かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「わくわく」

伊剣ワンドロワンライのお題「わくわく」お借りしました。
申し訳ないのですが、全くわくわく要素がありません。
闇の伊剣を目指して書きました。
念のためワンクッションあり。
※ワンライから誤字脱字等少し直しています。


 俺たちは厄災溢れる江戸から逃げることにした。
 もはや江戸は怪異にまみれ、人々は逃げ惑い阿鼻叫喚の嵐だ。武士は刀を取り、慣れない戦で悉く散っていく。
 それを望んだのは俺。正確には俺たちだ。
 聖杯を壊さないという選択をした時、セイバーは「きみならそう云うと思った」と肩をすくめ笑った。
 穢れた聖杯に願うのは、太平の世を奈落に突き落とすこと。そして強欲にもセイバーの受肉を。
 二つの願いは狂った聖杯によって叶えられた。
 しかし、取り返しのつかないことをしてしまったと気がついたのは、義の終わりから暫く経ってからだった。
 街には怪異が溢れ、家々が燃え、生き残った民は怪異に怯え身を寄せ合う。それをたった二人でどうにかすることなど出来るはずもなく。
 せめてセイバーの宝具があれば、江戸の怪異を一掃し、穢れを浄化することも可能だったかもしれない。
 しかし、今セイバーが手に持つのは刀。黒い着物に紅色の帯を締めた凛々しくも美しい一介の剣士だ。だが圧倒的な剣術の才を持ってしても天叢雲剣を失った今、以前のような大立ち回りは不可能だった。
 極め付けは……小笠原家の家人が行方不明・・・・という噂が流れてきてきたことだ。その時俺は己の欲を抑えられなかったことで、どれだけ愚かなことをしたか漸く悟った。
 聖杯は壊した。もはやこの厄災を鎮める手立てはなく、一年も立たずに江戸は灰燼に化すだろう。いや、一年も持たぬかもしれない。
 そんな時セイバーが俺に提案した。
「逃げよう、イオリ。きみはここにいてはだめだ。エドはもう……
 セイバーが唇を噛むと僅かに血が滲む。あぁ、セイバーは本当に肉を持ち生きてるなんて、馬鹿なことを考えたものだった。
「付き合ってくれるか、セイバー」
「勿論だ。きみとともに堕ちると決めたんだ。何処にでもついていくよ」

 必要最低限のものを持ち、戦乱のどさくさで江戸を脱出する。
 世話になった助之進や高尾大夫などの行方はわからずじまいだった……否、あえて探すことをせず、きっとどこかで生きているだろうと信じるしかなかった。
「イオリ、良かったら私の故郷に帰ろう?長旅にはなるが、しばらくエドの混乱の影響はあるまい」
「ありがとう。おまえの故郷、いつか一緒に行きたかったんだよ。桜が綺麗なんだってな。セイバーもわくわくするだろう」
 その言の葉にセイバーが大きな瞳を潤めながら拳を固く握っている。怒っているのか、悲しんでいるのか俺にはわからなかった。
 江戸を離れると怪異も徐々に少なくなり、懐事情が深刻になっていた。セイバーはもう人なのだから、食わねば生き延びられぬ。
 セイバーは美しい髪を売った。セイバーはまた伸びるからと笑っていたが、剣を振るう時に主と共にしなやかに舞う下げ髪が見れなくなったのは残念だった。
 俺には売れる物がなかった。だからこの身を売った。
 世の中には物好きがいて、商売相手が一晩どうかと声をかけてくれば、老若男女関わらず大抵応じることにしていた。
「そんな事なら私がやるから」
 セイバーは子供のように涙をこぼし、着物に縋り付く。
「おまえみたいな貴人が苦界に身をやつす必要はないよ」
 あやすように頭を撫でれば、より悲壮な嗚咽が胸を締めつけた。

 浪人ですら無くなった俺には髷を結う必要もなくなり、さりとて切るのも面倒くさく、髪は伸びっぱなしになっていた。
「よしっ!私がイオリの髪を結おう」
 セイバーは手早く傷んだ髪を三つ編みに結っていく。
「できたっ!昔の私とお揃いだな!私も髪が伸びたらまた同じようにしようかなぁ」
 久しぶりに笑顔を浮かべた口元は震えていた気がしたが、見なかったことにした。
 腑抜けになった俺をセイバーは甲斐甲斐しく世話をしてくれる。寝床を探し、食事を作り、時々夜の相手までしてくれた。かつて俺を置いて軽やかに走っていたセイバーは、俺の手をいつも優しく引いてくれるようになった。

「イオリが好きだから、嫌なんてちっとも思わないぞ。きみの心が少しでも楽になるのなら、私は喜んできみに抱かれよう」
 初めて身体を重ねた夜、そう云ってセイバーは笑った。目の端に雫が溜まっていたことには気づかない振りをした。

 時には回り道をしたりして、一年ほどかけて大和国に漸く辿り着く。
 時折聞こえてくる江戸の惨状は聞くに絶えないもので、すでに近隣の国が侵略されているとのことだった。
「ほら、帰ってきたよ。私の故郷だ。イオリ」
 繋いだ小さな手にぐっと力が籠る。旅の間にセイバーとはすっかり懇ろな仲になっていた。
「あっという間だったな。桜の季節では無かったのが残念だ。しばらくここに腰を落ち着けるか?慌ただしかったから二人でのんびり暮らすのも悪くは……
「イオリ!!!」
 俺の声を遮るように、突然セイバーが叫ぶ。繋いだ手は振り解かれた。
 数歩距離を取られる。その動きはまごうことない剣士の足捌きだった。
「きみ、ここに死にに来たんだろう?解るよ。きみとこんなに深く愛し合えば・・・・・、きみのこと、なんでも」
 セイバーはまだ刀を抜く気配がないが、己も刀の柄に手を当てる。ふと思う。最後に剣を抜いたのはいつだったか。
「きみは厄災の責任を取って、死ぬために旅をしてきたんだろう。私もきみを愛したから、きみの願いを砕けなかった。でも、私たちは地獄の釜の蓋を開けてしまった。しかし蓋を元に戻す力は持ってないんだ。……もう、手遅れなんだよ」
 視線を落とすと、セイバーが編んでくれた三つ編みが目に入った。そうだ。聖杯で俺は望みを叶えた。だが、最後にまだ一つだけ叶えてない願いがあったのだ。
「そうだな、セイバー。今までありがとう。どうか俺の願いを砕いてくれ」
……解った。私もすぐ追いかけるから、きみを一人でいかせはしないから」
 一瞬のうちに首に焼けるような痛みがあり、視界が真っ暗になる。最期に見たのは江戸で俺に早く来いと手を振るあのセイバーの笑顔だった。