冰秋 俳優(記憶有)×俳優(記憶無)の二人がドラマ版さはんを撮影する話



「お邪魔します。あ、これケーキ買って来たから後で食べよう」
「ありがとうございます! 気を遣っていただいてすみません」
 沈垣は通い慣れた洛冰河の家へ上がると、来る途中で買った手土産を差し出した。
 
 大人気BL小説『人渣反派自救系統』のドラマは大ヒットし、主人公の性技の改変については少々ネット上で波紋を呼んだが、Bluーrayも飛ぶように売れていた。
 地上波ギリギリに攻めた濡れ場に沈垣は辟易としたものの、意外と嫌悪感はなく、主役の洛冰河に翻弄されながら撮影を終えた事が今になっては懐かしい。
 ロケバスで騙し討ちのキスをされて以降、沈垣の逆鱗に触れた洛冰河はしっかりと反省したのか撮影以外では必要以上に触れてこようとはせず、いつのまにか警戒心も薄れていった。
 その点さえ無ければ、健気に懐く姿は後輩としては可愛らしい。撮影が終わった今でも交流は続き、洛冰河から誘われるとスケジュールが許す限り二つ返事で了承していた。
 
「ちょっと御手洗借りるな」
「はい、どうぞ」
 洛冰河お手製の料理に舌鼓を打った後、まったりと食後の時間を過ごしていると沈垣が御手洗に立った。
 一人残された洛冰河は何気なく、沈垣が立ち上がった際に倒れた鞄を元に戻そうと手を伸ばす。その際一冊の本が滑り出て反射的に手に取った洛冰河はその表紙を認めた瞬間、衝撃に瞳を見開いた。
 
 洛冰河×沈清秋 R18 
 
 表紙はドラマの中の自分達がイラスト化され、淫らに絡み合っていた。思わず御手洗に続く廊下を見やり、まだ帰ってこない事を確認するとパラパラと中を流し見る。
…………
 中にはR18の言葉に相応しい肌色の絵面が広がっており、沈清秋が洛冰河の天柱にひんひん言わされていた。
『ん……、ここ、気持ちいいでしょう?』
『あっ、だめ……ゃ、だめだ……
『ですが、体は嫌とは言ってませんよ?』
 歳下の洛冰河に無理矢理抱かれ、口では嫌というものの身体は素直に反応して――という、口嫌身体正直な濡れ場を食い入るように見つめページを繰っていく。
 夢中になって読み進めていると御手洗のドアが開く音が聞こえ、慌てて本を戻し何も無かったように鞄を整える。
 
…………
 洛冰河の心の中は動揺で荒れ狂っていた。
 あのエロ本を師尊が?
 何故?
 洛冰河とて界隈で2人のカップリングが流行っていることは知っていたが、二次創作であるエロ漫画を実際に目にしたのは初めてのことだった。
 あんな――猥褻なものを、師尊が好んで読まれる?
 隣に座る沈垣をちらりと見つめ、洛冰河は頬を赤らめた。
 以前より沈垣に対して下心を持って接近していたが、沈垣が前世の記憶を持っていないため、焦らずじっくりと落としている最中だった。
 もしかしたら自分が脈なしと思っているだけで師尊は俺のアクションを待っている――
 そう思い至り、洛冰河は思わず生唾を飲み込んだ。
 
 
 ぎしりとソファーが軋み、沈垣は座った姿勢のまま硬直した。
…………
 手を重ねられている。
 ソファーについた沈垣の手の甲に洛冰河の手が重なっていた。偶然ではない。それならばあまりにも不自然すぎる。
 
 沈垣と洛冰河はドラマの撮影で口付けを交わした仲ではある。
 沈垣からすれば、唇に噛み付かれるだけと聞いていたのに腰が砕けるほどのディープキスをかまされ、翻弄されたことは記憶に新しい。
 あれから直接的な触れ合いはなかったために油断していたが、こいつには練習と称してロケバスで唇を奪った前科もある。
 沈垣は汗が滲んできた手をそっと洛冰河の下から引き抜いた。
「っひ……!」
 だが素早く手首を大きな手のひらに掴まれ、沈垣は驚き上擦った声を漏らす。
「な、なん……どうした、冰河?」
………
 沈黙が怖いんですけど。
 様子を伺うように表情を覗き込むと、頬を赤らめ潤んだ瞳で見つめ返される。
 トイレに立っただけで一体どうしてこうなったと疑問符を浮かべながら首を捻っていると、洛冰河の視線が沈垣の鞄へ向けられる。
 何かあっただろうか、と振り向くと少し躊躇った後洛冰河は小さく告げた。
……師尊、申し訳ございません。先程御手洗に立たれた時に師尊のカバンから出て来た本を見てしまいました」
「え? なんだそんなこと……
「そんなこと?!」
 成人男性の鞄など特に面白味も何もないはずだと漏らした言葉に洛冰河が大袈裟に反応する。
 今朝家を出る際に、妹が先に読んでいたラノベが回って来たのでカバンに入れておいてくれと頼んだ事を思い出す。
 結局電車の中ではスマホゲームに勤しんでいた為、小説を開く事はなかったが別段変わった物でもない。パンピの洛冰河からすれば、アニメ絵の描かれたライトノベルは珍しいものだったのだろうか?
 
