保科
2025-04-11 19:29:12
3514文字
Public ひびちか
 

さみしがりや

好き勝手しほうだい!
※大学同棲成長パロシリーズ

お題
ひびきが居ないと挙動不審になる桂木千鍵

「それじゃあチカちゃん、行ってくるね?」
……おー。逸れないようにな」
「もー!ちっちゃい子じゃないんだから、そんなことならないよぅ」
明け方の玄関口。寝ぼけ眼をこすりながら手を振る私に、スーツケースを持ったひびきが不満そうに口を尖らせた。
大学のゼミ合宿とやらに行くことになったひびきは、今日から二泊三日で家を空けることになっている。なんとなく――なんとなく目が覚めた私は、パジャマ姿のまま、出立するひびきの見送りに立っていた。
「チカちゃんこそ、ちゃんと毎日ご飯食べてね?作り置き、冷蔵庫に入ってるから!」
「分かってるって。ま、気が向いたらな」
「わー、食べなさそう……
じっとりとした視線から後ろめたく目を背けていれば、ひびきは、もう、とため息をついて。
「チカちゃん」
「あー、分かった分かった。
忘れずに食べるって――
ぽす。
不意打ち気味に正面から抱きつかれる。回された腕にぎゅう、と力が入って。ぎょっとした私が何か口にするよりも早く、ぱ、と離される。満面の笑みが眩しい。
「よおし。いってきます!」
――お、おう」
面食らったまま、笑顔で廊下へ出ていくひびきを見送る。出かける時に、こんな挨拶をわざわざをするのは、少しばかり珍しかった。
扉が閉まる音を呆然と聞きながら、そういえば、と気づく。
この部屋で、2人で暮らし始めてから暫く経つけれど。3日もの間を私1人で過ごすのは、もしかしたら初めてのことかも知れない。
……、ま、だから何だって話か……
呟きつつ、あくびを噛み殺す。まだ朝早いし二度寝しよう。
――そう。
それっぽっち。だから何だ、という話で。
けれど、そんな一言で済ますには、あまりにも、私の人生はひびきという存在に毒されすぎていた訳で。

気づいたのは、程なくしてのことだった。

―――
部屋の静けさが落ち着かない。
実家では一人暮らしのようなものだったというのに、慣れている筈の静けさに、妙な居心地の悪さを感じてしまう。
見もしないテレビをつけて時間をつぶして、それでもすることがないから、来週分の課題に手を付けた。シャーペンをノックしながらずるずると頭を抱える。我ながらおかしい。

―――
ご飯が味気ない。作り置いてくれたひびきのご飯も、講堂で昼にかじったカロリーメイトも、コンビニで買った肉まんも――どれもこれも、妙に、食欲がわかない。残してしまおうか、と何度考えたか。間違って2つ並べた箸を置きつつ眉間を押さえる。絶対おかしい。

―――
眠りが浅い。いつも一緒に寝ようよ!と言ってくるヤツのせいで手狭に感じていたベッドはやけに広くて、しっかり被ったはずの布団もどこか肌寒い。そのせいか、朝にちゃんと目が覚める。寝過ごすこともなく定時に目覚めて、けれど寝不足の感覚がぬぐえない。無意識に誰かを探して手を伸ばして、寝起きの頭を抱える。
……だめだこれ。


……だー、もう……やってられっか……
ひびきと別れて2日目。大学を終えて家に帰り、洗面台でどこかやつれた自分と鏡越しに向き合う。ツインテールにする理由もないと下ろしていた髪は、すっかりぼさついている。風が強かったこともあるけれど、昨日の夜、今日はいいか、と乾かすのをサボったのも影響している。最近はひびきに叱られるから、まめに乾かしていたのに。
分かっている。どれもこれも不調の原因は明らかだ。だからといって――そう簡単に受け入れるわけにもいかないだろう、だってこんな、
………
こんな、ひびきがいないと普通の生活ひとつすらままなりません、などと。
そんなの、まるで私が――
………っくそ」
――ゴン。額と洗面台の角が勢いよくぶつかった。まぶたの裏で火花が散る。それでも、一昨日の朝のぬくもりが、ずっと体から離れない。
痛みにしびれる頭をのろのろと上げれば。正面、鏡に映る私の顔は、情けない顔で誰かの帰りを待っている。
………ハ、」
なにも取り繕えてない自分の姿に、たまらず自嘲気味な笑いが溢れた。
仕方なく、嫌々、なんてものはもうないのだと。勝手に握られた手は、自分から握り返していたものだと――どうしようもなく、理解して。
………………寂しいな」
呟きに応える声は、今はない。



