとつなく、それというのもご隠居様が見るも鮮やかにそれを跳ねのけ返り討ちにしたからという話だった。
「それでその、怪我を」
「ただの打ち身だ。痣にもなってない。心配しなくていい」
 取り押さえようとして相手が暴れた際、腕が手の甲に当たったらしい。
「ええっ、返り討ち!?」
「そう、でも、危険な目に遭わせたのは事実だし……怒られても仕方ないと思って……
「うわ~っ!! み、見たかったな~それ!!」
「ん?」
 王様の落ち込みように反して、皆の反応は一致していた。
 故郷では戦が落ち着いて暫く経っており、ここにいるのは二十歳前後の若い者ばかりである。打ち合いをさせては家中では勝てる者はほぼおらず、ご隠居様が人並外れてお強い事は重々知っていても、誰ひとり実際に敵に立ち向かうその姿を見た者はいない。さぞや絵になるであろうと常々思ってはいても、機会に恵まれる事は良くない事でもあるので見たいとも口に出来ない。それをこの人ただ一人が見たとなれば、羨ましいという台詞が出るのも至極当然であった。
「陛下、羨ましい……!」
「俺もその場に居合わせたかった……!」
「えーと……
 さしもの悪食王も少々ぽかんとしている。
……きみの国の人って、皆こういう感じなのか?」
「いや、まぁ……ちょっと血気盛んなのを選りすぐり過ぎたかもしれんな……

 
 国王陛下は頑強であらせられる。暇なのかと揶揄されはするが、実の所は忙しい政務の合間を縫って、そう遠くない距離とはいえ大抵は歩いてこの屋敷まで来られている。健康的な食事と適度な運動のお陰で、ご隠居様と同じ歳なれどやはり目立って衰えた所はなく、病を得た事も滅多にないと仰った。
「近くに居てくれるといつでも会えて嬉しい」
 と、今日も実に嬉しそうに茶を啜っている。我らとしてもご隠居様としてもそんなにちょくちょく来ていいのか、とは思ったが最早今更なので何を言うでもない。
 考えてみれば王は魔物を寄せ付けぬ神の加護を持つがゆえ、国からそう簡単には動く事が出来ない身でもある。長い間こちらから会いにもゆけなかった友がごく近くにいるとあらば、今までの分を取り戻したくなる気持ちは解らないでもない。
……いつでも、な……
 ご隠居様はその顔を見ながら、ふと目を細めた。
「確かに近くにいれば、いつかのように騙されて呼び寄せられる事もなかろうよ」
……何の話……あっ」
 騙されたとは穏やかではないが、王には心当たりがあるらしい。途端にばつが悪そうな顔になったので、その場に控えていた者は皆、何だなんだとそちらへ耳を向けた。
「あの時はまぁ……悪かったと思ってるけど……でも本当に心細かったんだよ……
 それはまだ王がその座について、間もない頃のことだった。

 ある日若き王から遠く東方にある友に、手紙が届いた。いつもの、近況を知らせる手紙ではなかった。封蝋は王のものだが、筆跡は側近たる宰相補佐官のものだった。
 王は病に倒れ、その床で熱に魘されながら貴方の名を呼んでいる。ひどく苦しんでいる様子ながら、もし叶うならひと目なりとも顔が見たいと切望しているので、どうか願いを叶えてやってはくれないだろうか。
 友としては動揺しない筈がない。急いでかの地へ向かったものの、移動する間もずっと気が気では無かった。手紙が届いたという事は、王が病に倒れたのはもう随分前という事になる。前に会った時は健康そのものだったのに。もし、その時より尚悪化していたら。迷宮の外で死んだ人間は生き返る事はない。万が一間に合わなかったら。最悪の事態ばかりが頭を過る。
 彼は以前に別れた時の、相手の顔を思い出していた。また来て欲しいと笑って、手を振っていたのに、あれがまさか今生の別れとなったら。
 やっとかの地を踏み、不躾ながら王城へと直接訪い側近に取次を願うと、青年は沈痛な面持ちで彼をすぐ王の部屋へと招き入れた。
……本当に来て頂けるとは思いませんでした」
「それでその……様子は」
「御自分の目で確かめて頂いた方が、さぁどうぞ」
 彼は恐る恐る扉を開けたが、果たしてそこに居たのは元気に立って歩いている王の姿であった。むしろ普段より血色が良いくらいだったとは、思い出しても腹の立つ、と語るところである。
「シュロー! 会いたかった!」
 満面の笑みでいつものように抱き締められ、彼は気が抜けて、腕の中から解放されるや否やその場に膝から崩れ落ちた。