「し、師尊は……あぁいうものをよく読まれるのですか?」
「あぁ、昔から好きでさ」
「昔から?!」
 大袈裟に動揺した洛冰河は目を見開きワナワナと唇を震わせると力強く沈垣の手首を握り締めた。
「師尊は記憶が……? いや、あるような様子はなかったし……もしやそういう嗜好がお有りに?」
「冰河? ……どわっ?!」
 ぶつぶつと小さく呟く洛冰河に沈垣は慄きながら顔を覗き込むと、握られた手首を引かれソファーへと押し倒される。
「師尊……そういう事がお好きであれば、この弟子がお相手を務めさせて頂いても?」
「な、何の話だ?! お、おちつけ!」
「俺は嫌がる人を無理強いする趣味はないのですが、師尊がそういうのがお好きでしたらやぶさかではございません
「は、はぁ?! お、おい冰……んう!」
 抵抗する沈垣を抑え付け、恍惚とした表情を浮かべた洛冰河が覆い被さり荒々しく唇を奪う。
「まっ、は………
 首を振り口付けを解くがすぐに追いかけられ分厚い唇に捉えられる。抵抗に息が上がり唇を薄く開くと熱い舌が差し込まれ、酸欠と快感によって瞳が潤み出す。
「んぁ……、ゃ……
 明らかに抵抗の力が弱まった事に洛冰河は笑みを浮かべながら更に口付けを深くする。やはり、師尊はあの春本のようにされたかったのだと確信する。
 先程まで沈垣の様子を伺いながら手心を加えていた口付けにも遠慮がなくなり、舌を絡め口腔へ招くように吸い付くと甘く鼻にかかった声が漏れ聞こえた。
 明らかに感じていますという声色に洛冰河の自信が更に高まり、唾液を注ぎ込むと沈垣は溺れるように嚥下し飲み込みきれない唾液が口端を伝う。
「っはぁ……、は………
 唇を離し、頬を赤らめ肩で呼吸する沈垣をうっとりと見つめながら口端を伝う唾液を舐め取った。
 
 訳もわからず唇を奪われた沈垣は快感によってぼんやりとした意識の中、混乱に陥りながらも全力で身を捩る。
「洛冰河――!」
 問い詰めようとした矢先、抵抗した際に倒れた鞄が目に入り沈垣は先程までの怒りを忘れ困惑した。
「な、何だこれ?!」
 沈垣の鞄から飛び出していたのは例の18禁同人誌だった。自身の鞄からとんでもない猥褻物が飛び出しているのに戦慄くと、のしかかる洛冰河を押し退け本を拾う。
「それは師尊の教本ではないのですか?」
「ハァッ?! 俺のものじゃない! くっそ、妹のやつ……!」
 これで先程から洛冰河と会話が成立していない理由に納得する。
 沈垣の妹は時たま布教と称して無理矢理要らぬものを渡してくる節がある。今回、洛冰河の家に行く事は伝えてあるので確信犯だろう。
「冰河! これは俺のじゃないから……その、妹がこういうのが好きで……悪戯で入れられただけなんだ!!」
………師尊は読まれていないのですか?」
「当たり前だ!!」
 誰が自分が演じたキャラのエロ漫画を読むのだろうか!
「そうですか……この弟子は早とちりをしてしまい申し訳ございません」
 しゅんと子犬のように反省する姿に沈垣の怒りがみるみる内に収まっていく。正直、先程のキスはかなり腰に来たが、洛冰河との口付けは一度や二度ではない。
 今更一回増えた所で減るもんじゃないしと脳内で言い訳を重ねた沈垣はのしかかる洛冰河を押し戻し、少し距離を置いてソファーへ座り直した。
「もういいよ、俺も変なものカバンに入れてたのが悪いんだし」
「はい………
 しょぼくれた洛冰河へ視線を向け、慰める為に掲げた手を硬直させる。洛冰河の股間の布を押し上げるナニかに気付いた沈垣は思わず視線を泳がせた。
 ドラマの収録時、腰を引き寄せられた際に腹に当たっていた長大なそれが沈垣の目の前に鎮座していた。
 あの時はスタッフもいて外だったが、ここは二人きりの密室である。沈垣は唐突に危機感を覚え始めた。だが後の祭りである。急に猛獣と共に小さな檻に放り込まれたような心地になり、沈垣は額に冷や汗を滲ませた。
 
…………
…………御手洗に行って来ます
「あ、あぁ……
 トイレを進めるべきか悩んでいると、沈垣の視線に気付いた洛冰河は頬を赤らめ御手洗へと向かって行った。
 小さく溜め息をついた沈垣は再び例の本に手を伸ばす。口嫌身体正直と言わんばかりに強引な攻め手にアンアン喘ぐ沈清秋のイラストに沈垣は口端を引き攣らせた。
 これを洛冰河は読んだのだろうか。
 変な誤解は一応解けたと信じたい。こんなものを好んで読んでいるとは思われたくなかった。洛冰河にキツく握られていた手首をさすりながら、沈垣は高鳴る鼓動を押さえつけながら熱い溜め息を吐いた。
 
 
 後日、ネットの冰秋民に激震が走った。
 今日開催された同人誌即売会になんと、洛冰河本人らしき人物が確認されたのである。
 マスクと帽子を被っていたものの、体格と声色から洛冰河に違いない! とファンの間では囁かれていた。その男は島買いをし大量の冰秋のエロ同人誌を抱えて帰って行ったという……




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