著者: 雷歌/らいと
2025-03-15 23:32:36
3825文字
Public その他
 
1240627

3. いつもの約束

いちゃいちゃ度が……高い!気がする!

トニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニックトニック  朝、目が覚めたトニックは壁を背にしてへばりついていた。いまだベッドの上ではある。そこから動けないのは、隣に寝ていた人物のせいだ。
 叫び声をあげなかっただけでも褒めて欲しい、とトニックはのちに語る。
(ゆ、夢じゃ、ない……!)
──そこに、いる。
 かろうじて膝に触れている温度が、これが夢や幻覚ではないと訴えかけている。ドッドッドッとうるさくなる心臓を抑えるため、何度か深呼吸を繰り返す──いやまったく落ち着かない。
 なるべく慎重に呼吸をしながら、ゆっくり、ゆっくりとベッドから降りた。降りて、また振り返る。
 ベッドの上に、確かに、いる。
 数歩歩いてまた振り返る。いる。
 そんなことを幾度か繰り返してると、
「なあにやってんのお前は」
 久しぶりに聞く、気の抜けた声だった。ジンと同じく、長らく聞いていなかった声だ。声がした方──窓へと視線をやれば、自分でガラス戸を開けたのであろう、キールがそこにちょこんと羽を閉じて降り立っていた。
「あ、お、おはよ、キール」
「おはようさん。それで? 昨日はめくるめくアバンチュールを過ごせたか?」
 にんまりと嘴の両端を持ち上げながら、からかうように言う。トニックは、顔を思いきり横に振って。
「過ごせてないっ」
 そう言うものだから、キールは思わず窓縁から落ちそうになった。
「いやいや、せっかく俺様が気を利かせたのよ? それはそれは濃い一夜をだな」
「いや本当に。俺、すぐ寝ちゃって……
 昨日の自分を思い出して、トニックはじわじわと顔を赤くする。キールはそれをみて、何かがあったのだと勘違いし、またにやりと笑みを浮かべる。
「なあに? 何があったのか、お兄さんに話してみなさいよ」
 ここでうろたえればずっとからかわれることを知っている。トニックは大きく息を吸って、大きく息を吐いて。それから真剣にキールへと返した。
「本当に、本当になにもなかったんだって」
 お、おう、とたじろぐキール。それからつまんねぇのと口にした。
「で? うちの相棒はまだ寝てんのか?」
「ああ、寝て──」
「おはよー、二人とも」
「g」
 咄嗟に自分の口を手でふさいだ。言葉にならない音が一瞬だけ出てしまったが、朝からつんざくような悲鳴を聞かせなくてすんだ。
 というもの、ジンが朝の挨拶を口にしながら、トニックに腕を回してきたからだ。トニックの前で手が結ばれ、ジンの腕の中に閉じ込められてしまっている状態だ。
「おいおいジンよ、今にもそいつ死にそうだぜ」
「え?」
 ひょいとジンがトニックの顔を覗き込めば、焦点の合っていない目、浅くて肩で繰り返される呼吸、ともすれば呼吸困難にも見て取れる。
「あらら」
 おどけたように肩をすくめながら、ジンは離れた。とたん、その場に座り込むトニック
「これはしばらく接触禁止だな」
 そんなに?と首を傾げるジンだが、トニックは必死に何度も頷いている。こう会っていないと、ジン成分──トニック命名──を過剰摂取してしまうと命の危険を感じるのだ。いやよくもまあ昨日の自分は生きてられたものだと感心する。あまりの不意打ちにそういう反応が鈍っていたのかもしれない。
「じゃあ、今回は髪の毛はそのままってことで?」
「いや、それとこれとは別」
 トニックからのお願い事ではあるが、ジンがここに来た際には延ばしっぱなしにしている髪を切って欲しいと約束を取り交わしているのだ。
 すくっと立ち上ったトニックは、広い布を床へひろげ、その上で椅子を置いて、自分にまるでてるてる坊主のようにぐるりと布を巻き付けた。そして、いつも手入れをしているヘアカット用のハサミをジンへと差し出す。ただし目は逸らした。
「ちぐはぐなんだよなあ」
 その光景をみているキールは呆れながらそう言う。
「長さはお好みで?」
 おかしそうに笑いつつハサミを受け取りながらジンがそう問えば、トニックは思いきりばっさりと!と軽く力拳を作りながら返した。
 少し勿体ない気もするが、繰り返されてきた儀式のようなものである。髪を切られる当人は、すでに心残りはないようでさっさと椅子に座ってしまった。
「じゃあまあ、今回も切らせて頂きます」
「よろしくお願いします」
 そんなやりとりをして、トニックの髪に指を滑らせる。手入れがちゃんとされている滑らかな感触。昨日も思ったが、この長さの分だけ誰かを想い続けられているのは相当なことだろう。
 優しい笑みを浮かべながらハサミを通してくジンに、嬉しそうな笑みを浮かべるトニック
 そんな二人を見てキールはやはり呆れたように息をもらした。この二人、これでいてお互いに告白してないのよね、と思いながら。
 キールが、ジンとトニックが約束を交わしたあと、こっそりとトニックに聞いたことがある。どうして髪の毛なのかと。トニックは少し照れ臭そうにしながら答えてくれた。
「ここに来た時のジンは俺の知らないことをたくさん知ってる新しいジンだろ? それまでの俺は過去のジンに恋してて、けれどジンが来た時新しいジンに恋をする。だから、このタイミングで髪を切って欲しいんだ」
 それをジンに言えばいい、と口出ししたがトニックは首を横に振った。王ドロボウに枷はいらないだろ、と。首輪ぐらいならいいんじゃないの、とも言おうと思ったがきっとトニックはそれにさえも首を横に振るだろう。
「俺は、ここにいる。ただの管理人。それで充分」
 そうやって浮かべた笑みが、幸せそうだったのを覚えている。俺様には理解できないねと首を振ったのも。
 まあとにかく、キールはこの穏やかな時間が存外に嫌いではなかった。しかし、少しずつ少しずつ髪を切っているのはわざとなのか無意識なのか。
 じとり、とキールが相棒を見ていれば、相棒であるジンはその視線に気付いて片目をつむってみせた。
 わざとらしい。少しでも長い時間このままでいられるように、とでも考えているのだろう。
「おおい」
 窓下から女性の声が聞こえてきた。トニックが、あ、と声を上げたが俺様が代わりに行って来てやるよと言ってキールは窓縁から飛び立った。
「あら! 来てたのね」
 以前の建物の主──ジンの時から世話を焼いていたマーシャにとって、キールも顔見知りである。
「よおマーシャ。今二人はいい雰囲気だからよ、邪魔しないでやってくれ」
 気取ってそう言えば、どの程度本気に取ったかはわからないがマーシャは口に手をあてながら、あらまあと笑みを浮かべる。
「じゃあ、キールちゃんにこれお任せして良いかしら」
 いつもの木籠だ。サンドイッチと焼き菓子、今日は果汁ジュースのビンも入っている。重そうだな、という印象だが。
「任せときな」
 既婚者ではあるが世話になっている女性の手前、情けないことは言えないキール。思わずそう言ってしまったあと、しっかりと持ち手を嘴にはさんだ。マーシャが手を離すと、ずしりと嘴に重みがかかる。
 それじゃあよろしくね、とマーシャが去っていくのを見て、懸命に翼をはばたかせた。漏れそうになるうめき声も必死におさえて、なんとか二階の窓縁へ。
 必死の形相にトニックは思わず噴き出してしまった。
「くっ、ははっ、キール、ありがと」
「この借りは、倍にして返してもらうからな」
 笑うトニックをねめつけながら、キールはそう言う。そうして一人先にサンドイッチへと口をつけた。
 ああっ、とトニックは非難じみた声をあげたが、散髪はまだ終わらなさそうなのでしょうがない。二人の分は残しておいてやるので俺様は偉い、なんて考える。

