みがきにしん
2025-03-20 17:44:45
4299文字
Public アラン君とラド君の話
 

家出のあとに

ラド君、家出する
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のあとのラド君が、そもそもなんで自分を弟子にした?とアラン君に問いただしに行く話。

「なあ、そもそもなんであんたは俺を弟子にしたんだ?」
 家出――と言っても、行った先も何をしていたかも知っているが――から帰ってきて一番に、ラドミールはその疑問を口にした。
 夜の迫る黒衣森は薄暗く、沈みかけた太陽が木々を赤く染め上げている以外は、僅かな篝火や煮焚きの火しか灯っていない。
 その薄暗がりの中で人を模した木人相手に剣を振るっていたアランはその手を下ろし、言葉をぶつけた相手を見遣る。手には見慣れない弓を持ち、あちこち小さな傷を作ったままの弟子は、ここ数日見ないうちに少し経験を積んだらしい。詳細は聞いていないが、質の悪い略奪者や獣の群れを相手に奮闘したとアッシュは語っていた。
 家出する前にあった迷いや困惑は晴れたのか、数日前に組み手をした時と表情は雲泥の差だ。先の質問も自分の中の疑問を独りよがりに片付けるためというよりは、理解するためなのだろう。いきなりラドミールの人生の中に現れ命を救い、そしてエオルゼアに連れ出した相手の真意を。
 アランはひとまず武器を納めた。ここ数日弟子を預かってくれていた灰肌の友人には「説明不足過ぎる」と散々説教されている。それを反省したというわけではないが、確かに、理解もできないまま言われたことをやり続けるというのは苦痛となりうることを失念していたのは事実だ。
 立ったままでは落ち着いて話すこともできないと、練兵場の中にぽつぽつとある椅子――というよりも木を切った後の切り株だが――の近くまで歩きながら、青年は言葉を探した。何せ、本当のことを伝えるつもりはない。けれど、嘘を吐くつもりもない。
 二つ並んだ切り株の片方に弟子となって日の浅い少年が座ったのを見て、アランももう片方のそれに腰を下ろす。
「どこから話すべきかな。とはいえつまらない事情だから、それは覚悟してくれ」
 ラドミールが頷くのを確認して、青年はゆっくりと語りだす。真実ではないが、事実ではある事情を。あるいは、この少年の立場についての話を。
 
「いきなり明け透けな話をすると、俺には愛欲というものがなくてね。恋愛感情そのものが欠落していて、性器も使い物にならない。外的な刺激を与えても勃起さえしない」
 所在なく座っていたラドミールは目を瞬いて腰を浮かせる。
……は?! ええ……? それは、その、病気とか、」
 虚を突かれたのかしどろもどろの言葉が続き、最終的には「本当に好きな人とか」と述べて消え入りそうな声は途切れた。アランはそれを見て笑い、手をぶらぶらと振った。
「それは分からない。ただ、物心ついた時から『こう』だったし、性器の方はまあもしかすると昔使われた薬のせいかもしれないとは言われたが」
 それにしても『本当に好きな人』と来たか、と青年は思う。似たような言葉なら、これまで耳に胼胝ができる位に聞いている。けれど未だあどけなさの残る少年のそれは、過去に投げ掛けられた、欲や偏見を裏に隠した言葉よりずっと好ましかった。きっと彼の中の純粋さがそういった発言をさせたのだろうと分かるから。
……恋人が居たことはあったさ。それも残念ながら一人じゃない。ただ、最後まで相手に対する特別な気持ちは湧かなかった。胸が高鳴るとか、相手のことを知りたいだとか、専有したい欲だとか、触りたいとか、まあそういう類のものは最後まで生まれなかった。行為自体も――聞いたことのある知識の真似事以上にはならなかった」
 別にそれだからといって困ることはない、と青年は肩をすくめた。皆が特別視するそれがないことに苦しんだこともあったが、今はさして気にしていない。ないものはないということに諦めがついたとも言える。
 語られる言葉に少年はぽかんと口を開き、それから何か言いたげに閉じては開けを繰り返したが、結局それは音にならないままだった。同調なのか慰めなのか他の何かなのかは分からないが、根は素直な彼のことだ、労りめいた何かを必死に伝えようとしているのだろう。けれど上手く言葉にできないという様子はひどく微笑ましく、アランは目を眇めて頬杖を突く。
「まあ、それは別にいいんだ。それはただ俺がそういう人間だ、という前提の話であって、ラドの疑問に答えるものじゃない」
 一気に情報を詰め込まれたラドミールは目を白黒させていたが、どうにか頷いている。どうやら滑り出しから衝撃であったらしい。まあそれもそうか、とアランは思う。何せ、彼が知りたかったのは『自分をなぜ弟子にしたのか』という話であって、その師匠の下世話な事情ではないわけなのだから、当たり前だ。
 とはいえこの話はそれを前提にしないと進まない。青年は弟子を哀れに思いながらも、淡々と話を進める。
「そういうわけだから、一般的な家族というものを俺は持てない。厳密に言えば養子を取るとか、愛欲や性欲に拠らない関係の上で家族になるという形もあるわけだけれど、まあ一番多いだろう、血のつながりを拠り所にしたファミリーツリーには縁がないわけだ」
 これもまた前提から発展しているだけの話だ、とアランは述べる。そう、これらは本題ではない。
「が、それを許さない人たちもいる。これが本題だ」

