夢篠
2025-03-24 23:14:50
1888文字
Public 兄弟星(雑渡双子弟)
 
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兄弟星遠く、宙に降る

山本陣内と喧嘩する雑渡双子弟


ナマエの様子がおかしい。里の中では比較的、私には友好的な態度を取っていたナマエがここの所、私の表情を窺うように見ている事が多かった。しかし様子が変だからと私から近付こうとするとその存在はするりと逃げる。ナマエは非常に上手くやっている。だから里の者たちは気付かない。ただ、それでも当事者にとってみれば流石に不自然さはあった。

ナマエ、ちょっと来なさい」

……今は時間が、無い……

「いいから。来なさい」

逃げようとするナマエを引き留める私の声音が硬い事に、彼は気付いたのだろう。その小さな身体がびくりと震え、ナマエは小さな声で「……はい、」と呟いた。

俯いたまま私の前に立ち尽くすナマエにどう切り出したものか迷う。ナマエのする事に無意味な事は今まで一つも無かった。幼くはあるが聡明なナマエの事だ。きっと私を拒絶する事にだって意味はあるのだろう。それでも理由も分からぬまま避けられる事が気分の良い筈も無く。

「その、何かあったのか?ここ数日、あまり元気が無いように見えるぞ」

ナマエの少し垂れた目がちらり、と私を見上げた。赤みがかった目に映る猜疑の色に不審な物を感じる。それはひと月前には確実に無かった色だった。

「別に、何でも、ない……

ナマエ……?」

以前ならきっと、彼は私の目を射抜くように視線を合わせ見詰めてきただろう。けれど今この全く自信の無さそうな態度と表情で私から逃げようとさえするナマエに嫌な焦燥感を感じる。ずっと昔、同じような事があった事を思い出した。

雑渡様によってナマエたちと初めて引き合わされた時、昆奈門は私にとても良い顔をした。本心はともかくとしてまるで直ぐに心を許しているような顔をして見せた。対照的にナマエは私に心を許すような言動をするまでに一年以上掛かった。その時と、同じ雰囲気をナマエが纏っている気がした。

…………もう良い?今日は父上に稽古を付けてもらうの。……それかお前も来る?私だけより、お前も一緒の方がきっと喜ばれるんじゃない」

嘲りを含んだ目や声音は自棄を起こした人間のそれのように見えた。ナマエは時折、相手を試してその信頼や愛情を量ろうとする節があった。彼は幼い頃から物分かりが良く主張の少ない、所謂「手の掛からない」子供だった。それは昆奈門が比較的やんちゃだったせいもあるのだろうが。けれどもナマエはそれでいて、時折爆発したように手が掛かった。無断で町に降りて一晩帰らなかったり、彼に傅く人々の忠誠を意地の悪い手法で試そうとしたり。今まで、里で起きた比較的大きな騒動にはナマエが関わっている事が多かった。その「悪癖」がまた、顔を覗かせているのかと気付いた。

ナマエ

「っ、何?着いて来ないなら放っておいてくれないか。用があるって言って……っ」

手首を握った手を振り払われそうになって、力を込める。ナマエが痛みに顔を歪めた気がした。私を睨み付けるその目に映る拒絶と憎悪は誰に依る物なのだろう。私の心臓の底に澱みのように溜まる苛立ちが厚くなる。誰がナマエに、消えない傷を付けたのだろう。

「人の感情を、量るのは止めろ」

ぴたり、とナマエの抵抗が止む。俯くナマエが奥歯を噛み締める音が、聞こえたような気がした。

「っは……っ、……っお前に、何が分かるんだよ!」

どこにそんな力があったのか疑わしいくらい強い力で胸を押されてナマエと距離が出来る。咄嗟に離した彼の細い手首は既に赤く色付いていた。小さな身体に纏わり付く、似つかわしくないどろどろとした憎しみと嫌悪が殺気のように鋭く当てられる。ナマエはこの世の全てに絶望しているように見えた。

「お前なんかに分かるものか!どうせ俺の立場しか見ていない癖に!」

背景の見えない恨み言を吐き捨てて、逃げるように駆け出したナマエは里では一、二を争う俊足で既に追い付けない所までその背は遠くなっていた。直ぐに追い掛ければ追い付けた筈だったのに、追い掛ける事が出来なかった。

それはきっと、ナマエが泣いていたからだろう。小さな身体で背負うには大き過ぎる何かを、ナマエは感じている。でもそれが何か、私には分からない。それがナマエに引かれた一線のような気がして無性に苛立ちが募って仕方なかった。