 散髪が終わる頃には、トニックの髪はすっきりと短くなっていた。床に落ちた長い髪をまとめながら、ジンがぼそりとこぼす。
「けど、しばらく接触禁止ってのは寂しいなあ」
「仕方ないだろ、俺にとってジンは……強すぎるんだよ」
「強すぎる?」
……過剰摂取すると、命の危険がある」
 トニックは、わりと本気でそう言った。ジンはしばし沈黙し、キールは思わずサンドイッチを吹きかけた。
「お前、俺のこと何だと思ってんの?」
「ジン成分」
「俺って成分だったの?」
「そう。で、一気に摂りすぎると、心臓に悪い」
 言いながらトニックはジンをちらりと見る。ジンは驚いたように目を瞬かせたあと、楽しそうに口角を上げた。
「ふーん……じゃあ、ちょっとずつならいいんだ?」
 不意に手が伸び、ジンの指先がトニックの耳に触れる。そっと撫でるように滑る指先に、トニックは息を飲んだ。
「ちょっ……!」
「少しずつ、ゆっくり馴染んでいけば、耐性つくってことでしょ?」
 トニックは言葉に詰まり、喉を鳴らす。ジンの指はまだ、耳のそばにあった。
 視線の端で、キールがサンドイッチを頬張りながら「やれやれ」といった顔をしている。
……ま、命を大事にな」
「うるさい」
 そう言いながらも、トニックは触れるか触れないかの距離でまだ残るジンの手を、そっと見つめていた。



end.