 ラドミールは立ち上がったまま呆然としていた自分に気付いたのか、再び腰を下ろした。その顔は困惑だけが浮かんでいて、話がどこに向かうのか分からないといった様子だ。
 アランはそれを見ながら暗い空を見上げる。すでに周囲はとっぷりと暮れていて、練兵場を利用していた人々も家に帰ったらしく、遠くで火の番をしている兵士以外人影は見えない。この切り株に腰を下ろした時から近くに人が居たわけではないが、下世話でつまらない話をするのにはちょうどいい環境と言えた。
……さて、こういう立場だと色々な人が、様々な心配をしてくれる。例えば『人並みの幸せを得るべきだ』とか」
 そして往々にしてそれは、文字通り「人並みの幸せ」を指すものではなく、その発言者の考える「幸福」だ。青年はそう続けて苦笑する。
「『生涯を共にする伴侶がいるべきだ』『子供を作るべきだ』『血を残すことも一つの責任だ』」
 わざとらしく首を振り、大げさにため息を吐いて見せれば、ラドミールは渋い顔をしていた。きっと自分に立場を置き換えて考えたに違いない。
「それで俺がさっき言ったようなことを明かせばこうだ。『ああ、かわいそうに! きっと運命の相手に出会えていないんだ!』で、自分の娘や親戚と引き合わせようとするわけだ」
 その時言われたセリフを真似した高らかな声に、少年は気まずそうな顔をした。先ほどの自分の言葉を思い出したのだろう。その敏さと素直さにアランは忍び笑い、気にしていないと付け加えた。皆この少年のようにきちんと話を受け止めてくれるなら良かったのに。
「ともかくそういうお声を、これまでは一つ一つお断りしてきた。だが、それでよろしいとはならないのが儘ならないところでな」
 そう、それで話が済んだならばよかった。家族は持てない、血の繋がった子どもも望めない、だから一人で生きるだけ生きて死ぬ、それで十分だと分かってくれる人が大多数なら良かったのだが。
「今度は『養子を』という声が出るわけだ」
 ラドミールはげんなりといった顔をした。分かるよ、と青年は思った。が、分からない人の方が現実には多い。しかも、その提案を良いものだと思っているからなかなか引かない。
「さて、甲斐性がないとまでは言わないが、冒険者なんて根無し草だ。一所にいる期間が短いのに、どうやって育てる? 俺自身も養い子だから分かるが、人を養育するのはそう簡単なものじゃない」
 だから考えたんだ、とアランは両の指の腹を合わせた。
「こういう話を持ってくる人たちが本当に望んでいることは何か? それは俺が世間一般で言う『幸せ』という状態になることじゃない」
 なんだか嫌な雰囲気のまま話が徐々に自分の方に近づいてきたのを察したのだろう、ラドミールが額にしわを寄せた。とんでもなく苦い薬を飲んだかのように、その眉間の谷は深い。
「彼らは要するに『継承』をしてほしいんだよ、ラド。例えば家族に、例えば子どもに、例えば弟子に、何か――偉大で、素晴らしくて、とにかく言い出した人たちがぼんやりと想像する何か――を遺してほしい、と思っているわけだ」
 さて、と青年は微笑んだ。
「漸く話がここまで来たな。疑問に答えよう。そういう話を解決するのが君だ」
 アランは大仰に両手を広げる。途中から話を察していたのだろう、少年の顔には後悔、という文字が書かれているようだった。
「ラドを弟子にすれば、理解者ぶって自分たちの子女を弟子だか養子にしたい人たちも、そもそも理解さえなく家族を作らせようとする人たちも、『誰かの世話をしているなら』と言い出しにくくなる」
 もちろん、だからと言って誰彼構わずという訳じゃない、と青年は付け加えた。実際、ラドミールを拾ったのは完全なる偶然だ。そのあと色々手を回したのは本当だが。
「俺はうるさい人間たちを黙らせられて、ラドは慣れない土地で後ろ盾を得られて、うるさい人間はひとまず英雄には弟子がいるという事実に安心する。三方よし、というわけだ。ただまあ、一応弟子という形であるからには、ラドには一端の実力を持ってもらわないと困るわけだが」
 それ以外はめでたしめでたし、とアランは小首を傾げた。
「まあそういう理由だ。ほら、つまらない事情だっただろう?」
 視線の先の弟子はわなわなと震えている。その拳は固く握られ、顔は真っ赤に紅潮して、怒りをたぎらせていた。
…………殴らせろ」
 ぽつりとラドミールが零し、ゆらりと切り株から立ち上がった。
「この、自己中馬鹿英雄が! 人のことを好き勝手利用しやがって! 殴らせろ、一発は絶対に殴らせろ!」
 アランはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。これらの会話に、ただの一つも嘘はない。きっと少年はそれを素直に飲み込んだ。それでいい、例え未来が決まっていたとして、それに縛られて欲しくはない。彼は彼のまま、伸びやかに居てほしい。
「ああ、それはいい! 一発でも当てられたなら君は最高だ、ラド。今夜の訓練はそれにしよう」
 青年は立ち上がる。腰に下げていた武器を捨て、軽く構えて、手で誘う。相対する少年の喉から獣のような唸り声が吹き上がり、怒りと勢いに任せて飛び掛かってきた。

 結果はもちろん――ラドミールの拳は、一発すらもアランには届かなかった。