河童の皿箱
2025-04-02 09:02:00
4582文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

ワゴンが義手義眼義耳だったら(ある方のお話に乗っかって書いた話です)
※ワゴンの両腕・両目・両耳が無い。欠損描写しかない。

 戸をしきりに叩く雨の音。動かぬ四肢をだらりと投げ出し、男はただ、その音に耳を澄ませていた。目の前に投げ出されているはずの腕は絶え間なく突き刺すような痛みを訴え、男の頭を強烈に締め付ける。それに抵抗する術もないまま、男はひとりで必死に息を繋ぎ、けれど意識を手放すことすらできぬまま。

…………

 かろうじて動く舌をなんとか動かし、からからに乾いた喉を強引に開く。あまりにも小さなその音が、閉まっているはずの襖を超えられたかどうかも定かではない。それでも、男は助けを求め続けた。皮膚に浮かぶ脂汗がひどく気持ち悪い。
 すると、誰かの足音が、いや、聞きなれた足音が、足早にこの部屋の前までやってきた。乱雑に開けられた襖の奥から空気が流れ込んで来れば、求めていた匂いが鼻に届いた。

痛むのか」

 耳慣れた声に、四肢の痛みはほんのわずかに収まった、ような気がする。だがすぐに、四肢を引き裂くような痛みがぶり返し、男は声にならぬ悲鳴を上げた。硬い腕を這う、柔らかい掌に、悶える男は頷きと、呻きを返し、自らの意識を閉ざすことばかりに集中する。

動けねぇんだな。一旦外そう。……げ、こっちからは無理だ。悪い、ちっとさみぃけど、脱がすぞ」

 声のなすままに。硬い腕の根元に届くよう、柔い手は袖の中に突っ込まれ、途中まで袖をまくり上げては諦めては、今度は腰に締めた帯を緩める。首元を這う手が皮膚に密着していた衣服を引きはがし、冷え込んだ空気が身を包む。肩からぶら下がるばかりの硬い硬い腕の、接続部。柔い手ががちゃがちゃといくつもの留め具を外し、重いだけに成り下がったそれは取り外された。
 やっと、まともに息ができるようになった。思い切り吸い込んで、けれど、心をどうしても伝えたくて。

……あ、あ、ぁ
「無理すんな。まだ痛いんだろ。大丈夫だ。俺がいる。俺の息が聞こえるか」

 残された己の身ひとつ。柔い腕はもう一度服を着せてくれては、一緒に布団に包まり、それでもなお包み込むように絡みつく。背を穏やかに叩くリズムに合わせて息を吸い、吐き、また吸い、吐き出す。……幾分か、マシにはなった。
 それでも存在せぬ腕の先からくる、高圧電流を流されたような痛み。指先から切り刻まれていくような激痛に、臓腑がかき回されるかのよう。胃からこみ上げてくる辛い辛いそれを必死に飲み下し、こらえる。対処法はない。収まるのを、待つしかない。

「スパイダーは出張してる。戻ってきたら、診てもらおう。あぁ、目はどうだ。いや、この際だ。全部外しておこう」

 目、目。開こうが、閉じようが変わらぬ暗闇ばかりが広がるそれをなんとかこじ開けて見せれば、指先が顔を包み込んだ。きっと、彼の顔は覗き込んでいるような状態なのだろう。息の距離で、それが分かる。目の縁をぐいと押し込まれれば、洞の中にあった球体がボロリとこぼれた。それを、反対側にもう一度。
 次には、硬い耳の根元を、ひとつ、ふたつ。鮮明に聞こえていたはずの雨の音が、聞こえない。乱反射する音を集める機能を、失ったのだ。
 一度、熱が離れる。かたん、とケースが開き、そして閉じて、適当な台に置いてきたのだろう。優しい熱が戻ってくる。

「とにかく、今は休もう。な」

 こつん、と。額に額が当たる。間近だった体温がすぐに離れては、暗闇しか映らぬはずの、いや、最早眼球も存在せぬはずの洞が、突如として部屋の全貌を捉えた。眠る前に弦を張り替え、そのままにした楽器たちが、ある。逞しい腕の中に蹲る己の姿が、見える。それが知らせる事実は、ただ一つ。この身を包み込むその男は、こちらが閉ざした精神にわざわざ自分の精神を接続をし、この耐え難い痛みの逃げ道を、自分の体に作りやがったのだ。

ば、……
……は、はひでぇいわれ、ようだなぐ、ッ。キッツいな……こりゃあ……。ははっ

 また、目の前が暗くなる。わずかな光が、瞼の裏から透けてくる。彼が目を閉じたのだろう。馬鹿馬鹿しい対処法だ。けれどそれは、散々に欠けたこの身を見せぬためというのも、理解している。未だまともな言葉も紡げぬ口。それすらも失ったら? 悍ましい想像がふいに横切り、けれど包み込む腕は、ぎゅうと強く、強く抱きしめ、離さなかった。