……それでどうなさったんです?」
「流石に殴った」
「流石に殴られた」
「でしょうねぇ」
 相手の身分やら何やら無視して、一発くらいは殴るだろう。その場にいた誰もが納得して深く頷いた。
「うぅ……いやでも、病気だったのも嘘じゃないし……
「風邪をひいて三日ほど寝ついてたらしい。その時やたらと気弱になってつい我儘を言ったとか何とか」
 ふっと呆れたような溜息が漏れる。
「だから来てくれてすごく嬉しかった、あの時は心配かけてごめん」
「全くだな」
「今でも反省してるよ……なんていうか若気の至りっていうか」
「ほぉ。俺もお前も二十八、九になってた筈だが」
「ぐうっ……
 冷ややかな視線に射抜かれて、王は哀れにも机に突っ伏してしまわれた。するとそこへ、門番から『お迎えが参りましたよ』と言伝てが入る。件の側近、宰相閣下のお出ましだ。
「カブルー! きみもあの時は共犯みたいなものだったんだし、一緒に反省したよな」
「おっと、何のお話ですか。共犯? 心当たりが多すぎて特定出来ませんが」
「お前ら……
 今更ではあるがこの部屋は別に貴賓室でも何でもなく、いち個人の自宅の居間である。そこに国家の最重要人物が二人も揃っているのは何か凄まじ過ぎて現実味のない光景だ、と私は密かに思った。しかし、この人達も昔はただの、恐らくは他とそう変わらぬ若者であったに違いない。
 その時様々な事情があって出来なかった事を、ゆっくりと少しずつやり直している。私にはそんな風に見えた。

「死ぬかもしれない……
「大袈裟な。ただの風邪です。食事摂って薬飲んで寝ろ」
「シュローに会いたい……
「今手紙出しても届く頃には治ってると思いますが」
「ウッ……でも会いたいよ……
「子供か。……じゃあまぁ、いいですけど。もう、後は知りませんよ」
(どうせだから少し病状盛っておこう。それは言わないでおけばいいし)
 

「今日は手土産があるんだ」
 とある日、王様が大きな何かの包みを持って来られた。それは凧糸で縛って調味料を丁寧に塗り込みじっくりと焼き上げた大きな肉の塊で、食が豊かな国とはいえ滅多に目にしないご馳走に我々が感嘆し喉を鳴らすと、王は嬉しそうに目を細めた。
「いつもお世話になってるから何かお礼をした方がいいと思って。厨房の面々がそれならって張り切ってくれたから、味は保証するよ」
「そんな、勿体ない」
 という事はこれは正真正銘、黄金郷が誇る宮廷料理という事になる。聞けば顧問魔術師殿の故郷の家庭料理に由来するそうだが、あの凛とした亜麻色の髪の乙女と、この豪快かつ重さのある逸品は今ひとつ結びつかない。
「ここにいる間は護衛も任せてしまっているし」
「それは、当然の事で……
 ここに居る者はいずれも使用人という立場ではあるが、武術の心得がないものはひとりも居ない。故に我が家の安全は自分たちで守る事にしている。我々は皆恐縮したが、実はこの手土産もたまには忠実なる民に報いよという宰相閣下の采配であったらしい。流石は右腕。
……何の肉だ?」
 垂涎ものの料理を前に、しかしご隠居様はひとり戸惑った顔をなさっていた。
「これは普通の豚肉だよ。城の中庭で育ててるんだ、魔物じゃないよ」
「ならいいが……それにしても胃もたれしそうな……
 噂には聞いていたが、本当にこの国では魔物を食べるらしい。
 それというのも、王様が即位以来その利用法や食料としての活用法を、資金を惜しまず広く研究させているからだ。生きているものはおろか皿に乗せられているのも、まだお目にかかった事はないが。実はご隠居様以外は、もし機会があるなら口にしてみたいと思っている者が殆どである。
 王様とご隠居様は食べた事があるそうだ。大きな市に出向けば、輸入ものを扱う店や屋台も既にあると聞いた。
「本当に美味しいから、きみも少しは食べて欲しいな。ここの料理番の腕だって疑ったりはしてないけど、それはそれとして少し痩せたように見えるし……
 すっとその背後に回った王がご隠居様の腰を鷲掴みにしたので、我らはぎょっとして固唾を呑んだ。
 しかし特に怒りを買うというでもなく、その手はぺたりと軽く叩き落された。
「まぁ……若い時に比べれば多少肉は落ちたが……というか人間それなりの歳になれば、食欲も落ち着いてくるものだろう。お前は」
 そうして仕返しとばかりに王の脇腹を指先で摘む。
 黄金郷広しといえど国王陛下にそんな所業が許される人物は、指折り数える程しか居ないのではないか。
……思ったよりは太っていないか」
「食欲は仕方ないけどね。自分で言うのも何だけど割と努力してるんだよ、これでも」
 悪食王は悪魔の呪いにより、決して満腹にならない身体を持つそうである。
 いくらでも食べられる身体は羨ましいとも思えるが、しかしその欲に溺れては、胃袋以外の健康に影響を及ぼすのは明白だ。
「それは何より」
……昔はそんな事考えなかったけど」
 王はふと小さな溜息を吐いた。
「今は、なるべく長生きしなきゃと、思うから」
……そうだな」
「それに、きみもここにいるし! 一緒に健康で長生きしよう!」
 子供のような笑顔を見せ、友の手を取る男の姿に、ご隠居様は頬を薄く染めた。
 その光景に、私や周囲の者もみな、この友情が遙か先まで末永く続くようにと祈らずにはおれないのであった。