河童の皿箱
2025-04-02 09:02:00
4582文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

ワゴンが義手義眼義耳だったら(ある方のお話に乗っかって書いた話です)
※ワゴンの両腕・両目・両耳が無い。欠損描写しかない。



 口を開いて少し待てば、隣から「あーん」と声がして、口の中に米が入れられる。閉じて良く噛み、飲み込んでまた準備をすれば、今度は反対側から「はい、みそ汁」と声がして、今度は程よい温度の味噌汁が流し込まれた。隣にいるはずの能楽師たちの気遣いが、箸や食器に乗せて伝わってくる。
 何故、わざわざこんなことをしているのか。いつもより幾分も軽い肩と、動かそうと意識をしても動かない、というより存在しない腕のせいである。普段は落ち着かない鈍痛程度の幻肢痛、今朝のものはいつにもなく激しいもので、収まるまで何もできやしなかったし、あまりの激痛に義手の故障の疑いをかけざるを得なかった。
 そして、我らが技術屋である人形師のスパイダーも、間の悪いことに不在。故に、こうして食事をするのも、歯を磨くのも、着替えをするのも、文字通り人の手を借りなければならなくなっていた。流石に声を聴くために義耳だけは着けたが、問題を抱えている可能性のある義手と、着けても目の洞の保護しかできない義眼を着ける勇気は湧かなかった。
 幸い、人形師の仕事が早く終わったようで、先ほど帰宅した。朝に介抱をしてくれた浮世絵師が細かいことを説明しに行ってくれたので、あとはもうのんびりと時を過ごすほかにない。

 「ごちそうさま。ありがとうな、セアミン。助かった」。気配を感じる左右へと笑いかけて礼を言えば、「ん」と短い返事と、「どういたしまして」と可愛らしい声が返ってきた。その顔を見ることが叶うなら。その舞を見ることができたのなら。なんて、暗闇に投げかけたとて仕方がない。手を伸ばして撫で……ようとして、腕がないことを思い出した。全く、何て不便なんだ、と。
 だが、そんな不便が終わる時間が来た。「待たせたな、準備できたってよ。それに、今回は新作もあるんだってさ」。絵師の支えを頼りに椅子から立ち上がり、転ばぬようにと体をわずかに預けながら、常に解決策を模索してくれているその人のもとへと向かった。

 人形師の指示通り、絵師はこの体をまた別の椅子へ座らせた。静謐ながらも物々しい。空気の流れが不可思議な部屋。中を見れたことなど一度もないが、ここが人形師の仕事場である。何かが取り出されるような音がしては、後ろをついてきていた能楽師たちが、「わぁ!」と声を上げた。おそらく、新作を見ているんだろう。けれど、不思議なことに、何やら含み笑いするような声は聞こえるが、その新作の詳細までは明かしてはくれなかった。
 ほどなくして、頭に脳波を測る装置を付けられ、人形師と絵師のふたりがかりで、義手の再装着を開始する。そう時間がかかるものではない。……けれど、いつもより、軽い……ような。接続口から神経ケーブルが引き出され、慎重に繋がれていく。徐々に、徐々に、自分の脳や神経が、義手の存在に気づき、自らの腕のように認識していく。その過程で、びくん、と。反射的に腕が跳ね上がってしまった。
 「っと。おい大丈夫か、痛くないか」。絵師の声に、「あぁ、すまん。痛みはない、大丈夫じゃ」と返す。「それにしても、なんだ。お前の手が、いつもよりあったかいのう。うむ、吸いつくような?」。何て言えば、またくすくすと笑う声。なんだなんだと、少し恐ろしいような、楽しみなような。
 最後に義手がずれてしまわないよう、いくつもの固定具でがっちりと固定すれば、これで完成。「どうだ、動かしてみろ」。声に従って動かしてみれば……男は息を大きく吸い込んで、驚いた。
 「なんじゃ、こりゃあ。今までよりずっと動かしやすい。それに、そう、軽いし……ん? いや、こりゃ……随分といい人工皮膚を使ったのか?」。人の手に触れ、自分の手に触れ。腕をねじろうが、指先でふと楽器の動きを思い出して弾くように動かそうが、自分の思うがままに動く。まるで、失った腕が戻ってきたかのようだった。

 次は目を入れる。冷徹な人形師の声に「あ、あぁ」と、興奮が抑えられないまま、けれど次に進まねばいつまでたっても終わらない。ともかく、腕を椅子につけて、またリラックスして待つ。
 かこん、かこんと、洞にはめられた双眸。「んでこっからテレパシーで繋ぐんだよな」。絵師の手が、顎に添えられて、また額と額をこつんと当てられる。同時に、彼の視界が自らの視界いっぱいに広がり、自分の顔がよく見えた。……見たいのは、己の顔ではないのだがなぁ、と待っていれば、両方のこめかみに指先が当てられた。すると、義眼が突如目の中でぐるりと向きを変え、驚いて体がまた跳ね上がった。
 気が付けば、目の前にあったのは、鏡越しにしか見たことのない、青い髪の男の姿だった。「どうだ、ワゴン。俺が見えるか?」。そのしてやったりとでも言いたげな笑顔に、目を疑って、何度か瞬いても、彼の姿は変わらずそこにあった。あまりに鮮明な景色に、つい、目を細めた。一度瞼を降ろし、そして意を決してまた開けば、今度は青い髪の男の前に、双子の能楽師の愛らしい顔が見えた。
 「……スパイダー」。開発者の名を呼ぶ。黒衣と、顔を隠すための黒頭巾を被ったその人物は、いくつかの説明をしてくれた。義手も義眼も、人形開発と共に改良を重ね、現在の形に収まったのだそう。義手は先の指摘の通り、全面に高度な人工皮膚を採用。外見の良さと、機能性の両立を目指したのだそうだ。指先までの神経のチューニングはまだ必要かもしれないが、こちらの様子を見て実に鼻高々に胸を張っていた。義眼は、人形を遠隔操作する際のサイコキネシス送受信の回路を改造し、カメラによる視界を神経に疑似接続することで、視覚を疑似的に再現しているのだそう。一方で、本来の眼球よりも少々重さがあるのと、接続の手間が難点である、と。
 その他、改良点の列挙には分からぬ専門用語の羅列に圧倒されるも、けれど改良のために頑張ってくれた、と。それだけはよくわかった。次は義耳も改良する、と意気込む姿が、見える。しかしここまでの機能を実現するためのパーツを集めるのだって、相当高かっただろうに。

 見える。そして、手を伸ばし、触れられる。ひとりひとり、硬い手で触れ、輪郭を捉えるしかなかった世界が、光と視界によって、ここに開かれた。
 人形師に手を伸ばす。向こうからも手が伸びて来て、黒い手袋越しに握手をした。そんなふたりを巻き込んで、絵師は大きく腕を広げては、飛び込んできた能楽師もろともぎゅうと抱き留め、けれど、その目からほろほろと、涙が流れているのが見えた。能楽師たちはそんな絵師を笑って、「ねえ、また弾いて聞かせて」。「楽しみにしていますから」、なんて。

「お前ら、本当に……ええ奴じゃのう。なぁこんなに良い贈り物をもらったんじゃ。一層、精進しなくちゃあな」