「チカちゃーん!ただい、ま……?」
――家にたどり着いたのは22時過ぎだった。玄関を開ければ、廊下の先、リビングの明かりはまだついている。
部屋に入って、ただいまを大きな声で言おうとして――ソファーで横になるチカちゃんを見つけたものだから。一気に声が小さくなる。
めずらしいことじゃない。チカちゃんは寝るのが好きだから、いろいろなところでうたた寝をしていることがある。でも、夜ならさっさとお布団に入ってしまうことが多いのに。
………
足音を忍ばせつつ、3日ぶりになるチカちゃんをそっと覗き込んで。
思わず瞬く。
「ふぇ……?」
眠るチカちゃんが、大きなアルパカさんのぬいぐるみを抱きしめている。
戸惑った声が出た。もちろん、ぬいぐるみが何かは知っている。前にUFOキャッチャーで取ったやつで、わたしの部屋に寝かせているものだ。
それがどうしてリビングに、とか、なんでチカちゃんが、とか。そんな些細な疑問よりも先に、困惑が勝る。
つまるところ、――こんなかわいい姿、わたしが見てしまっても本当に良いの?
「わ、わ……
アルパカさんの顔に自分のほっぺをふにっと押し付けて寝てるチカちゃん、すごい。かわいすぎ。好きな動物と好きなヒトのスペシャルコラボに、ほわあ、と口から声が勝手に出てしまう。
――これは、絶対に、残さなければいけません。
唾を飲み込んで。どきまぎしながらスマホを取り出した。震える指で、ショートカットのカメラを起動して――
………んん……
パシャ。
―――
唸り声に肩が跳ねる。シャッター音が鳴った瞬間、即座にスマホをポケットに押し込んだ。わたしが横顔を凝視する中、チカちゃんがゆっくり目を覚ます。
「お、おおお、おはよう!チカちゃん……!」
「んぁ……あー……寝てた……
……ひびき、帰ってたのか……
「う、うん!今……今さっき、ね?」
ぐしぐし目元を擦るチカちゃんは、寝起きだからかボーっとしていて、今起きたことについてはバレてなさそう。よしよし。胸を撫で下ろす。
――ただいま!」
………
それはそれとして笑いかければ、チカちゃんがのそりと立ち上がった。正面から無言で見つめられると、ちょっとドキドキする。
「?えっと……どうか、した?」
小首をかしげるわたしを見て、チカちゃんが口元を緩める。それが、何だか安心した表情に、見えて――
「おかえり」
―――
――抱きしめられた。チカちゃんに。
「、え」
……はい、これでおあいこな」
わたしが、石のようにぴしりと固まっていれば、直ぐにぱっと手が解かれる。チカちゃんが離れた。おあいこ。なにが。なんで急に、どういうこと?
「っ!えーと……そう。
洗濯物はかごに入れといてくれたら、明日やっとくから。洗い物とかは特に残ってない、朝ごはんの材料は買ってある。
っと、で、これ――返す。ちょっと借りてた。
以上。じゃ、先に寝るから!」
「わ…………ま、待ってチカちゃん!」
早口にまくしたてて、最後、アルパカさんをわたしに押しつけて去ろうとするチカちゃんに駆け寄る。
抱きしめられたことも、ソファで寝ていたことも、頭の中にいっぱいになった『なんで』のどれを聞けば良いのか、全然纏まらない。でも、確認しなくちゃ、とてもじゃないけどわたしが気になって眠れない。
呼び止められたチカちゃんが、気まずそうに振り返る。何か聞きたい。聞かなきゃ、でも、えっと、だから――
――なんで、アルパカさんと、一緒だったの……?」
――ちがう。確かに気になるけれど、これじゃないのに。
でも、そんなわたしのいっぱいいっぱいな質問に。チカちゃんは、なんだか困った事を聞かれたかのように顔をゆがめて、小さく呟いた。
……お前の代わり」
…………?」
え?
こちらの返答を待たず、歩き去るチカちゃんの背を呆けたまま見送った。その耳が真っ赤だった気もして、でも、もう確かめられない。
残されたわたしは、手元のアルパカさんとまじまじ顔を見合わせる。
わたしの、代わり。アルパカさんが。代わり?
……に、似てる、かなぁ……?」
ぬぼっとした表情で佇むアルパカさんは。わたしのことをじっと見つめ返すものの、何も答えてはくれなかった。