夜明 奈央
2025-04-11 06:29:35
5050文字
Public 久々綾
 

久々→綾→仙からの久々綾 大学生パロ

※綾のご家庭の話が出ます(本題ではない)
※仙に相手不明の恋人がいて別れる描写があります
2ページ目は1年後くらいの続き
2025年3月30日初出


 喜八郎から「しばらく忙しいので会えません」という連絡が来た。すぐに理由を尋ねるメッセージを送ったが、返事はない。
 それから1ヶ月、完全に音信不通だ。元々そう頻繁に会っていたわけではないが、どこで何をしているのか、次いつ会えるのか、知る術はない。
 夜も更けた頃、玄関のチャイムが鳴った。特に誰かが来る予定はなかったが、飲み会で出来上がった同級生がアポなしで訪れるのはそう珍しいことでもない。インターホンを覗くと、そこにはずっと連絡の取れなかった喜八郎が立っていた。慌てて鍵を開けると、「こんばんは」と笑みを向けられる。
「どうした?」
「忙しいの落ち着いたので。良かったらちょっと上げてもらえませんか?」
「来るなら連絡寄越せよ」
 文句を言いながら招き入れる。
「ダメって言われたら日和そうだったので。いなきゃいないでいいかなって」
 言い訳を重ねる喜八郎に、いつもの太々しさはない。調子が狂う。結局何故忙しかったのかとか、音信不通だったことに対する不満とか、元気そうで良かったとか、色々と思うところがありすぎて、逆に何を聞いていいのかわからない。
 俺が困っているのに気づいてか、喜八郎はいそいそと炬燵に入り込むと、自分から話し始めた。
「ここのところ忙しかったのって、立花先輩が恋人と別れちゃったからなんですよね」
「え、立花先輩って、高校の時から付き合ってるって言ってなかったか?」
「ええ、だから僕もびっくりしました。立花先輩も相当ショックが大きかったみたいで」
 課題や実習、実家のごたごたなど、理由は様々予想を張り巡らせていたが、そのどれもと違っていた。
「えーっと、理由とか聞いてもいい感じか?」
「まあ。進路の違いって言ってました。実家に戻りたい恋人さんと絶対戻りたくない立花先輩で議論が平行線で、3ヶ月くらい泥沼やった末に結局別れることになりまして」
 これは、長らく動きのなかった俺たちの片想いに大きな転機を齎す出来事だ。片想い中の相手の失恋なんて、チャンス以外の何者でもない。喜八郎はこういう時立花先輩に真っ先に頼ってもらえるくらいのいちばんの理解者だ。そんな相手に口説かれればいくら今まで脈がなかろうがころっと落ちてしまってもおかしくない。
 遂にはっきりと振られる。目の前が真っ暗になった。喜八郎が何事か話を続けているが、俺の頭には半分も入ってこない。
「普通に考えたらチャンスだと思ったんですけど、全然そんな気になれなくて。僕はこんな風に立花先輩を泣かせるよりも、こういう時にいつでも味方になってあげられる存在でいたいんだって気づいてしまって。立花先輩のことは今でも大好きなんですけど、いつの間にか、付き合いたいとかそういうのはなくなっちゃってたみたいで」
 けれど話は思っていたのと全く異なる方向に転がっていった。最初は澱みなく告げられていた言葉がだんだんと尻すぼみになっていく。
「だから、その、なんというか。久々知先輩が仰ってた『僕と付き合いたい』って言うのがまだ有効でしたら、僕とお付き合いしていただけないかと」
 俯いていてはっきりとは見えないが、喜八郎の頬がほんのりと染まっている。
 今、なんだか俺にだけ都合のいい言葉が聞こえなかっただろうか。「僕とお付き合いしていただけないかと」?
「えっと、なんで急に?」
「今説明したつもりだったんですけど、まさかもう1回言わせる気ですか」
「あっいえ、そういうわけではなくて……
 まさかほとんど聞いていなかったとは言えず、慌てて首を激しく左右に振る。
「つまり、俺のこと、好きってこと?」
「そうは言ってませんけど」
「えっと……?」
 混乱する頭ではいまいち事情が飲み込めない。長い沈黙が流れる。
……やっぱ今の話なかったことにしてもらってもいいですか?」
「待て待て待て。ちょっと待て」
 沈黙に耐えきれなくなったのか、喜八郎が立ち上がって玄関先に向かおうとするので、それを慌てて押し留める。
「俺と付き合うって、買い物にとかそういうことじゃないよな? 交際ってことだよな? キスとかしていいってこと?」
「そういうのは段階を踏んでください」
 てっきり断られると思っていたのに、返事は満更でもなさそうなそれだ。何を言っていいのかわからずまじまじと見つめると、喜八郎の顔はどんどん下に下がっていく。遂には机に顔を押し付けた。ガツンと痛そうな音が響く。
「せめて何か言ってください」
……マジですか」
「マジです」
 俺にはそれが精一杯で、気の利いたことのひとつもいえない。また長い沈黙が流れる。喜八郎が机に顔を押し当てたまま、ちらりと視線だけをこちらに寄越した。照れているのだろうその顔は、今まで見たどんな顔よりも可愛く見える。
「抱きしめるくらいは今からでも許されますか」
「はい、どうぞ」
 喜八郎が手を広げて待ち構える。いつの間にか、喜八郎の顔は真っ赤に染まっている。たぶん俺も同じだろう。顔が熱い。
 喜八郎の背に腕を回すと、俺の背にも手を回される。緊張のしすぎで心臓がうるさい。なんだかいい匂いがする気がして鼻いっぱいに息を吸い込むと、気づいた喜八郎に軽く頭突きをされた。全然痛くはない。
「幸せすぎて心臓爆発しそう」
 俺の呟きに応えるみたいに、喜八郎がぎゅうと腕に力を込めた。


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