トニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニック 町の噂話というものは、時に信じがたく、時に胸を揺さぶる。
「黄色いコートの人を見たよ」
そう耳にしたのは、昼下がりのことだった。建物の前を掃除していた
トニックに、いつも訪れてくれる住人が何気なく告げた。
──黄色いコート
その言葉を聞いた瞬間、心臓がひとつ、大きく跳ねた。
けれど、すぐに理性が冷静に告げる。そんなはずはない。以前、ポスティーノ経由で贈り物をしてからひと月程度しか経っていない。さらに、彼の手に渡ってからちょうどひと月のはずだ。狙ったように彼が戻ってくるはずがない。
「たしか、ここに時々来る人も黄色いコートの人だったかしらねぇと思ったのだけど、
トニックちゃん知ってる?」
「まあ確かにそうですけど。まだうちには来てないから、別の人じゃないですかね」
トニックは、何でもないふうを装いながら、そう返した。
抱いた期待を捨てることにはもう慣れたはずだった。
それでも、黄昏時になってドアを閉める頃には、つい通りを見回してしまう。誰かの足音が近づくたびに、反射的に顔を向けてしまう。そしてそのたびに、何でもない誰かの姿に苦笑いを浮かべる。
「
……ほんと、バカみたいだな」
呟いて、
トニックは二階へと上がった。
部屋の窓辺に置いている木製スツールへ腰掛け、空を見上げる。もう、夜だ。
「でも、やっぱり
……噂の人物はジンだったのかな」
そんなふうに、思い浮かべたその瞬間だった。
すっと、背後から腕が伸びてきて、窓縁に小さな箱が置かれる。
「
……っ!」
驚いて振り返ると、そこにいたのは
——
「や」
優しげに微笑んで、気軽に手をあげる、彼。
ジンだった。
幻かもしれない。そう思うほどに、不意打ちすぎる訪問。
「
……どうして
……」
喉の奥からかすれた声が漏れる。
ジンはいつも通りの軽やかさで肩をすくめた。
「どうしてって、それを見れば答えは明白さ」
ジンの視線に導かれて
トニックもそちらを向くと、窓縁に置かれた箱が目に入る。長方形の形をしたそれは、上質な革で仕立てられたシンプルなもの。深みのある濃い藍色の外装に、触れると手に馴染む滑らかな質感が感じられた。
箱にしっかりと触れることができ、現実なのだと実感する。
「あ、あけて、いいの
……?」
「もちろん」
震える声で問うた言葉にジンは笑顔で頷いた。同じように震える手で箱を開ける。内側に優雅なベルベットの布が敷かれており、ペンダントを包み込むように収められている。
「これ
……」
ペンダントの先にある二連のペンダントトップには、ジンと
トニックと同じ瞳の色を輝かせている。言葉を失う
トニックの横からジンはペンダントをとり、
トニックへとつけてやる。
「ん、やっぱり俺の見立てに間違いないな」
目を細めて柔らかい笑みで頷くジンを見やる。目が合うと、どう? と問うように首を傾げてきた。
(俺って
……)
──俺自身が思っているより、ジンに想われているのだろうか
そう感じてしまった途端、溢れそうになっていた感情が、堰を切ったように零れ落ちた。
涙が止まらない。
「え、
トニック……?!」
さすがのジンも、少しばかり動揺したようだった。慌てて
トニックの肩を掴み、困ったように笑う。
「
……そんなに、俺が来たのが意外だった?」
「だって
……!」
まさか、あの贈り物のお返しがもらえるとは思っていなかったから。送るときにポスティーノにはどういう贈り物なのかは秘密にしておくようにしておいた。さらには、送り主自体もだ。けれど、ジンは贈られた物を見てその日がなんなのかを理解し、すべてを把握して今日というなんでもない、けれども想い合う人間同士には意味のある日に来た。
言葉にならずに、
トニックはジンの胸に顔を埋める。
ジンの手が、そっと頭を撫でる。
その仕草は優しく、そして愛おしげだった。
ジンはその想いを直接言葉にはしない。
自身が他者に縛られない自由な身であるならば、それは相手にもそうあるべきだろうと考えているからだ。今回はどうにもたまらなくなってしまって、物を返してしまった。それはポスティーノから「あの子、街の人から人気だね。熱い視線を向ける人が多いようだ」なんて聞いてしまったからだ。
嫉妬だと自覚している。らしくないとも思っている。ここに縛り付けられたらどんなにいいか。
けれどそれはしない。彼には自由であってほしいのだ。それが、彼はもうあそこにはいないかもしれない、と己を不安に思わせたとしても。
トニックの髪に指を通しながら、ジンは愛おしげに微笑む。この髪の長さが、想われ続けた長さだと知っているから。
泣き疲れてしまったのか、気付けば
トニックはジンの腕の中で安らかな寝息を立てていた。涙の跡を軽くぬぐい、額に口づけを落とす。
「おやすみ
トニック」
聞くものがいたら恋人に向けるソレだと言わんばかりの優しく甘い声色で囁く。それから横向きに抱え上げ、
トニックの身をベッドの奥側へそっとおろした。
ジンは特徴的な黄色いコートだけ脱いで、椅子の背もたれへとかける。二人で寝るには十分な広さをもつベッドに、彼も横になった。
(寝起きが楽しみだな)
あまりの出来事に、
トニックならば夢じゃなかったと騒ぐかもしれない。いつも訪れると、夢では?!と自身の頬をつねる
トニックの様子を思い出し、くつくつと笑う。
「また明日な」
いい夢でも見ているのか、笑みを浮かべている
トニックの頬に手をすべらせて言う。そうして、隣にある温もりに心が緩むのを感じながら、ジンも目をつむった。
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3. いつもの約束▸3/15 23:34 追加。そして、翌日…
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